姫騎士の章・5 別邸初日
王都の王族が暮らす区画にあるマリアンヌの別邸は、彼女が連れていきたいと言うだけあって、金貨一万枚で買える家よりさらにグレードが高かった。貴族が暮らす家より格上なのだから、もう家なのか宮殿なのかという豪華さで、まず玄関ホールの天井が高く、天井に天使たちが戯れる絵画が書かれていたりする。あんなところに絵を描くとは、王族お抱えの画家はルネサンス期の芸術家と同等の技術力があるのでは、と感心させられた。
そして寝室は元の家の二倍ほど広く、ベッドが部屋の中央に置かれている。丸いベッドを見て、クレアとファムがおずおずと俺の顔をうかがってくる。
「ああ、いいよ。自由に遊んでくれ」
「あ、遊ぶというか……これから沢山使うことになるので、柔らかさを確かめてみたいです」
「……リョウは、夜にならないと遊んでくれないから、たまにはお昼がいい」
そう言われると今からでもという気分になるが、俺はファムの頭に手を置き、柔らかい髪を梳くように撫でる。
「明るい時から遊ぶと、俺は二倍くらい元気になるからな。夜は四倍元気になるけど」
「す、すごいです……っ、そのまま次の日になったら、ええと、八倍になるんですか?」
「その日の夜は十六倍だな」
「……いつも、優しくしてくれてるってよく分かった。でも、ときどきは、そうじゃなくてもいい」
ファムの精一杯のアプローチ。彼女は身体に傷こそあるが、元気になってきてからは実は体力はクレアよりあったりするので、無理をしているわけでもない。
むしろ、徐々にクレアより積極的になりつつある――と、夜に一緒に寝ているときのことを思い出して、頭の中がそっちの方向に引き寄せられてしまう。
「そ、そんなに激しいというか……本気を出すとやはり、人智を超えた行為に発展してしまうのね……私の脆弱な身体で、あなたの責めを受けきれるかしら……」
俺たちを案内してくれているマリアンヌが話に加わってくる。いきなり話に入ってくることについては、もう俺も順応してきていた。
「話に加わってくるなり、最も過激な妄想を口にしないでくれないか。二人の教育に悪いだろ」
「あ、あの……ご主人様、私、身体も心もすっかり大人ですよ?」
「……私は……ちっちゃいけど……」
ファムもクレアに対抗しようとするが、胸を比較して「勝てない」とすぐに悟ったようだった。クレアは初めは不思議そうな顔をしていたが、ファムが胸を気にしていることに気づき、顔を赤らめる。
(獣は身体が大きいほうが強いからな。つまり胸においても、縄張りの中での上下関係が……ファムは成長しても大きくならなさそうだから、少し分が悪いな)
「そんなことはないです、おいしいごはんを食べて、いっぱいお肉をとってお乳を飲めば大きくなります」
「っ……く、クレア、そこで心を読むのは……っ」
「ふぁっ……す、すみません、私、つい……っ」
クレアは慌てて口を塞ぐ。ファムは耳を垂れて、しゅんとしつつ俺を見た。
「……リョウ、そんなこと考えてたの? 私は小さいから、大きくしたほうがいい……?」
「ち、違う、そんなことはないからな。大きくなるかもしれないけど、もしそのままでも、俺は気にしないから」
「……よかった。おっきくないといやだったら、もうさわってくれないかと思った」
「よかったですね、ファムさん。私はご主人様は、胸の大きさを気にされない立派な方だとわかっていました」
「褒められてるのか何なのか、わからないぞ……」
クレアにはクレアの、大きいなりの武器というか得意技があるので、それは大事にしていくべきだと思う。
「リョウが別け隔てのない性格ということが分かって良かったわ。クレアさん、ファムさん、私と一緒にリョウと共に、この別邸を私たちの新しい家としましょう」
「いきなり話が飛んだな……でもまあ、気に入ったのは確かだけどな。マリアンヌはどれくらいの頻度でここに来るんだ?」
聞いてみると、マリアンヌは少し驚いたように目を見開く。
「……来ていいの? わ、私は……あなたたちに、助けてもらったお礼として、住みよい場所を提供したくて……」
「いつでも来られるように、王宮の近くに住んで欲しかったんじゃないのか?」
「そ、それは……そうだけど……あ、あなたには、私の言うことを聞く理由なんてないから……」
