隣国潜入の章・2 再会
1156年、4月25日、午前10時過ぎ。
正確には羊の月の25日という。アウルード女王国でも同じ暦が使われているというから、暦は広く共通のものが使われているということになるだろうか。システムコールで表示される暦は何よりも正確なので、俺には暦を学ぶ必要はないのだが。
俺たちは、崖を崩す前の状態まで時間を戻していた。そこからどう変化をつけるか――と言われれば。
「みんな、ここで待っててくれ。これから、奴らを降伏させる」
「降伏……峡谷の向こうから来る敵軍を、撃退するのではないのね。リョウ様、彼らをこちらで捕虜にする必要があると考えているの?」
「捕虜の食料も馬鹿にならないし、殲滅する方が話は早いんだけどな。どのみち、俺がやろうとしてることも相当な荒事だから、敵に少なからず被害は出るだろう」
「ご主人様……お気をつけて。私たちは、ここからご主人様を見ています」
「何も心配は要らないのだろうがな。しかしご主人様の性格上、何度でもやり直せるとはいえ、繰り返すことは好ましくない。そう思っているのだろう?」
「ああ。この一回で、きっちりと片を付けるさ」
俺は馬から降り、味方よりある程度先行して距離を置く。
――そして向こうからやってくる騎馬兵を、出来る限り引きつけたあと――鉄剣を左の崖、そして右の崖へと順に振りぬき、斬撃で崖を破壊して崩した。
「っ……将軍、罠です! 敵は峡谷を崩し、我らの進軍を阻もうと……!」
「馬鹿な……どんな仕掛けを使えば、こんな馬鹿げた規模で崖を崩すことができるというのだ……!?」
崖崩れの騒音の中でも、耳を澄ませば敵将と部下のやり取りが聞こえてくる。
――このあと、奴らは撤退する。今回は、それを許すつもりはない。
「――うぉぉっ!」
俺は全力で跳躍する――峡谷を封鎖した土砂と岩の上を飛び越え、そして峡谷を埋め尽くした数千の兵士たちの中心に落下する。
(戦車か……足場に使わせてもらうぞ!)
「な、何かが上からっ……ぐわっ!」
高度100メートルほどの高さから落下すれば相当の衝撃がある。俺の身体には全く影響などないが、足場にした敵の戦車は車輪が砕け、引いていた馬が驚いていななきを上げる。
――そして何度も飛ぶことを繰り返す。戦車には弩が積んであり、歩兵のサポートをするために弓兵が乗り込んでいる。つまり歩兵のグループの後ろに戦車・弓兵隊が交互に配置されているので、足場にするにはうってつけだった。
崖を走るということも可能だが、敵を撹乱したいということもあったので、あえて目立つ方法を選んだ。俺が着陸するたびに戦車を中心にクレーターができる――すでにアウルード軍は混乱状態に陥っている。
「戦車だけを狙って、投石でもしているのか……」
「馬鹿を言うな、見えもしない動く的をどうやって狙える!」
(人間とすら認識されてないか……人間投石器とは、また妙な二つ名ができたな)
最後の戦車を足場にして飛んだあと、俺は鉄剣を再び抜く。そして空中で猛烈に回転し、身体のひねりを全て斬撃のエネルギーに変え、峡谷の出口にあたる部分の左右の崖に叩き込んだ。
「た、退路が立たれた……前はどうなってる、なぜ止まってるんだ!?」
「罠だ……俺たちはここに誘い込まれてたんだ!」
「に、逃げろぉっ! こんなとこにいたら、左右の崖から矢が飛んで来るぞ!」
「いや違う、水攻めだ! 峡谷に水を流し込むつもりなんだ!」
勝手に自分たちが一番恐ろしいと思う展開を口にしてくれたので、それを利用することにする。水源なんて近くにないし、崖の上に伏兵がいるということもないのだが。
――だがその気になれば、逃げられない敵兵をこの剣一本で平らにすることはできる。
俺はすぅ、と息を吸い込む。そして、天地を揺るがさんという勢いで、空に向かって吼えた。
