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プロローグ・5 通過儀礼

「500万って、そんなに稼いでたっけ? 途中から撃った回数とか数えてないけど、500万発は撃ってないと思うんだが……うわっ!?」


 天使は普通に立っているものだと思っていたが、いつも居るところに居ないので、視線を巡らせる。


(この金髪の女性は、ソロネだよな? ……なんで土下座してるんだ?)


 金色の髪が床に着くことも厭わず、四肢を床に付いている天使。もしや彼女は、完璧な土下座の具体例を見せてくれているのか。立っているときは威厳を出すのに一役買っていた白い翼も、へにゃりと力なく垂れてしまっている。


「お、おい、どうしたんだ? らしくないじゃないか、いきなり土下座とか」

「……あ、貴方様は気づいておられなかったのですか?」

「気づいてないって、何に?」


 天使は恐る恐るという様子で顔を上げた。こんな姿勢でも美人だ――そして、ゆるい布しか巻いていないので、俺からの眺めはすごいことになっている。


(さ、誘ってるのか……とか思ってみたりして。ま、何かの間違いだよな。高慢な感じだったのに、いきなりへりくだってくるなんて、理由が思い当たらないし)


「わ、わたくしは、貴方様が100度混沌との戦いに赴かれる前には、すでに最敬礼でお送りしていたのですが……それほど、混沌との大戦に集中していらしたのですか? やはりわたくしなどとは比べ物にならない、高潔な魂の持ち主であらせられるということですね。ひたすら驚嘆し、その勇気に敬服するかぎりです」

「ま、待て……そこまでいきなり変わるようなことしたか? ひたすら戦ってただけだぞ。しかも俺の力は、ソロネから借りたものじゃないか」


 敬われることに悪い気はしないのだが、ちょっと変化が極端すぎる。

 俺が気付かなかっただけで、もう結構前から敬語だったんだろうか。ちょっとハマりすぎてたようだ。


「ま、まあいいや。経験値は溜めたし、特典をもらったら転生するよ」

「……えっ?」

「『えっ』じゃなくて、俺は一刻も早く転生したいんだよ。異世界で何がしたいか伝えただろ? 俺はエルフの奴隷の女の子と幸せに暮らすんだ。そして、奴隷を増やしていくんだ」

「よ、よろしいのですか? もはや、貴方さまは、人としての生になど、拘泥する次元の存在では……」

「馬鹿いうなよ、何のために頑張ったと思ってるんだ」


 まさか混沌を倒すだけ倒させといて、実は転生なんてできませんとか言い出すつもりか。そんなことになったら温厚な俺といえど、少し本気で怒らざるをえない。


「ひぃっ……!」

「ひ、ひいって……まだ何もしてないのに怖がりすぎだって。頼むよ、転生させてくれよ。やることはやったんだからいいだろ?」


 普通に頼んでもダメなら、泣き落としをしてみることにした。しかしソロネは土下座をしたままで立ち上がろうとしない。


「……わ、私を罰してください!」

「な、なんだ急に。罰するって、なんで? やっぱり、俺を騙して戦わせてたのか?」

「ちち違います、滅相もございません。私が貴方さまの資質に気づかず、ぞんざいな扱いをして、あるまじき態度で接したことは、罰せられなくてはなりません。さ、さあ、私の上にお座りください。もとより『座天使』とは、敬うべき存在の座る椅子としての役割を持っているのです」

「わ、わけが分からないぞ……なんで女の子の上に座らなきゃいけないんだ? 俺は確かに奴隷の女の子に優しくしたいと思ってるが、天使だって女性であることにかわりないだろ」

「どうかそんなことをおっしゃられず、私を罰してください。座るのがお嫌ならば、あなた様が望まれる、最も私がしそうにないことを命じてください。どのようなご命令もお受けいたします。さあ、頭に思い浮かべてください……それを読み取らせていただきます」


(よ、読むって……ソロネがしそうにないこと……い、いや、絶対ダメだろそんな。女性の姿をしてるとはいえ、やっぱり天使なんだし、よこしまなことはだめだ。そうだ、男女のことなんて絶対……)


「かしこまりました」

「おわっ……ま、待ってくれ! いや待ってください! 考えただけだから! ほんの先っちょだけだから!」

「……先端だけでよろしいのですか?」

「何の話だ! そ、そうだ、俺童貞だから! 童貞って色々夢膨らませちゃったりするし、想像の翼が羽ばたいちゃうことだって普通にあっうわぁぁぁ!」


 天使といえど話せば分かる、そう思っていた頃が俺にもあった。

 ビーナスの彫像すら霞んでしまうようなプロポーションを覆っていた、神秘的な力で裸身にまとわりついていた布。彼女が立ち上がると同時に、その力が失われたように、布の巻きつきが緩んで、天使の足元にふぁさりと落ちてわだかまる。


 ――生まれて初めて見る女性の裸。それも、俺には縁遠い存在だったハイレベルな美少女の。


(……そういえば俺、魂だけだったんじゃないのか……でも、ここに戻ってくるたびに、少しずつ……)