優しくされても素直になれないとは、ブレない性格だ。高飛車に振舞っていても、内心はちゃんと色々考えているのだと思うと、もう少し彼女の心情を推し量ってあげたい気にもさせられる。
「……ま、まあ、当然といえば当然ね。ここは私の所有している屋敷なのだから。それこそ、毎日滞在しても文句を言われる理由はないわ」
「ああ、それでいいんじゃないか……というか、俺の奴隷にしてくれって言ったんだから、二人にも挨拶しておかないと。クレア、ファム、後輩が増えたぞ」
「っ……お、お姫さまが、ご主人様の奴隷に……!?」
「……リョウ、お姫様よりえらいの? お姫様よりえらいのは、王さま……?」
クレアもファムもかなり驚いている。マリアンヌは一度は否定しそうだと思ったが、意外にも落ち着いたままで驚く二人を見ていた。
「ええ、これからよろしく。あなたたちには、色々教えてもらえると嬉しいわ。リョウがどんなことをしたら喜ぶのか、どんなことを恥ずかしがるのか……特に女性のどんな格好が好きかは、ぜひ教えてもらいたいわね」
いきなりどこまで突っ込んだ話をするのかと思うが、俺のためだと思うと咎めにくい。いいのかお姫様、と突っ込む時期はもう過ぎてしまった。
「私もまだ、勉強中ですけど……ご主人様の心を読んで、一つわかっていることがあります」
「……リョウは『裸えぷろん』……? が好き。私たちに、してほしがってる」
「し、してほしくなくはないけど……というか、そういうのを読むな。そこまで裸エプロンのことを常に熱心に考えてるわけじゃなくて、クレアが料理してるときにチラッと思っただけだぞ?」
クレアとファムが二人のとき、どんな話をしてるのか……見たいような、怖いような。俺が考えてるろくでもないことについて、ご主人様は仕方ないですね、という話をしているのだろうか。かなり恥ずかしい。
「……裸……エプロン? エプロンとはなんのことかしら」
「お料理をするときにつけるものなんです。裸ということは、素肌の上から身につけることになります♪」
「た、楽しそうに説明しなくていい。姫騎士様には縁はないだろ、そういうのは」
「そうやって決めつけて、私のことを仲間はずれにするつもりね……ふふっ、いいわ。あなたは私のことを侮っているのでしょうけど、私はその裸エプロンというものを見事にこなしてみせる。見ていなさい!」
マリアンヌは騎士鎧姿で俺を指差してくる。人に指差しはよくない、という以上に、マリアンヌが裸エプロンをしたらどうなるか、とつい想像してしまう。
(す、すごいな……鎧姿からは想像もつかない。ギャップが大きすぎて……)
「クレアさん、ファムさん、早速裸エプロンというものが何か、私に教えてちょうだい」
「は、はいっ……ファムさんも、せっかくですから作ってみますか? 縫い方を教えますので」
「……作る。私も仲間はずれはいや」
「私は先輩を尊重しますから、抜け駆けはしませんわよ。リョウ、それではごきげんよう」
三人は連れ立って行ってしまった。マリアンヌは裸エプロンの意味を知らずに乗り気になっているが、あとで真実を知らされ、自ら退路を断ったことを後悔し、羞恥に震えているように見せつつも、実は見て欲しいということになるのだろう。だいたい彼女の心理は、手にとるように分かるようになってきた。
『なんですって……そ、そんな服装をしたら、お、おしりが丸見えじゃない!』
しばらくしてそんな声が聞こえてきたが、また静かになった。お姫様がお尻なんて言っていいのか、と俺はしばらくベッドに座って考えたが、家の中ならいいのではないかという結論に落ち着いた。いいのかそれで。
結局マリアンヌはそれから毎日別邸に滞在し、住人の一人となった。
そしてそろそろ、ダークエルフ討伐に向けて動こうと思った時、俺達の元にある情報が入った。
また亜人の集落が、亜人狩りに襲われた――そして。
マリアンヌの命を受けて亜人狩りの行方を追っていた密偵が、山奥の洞窟に亜人狩りの一団が入っていくのを目撃した。
亜人狩りにとって、重要な拠点の一つである洞窟。俺はその場所を教えられ、直ちに向かった。
ついに宿敵であるベルゼビュートと相まみえることになる――その時を前に、急ぐ気持ちを制しながら。
※次回は夜に更新です。