「――アウルード女王国より来た全軍に告ぐ! 武器を捨てて投降しろ! さもなくば、進路と退路を塞ぐだけでなく、お前たちを生き埋めにすることになるぞ!」
俺の声は、封鎖された岩壁の向こうにいる敵軍全体に浸透する――騒いでいた兵士たちがぴったりと黙る。
こんなときに判断を仰がれた将軍の気持ちは、察するに余りある。激昂するあまり憤死ということもありうる――奴隷をいたぶることが趣味ということなら、自分がいたぶられて耐えられるような精神はしていないだろう。
「しょ、将軍っ……お気を確かに!」
「気絶している……だと……決断することを放棄されたのですか……っ!」
本来なら無能な将軍だと吐き捨てたいところだろうが、副官らしき中年の将校は、言葉を必死で飲み込んでいるようだった。
そして俺は崖に駆け上がり、木陰に身を隠して敵軍の様子を見やりながら、再び大音声で彼らに降伏勧告をする。
「もう一度繰り返す。将軍が判断できる状態にないのなら、次点の地位にある者が代理として判断せよ。降伏しなければ、再度攻撃を――」
開始する、と言う前に、将軍に付き従っていた旗持ちが、軍旗を降ろして白旗を上げた。
――こうして、戦いは幕を下ろした。敵軍が武器を捨てたことを確認したあと、俺はフラムベルジュ公国側に戻り、道の一部だけを再度切り開いて、マリアンヌ麾下の公国軍に命じて敵軍の兵士たちを連行した。
肝心の判断を放棄した将軍は、俺の判断で地位を剥奪し、部下の兵士たちから引き離して牢獄に入れた。全てが彼が気を失っている間に行われたため、目が覚めたときに全て失ったことに気がついても、もう遅い。
◆◇◆
敵軍を撃退し捕虜としたことを、マリアンヌの父である国王はとても喜んでいた。
しかし、俺はその後、再度敵国に潜入することは告げなかった。
「放っておいても、また攻めてくる可能性がある。それなら、俺はこう考える……敵の女王の元に直接行く。そして、戦いの原因を根源から断てばいい」
「アウルード女王国の領土が、フラムベルジュ公国のものとなる……そんなふうにお父様が思っては、困るということね」
「ああ。俺は、二つの国は別々でいいと思ってる。アウルードは、俺のものにするかもしれないけどな。統治するとかじゃなくて、奴隷に対する扱いを変えたいんだ」
俺たちは再びアウルード女王国に入り、一度行ったあの町を目指していた。
情報を収集したいということもある。そして、ソフィアという少女のことが少し気になってもいた。
マリアンヌと馬の轡を並べ、馬上で話をする。他のみんなも、俺たちの話に耳を傾けてくれていた。
「ご主人様は、あの奴隷の方たちを、平民にしたいんですか? それは、とても素晴らしいことだと思います……でも……」
「この国の住人は、奴隷たちを虐げることで長く憂さを晴らしてきたのだろう。それができなくなれば、どうなるか……」
「……生きていくために、誰かを虐めなくちゃいけないなんて、そんなことは、認めたくない」
ファムはどうしても納得できないと思っている――当然だ、彼女が奴隷となったあと、どんなふうに扱われたのかを考えれば。
「俺もファムと同意見だ。まあ、簡単にできたら苦労しないが、この国の抱えてる問題ってやつを解決したいと思ってるよ」
「……私達の国でも、奴隷は取引されている。中には、なるべくして奴隷になってしまった人もいるけれど……この国では、奴隷の階級に生まれたら、そこから抜け出すことはできない。そういう制度が昔から続いているから、それだけの理由で」
「私は、自分の意志でご主人様の奴隷になりましたし、それがとても幸せなことだと思っています。でも、望まずに奴隷になるのは……辛いことだと思います」
自分の首輪に触れながら言うクレアを見ていて、俺は思う。彼女たちを束縛している、なんてことにならないように、ついてきてもらえる存在でありたいと。
