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エルフの章・2 心の傷

 メッセージが消えたあと、俺は目の前の少女の様子が変化したことに気づく。

 俺を見る目はまだ怯えているが、ただ怖がっているだけでもないように見える。


(か、顔が赤らんでるのは光の加減か……それとも首輪の効果だったら、危険すぎるな……)


「この首輪は、誰につけられたんだ?」

「……亜人……狩り……首輪の、魔法……発動しようと……その前に……」


 途切れ途切れの言葉でも、意味は伝わる。「亜人狩り」という集団が村を襲い、彼女を捕らえ、奴隷の首輪の特殊効果を発動しようとした――おそらくは、従順にさせるために。

 しかし発動する前に、奴らは俺の存在に気づき、始末するために出てきた。そこで発動せずに待機していた特殊効果は、俺が触れた瞬間に発動したのだ。


(推測が混じってるが……あながち間違いでもないだろう。俺はただ、首輪に触れただけだ)


「…………」

「ん……どうした? 何か、言いたいことがあるのか?」


 少女の唇が動いている。その瞳は虚ろで、俺の方を見ておらず、彼女は宙空に話しかけているようにしか見えなかった。

 心の傷を負ったことで、そうなっているのは分かる。しかし自分が苦痛を味わうよりも、よほど彼女の姿を見ている方が、俺にとっては胸が詰まるほどに苦しいものだった。


 見たくない、そんな感情じゃない。可哀想だ――怒りがこみ上げてくるほどに。


「村を、襲ってきて……わたしは……戦って……お母さんが……」

「お母さん……? そのお母さんは、無事なのか……?」

「…………」


 酷な問いかけだということは分かっていた。しかし少女――クレアは首を振らず、ただ目を伏せる。

 頬には打たれたあとがあり、涙が伝ったあともある。俺は遠くから見ただけでも悲惨だと感じたのに、彼女はその惨劇の被害を直接に受けているのだ。


(……だから、声がうまく出ないのか。どうしたら助けてやれる……?)


 さっきの賊は亜人狩りで、そいつらが村を襲った。クレアは戦う力を持っているように見えないが、この世界の住人はほぼ全員が魔法が使えるという。俺のような地球人は魔法が使えないわけだが――地球人と異世界の「人間」は、あまり見た目は変わらないらしいと、賊の言動でわかった。


 クレアは魔法だけでなく、弓も使うのかもしれない。彼女の傍らには、壊れた弓と矢筒が置かれていた――そして、彼女から外されたものか、革ベルトで腰につけるポーチのような物入れが置かれている。そこには彼女の名前を示す、小さな金属のタグがつけられていた。


「……村は、どんな状態だ? まだ、助けられるのか?」

「……村は……守ろうと……男の人たちが……でも、みんな……」


(あと1時間早く来てれば、何とかなったのか……いや、そんなことは悩んでも仕方ない。おそらく、『亜人狩り』はこの世界では珍しいことじゃない)


 村に行って生き残りを探すべきか、それとも、少しでも早くここを離れ、彼女だけでも助けるべきか。彼女の反応を見れば、生き残りが居ることは望み薄だ。


 自分の目で確かめることも考えたが、俺は後者を選択する。彼女を奴隷にしたことは確定してしまうが、こんな時のために手に入れた『記録セーブ』なのだから。ここで記録しておけば、もし間違えても戻ってはこられる。


//---------------------------------------//


  SYSTEMCALL>SAVE

  ?NAME:リョウ・カシマ

  1156/3/12 13:45

  SAVE RENEWD .


//---------------------------------------//



(まだ異世界に来て20分くらいしか経ってないのか……戦闘に要した時間はごく短いってことだな……)


