エルフの章・5 家を買うまで
クレアの寝顔を見ていたはずだったが、俺もまどろみに誘われて、二度寝してしまった。次に気が付くと、部屋の外から呼ぶ声が聞こえている。
「カシマさん、朝食の時間ですよ。決まった時間に片さないといけないので、そろそろ来てください」
「あ……は、はい! すぐ行きます!」
「ご、ご主人様、お着替えはこちらです。私が着せますので……あっ……」
クレアは起き出してきて、テーブルの上にある俺の服を手に取り――その一枚目がパンツであることに気づいて、何を思ったか顔に押し付けた。
「……まさか、洗濯してないから匂いが気になるとか?」
「すぅ……はぁ……」
「そ、そこまでじっくり確認しなくていい! それに、クレアこそ服! 寝間着の下をはいてないぞ!」
「はっ……きゃぁっ! ご、ご主人様、見ないで……いえ、見てもいいです!」
「よし、じゃあ見る!」
「……や、やっぱりだめです!」
「じゃあ俺にクレアの服を着替えさせてくれ!」
「だ、だめです、ご主人様、そんなっ……そ、そこはっ、腕を入れるところじゃなくて、頭を出すところです……」
「へへへ、じっとしてないと別のところに入れちまうぞ!」
「カシマさーん、仲良くされてるのはいいんですけど、そろそろ来てくれないと困りますよ!」
◆◇◆
クレアに朝食の後で弁明を求めてみたところ、俺の匂いが気に入ったので、つい嗅いでしまったということだった。匂いフェチなのかもしれない……こんな綺麗な顔をして、本当にけしからん。
(……って、俺はちょっと浮かれすぎだな。いくら念願が叶ったとはいえ、頭のネジが緩み過ぎだ)
さっきのクレアとのやりとりを思い出して頭を抱えたくなる。あんなバカップルじみたやりとりを聞かされたら、それは宿の女将も苦笑いだろう。
「ご主人様、今日はどうしますか? 昨日受けたお仕事、私にお命じいただけますか?」
「この町に来てから今のところは大丈夫みたいだけど、亜人は狙われがちなんだよな。それならクレアにはついてきてもらった方がよさそうだ」
「はい、ご主人様についていきます。でも、亜人狩りはこの国では罪になります。奴隷を売る人たちも、表向きは亜人を扱わないです」
(なるほどな……そうなると、クレアの村の人たちの手がかりを得るには、奴隷市場で裏の商品を見せてもらえるようにならないといけないわけか)
近いうちに、奴隷市場を見に行かないといけない。その前に、生活の基盤――家を手に入れることだ。
「クレア、家っていくらくらいするかわかるか?」
「家は金貨三千枚から、一万枚くらいです。土地の書類もついてくるって、お父さんが言ってました。大地は精霊のものだから、それでお金をとるのはおかしい、とも言ってました」
人間と亜人が相容れないのは、そういった理由もあるようだ。信仰上の相違が大きいと、多数派がどうしても少数派を虐げる構図になってしまう。
「じゃあ、一万枚は用意しとくか。高い買い物だから、後悔することは避けたいしな」
「い、一万枚……ご主人様、お仕事でためますか? 今のお仕事は、ひとつで金貨1、2枚です。たくさんお仕事しないと、集まらないです」
「大丈夫、まあ任せとけって。今日は忙しくなるけど、クレアは疲れたら途中で休んでもいいからな」
「私、休みません。少しでもご主人様のお役に立ちたいです」
華奢な身体の彼女に、ゆうべはかなり無理をさせてしまったと後悔したが、戦士であり回復魔法も使える彼女は、既にすっかり元気になっていた。
それはそれで、夜がまた楽しみになってしまう。考えを読まれてはいけないので、俺は仕事に意識を向けた。
深く考えずに受けた依頼だったが、色んなところに行って目的を達成し、代価を得るというのは派遣の仕事に似ていると思った。その場で金をもらうわけではなく、仕事を仲介するギルドで金を受け取るというのも、銀行に振り込まれる形式に近いと言えなくもない。