「え、えっと……難しいことはこれくらいにして。しばらく、ご主人様に、その、愛でていただいていないので……ど、どうきんを……」
「ああ、そうだな。あの町で宿を取ろう」
「……すごく楽しみ」
「軍人が来ないのなら、あの町の空気も違うのだろうか……殺伐とせず、ゆっくりとできるといいのだが」
「あら、ベルゼビュートがそんな平和なことを言うなんて。あなたなら、どんな状況でもリョウ様の寵愛を求めようとするのではないの?」
「私もすっかり毒気を抜かれてしまったのでな。リムフィールの影響かもしれん」
「わ、私ですか? ベルゼビュートさんに影響を与えたといったら……あの、ベッドの上では、ご主人様のいうことを何でも聞くとかそういうことでしょうか」
「ぶっ……ちょ、直接的すぎるだろ……」
しかし動揺しているのは俺だけで、ベルゼビュートはクレアの言葉を否定しない。
「……みんなクレアをお手本にしてる」
「そうね。クレアさんの素直なところを見習いたいと思うのだけど……生まれ持った性格は、なかなか思うままにはならないわね」
「じゃあ、今日はマリアンヌだけは別で寝る……い、いや冗談だって。そんなすごい目をしないでくれ」
マリアンヌがすごいジト目で見てきたので、ある意味とても素直だと思った。彼女も俺と一緒に寝るのが楽しみで仕方がない――それは間違いないと思っていいようだ。
◆◇◆
奴隷階級の町に再び辿り着いたが、今度は通行料を取られなかった。
軍が来たことを町の人々は歓迎しておらず、それで町の入り口の見張り番の態度が硬化していたのだ。ふだんは、ふらりと立ち寄った旅人などは、挨拶だけで町の中に入り、宿を利用できているのだという。
それを教えてくれたのは、町の宿の看板娘――ソフィアだった。
ソフィアは宿の一階にある食堂で仕事をしていて、俺たちが食事を取るために席につくと、注文を取りに来てくれた。
その首には、まだ首輪がついていない。他の住人で、ソフィアより歳が上の人々は、ほぼ例外なく身につけていた――奴隷であることを示す首輪を。
ソフィアは別のテーブルの客に注文の品を運んだとき、こんなふうに声をかけられていた。
「ソフィア、おまえももうすぐ『遊び場』に入るのか。寂しくなるな」
「……はい。今まで、皆さんには本当にお世話になりました」
「あんたみたいな若い娘が何年も娼館に勤めなきゃならないなんざ、俺は今でも間違ってると思ってるよ。しかし、何も変えることは出来やしねえ。できることは少しでも身請けの金が溜まるように、この店に金を落とすことだけさ」
ソフィアの母親だろう、宿屋の受け付けの女性は、娘に話しかける声が耳に届いたのか、席を外してしまう――聞くに堪えなかったのだろう。
「……この国では、奴隷階級の女性は、生まれながらに借金を背負わされている。それは、娼館に勤めでもしないと返せる額ではないのね……」
「そんな……そんなことって……男女のことは、本当に好きな人としか……」
「生まれながらにというのは、あまりに理不尽が過ぎるな……」
「……そんなこと、言うことを聞かせるために、奴隷の人たちに酷いことをしたに決まってる」
生まれながらの借金――そこまでして奴隷を虐げるのか。
やはり、一刻の猶予もならない。この国の女王に会い、話をつけるしかない。
そうでなければ、ソフィアは望まずに娼館に行き、勤めを終えるまで、自分たちを虐げている相手に奉仕させられることになる。
「注文の品を、お持ちしました。ごゆっくりどうぞ」
そう言って食後の酒を運んできたソフィアの手は、震えていた。
それでも微笑んで会釈をし、俺たちの席を離れようとする彼女に、声をかける。
「その話……娼館に行くって話、少しだけ待ってくれないか」
「……お客様……?」
「頼む、あと数日だけでいい。3日で構わないから、待ってくれ」
「なんだ兄ちゃん、自分が一番にソフィアを買いたいってのか?」