 なぜ、時間を確認したのか。最強の力を持ってすれば、村にいるかもしれない賊どもを、蹴散らしてしまうこともできなくはない。


「……家が、燃えて……屋根が、落ちてきて……ああ……ああ……もっと早く……弓……弓で……っ」


 ――だが、こんな状態のクレアを放ってはおけない。

 彼女が弓で何を射抜こうとしたのか――それが成っていれば、死なずに済んだ人がいたのか。

 俺には、想像することしかできない。考えても、気休めにもならない言葉しか出てこない。

 それでも放っておけなかった。クレアの頬に残った涙のあとを辿って、彼女の大きな瞳から、またしずくが伝い落ち始めていたから。


「……君は悪くない。悪いのは、亜人狩りだ。だから、自分を責めなくていいんだ」

「あ……ああ……っ」


 俺を見上げて、声にならない声しか出さない彼女を見て、堪えられなくなる。

 こんなことしていいのか、俺はエルフの奴隷を手に入れることを望んでいて、はからずもそれが成って、浮かれているだけじゃないのか。

 ここまで追い込まれて、傷ついた彼女の弱みに、付け込んでいるだけじゃないのか。

 けれど気がつけば、もう身体は動いてしまっていた。

 最強の力を振るって人を殺したときは震えもしなかったのに、クレアを抱きしめるときは、俺の心臓は痛みを伴うほど脈を打ち、手はみっともなく震えていた。


「……あ……」


 声にならない声。俺の奴隷になってしまったのなら、彼女は拒絶できないのかもしれないと、抱きしめてから気づく。


「…………」


(っ……!?)


 想像もしていなかったことが起こった。内心では俺を拒絶して、軽蔑しながら、奴隷の首輪の力で従うしかないのかもしれない、そんなふうに考えていた。

 だから俺には、彼女が背中に手を回してきた理由がわからなかった。


「……けて……」


「え……?」


「……助けて……くれて……ありがと……ござい……ます……」


 ――俺の言葉は、届いていたのか。

 味方だと言ったことを、信じてくれていた。その目は何も映していないのかとばかり思っていた。


 身体を離すと、エルフの少女の瞳に、かすかな光が戻っていた。とても弱くて、今にも消えそうで、けれど確かな光だった。


「……わたし……奴隷……あなたの……です……」

「そ、それは……首輪の力で無理矢理にってことなら、外してもいいんだ。俺は……」

「……?」


 ちゃんと会話ができている、それだけで俺は他のことを考えられなくなるほどに嬉しかった。

 俺は日本語で話しているつもりだが、彼女は別の言語で話している――だが、その意味がわかる。これはおそらく、地球人のままで転生した俺に対する、ソロネのはからいだろう。しかし翻訳がまだこなれていないのか、それとも彼女がまだうまくしゃべれないのか、たどたどしく聞こえる。


「……なぜ……首輪、はずす……ですか? 私……助けて……お礼、奴隷……違いますか……?」

「そ、そんなつもりじゃなかったんだけど……」


 困った、とはとても言えない。なぜなら俺は、正直を言えば、何も困ってはいないからだ。

 異世界の流儀にならい、金で奴隷を買い、そして甘やかすつもりだった。そう正直に言ったほうが、クレアを混乱させてしまう気がした――というか、普通に俺が悪人と認識されてしまう。


(……まあ、悪人だけどな。最初の奴隷は、こんなふうにして出会うのも良いか、なんて思うやつが、善人なわけがない)


「……とにかく、ここを離れよう。クレアはどうしたい? 俺についてきてもいいけど、どこかここの村以外に身寄りに当てがあるなら、そこに送るよ」

「……っ」


 エルフの少女がかすかに目を見開く。そして俺は、なぜ驚かれたのかに遅れて気がついた。


(あ……そ、そうか。まだ、名前は聞いてない体だったな……)


「……名前……男の人たち……言って、ましたか……?」

「い、いや……そうだ、そこのポーチを見て、君のかなと思ってさ。名前を書いた板がついてるから」


 あの賊から名前を聞かされたなんてことはないし、そう思われても心外だ。

 俺が彼女の名前を知ったのは、奴隷になったと表示されたメッセージのおかげなわけだが――賊から知らされるよりはずっといい。変なこだわりだが、誰しもそういうものだろう。


「……クレア……リムフィールです……エルフの、戦士です……」

「あ、ああ……よろしく、クレア。俺は、リョウって言うんだ。リョウ・カシマ」

「……リョウ……様……よろしく……お願いします……」


 まだ言葉は途切れがちだが、少しずつ声が震えなくなってきている。この分なら、いずれ、本来の彼女らしさを見せてくれる時も来るだろうか……。


「……身寄り……は……他には……」

「……他には、ない?」


 クレアは頷きを返す。今の時点では、こちらから言いたいことを慮ってあげるほうがよさそうだ。


「……そうか。分かった……じゃあ、俺が連れていくよ。当面の生活とかは、心配しなくていい。俺が全部、何とかするからな」

「……私も……奴隷……奴隷は……お金……稼ぎます……」

「え……?」


 クレアはそう言って、自分の胸に手を当てる。彼女の上半身が裸だということに改めて気づき、俺は心臓が跳ねる思いを味わう――胸にかかっていた髪がずれて、艶やかな突端が覗いてしまっている。


(ま、まさか……この世界の奴隷って、基本的にそっちの奴隷なのか……?)