宿を出るときに宿泊をもう一日延長して、俺は朝から小手調べで何個か依頼を遂行した――俺の移動はあまりにも速すぎるので、途中からクレアには、安全そうな仕事を分担してもらった――ペット探しなどは、狩人でもあったクレアにとっては造作もないことで、動物好きな彼女は進んで何件もこなしてくれた。
依頼人に会いに行き、内容を聞いて仕事を遂行し、ギルドに戻って達成報告をする。最初の依頼は仕事の流れを知るために10分要したが、次からは5分で1件の依頼をこなすことができた。あまりにも早すぎたために、Fランクの依頼は根こそぎ俺がこなしてしまい、その場でEランクに昇格してもらえた。
昼になってクレアと合流し、町の食堂で食事でもしようかと歩いていると、ギルドに出入りしているときに見かけた男たちが難癖をつけてきた。
「よう、随分と景気のいいことじゃねえか」
「俺達が受けようとした依頼を、根こそぎこなしちまいやがって。どんなペテンを使いやがった」
「きれいな姉ちゃん連れて、調子に乗ってんじゃねえぞ。新入りは先輩に果たす義務があるだろ?」
三人の男は典型的なチンピラだった。ペテンと言われる理由もわからなくはない――俺は自分の能力を最大限に生かし、目立つので大ジャンプもせず、ただ誰にも見えないスピードで移動して迅速に依頼をこなしただけだ。魔物を狩るときなんてちょっとでも力むと跡形も残らないので、形が残るように加減するよう細心の注意を払った。俺は俺で、いろいろと苦労した。ただ、苦労の種類が人と違っていただけだ。
「……ご主人様、この人たち、やっつけますか?」
「なかなか好戦的だな……でも、そういうのも嫌いじゃない」
「ウダウダ言わずに身ぐるみ置いていきやがれぇっ!」
盗賊かよ、と突っ込みたくなる。三人同時に俺に向かってくるかと思いきや、二人はクレアに向かった――その欲望を隠しもしない顔を見て、クレアは細い眉を寄せる。どうやら怒っているようだ。
手を貸そうか、と目配せするが、クレアは微笑んで答えると、短剣を抜いた。彼女が戦士として戦うときに使う剣だ――俺の鉄剣よりも、その拵えは芸術品のように手が込んでいる。
「ヒャッハァァ! 女だぁぁ! 亜人女なんざ、滅多に抱けるもんじゃねえぞ!」
「――私の髪から足先まで、全部ご主人様のものです……触れさせませんっ!」
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>クレア・リムフィール
精霊魔法「ワールウィンド」が発動しました。
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「はぁぁっ……!」
クレアが逆手に構えた剣が風の力を纏い、彼女が振りぬくと同時に、風の渦がふたつ発生する。
「うぁぁっ……こ、こいつ、こんな高度な魔法を……!」
「エルフ風情が、人間様に逆らっていいと思ってんのかぁっ……!」
「お、お前らっ……うぉっ……!」
クレアの風魔法で二人が身動きの自由を奪われ、俺に切りかかってきたもう一人の斧は、刃が既に切り飛ばされていた。
殺人上等、というレベルの悪人なら殺してもやむなしというところだが、そこまでではない。だが、この町に暮らす上で変に恨みを持たれても何なので、出来る限りのことはしておかなければならない。
「まあ、気持ちはわかる。だけど、また絡んできたら、その時はこれくらいでは済ませない。できればご理解いただけるとありがたいな、『先輩方』」
「て、てめっ……」
――俺に食ってかかろうとした瞬間、男たち全員の装備が全て吹き飛ぶ。見苦しいものをクレアに見せられても困るので、下半身だけは勘弁しておいた。クレアの風魔法も一緒に吹き飛ばしてしまったが、それはやむなしだ。
「お、おおお、おぼっ、おぼっ……!」
「あばばばば!」
「ほあぁぁぁぁぁ!」
三人はそれぞれ、何だかわからないことを言って走っていった。「覚えてろよ」とか言おうとしたのは分かったが、他のふたりは完全に意味不明だ。
「……ご主人様、何をしてるのか全然わからないです……だけど、すごいです……!」
