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35話・ラブラブな一人と一匹

「聖女さま。こちらの生活には慣れましたか?」


「ええ。まあ…」


 志織がデルウィーク国に来てから早くも三日が過ぎていた。志織と同じく客人として滞在している魔王と向かいあって昼食をとっている志織の隣には、黒豹の席ももうけられ彼は行儀よく椅子の上に腰をおろして彼女を見つめていた。

 それを見守るグライフは、始終笑みを絶やさない。


「なあに? ベン。これが欲しいの?」


 フォークを握った志織のドレスの裾をくいくい。と、黒豹が引く。志織は人前では黒豹になったロベルトをベンと呼んでいた。

 グライフが彼をベン。と、呼ぶのもあって、いつの間にかそれが彼の名として定着していた。


 志織は口許に運ぼうとしていたラム肉の香草焼きをフォークの先に乗せたままベンの口許に運ぶ。それを黒豹は丸のみした。


「駄目よ。ベン。ちゃんと噛まないと」


 そう言いながら志織は再び、ラム肉をベンの目の前に差し出す。それを何度か繰り返すと志織のお皿のなかのお肉はなくなった。


「聖女さま。新しいものをご用意致しましょう。それではあなたさまがお食事にならないので」


 グライフが苦笑する。ベンの分は別にあり、ちゃんと彼の目の前に食事(人間と同じもの)を用意してるのに、彼はそれには全然目を向けない。しかも食べやすく前もってグライフがナイフを入れてあげてるのにである。

 志織が食してる方を欲しがる。彼女からの給仕をどうやら楽しみにしてる様なのである。


「ありがとう。グライフ。あらあ。ベン。あなたの分、まだ残ってるわよ。食べないの?」


「くううううううん(食べさせてくれ)」


 志織の指摘に、ベンは前足で自分の前に置かれたお皿を押した。


「仕方ないわね。はい。お口開けて。あ~ん」


 志織にラム肉を食べさせてもらい、ベンはご満悦だった。それが分かるのは眷族のグライフのみである。


「おい。グライフ。あれはなんとかならぬのか?」


 志織の向かい側の席についてるマーカサイトから早くも苦情の声が上がる。


「聖女に馴れ馴れし過ぎではないか?」


「そうですか? 微笑ましいではありませんか? 聖女さまがペットを愛でる姿は」


 そうグライフが言う先で、志織が黒豹を抱きしめ頬ずりしていた。黒豹は満更でも無い様子で、お返しに志織の頬を舌でぺろりと舐める。


「ちゃんと食べたのね? 偉いわ。やだあ、ベンったらぁ。お髭が当たってくすぐったい」


 マーカサイトが不機嫌になった。


「親密過ぎないか? やつはペットの領域を外れてるだろうが?」


「おふたりとも仲は宜しいですね」


 一人と一匹はふたりの世界に入りこんでしまったようで、グライフ達の会話は聞いていなかった。


 マーカサイトはグライフの発言に眉を顰めた。


「おまえ…なにか隠してるな? そういえばいつもはぐらかされてしまうがやつは何者だ?」


 魔王は志織にじゃれる黒豹を睨みつける。グライフは平然と答えた。


「黒豹ですよ。それが何か?」


「単なる黒豹ではないだろう。やつには我と同じ力を感じる」


「そうですか。早くも耄碌(もうろく)されましたかね? 年寄りになるとどうにも愚痴りが多くなると聞きますが?」


 自分と同じ力しか感じられないとは。グライフは溜息を漏らした。


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