表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/34

猫獣人の章・7 知らぬは主人ばかりなり

※更新が遅れて申し訳ありません!

 次回より姫騎士の章となります。本日更新です。

 ファムの包帯を続けて解いていくと、やはり火傷の痕は半身に大きく残っている。薬を落とすためにどうしても触れる必要があり、クレアがそっと彼女の脇腹に触れた。


「ファムさん、痛くないですか?」

「……だいじょうぶ。くすぐったい」


 さっきまで泣いていたから、まだ目が赤くなっているが、ファムは少し恥ずかしそうに答える。まだほとんど表に出ない感情の色が、次第に俺も読み取れるようになってきた。


「次は、足のほうか……ど、どうしようかな……」


 下着の上から包帯が巻いてあるとはいえ、これを取るのは躊躇してしまう。クレアに任せようかとも思ったが、動かずにいる俺をファムがじっと見つめてくる。


「……やっぱり、見るの、いや?」

「い、嫌じゃない。それは間違いないんだけど……そうだな、恥ずかしがってても仕方ない」


 心臓が早まるのを自覚しつつ、俺はファムの太もものところにある包帯の結び目を緩め、解いていく。膏薬のおかげでスムーズに剥がれていく――片方の足は火傷がなく、白くてすべらかな肌があらわになる。

 痩せて筋肉が衰えているのかと思っていたが、そうでもない。おそらくは、奴隷商のところに捕らえられてから俺が来るまで、それほどの時間は経っていなかったということだ。


「……片足はきれいでよかった。もう片方は、火傷がある」


 クレアは緊張しているようだが、しかしファムの顔を見ると微笑んでみせた。彼女の手で、ゆっくりと包帯が剥がされていく。

 傷痕はかなり広くに渡っていた。俺は手が震えているクレアの手を握ってやり、代わりに火傷に塗られた薬を、できるかぎり優しく洗い落としていった。


「痛くないか、ファム」

「……平気。さわっても、痛くない……だいじょうぶ」


 ファムは無理をしているようには見えなかった。やはり火傷のない部分の肌は白く、傷のない姿を思うと、胸が締め付けられるものがある。

 ――ファムは自分から立ち上がる。それは、自分の姿を確かめてくれということだと俺は思った。

 ゆっくりと回るようにして、ファムは俺とクレアに身体を見せる。クレアはもう、辛そうな顔をしていなかった。ファムの決断を受け入れ、その姿を目をそらさずに見ていた。


「……やっぱり、俺に見せるにはもったいないくらいだ。もう、しっかり見ちゃったけどな」

「……もったいなくない。リョウには、見て欲しかったから」

「俺がファムをどう思ってるか、伝わったか?」

「……いやがってなくて、うれしい。リョウの近くにいても、おこられない」

「怒らない。怒るわけないよ。もし悪戯したって笑って許す。どんな我がままでも聞いてやる」

「ふぅぅっ……うっ……ひっく……ご主人様ぁ……っ」


 じっと我慢して見ていたクレアが、耐え切れずに涙をこぼす。俺はファムと一緒にその肩を抱いて、彼女が泣き止むまでずっとそうしていた。



 ◆◇◆



 ファムの尻尾と猫耳は、シャンプーで改めて洗った。他の部分より心地良いようで、ファムは尻尾を手で梳くと、子猫のような鳴き声をあげた。


「にゃぅぅ……っ」

「ふぁぁ……ファムさん、可愛らしいです……あの、ぎゅーってしていいですか?」

「……ちょっとなら、していい」

「ありがとうございます……っ、それでは……ぎゅーーーー」

「……くるしい……クレア……」


 クレアはもう躊躇うことなく、ファムの傷を気にせずに触れている。ファムもクレアの遠慮がなくなったことが嬉しいようで、彼女に大きな胸を押し付けられて困惑しつつも、嫌がってはいなかった。


 しかし俺の方がうらやましくなってしまう。急速に頭のなかが、平穏に侵食されていく――この感覚は悪くない。


 ファムは洗い終えたあと、ぷるぷると身体を震わせて水を弾き飛ばす。そして、石でできた浴槽に恐る恐る手をつけ、何度かぴゃっと引っ込めたあと、とぷん、と手をつけてこちらを振り返った。


「……あつそうだったけど、触ったら、ちょうどいい」

「急に熱いお湯にすると、しみるかもしれませんからね」

「えーと、しばらくは薬湯にしたほうがいいらしいから入れるぞ。これは肌にいい薬草で、俺達が同じ湯に入っても大丈夫らしい」


 ローラにもらった薬湯の布袋を入れると、水が白っぽく濁る。ファムは目を輝かせ、尻尾をふりふりとして、変わっていく湯の色を見つめている。


「ご主人様、ファムさんのかわいいところを見せてくれて、ありがとうございます……っ」

「ははは……いや、俺も狙ったわけじゃないけどな」

「おふろ、はいっていい?」

「ああ、いいよ」


 ファムは片足を上げて、意を決してとぷん、と足先を湯に入れ、お湯に肩まで浸かった。さらに深く口元まで浸かって、俺達の方を見てくる。ピコピコ、と三角の猫耳が揺れている――片方しかなくても、愛らしいことに変わりはない。