「やめとけよ、娼館に入ったばかりの娘は『初夜権』ってのがあって、初めに買うやつは貴族と相場が決まってるんだ。そいつを横取りなんてしたら、あんた殺されちまうぜ。見たところ、平民ってとこだろ?」
ソフィアの目の前でそんなことを言うこの男たちも大概無神経だと思うが、一応は善意で忠告しているのだろうから、俺は怒りをぶつけることはしなかった。
――しかし町の住人がそんな認識では、どうにも何の対策も打たずに放っておくというのは、考えが甘いように感じる。
「リョウ様、こんな失礼な輩のいうことに耳を貸すことはないわ。だってあなたは、平民どころか……」
「本当のことこそ、言う必要はないさ。俺がソフィアを買うっていうのは、その通りだからな」
「えっ……!?」
がしゃん、とソフィアが驚いた拍子に運んでいたトレイが揺れる。何とか落とさずに済んだが、それほど彼女は動揺していた。
(まあ、無理もないな……俺も、今決めたことだからな)
俺は席を立つと、ソフィアの前まで歩いていく。そして、受付にいる彼女の母親のところに向かった。
「た、旅の方……今おっしゃったことは、本気なんですか? この子に課せられる借金は、娼館で五年働いて、ようやく返せるかどうかの……」
「金は用意する。詳しい話は、奥でさせてもらえるか」
俺がフラムベルジュ公国のSランク冒険者であり、大将軍に相当する地位を用意されていることは、ここで大々的に知らしめても意味はない。奴隷を身請けするだけの金を持っている旅人という見方をされても面倒だ。なので俺は「用意する」という文言を使った。それでも、大それたことを言ってはいるだろうが。
「ははっ、あいつ、ソフィアに魅入られでもしたのか?」
「この町で借金しようなんざ無駄なのによ。格好つけたいだけ――」
俺を煽ろうとした酒場の客が、途中で言葉を遮られる――彼の持っていた酒の入った杯は、ベルゼビュートの鞭で打ち砕かれていた。
「それ以上は口を開くな。さもなくば、次は本気で打つ」
「ひっ……こ、こいつら、冒険者か……!?」
「くそっ、釣りは要らねえよ! 二度と来るか!」
酒代を机に叩きつけるように置くと、男たちは慌てて逃げていく。それで、店は俺たちの貸し切りも同然の状態となった。
「……悪い、常連を減らしたかもしれないな」
「いいえ。彼らはあんなことを言っていましたが、ずっと前から娘に目をつけていたんです……初夜のために大量のお金を費やす貴族を、騙してやろうと言って。その話を聞いてから、夫も彼らを何とかしなければと言っていたのですが……」
ソフィアの母は大人しそうな女性で、おそらく夫も戦う力は持っていないのだろう、その言葉は歯切れが悪かった。娘を自分たちの力で守れないことを、歯がゆく思っていたのだろう。
「あなたには何とお礼をしていいか……今後ずっと、無料でお部屋をお貸しします。私どもには、それくらいのことしか……」
「いや、ちゃんと支払うさ。この近くには町がないみたいだし、休ませてもらうだけですごく助かってるから」
「……ありがとうございます。それではせめて、出立される際には、旅の途中での食糧など用意させていただきます」
ソフィアの母は深々と頭を下げる。ソフィアもそれに倣い、顔を上げたあと、潤んだ目で俺を見ていた。
――そして俺は、本題に入る。
ソフィアを身請けするために必要な金額は金貨五百枚。路銀として用意した金が金貨八百枚だったので、苦もなく支払うことができた。
◆◇◆
この町の労働者の月収が金貨2枚だというから、娼館で得られる初夜権は金貨50枚――つまり、2年分の年収以上ということになる。
しかし本人が望まないなら、本来ならどれだけ金を積まれても、よく知りもしない相手に抱かれるなどまっぴらだろう。稼ぐ手段として自認しているならいいが、ソフィアは店の手伝いをして得られる少しの賃金でも、十分だというのだから。
