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姫騎士の章・4 本音

 俺としてはまだ半信半疑なのだが、マリアンヌに同行してきたジュード氏の満面の笑顔を見ると、うますぎる話だと疑う余地がなくなってしまった。


「あなたのような英雄を王都に迎えることができ、国王陛下もお喜びですし、我ら家臣一同も大変光栄に思っております」

「い、いいのか……? どこの馬の骨とも分からない男ってやつじゃないのか、俺は」

「そんなことは決してございません、S級冒険者は戦力に換算すると、千人の騎士に匹敵するものと言われております。その戦力を惜しみなく、姫さまの救出に注いでくださった。その勇気と判断力、これを英雄と言わずしてなんと言いましょうか」


 数日会わないうちに、この壮年の騎士殿は、俺に対する評価をぐんぐんと上昇させていたようだった。年齢相応の威厳のある人物にまるで少年のように目を輝かせて話されると、こちらがかしこまってしまう。


「ジュード、リョウと話すのはいいけれど、彼にも移住の準備をさせてちょうだい」

「はっ……リョウ殿、荷物については我らにお任せください。荷車を準備しております」

「い、いや……この家を出るわけじゃなくて、一時的に移り住むだけだぞ?」

「住み心地が良かったら、移る可能性もあるでしょう。それなら、数日分は滞在の準備をしておいた方がいいわ。本格的に住むと決まったら、以降の世話は私に任せておきなさい。あなたたち三人分の生活の世話を手配するくらいは、どうということはないわ」


(……言い方はあれだけど、結構世話焼きなのかな? いや、部下に命じてやってもらうだけだろうけど)


 しかし、これだと姫のヒモにさせられてしまいそうな……俺は自立してみんなを養い、甘やかしたいので、誰かの庇護を受けるのは遠慮したい。



 ◆◇◆



 クレアとファムは持っていく服や雑貨を選んだりと、意外に時間がかかっている。俺も自分で持っていくものは選ぼうと思ったのだが、やはりマリアンヌの言うことに従わされていることに納得がいかなくなって手を止める。


(このまま王族の別邸に行ったら、そのまま住ませられるよな……そうなったら面倒なことにならないか? 俺はまだ自由に動きまわらないといけないし、何よりベルゼビュートを倒さないといけない)


 俺の立場上、束縛されることはないだろう――というかできないが、このまま流されていいものだろうか。お試しで住んでみたら居心地が良かったり、クレアとファムが気に入るということも考えられるわけだが。この家は拠点の一つとして使えばいいし、無駄にはならない。ハウスキーパーを雇う必要はあるだろうが。


「……リョウ、手が進んでいないわね」

「っ……まったく、お姫様なのに礼儀はどうした? 何も言わずに部屋に入るなよ」

「あなたのことだから、用意をしているうちに、私の言うことに従うのが気に食わなくなったのではないかと思って。違うかしら?」


 艶やかな髪をかきあげながら、マリアンヌは言う。私の言うとおりでしょう、と自信すら感じられる態度だが――山賊の砦で会ったときから、この態度は一貫してブレない。


「まあそうだな。悪い話じゃないと思うけど、何でも言うことを聞くと思われるのは困る」

「……それなら、どうすれば、気持ちよく私の別邸に来てくれるというの? 頭を下げてお願いすれば、あなたの自尊心を満足させられる?」

「じ、自尊心っていうか……あまりに急すぎて、疑わずについていったら、俺が単純な奴みたいじゃないか」

「人の好意は、遠慮せずに受け取るものよ。小さなころに、そう教わらなかった?」


(教わったような、そうでもないような……って、なんで俺が説教されてるんだ。まったく、この姫様は……)


 俺を挑発するとどうなるか、一度は教えてあげたのだが――それを考えると、俺もあまり強く出られないというか。本当は、そんなにぶつかり合いたいとは思ってない。


 性格には難があるが、彼女は掛け値なしの美人だし、根は悪人でもなんでもない、むしろ正義感のかたまりだ。それが危険を招くこともあるが、そうなるとしても、俺が守ってやれば別に問題はない。


 ――いや、別に守ると決まったわけじゃない。美女に弱いことは否定できないが、マリアンヌも別に、これから俺に守ってほしいなんて、考えてはいないだろう。


「……リョウ・カシマ。聞いているの?」

「聞いてるよ。分かった、姫様の別荘に行く準備はするよ。クレアとファムも楽しみにしてるから、今さらやめるってわけにはいかないし。俺も内心を言えば、少し楽しみにしてはいるんだ」