「クレアもかなり強いじゃないか。ダークエルフの魔法封じってやつが、それだけ厄介だってことか」
「は、はい……私、魔法が使えないと、そんなに戦えないです」
「俺が守るから何も心配いらない。魔法のことで頼ることがあったら、その時は頼むな」
「あ、ありがとうございます……私、もっと魔法を勉強します!」
俺が自分で何でもできるというのもいいが、俺が物理で、仲間にはそれ以外を担当してもらうというのも、パーティらしくていいんじゃないだろうか。
「……あ、あの、今日のお仕事はもう終わりですか? 宿、戻られますか?」
「そうだな、Eランクに上がったばかりだから、依頼は明日からじゃないと受けられないらしい。1日1ランクずつ上げていけば、目標額もすぐ達成できそうだ」
二人で家を買うために頑張る。奴隷と主人の関係というより、俺も何度か言っているとおり『家族』なのだが――まだ、クレアはその言葉を深く捉えてはいないようだ。
「あ、あの……ご主人様……」
「ん?」
「……あ、赤ちゃんができたら……あの、ご主人様の……」
「っ……そ、その時はそうだな……俺も父親としての自覚を持たないとな」
「は、はいっ……! ありがとうございます……!」
「え、えーと、それってもしかして、もうできたかどうか分かるとか?」
「わ、わかります。精霊が、知らせてくれますから……でも、まだみたいです」
「そうか……い、いや、俺も何て言っていいのか……もし授かったら嬉しいけど、昨日の今日だからな」
話が急過ぎる、なんてこともないと分かっているが――こんな話題を自分がすることになるとはな。
「……ご主人様、とっても素敵でした。私、ご主人様が戦うところを見るの、好きです」
「そう言ってもらえると安心するな……わっ……く、クレア……」
クレアは頬にキスをしてくれた。最強といえど、女の子の不意打ちのキスは避けられないものだ。
「そういう恥ずかしいことをするなら、俺も恥ずかしい命令をしないといけないな」
「恥ずかしい……は、はい、ゆうべみたいなことなら、私はいつでも嬉しいです……」
「そ、そうじゃなくて。えーと……帰るまで、手を繋ぐとか……」
「……っ」
奴隷と主人、一晩を共にしてから始まる関係としては、なぜだかプラトニックな気はする。
しかしクレアはもう声も出ないくらい嬉しいみたいで、震える手で俺の手を握り、頼りきった目で俺を見上げてくる。
――さらに寄り添ったりするには、もうちょっと時間がかかるだろうか。そんなことを考えつつ、俺たちは二人並んで宿へと帰っていった。
そして、4日後。
俺の冒険者ランクは1日に1ランクずつ上がっていき、Bランクに到達した――そして報酬が上がっていったこともあり、同時に金貨一万枚が溜まっていた。
異世界で買う、初めての家。新居を見るクレアは、もしかしなくても俺より嬉しそうなんじゃないかと思うくらいだった。
白とグレーの木材を組み合わせた、二階建てに地下室までついた家。町の一等地に建てられた金貨一万枚の家は、この町でも最高のグレードだった――こんなに大きくていいのかというほどに。
「クレア、俺はもうちょっと稼いで、内装とかを綺麗にできるようにするからな。よかったら自分のセンスで飾ってみてくれ」
「……ご主人様、大好きです! い、いえ、おうちが大きいからじゃなくて、あのっ……」
「ははは、わかってるよ。クレアのことは、主人としてわかってきたつもりだから」
「ご主人様ぁ……うぅ……大好きです……好き、好きっ……」
家に入る前に、なついてくるクレアをたしなめるのが結構大変だった。
彼女を甘やかしたい俺としては、至福の時間ではあるのだが――まだまだこれからだ。
クレアに焼きもちを焼かせないようにしつつ、新たな奴隷を買いに行かなくては。そのための資金も稼いでおかなければ――まだまだ忙しい日々が続きそうだ。
※更新が遅くなり申し訳ありませんm(_ _)m
次回より猫獣人編、12:00更新です。