「ご主人様、ソフィアさんのこと、私たちと一緒に奴隷にするんですか?」
「まあ、体裁としてはな。首輪を使って契約するかどうかまでは、考えてないが」
「……お金が全てじゃないけど、お金があると助かる人も、いっぱいいる」
「そうね……私達の目に入ったからソフィアさんを助けられたけど、同じ境遇の人は、他にもいるでしょうね」
俺が風呂に入るというと、みんなが当たり前のように一緒についてくる――そして椅子に座っただけで身体を洗ってもらえる。
こんなサービスを毎日受けてる人間が、奴隷解放だと正義感を発揮するのもダブルスタンダードの気はするが、奴隷といっても首輪をつけているというだけで、事実上は妻たちなので問題はない。というと、酒場にいた男たちがどんな顔をするだろうか。
「んっ……リョウ様の腕が、少し太くなっている。いつもと挟んだ時の感触が違う……やはり、あれだけのことをすると筋肉が鍛えられるのだな」
「これ以上たくましくなったら、わ、私たち、こわれちゃうんじゃないでしょうか……」
「……リョウになら壊されてもいい」
「この人は放っておいても優しくしてくれるから、逆にそれが物足りないというか……」
ベルゼビュートがどこに腕を挟んでいるかといえば、褐色の双子の山の間である。泡でぬるぬるしていて、とても心地が良い。
それを見ているうちに三人も対抗して、逆の腕をクレアに、背中にマリアンヌが寄り添ってくる。柔らかいものが背中に当たって、左右交互に上下にこすれている――マリアンヌはちょっと痛いくらいが良いらしいので、マシュマロがむぎゅぅぅと押しつぶれそうな押し付け具合だ。
そしてファムは控えめな胸で勝負するのをやめて、俺の膝の上に乗っていた。彼女は自分の太ももで俺の太ももを挟むと、喜んでもらえると知っているのだ。
「にゃっ……ふにゃぁ……耳はだめ……力が抜けちゃう……」
「私たちみんなお耳が弱いですよね……ご主人様にはむってされると、ふにゃふにゃになっちゃいます……」
「……私はリョウ様が攻め手に回っていると、複雑な気分になるのよね。この人はね、こう、顔の上に乗ってあげるくらいが一番格好いいわよ」
マリアンヌの趣味はみんな理解できないらしく、最初は「何を言ってるんだろう」という顔をしていたが――ベルゼビュートがぽつりと言う。
「……奴隷としてしていいことではないと思うが、どんな気持ちになるものか、試してみたい……と言ったら、ご主人様は怒るだろうか」
「い、いや、怒らないけど……そんな、倦怠期でいろいろ試したい時期に突入したみたいな、そんな行為をまだためさなくてもいいんじゃないか?」
「ま、まだということは、いつかは……ふぁぁ、今から緊張してきました……」
「……んっ……今でも十分……くっついてるだけでいい」
ファムの耳を触っているうちに彼女の耳がとろんとしてくる。身を寄せてくるクレアの耳を甘噛みすると、競うようにマリアンヌが俺の胸板に後ろから手を回してくる。ベルゼビュートはこれ以上は恥ずかしいのか、俺の腕を抱きしめたままで止まっている――それならば、と俺は自分から腕を滑らせて泡を立てる。
「こうやって風呂に入るのに慣れると、別の入り方はできなくなるな……」
「ご、ご主人様……ら、らめれす、そんなにはむはむしたらっ……み、みみ、おみみが蕩けちゃいますぅ……っ」
耳だけで腰砕けになっているクレア。俺は身体を洗ってもらったお返しに、他のみんなにもクレアと同じくらいの気持ちを味わってもらうことにした。
◆◇◆
みんなは俺のお返しによって足腰が立たない状態になり、しばらく休んだあとで改めて入浴し、今度は女性だけでかしましく、ゆったりとした時間を楽しんでいる。
俺は一足先に部屋に戻ってきた――すると、扉の向こうに、誰かがいる気配がする。
(……この感じ……ソフィア……?)
