29話・聖女攫われる?
「あれ? いつの間に寝ちゃってたの?」
目が覚めた志織は、自分が天蓋付きのベットにいるのに気が付いた。今まで自分は森のなかで野宿していたはずなのに。魔王救出隊を組んでデルウィーク国に向かっていたのは夢だったのか? と、思う。
確かその最中に恐ろしい目にあったような気がするのに、頭がぼんやりしていて頼りない。
てっきり神殿内の自分に宛がわれた部屋のなかにいるのかと、揺らぐ思考のなかで考えたが違ったらしい。室内は志織の見覚えのないもので、装飾や調度品が豪華なのは一目で分かった。
「まさか、レオナルドに?」
寝てる間に連れ出されたとしたら、まずやりかねないのは俺さま勇者だ。魔王救出隊を志織が組んだのも良く思っていなかった様子だから、彼の居城に志織を連れ込んだのだろうか?
「あいつ最低!」
憤る志織の脇でくすりと笑いが起きた。
「お目が覚めましたか? 聖女さま」
「あなたは?」
いつからそこにいたのだろう? 一人の男性が天蓋のベットの外で控えていた。黒髪に黒い目でロベルトかと思ったが違ったようだ。ロベルトよりもかなり年上と思われる壮年の男性で、髪は後ろに撫でつけ口髭を生やしていた。燕尾服に近い服装をしていて何となく執事に思えた。
「ようこそ聖女さま。デルウィーク国へ。我が主があなたさまを歓迎すると申しております。わたくしはこのアーダルベルト城で全てのことを取りしきらせて頂いておりますグライフと申します。どうぞお見知りおきを」
「あなた‥わたしのことを?」
「よく存じておりますよ。あなたさまがなぜこのデルウィークに隣接する森のなかへ足を踏み入れたのかも」
志織は自分が話してもないのに、こちら側の事情を知る彼が薄気味悪く思われた。
「あなたひょっとして魔族なの?」
「ひょっとしなくてもそうです。昨晩、豹の姿でお会いしましたが」
「ええっ。あの…?」
困惑する志織の前で、彼はおもむろに豹の姿へと変化した。黄土色した頭部や身体の毛に黒い斑点が浮かぶ。
「うわああああああああああっ」
元の世界に住んでいた時に、遊びに行ったサファリパークでさえ、こんなに密接に野獣と触れ合ったことはない。自分のすぐ傍をうろうろと歩き回る獣を前にして志織は真っ青になった。
「そのように驚かれなくとも。のちに我が主の‥となられる御方が?」
グライフが何を言ったのか聞きとれない部分もあったが、自分には都合の良くない事だとは知れた。
(ひょえええええええ)
豹が野ざらし状態。誰か檻に入れて下さい。頼みます。内心、両手を合わせていると、彼はそんなに驚かれる事ですかねぇ。と、やれやれと言いながら姿を元の壮年男性に戻していた。
(はああ。驚いた…)
志織は今の彼の姿の変化で一気に蘇った出来事があった。昨晩、自分達がキャンプしていた場所に襲いかかった集団の事を。
「まさか昨晩あったことは本当の事? 就寝前に確か豹の軍団にキャンプ地を襲われて…」
「思い出されてようございました。説明が省けます」
淡々とグライフが言う。
「どうしてわたしをここに? 他のみんなは? レオナルドは? イエセは?」
「ご安心ください。みなさま。ご無事ですよ。わたくし達はあなたさまだけが必要でしたので、彼らは先に転移装置でモレムナイト国へ送り返して頂きました」
「と、いうことはこの国にいるのはわたしだけ?」
「はい」
にこにこと応じるグライフの考えが読めなくて怖い。志織は身震いした。
「わたくし達は何もあなたさまをとって食おうなんて考えておりませんから心配はいりませんよ。あなたさまには我が主さまと仲よくして頂きたいだけですから」
「あなたの主って? 魔王は無事ですか?」
「わたくしの主はこの国の王です。ただ今、王は訳あって不在にしておりますが、そのうち戻られるでしょう。あなたさまは面白い御方ですね。聖女さまが魔族の長の身を案じられるとは。
あの御方はご無事です。それにあの御方は例え我々が百人、いや以上の人数の魔族が束になってかかろうとビクともしないでしょう。そんな御方の為にはるばるここまでご足労頂くとは‥」
マーカサイトってそんなに強かったんだ。なんとか物置みたいだね。魔族が束になってかかっても大丈夫って。
志織は軽く脱力を覚えた。
(自分のしたことは無駄足だったの?)
「まあ、わたくしとしてはあなたさまがこちらまで足を運んで頂いた事は僥倖でした。これで我が主も‥」
何かしら呟くグライフをそっちのけで志織は頼んだ。大丈夫と聞かされても本人の姿をみるまでは安心出来ない。
「マーカサイトに会わせて。彼の無事を確認したいの」
「本来なら会わせるのはどうかと思われますが、仕方ありません。あなたさまがどうしてもとおっしゃられるのでしたら、後でマーカサイトさまとお引き合わせいたしましょう。ベーアリ。まずは聖女さまにお着替えを」
「はい」
グライフの後ろから、大柄な女性が進み出た。こちらの女性も黒髪に黒い瞳だ。志織はなんだか日本に帰って来た様な、西洋の国からアジアの国に来た様な不思議な感じがした。彼らの顔立ちが、自分と近い平面顔の部類に入るからだろうか? 警戒心が緩む。
ベ―アリは簡単に自己紹介を終えると、志織の身支度にとりかかった。