 やっと、実感が湧いてきた。混沌を倒して経験を積むほど、俺の魂自体が変質していった――受肉したときの身体が濃密になり、強くなったような気がしていた。飛行のスピードも、光弾の威力も、戦えば戦うほど強くなり、それゆえに俺は戦いにのめりこんでいた。


魂経験値ソウルエクスを蓄積すれば、そうなっていくのです。私もあなた様と同じ、魂魄のみの存在ですが……自らの意志で、質量を持つ霊体を作り出すことができる。それを私は受肉と表現しました」

「天使の力がないと、受肉はできないと思ってたけど……死なずに帰ってきたから、霊体があるままだってことじゃないのか?」

「いいえ……魂経験値が200万を超えたときには、あなた様は自分の意志で受肉できるようになっていたのです。私は畏敬を抱くあまり、あなた様に話しかけるまで時間がかかってしまった……それも、罰せられるべきことです」

「だ、だから……そういうのは別に、」

「っ……ご、後生でございます! このまま貴方さまを行かせてしまえば、私は……私は……」


 あろうことかもう一度裸で土下座をして、目を潤ませて嘆願してくる天使。もし俺が何も彼女に命じなかったら、その方が傷つけてしまいそうだ。

 こんな選択、童貞には酷すぎる。質量を持つ霊体とはいえ、霊体は霊体だ。何の欲もないし、ここでお願いできることなんて、何も――。


「……僭越ながら、申し上げますと……あ、あなた様は、私を初めて見たときから、心を動かされていたかと思います。もし、その時のお気持ちが変わっていなければ……私も今のあなた様の霊体と同じ密度で受肉することで、その……な、何と言いますか……」


 初めの態度が事務的というか、俺を低く見てる感じだったから、この下克上を果たした状態は何というか――全能感にも近いものがある。


「せ、接触が、可能になるのですが……いかがでしょうか……?」


 ここでのことは転生するまでに通過する儀礼みたいなもので、天使も俺を早く送り出したいものだとばかり思っていた。

 混沌を一体倒したから、彼女の態度が変わった。それを現金だと思う気持ちもあるが、どうやら、本当に彼女は、俺のことを尊重してくれてるみたいだ。


(……ここで服っていうか、布を着直すように言ったら……いや。俺の正直な気持ちは……)


「……え、えーと……俺、言ったとおり、童貞なんだけど……や、やり方とか、教えてもらっていいかな?」

「……じ、実を言うと、人間の男女のそういったことは、知識でしか存じません……それでもよろしいですか?」


 意外に落ち着いて返事をする天使。霊体でも恥じらえば頬が赤らむんだな、と感心する。


「じゃあ、初めて同士ってことで……い、いや、途中まででいいんだけど……」

「……転生された後の出会いを大切にされると、そういうことですか? では、お気持ちを尊重いたします」

「あ、ああ……」


 ほんとに良かったんだろうか、こんなことをお願いして。途中までだからいいか、なんてこともないのに。

 天使は膝立ちになって、俺の前まで近づいてくる。普通に立つことが、恐れ多い行為だとでも言うように。

 そして俺は気がつく――俺の受肉した身体は、転生前のワイシャツとズボンを身に着けている。こんな姿で、俺はずっと混沌と戦い続けていたのだ。


 ズボンのベルトまで再現されている。おそらく天使が作ってくれた霊体と同じ原理で作られているのだろう。それを、天使は自らの手で脱がせてくれる。途中からはとても見ていられなかった。


「……もしものときのために、痛覚を切っておくこともできますが、いかがいたしますか?」


 俺はその問いに少し迷ってから、首を振った。できれば、自然のままの方がいい。もし少しくらい痛い思いをしても、途中までであっても、俺にとっては大事な一度目の経験なのだから。


 霊体なのに喉はからからに乾いて、心臓が痛いくらいに高鳴って――そして、天使は俺を見上げながら、霊体同士が触れ合うことができることを、その手で証明してみせた。






 文字通り、霊体から魂が抜けるかと思った。

 腰を抜かして座り込んでいる俺を、なぜだかソロネは嬉しそうに見ていた。彼女がこんなことをする必要はなくて、俺の下心を読み取ってしまわずに、そのまま転生させてくれても良かったのに。

 謝罪だって、本当にする必要はあったんだろうか。未だにそう思ってしまうのは、俺がぎりぎり童貞として踏みとどまっているからか。


「人間同士では触れ合うときに情を交わす必要もございますが、私は天使ですので。あなた様の願い――端的に言うならば、人間としての魂のありかたから生ずる欲求に応じることでのみ、償える罪もあるのです」

「罪……なのかな? 俺は普通に、天使が人間を見下しても、それは自然なことかなと思ったけどな」

「そういう場合も多いでしょう。天使は人間より高い次元の存在ですから……しかし私は、今はあなた様を、敬うべき存在と見ています。その態度の変化を、人間は『手のひら返し』と言うのでしょう……私は折角手のひらを返すのならば、あなた様に心服しているということを、この上ない形で示したかったのです」