「っ……い、いや。そんなことはしなくていい。他にも、幾らでも稼ぐ方法はあるから、無理はしなくていいんだ」

「……なぜ……奴隷は……ご主人様に……いろいろ、します……そういうもの、みたいです……」


(奴隷の首輪の効果って……そういうことを主人が命令しても、全く拒否しなくなるとか……?)


 あまりにも、あまりな道具だ。そんなものが数多く出回っていないことを祈りたいが、こんな殺伐とした世界では望み薄かもしれない。

 ――俺は、誘惑に勝てるだろうか? 命じれば全て叶う、その状況で、彼女に指一本触れずにいられるだろうか。今の姿を直視するだけでも、冷静でいられていないのに。


「……そのままじゃ、町には行けないからな。羽織るようなものをと言いたいけど……賊の服は着せたくないしな。よし、じゃあこうしよう」


 俺は自分の装備している革鎧を外し、彼女の破れた服のところどころを結んでなんとか形をつけてから、鎧を上から着けてあげることにした。こうすれば肌が見えている部分を、なんとか隠せる。


「……リョウ様……指さき……器用です……細かく、動きます……」

「ん? あ、ああ。細かい作業は、結構得意なんだ」


 俺が服を結ぶ手際が良く見えるらしく、クレアが感心してくれる。俺はそれよりも、かなり喋れるようになってきたというのが、嬉しくてしょうがないのだが。


 クレアの袖は破れているが、それはどうやらここで破られたのではないようで、失われていた。馬車に載せられるときに、無理やり引っ張られたのだろうか……想像するだけで皆殺しにしてやりたくなる。

 ――今からでも、そうしていいんじゃないか。思うが、俺はまだ、悪人に対してとはいえ、殺戮を何とも思わない姿をクレアに知られていいのか判断がつかなかった。


(怒りに任せて殺しまくったら、殺人鬼だもんな……さすがに怖がられるよな、それは)


 考えながらクレアの手を縛っている縄を切り、着付けを終える。レザーアーマーはエルフにはよく似合っているように思えて、つい見入ってしまった。袖がないので白い腕があらわになっているが、これも新しい服を買って、早めになんとかしてあげたい――ノースリーブも存外に似合っているのだが。


「……ありがと、ございます……あまり、見られると、恥ずかしい……です……」

「ご、ごめん。でも可愛いよな、なんか」

「っ……そ、そんなことは……エルフは、醜い……人間は、よくそう言います……」


(醜かったら、犯そうとなんてしないだろ……いや、何ていうかひどいな……亜人の弾圧ってやつは)


「これは内緒だけど、俺は普通の人間とは違うからな。変な意味じゃなくて……いや、そう思われても仕方ないけど。俺、エルフが大好きだから」

「……大好き……エルフ……どうして……です……?」

「な、なんでだろう……森の中で暮らしてて、神秘的で……長い耳も、良いよなって思うんだけど……」

「……耳……私、長いです……ご主人様は、気に入りますか……?」


 修羅場を抜けた後にこんな話をしてることが、不思議に思えてくる――混沌を倒してまで果たしたかった俺の夢は、既に叶いつつある。


 ――だが、亜人を狩り、奴隷にしようとする連中の存在を知った今は、そいつらをどうにかしなければ、という思いが強く湧いてきている。


 俺とクレアの出会いは、彼女の境遇を思えば、良いものだとはとても言えない。

 しかし、長い耳を恥じらいながら俺に見せてくれる彼女を見ているうちに、心から思った。


 俺は彼女が見せる、心からの笑顔が見てみたい。

 彼女の受けた心の傷をどうすれば完全に癒やせるのか、今はまだ分からなくても――必ず。

※次回は明日12:00更新です。

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