「そ、そう……すごく嫌がっている、というわけではないのね……」


 マリアンヌは板金鎧の上から胸を撫で下ろす。その顔は赤らんでいて、しきりに耳の辺りを気にして触る仕草が、何ともいえず男心をくすぐってくる。


(髪をしきりに触ったりするのは、緊張してるから……というのを、どこかで聞いた気がするけど……)


 俺に対してマリアンヌが恋心を抱くとか、そういうことは決してないと思っていたのだが。誘拐されたところを助けたことでつり橋効果が生じてしまったというのも、考えられなくはない。


 ――なんてことを考えていると、マリアンヌはきっ、と俺を睨みつけてきた。


「な、何を見ているの。いいから早く支度をしなさい、あなたの気持ちなんてどうでもいいのよ」

「め、めんどくさいやつだな。そんな言い方しなくてもいいだろ」

「っ……わ、私に歯向かうつもり? もういいわ、あなたなんて……っ」


 嫌い、という言葉が続くのかと思った。

 しかしマリアンヌは何も言わず、勢いをなくしてうつむく。そして俺は気がつく――彼女の手が、震えていることに。


「……どうしたら……」

「え……?」

「……どうしたら、あの子たちみたいに、私にも優しい目を向けてくれるの……?」


 マリアンヌはゆっくりと顔を上げる。その目には涙がたまり、真っ赤になっていた。


「私が、あなたのものにしてほしいって素直に言えないから……?」

「っ……」


 言えないと言いながら、全部言っている。そう、当たり前の指摘をすることもできなかった。

 そんなことを考えるのは、ますます都合が良すぎると思っていた。なのに、マリアンヌは自分の言葉で、俺の想像を肯定してしまう。


(俺のことが好きかも……じゃなくて、本当に好き……なのか……?)


「……あのエルフの子みたいに、あなたに首輪をつけてもらえばいい? そうしたら、私のことを……」

「ちょ、ちょっと待て……極端すぎるだろ!」

「わ、私は……あの山賊たちに、あのままだと貞操を奪われるところだった。自分では良くわからないままに……あなたに助けられて、王都に戻ってから、少しずつ分かってきたの。私はあなたに助けてもらった立場で、言う資格のないようなことばかり言って……あ、足をなめて欲しいなんて……」

「……ま、まあ、それは確かに……でも、お姫様が首輪をつけるっていうのは、さすがに飛躍しすぎじゃないか?」


 俺とクレアとの間には、奴隷という言葉以上の繋がりがある。しかしマリアンヌは、どんな方法でも、その繋がりに近い関係になりたいと思っている。

 ――それこそ、彼女はなりふり構うつもりなどないのだと、次の瞬間に見せつけられた。


「な、何を……ま、マリアンヌ……」


 マリアンヌは床に膝をつき、手をついて、俺に頭を下げる。長い髪が床につくことにも構わずに。


「……私はあなたに屈服したい……心から、あなたに征服してほしいの……!」


 まさか、お姫様の艶やかな髪にかかる天使の輪を見ながら、そんな告白を聞かされるとは。

 ――いや、分かっていたのかもしれない。彼女が素直になれないだけで、なんとかして、俺の好意を得ようとしていることには気づいていた。

 そしてマリアンヌは、俺がまさかやらないだろうと思うことをやってしまった。


 やってしまった、なんていうことはない。彼女がそうするように仕向けたのは、他ならぬ俺自身だ。

 いつでも出入りできる別邸に来てほしいと言う理由を察していながらも、行くかどうか迷う素振りを見せた。その時点で、マリアンヌはすでに必死だったのだ。


「私にできることなら何でもする……あの子たちと同じように、あなたに接することを許してもらえるなら、私にも首輪をつけてほしい。私はあなたの奴隷になりたい。もう、あなたなしじゃ生きていけない……そうじゃなかったら、こんなふうに訪ねてきたりはしないわ。あなたの家とあなたの穏やかな暮らしを見たかったんじゃない。こうして会いに来なかったら、あなたはきっと、私のことなんて忘れてしまうから……」


