プロローグ・3 VS混沌戦
混沌のいる世界に通じる扉を塞いだ鎖は、俺が触れる前に音も無く外れる。
俺は天使の方を振り返るが、別に止められることもない。
「どうした? やはりやめておくか? 私は何も強制はしないが」
「開けてもいいんだよな。じゃあ、行ってくる」
「受肉したあとは、思いのままに飛行することができる。無理だとは思うが、混沌からの攻撃が来たら、全力で避けるようにイメージしろ……あと、他の天使も、混沌のところに尖兵を送り込んでいる可能性がある。他の尖兵はほとんど一瞬で消滅させられるから、気にするな」
「俺も、えーと……天使さんは名前ってなんていうんだっけ」
「私には階級名しか存在しない。座天使とも、そこの天使とも、好きに呼ぶがいい」
(ソロネって、結構階級が高い天使じゃなかったっけ……俺が知ってるのとは違うかもしれないけど、本当にそういう存在がいたんだな)
「じゃあ、ソロネさんで。俺も、君に送り込まれた尖兵ってことになるんだな。恥かかせないように頑張ってくるよ」
「……私のことは考えなくとも良い。混沌に肉体を消されても、魂がここに戻ってこられることを祈ることだな」
俺は苦笑し、扉を開けて一歩踏み出す――すると、真っ暗な宇宙空間のようなところに放り出される。
重力はなく、落下はしない。俺の身体は淡い光に包まれている――天使によって与えられた身体が、この未知の空間において、勝手に保護されているようだった。それは環境に適応するためだけであって、防御力が上がっているということではないのだろうが。
(飛行できるんだったよな……うぉっ!?)
言われたとおり、俺はイメージの通りに飛び回ることができた。予想以上に速いスピードだ――自分が戦闘機にでもなった気分だ。いや、戦闘機は遥かに速いのかもしれないが。
(フライトシューティングみたいな感じだな……ライトセーバーで光の刃を飛ばして、混沌を撃墜する。撃墜できなくても、攻撃を撃ちこめば魂経験値が入る。そういうことだな)
俺は飛び回る感覚を確かめながら、視界に入る別の光に気がついた。俺と同じように飛び回っているが、あるところで旋回し、一方向を目指して飛び始め、
真っ暗な空間全てを煌々と照らし出すような、緑色の閃光が走り、俺の視界の先を飛んでいた光を飲み込んだ。
(撃たれた……レーザーみたいなので落とされたのか。まだ、あいつは一発も撃ってなかったのに……!)
俺より前にここに来て、『混沌』と戦っていたのか――いや、そんな感じはしなかった。俺と同じように、空中での動きを試したあと、敵の存在に気づいた直後に撃たれたのだ。
――そして俺も、混沌の射程に入っているとしたら。もはや勘だけで、俺は急旋回し、今居た場所から全速で離れようとする。
(うわっ……!?)
閃光が再び視界を埋め尽くした。しかし、俺の意識は続いていた。
直感だけの回避行動で、俺は攻撃をかわしきった。
――怖い。当たれば終わりで、そのとき俺は死を体感することになる。耐え切れず、魂がロストするかもしれない。
だが、それ以上に生存本能が勝る。こんなわけのわからない状態でも、アドレナリンがどばどばと分泌されている感じ――やってやる、という衝動が湧きおこる。
(……一矢報いてやる……1ポイントどころじゃねえ! 連弾でぶち込んでやる……!)
そんな使い方ができるのかは知らない。俺はさっき撃ってきたレーザーの角度から敵の方向を見極め、フライトシムの見よう見真似で、旋回しながら宙返りし、敵の方向を向く。
(インメルマン・ターン――ってあぶねえぇ!)
宙返りする途中の軌道を射抜くように、光線が放たれる。どうやら俺の素人同然の空中機動も、回避には貢献してくれたようだ。
――眼前、はるか先に、『混沌』が見える。
それは黒い太陽のようで、緑色の光をまとい、黒い球状の表面から、いくつも触手のようなものが突き出て、ゆらゆらと蠢いている――そして、俺の他に混沌に挑んでいた『尖兵』がまた、触手の先端から放たれた光線で撃墜される。
(混沌に、まったくダメージを与えられずに消された……天使が俺に勧めないわけだ……だが……!)