「じゃあ、二人でゆっくりと……」

「ご主人様も一緒に入ってください、お風呂の中で大変なことがあってはいけません」

「な、無いんじゃないか……? ファム、俺も入っていいのか?」

「……入って?」


 『いい』『悪い』ではなく、命令気味に言われてしまった。そうなると俺も覚悟を決め、風呂に入る。大事なところを隠すためだけに、タオルを使うことを許してもらった。


 クレアも当たり前のように一緒に入ってくる。この家の風呂は五人くらいまでなら、特に窮屈でもなく一緒に入れる広さだ――三人だと、ファムが泳いだりする余裕もある。


 すいすいとファムは泳いできて、俺達の前にちょこん、と止まる。尻尾が泳いできた流れによって俺の前にゆらゆらとやってきたので、水中でも手で梳いてみることにした。

 柔らかい毛の手触りは、こうして触ってもなかなか癖になる。俺は両手を使って、ファムの尻尾を触り始める。


「あ……ご、ご主人様。ファムさんの尻尾を、そんなに触ったら……」

「ん? ああ、あんまり手触りがいいから、ついな」

「……いっぱいさわってる……私のしっぽ……」


 ファムの顔がだんだんと赤く染まってくる。耳まで赤くなってきたところで、これはのぼせてきたんじゃないかと心配になる。


「……ご主人様、もしかしてファムさんは……い、いえ、何でもないですっ」

「ん……う、うわっ……」


 今気づいたけど、クレアは普通にお風呂に入ってるだけで、双子の山がぷかぷかと浮いている。布で髪をまとめてアップにしている姿もあいまって、色気が半端ではない。


(今夜寝室に来てくれって言ってたしな……さ、誘ってるのか……?)


「……も、もうしっぽはだめ……」

「おおっ……ご、ごめん。ついさわり心地が良かったもんだから」

「……だめじゃないけど、だめ」


 ファムはそう言って、湯船の中で背を向けてしまった。何にせよ、風呂自体は気に入ってくれたようで何よりだ。



 ◆◇◆



 風呂から上がったあと、俺は寝室で、クレアとファムは客室のベッドで寝ることになった。

 というより、俺がそう指示した。寂しくはあるが、基本的にベッドは一人一個の方がいい。客室に備え付けてあったベッドの存在を思い出したのは幸いだった。


「さて、寝るか……」


 つぶやいても一人というのは微妙に寂しいが、これは仕方ない。俺は奴隷の待遇を良くしたいと思う主人なのだ。ファムは俺の奴隷ではないが。


 ベッドに入って毛布をかぶる。クレアとファムはもう寝ただろうか、そんなことを考えながら目を閉じる。


(明日は……どうするか。その前に……)



//---------------------------------------//


  SYSTEMCALL>SAVE

?NAME:リョウ・カシマ

1156/3/19 22:53

SAVE RENEWED .


//---------------------------------------//



 久しぶりに脳裏に流れるセーブのログを見て、俺は安堵を覚える。こうして大切なことが起きた一日が終わるとき、そのたびにセーブするのもいいと思えた。


 ――やり直さなければならないような出来事が、起こらない一日を重ねていく。それが『日常』に変わっていけばいいと思う。





 いつの間にか眠りに落ちていた。ふと意識が浮上してくる――だが、身体を動かそうという気にはならない。

 キィ、と扉の音がする。どうやら俺は、扉が開いた音で気がついたようだった。


「……ファムさん、そちらからどうぞ。私は、こちらから……ゆっくりですよ……」

「……私は、素足だと足音がしないから、大丈夫」


 ひたひたというクレアの気配と、無音のファムの気配が、左右から近づいてきて……そして、ベッドに入ってくる。


 そこで俺は、彼女たちが何をたくらんでいるのかを悟った。


「失礼しますね……ご主人様……」

「……リョウ、あったかい……」


 左の腕が柔らかいものに包まれる。右手は、かすかだけれど、けれどたしかな張りのある膨らみに触れる。


(む、胸を押しつけてる……ち、違う。腕に寄り添って寝てるのか……し、しかし……)


 柔らかい感触が胸だと思うと、全く落ち着かない。二人がベッドに入ってきたことは嬉しいが、これでは微動だにもできない。


「……ふにゃ……ねむい……あったかくて……」

「……私もです……ふぁ。ご主人様と一緒に……仲良くしたかったのに……」


 耳をくすぐるようなささやき声が、やがて聞こえなくなる。二人は眠りについてしまったようだ。

 俺は二人に腕を取られたままで、抜け出すわけにもいかず――それから小一時間の間は、延々と煩悶し続けた。





 また、気がついたら眠ってしまっていた。

 何か腰の周りが軽いような気がする。ファムとクレアは、変わらず眠っている。

 すごくいい夢を見た気がするので、俺はまだしばらくそのままで、二人の寝顔を見ていた。


「……リョウ……すき……」

「……リョウ様……もっと……さしあげますね……」


 思わせぶりなセリフというか、甘いささやきは、咎めようがない。

 幸福な朝は、俺が動いただけで終わってしまう――ならば出来るだけ身じろぎもせずじっとしていよう。


(とりあえず、ファムのベッドはキャンセルしとかないとな……キャンセル料っていくらだろう)


 何かいい夢を見ているのか、ファムはぴくぴくと耳を動かしながら、楽しそうに微笑んでいるように見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