 ひとこと思いの端を口にしてしまえば、彼女の告白は止まらなかった。

 俺に気づかれないように伺っていたこと、俺に気に入られるより先に、クレアとファムに気に入られなければならない、そういう意味の言葉を口にしたこと。

 俺が別邸に行く準備をしているか、心配で見に来たこと――全て、マリアンヌの気持ちの現れだった。


 そしてマリアンヌは、物入れの中に入れていた革細工の輪――手がこんだ意匠ではあるが、おそらくは奴隷の首輪を、俺の前に差し出した。


「お、おい……それ、どこで手に入れたんだ?」

「ある程度の魔法の技術があれば、どこでも作れるわ。奴隷商人が持っていて、王宮の魔法使いが作れないものがあると思う?」

「……姫さまに着けさせるための首輪を作らされてるなんて、頼んだ魔法使いは絶対思ってないだろ」

「……私とは子供の頃からの付き合いだから、ちゃんと相談はしているわ」

「ど、どんな相談したっていうんだ?」


 あまりにも行動が斜め上すぎて、純粋にどういう経緯で奴隷の首輪を手に入れたかが気になってくる。マリアンヌは少し言いにくそうにしながら話を続けた。


「じ、自分で外せないようにしたほうが……私の忠誠を、これと決めた男性に伝えることができるかという話もしたのよ。その魔法使いは女性なのだけど、男はなんでも征服するのが好きだから、喜ぶはずだと……」

「……いいのか、それで。私はあなたには屈しない、っていう性格だと思ってたんだが……?」

「だから、屈していないわ。あなたが私につれなくしても諦めるつもりはないし……奴隷の首輪がだめなら、他の方法を探すわ」

「な、なんでそこまで……そこまでして俺に、どうしてほしいんだ。マリアンヌの気持ちに応えきれるか、そこまでされてもあまり自信がないぞ」


 気がつけば地面に手をついている女性に対して、たじたじになっている。マリアンヌはそれでも調子に乗ったりすることはなく、ゆっくり顔を上げ、俺を見上げながら言った。


「……私はあなたに可愛がってもらえたら、それでいいの。他に、どうして欲しいわけでもないわ」


 そして俺は少し考え、こういう時にも記録セーブすべきなのかと考えた。首輪をつけて、やはり姫に首輪をつけるなんて、と後悔したら、やり直せばいい。


 ――しかし、俺は思う。何度繰り返しても、マリアンヌはこうして俺に礼を尽くし、何とか別邸に来てもらおうとするのではないかと。


「……く、首輪は、今のところは保留にしておこう。ジュードさんもさすがに驚くからな」

「……いいわ。着けてもいいと思ってくれたのなら、それで十分。あなたにとって、私は征服する価値のある女だということだもの……」


 俺は手を差し出して、マリアンヌを立ち上がらせる。彼女は俺と手を握ったままで離さず、じっと見つめてきた。


「……この家のこと、ぼろいって言ってごめんなさい。あなたを、ここから連れ出したくて……つい、言ってしまったの」

「そうやって素直でいてくれると、逆にいいのかなと思うんだけどな……」


 あまりにも、お姫様らしすぎて。

 輝くような艶髪を飾る天使の輪に、土下座。何か懐かしいという気持ちにもさせられる――ソロネとマリアンヌは、似ているわけではないのだが。


「さあ、早く準備をしなさい。クレアとファムに命じるように、私にもあなたのお世話をさせて。服はここに入っているのかしら?」

「お、おい、それは……勝手に開けるな、下着が入ってるんだ」


 チェストを開けて俺の下着を取り出すと、マリアンヌは顔を赤らめる。

 そして何をするかと思っていると――さっき奴隷の首輪を出した物入れにしまいこんだ。


「ちょっ……せっかく姫様らしいと思ったのに、手癖が悪すぎるぞ!」

「手に入れたいと思ったときに、手に入れる。それが私の信条よ」

「誇らしげに言うことか! そ、それと、クレアとファムは先輩なんだから、それなりの扱いを……」

「クレアさんとファムさんは、いつもこんな楽しいことをしているのね……ご主人様の服を選ぶなんて、なんて楽しいのかしら……ふふっ。あなた、今日はこの服にしてみない? 私が着替えさせてあげるわ」

「話を聞けぇぇぇ!」



 ――こうしてバタバタしていても、クレアとファムは準備に夢中で気づかなかった。こんな時に来てくれたら、マリアンヌに苦言を呈してくれそうだと期待したのだが。


 俺は傍若無人な姫騎士に振り回されつつ、部屋を出る前にはしっかりと革の首輪を渡されてしまった。好きなときに着けてくれていい、という約束つきで。

※更新が遅くなって申し訳ありません!

 次回は夜に更新です。

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