 床に落ちていた布は、ソロネが立ち上がると、彼女の身体にしゅるりと巻き付いた。


「では……あなた様のお望み通りに、特典チートをセットします。しばらくお待ちください……」


 ソロネは俺に両手を向ける。すると、俺の魂――というか存在そのものが変容する、なんとも形容しがたい感覚を味わわされる。


//---------------------------------------//


 魂番号:62,4884,2999

 使用EXP:1007639

 残りEXP:4528789

 状態:正常

 転生後特典:

  攻撃力 +300000

  防御力 +300000

  回復力 +300000

  セーブ

  ロード


 混沌討伐回数:1(RANKING:1)


//---------------------------------------//



「おお……!」


 列挙された特典を見て感動する。残り経験値が莫大な量残っているが、これだけの特典だけでも、俺の理想の生活は十分手に入るはずだ。


「この、30万っていうのはどれくらい強いってことなんだ?」

「あなた様が転生される異世界において、成人男性の6万倍の力を持つということになります」


 成人男性で、攻撃力5ぐらいが普通ということか。それって、俺がデコピンしただけで相手が死んでしまうとか、そんなレベルなのでは……?


「これは、戦闘における能力です。日常生活を送る分には、力がありすぎて困ったりということはありません」

「それは助かるな。力の加減ができないと、奴隷少女が怯えてしまうかもしれないしな……俺は、優しいご主人様になりたいんだ」

「なぜ、奴隷にだけは強いこだわりを?」

「いやその、何でも言うこと聞いてくれそうだから……って、心が読めるなら言わせないでくれ。自分でもアレな趣味だと思ってるんだ」

「……私もあなた様の命令に絶対服従という点では、奴隷のようなものなのかもしれません」


(ここまで天使に言ってもらえるやつって、ほとんどいないだろうな……俺はただ、外道なだけなのに)


 天使を奴隷にして甘やかす。それもいいのかもしれないが――俺はエルフが好きだ。やはり奴隷少女はエルフに限る。ナチュラルに外道だと自覚しているが、根っから好きなのだから仕方がない。


「転生後の世界では、エルフを始めとした亜人種は虐げられています。中には、同族を捕らえて人間に奴隷として売るような亜人も少なからず存在しています……あなた様の力があれば魔法など意味を成しませんが、できるだけ正体の不明瞭な魔法は、回避することを推奨します」

「ああ、そうするよ。セーブとロードは、口に出せばいいのか?」

「念じるだけで可能です。実行結果については、私の方からご報告いたします」

「それなら安心だな。じゃあ……次は、また死んだらってことになるのかな」


 それまで淀みなく話していたソロネが、少しの間答えを返さなかった。

 ――しかし、彼女は微笑むと、俺が転生するために使う扉を出現させてくれた。


「はい。その時は、また転生診断から……ということはありません。魂経験値は引き継ぎになりますから」

「それはありがたいな。まずはこれから行く世界で、精一杯生きてみるよ」

「行ってらっしゃいませ。くれぐれも、悔いのない生を……あ。一つだけ忘れていました。50万ポイントほど使って、最強の武器を持っていかれてはいかがです? 素手よりも、強さに説得力を持たせられますので」

「お、それは盲点だったな」


 素手で異常な強さを発揮するより、武器があったほうが確かに自然だ。できれば剣がいい――と考えただけで、天使が特典を追加してくれる。


//---------------------------------------//


 追加特典:

  エクスカリバー+99


//---------------------------------------//



「い、いいのかこんな……異世界にエクスカリバーってあるのか? 地球の伝承だろ」

「こういったアーティファクトのたぐいは、どのような世界にも存在できます。もし気になるなら、エクスカリバーと同等の性能を持った、ただの剣に擬装することもできますが」

「じゃあ、そうしてもらおうかな。目立ちすぎるのはよくないし」


 俺の目的はあくまで、奴隷少女を買って平和に暮らすことだ――名剣を振るって有名になり、英雄と呼ばれるなんていうことは考えていない。

 


 俺はソロネに見送られ、異世界への扉をくぐった。


 受肉しているうちに存在していた五感が、一度消える――そして。


 もう一度、一つずつ感覚が戻ってくる。初めに戻ったのは嗅覚――その次は、聴覚だった。


 何かが燃える匂い。そして、思わず耳を覆いたくなるような悲鳴が聞こえる。


「……早速、ヤバイことになってないか……?」


 視覚が戻ったところで、足元に鞘に入った地味な剣が落ちているのを見つける。これが偽装されたエクスカリバー+99だろう。

 俺がいるのは、異世界の森の中――剣を拾い上げ、立ち上がって見た先の空には、もうもうと黒煙が立ち上っていた。


※プロローグはこれで終了です。次回は夜に更新いたします。

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