俺は光の刃の筒を、混沌に向ける。そして連射するイメージで、光の刃を射出する――!
「――喰らいやがれぇぇぇぇっ!」
――自分でも雄々しい叫びだ、と思ったのだが。
光の刃は俺のイメージ通りに連射される――16連射で。俺の発想においては、秒間16連射が人間の限界レベルだと思っている。それ以上の名人もいるかもしれないが。
しかし何の手応えもなく、光弾はヒュンヒュンと混沌に吸い込まれていった。
(よ、弱すぎる……そして弾切れ……!)
光刃を撃ち尽くすと同時に俺は動くこともできなくなる。
まさか、飛行と攻撃のエネルギーが共有されており、しかも有限とは。
そしてミスったと後悔する時間すら与えられず、目の前が緑色の光で染まった。
「――あれ?」
やけにあっさり、意識が戻った。意識と言っていいのか謎だが、とにかく天使のいた空間に戻ってきた。
「普通にやられちまったよ……俺の魂が弱いからか? 全然ダメージを与えられなかった……ん? ど、どうした?」
天使が無表情で俺をじっと見ている。あまりにも情けない戦いぶりに呆れているのだろうか……これは気まずい。
「けっこう頑張ったし、わりといけそうな感じがしたんだけどさ……二回は敵の攻撃を避けたし、次はもっと上手くやれそうな気が……って、聞いてる?」
「……っ、……」
口が動いているが、声になっていない。もしや俺は、天使の声が聞こえなくなったのでは――魂がロストしかかっているんじゃないかと不安になる。
「お、俺ってもしかして、もう消えそうだったりする? さっきのダメージで」
「そ、そんなことはない……私が驚いているのは、そんなことではない。なぜ、『身体を失って』平然としていられる? あらゆる生命は、そのショックに耐えられるものでは……て、天使すらも……」
「え……そんなにすごいことなのか? 身体がやられたって、魂は戻ってくるって言ってたよな。その通りになっただけだろ?」
「……た、確かに、その通りだが……まさか、まだ続けるつもりなのか?」
「全然経験値溜まってないから、そりゃ続けるよ。そうだ、溜まった経験値ってどうやって確認できるんだ?」
「わ、わかった……今表示する。おまえが、先ほどの交戦で得た魂経験値は……」
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魂番号:62,4884,2999
EXP:16
状態:正常
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「16……しかも、『正常』だと……?」
「お、16発も撃ち込めてたか……16連射をイメージしたからな。この番号って何桁だ……62億番って、地球の人口が70億人超えてるって話だから、これが魂番号ってことか」
「お、おまえは……普通はEXPが0で、状態も正常どころか、『要修復』『欠損』『消失』になっていることがほとんどなのに。なぜ、元の魂の形を保っていられる……!?」
天使が本気で驚いている。たぶん、俺が混沌の攻撃を食らって戻ってきても、平然としてるからだろう。
しかし俺は、それに対して、自分なりの答えを見出していた。
「だって、光線で一瞬で肉体を消されるのも、落雷で死ぬのも、俺にとってはたいして変わらないしさ」
これくらいの『死』なら、何度繰り返したって、俺は今のまま変わらない自信がある。痛めつけられて苦しみながら死ぬのなら、もう嫌だと言っていたかもしれないが。
「か、変わらないだと……天使でさえも、受肉して死を迎えれば、苦痛で魂に瑕疵を負うのに……」
「なるほど、天寿を全うすればそこまで苦しくなく死ねるから、何度も輪廻できるってわけか。でも俺には、混沌と戦って何度も死んで、魂経験値を稼ぐのはあってるみたいだ。さあ、続けようか」
「っ……わ、わかった……偶然が、何度も続くとは思えないが。扉は開けておくから、好きにすればいい」
俺が生まれ変わったあと、不幸になろうが知ったこっちゃないという天使に、一泡吹かせられた――しかし彼女は美人なので、別に意地悪したいわけではない。
さて、次のドッグ・ファイトに挑むか……と思ったところで、俺はふと思い当たる。俺が欲しい特典をもらうには、どれくらい魂経験値が必要なんだろうか。
※ 次回は7:00に更新です。