扉を開けると、予想通りにソフィアがいた。
――オレンジ色の淡い光を灯すランタンに、その白い肌を浮かび上がらせながら。
「……リョウ・カシマ様……宿帳を拝見して、お名前を確かめました」
「そうか。本当は偽名を使った方がいいんだろうが……」
「偽名……?」
「みんな気づいてないが、俺たちは隣国の人間なんだよ。このことは、誰にも言わないようにな」
ソフィアは最初、その意味に気づいていないようだった。しかし言葉の意味が飲み込めると、はっとしたように口を押さえる。
「っ……は、はい、絶対、誰にも言いません……旦那様のご命令なら……」
「だ、旦那様……? 俺に買われたから、そういう呼び方ってことか?」
「……この町の女の人は、買われたらそういうふうに、主人の人を呼ぶようにと言われているので……」
「……そうか」
奴隷階級の人々は、子供の頃から奴隷としてのあり方を教育される。それは売られた後に、酷い扱いを受けずに済むようにという親心なのだろう。
「……金を置いていくと、それを狙う人間がいるかもしれない。できるなら、俺たちについてきてもらいたいんだが……家族の元を離れるのは、つらいか」
「……いいえ。一度娼館に入ったら、五年後まで生きていられることは少ないんです。病気になって死んでしまう人が、すごく多いですから」
「だから、家族も死ぬものとして扱う……ってことか……」
「はい。私は、旦那様に生かしていただいたと思っています……ですから……」
一度目に町に訪れたとき、ソフィアが着せられていた、肌の露出の多い衣装。それは胸の一部しか隠れておらず、下着も紐のようなもので、彼女の年齢で着せられるにはあまりにも扇情的なものだった。
明らかに恥じらい、羞恥心を顔に出しているのに、彼女はほとんど裸身の姿をさらしたまま、結い上げたおさげを解く。
「……旦那様の、お連れの方々と比べたら、私なんて女の人として見られないのは分かっています。でも……私を、旦那様のものにして欲しいんです……もし、旦那様がお心変わりをされてもかまいません。初めては……せめて、自分が選んだ人と……」
「……俺でいいのか? そのうち、本当に好きな相手が見つかった時、後悔しないか」
ソフィアは何も答えなかった。ただ、俺をじっと見つめている。
――この町で、奴隷になる運命を持って生まれて。
今まで生きて来た中で、彼女は救われるということを、俺が来るまで知らなかった。
金があるから、情が移ったから助けようというだけだった――俺にとってはそれくらいの理由であっても、ソフィアにとっては……。
「……あの男の人たちに、好き勝手なことを言わないでって本当は言いたかった。旦那様が来てくれなかったら、ずっと悔しい思いをしたままでした」
「……そうか。そうだよな……あんなふうに言われたら怒るよな」
「そういう気持ちになっても、あきらめていました。あの人たちが、私のことを、娼館に行く前に乱暴しようとしていることも分かっていたんです。でも、どうしていいのか分からなくて……あっ……」
男に対して怖い思いをしたというなら、例え彼女が望んでくれていたとしても、ここで抱くというのは違う。だから俺は、ソフィアを包み込むように抱きしめた。
全てが終わり、彼女が自分の望むままに生きられるようになって、それでも俺を望んでくれたなら、その時は――。
しかし、そんな先延ばしそのものを、ソフィアは望んでいなかった。
「……駄目です……そんなふうに、優しくされたら……」
まだあどけなさを残した瞳に涙が潤んで、雫がぽろぽろとこぼれ落ちた。
ずっと不安だったのだろう。売られる日まで、どんな気持ちでいたのか。全てを受け入れ、穏やかな気持ちで待っていた――そんなことはなかった。
こうして抱いているだけでも、身体の震えはおさまっていく。
しかしそれだけでは不安なのだと、瞳が訴えかけてくる。
俺はソフィアの髪に手を通した。そうして頬に触れても、彼女はただ瞳を閉じ、すべてを委ねてくれた。
◆◇◆
「……ん……だんなさま……」
ベッドで休むソフィアの傍らで、果実酒で喉を潤す。そこにみんなが帰ってきて、部屋の空気と上半身裸の俺の姿を見て、顔を赤らめて事情を察する。まだまだみんなも初々しさが残っているな、と感じるところだ。
「ご主人様……お手つきをされるのが、今までで一番早いような……」
「……ずっと、怖い思いをしてたから。リョウが優しいから、そういう気持ちになってもしかたない」
「そういうこともあるかと思って、お風呂を長めにしたのだけど……」
「その間、私たちが何を話しながら待っていたのか……ご主人様には、理解してほしいものだ」
俺は最強のメリットとして、無尽蔵の体力があることにいまさらながらに感謝する。
着たばかりの寝間着を四人がそろそろと脱ぎ始めるのを見て、俺は苦笑する。ソフィアが寝ているというのに、彼女たちは全くお構いなしだったからだ――起きてきても、仲間として迎えるつもりだということだろう。
まず初めにクレアがやってきて、俺の肩に手を置いてキスをしてくれる。クレアは俺の頭を抱えるようにして、いつになく夢中になっている――自分が知らない間に何が起きていたかを想像して、彼女たちは、今までになく気持ちを燃え上がらせてしまったようだった。




