プロローグ・1 落雷転生
気がつくと、真っ白な部屋の中にいた。
部屋とはいうが、10メートルほど先から白いもやに覆われていて、その向こう側は見えない。
足元がどうなっているのかも、もやもやしていて良くわからない。沈み込まない綿を踏んでいるようだ。
まるで現実味のない光景。俺は夢でも見てるんじゃないかと思うが、なかなか覚める気配はない。
「――少々待つがいい、今は波長を合わせている途中なのでな」
「えっ……?」
いきなり声が聞こえてきた。部屋全体に響いてるようで、頭の中から声が湧いたようで。
怖いといえば怖いが、それよりも好奇心が勝った。夢だったとしても、面白い内容なら、見て損をするものでもない。
(それにしても俺、さっきまで何してたんだっけ?)
俺はふだん派遣に登録して仕事をしていて、確か今日――今日かどうか分からないが――の朝、ヘルプの仕事が入ったからと呼びだされたのだが、外はあいにくの豪雨だった。
一人暮らしのアパートを出る前から、わりと危険な感じで雷が落ちまくっていたのだが、現場についてしまえば後はどうとでもなる、と思って家を出たのだが――。
最後、本当に近くで雷が落ちたな、と思ったような気がする。
「そこまで思い出すことができたなら、説明は必要か?」
「あ……い、いや。あんまり信じたくないけど……というかけっこう絶望はしてるけど、俺、雷で死んだんだな。あれってマジで死ぬもんなのか?」
「落雷で命を落とすことは、可能性は低いが起こりうる。しかし正確には、あれは自然現象による雷ではない」
どこからか声が聞こえてくるが、誰の姿も見えないので、何か一人で喋っているようで滑稽に思えてくる。
――と思っていたら、視界の範囲がぐっと広がって、さらに床が真っ白なタイル状に変わり、足元がしっかり地に着いた。
さらには何の前触れもなく、視界の先に光が生じた。光は人間の姿を取る――そのシルエットは、まさに天使。
そして光がおさまったあと頭に輪っかはついていないが、白い翼を持ち、ゆるく布を身体に巻きつけただけの、半裸の女の人が立っていた。
「……その格好、寒くないか?」
「あいにく、私は人間の持つ価値観はそれほど解さないのでな」
その女の人は金髪に金色の目をしていて、神々しいほどに肌が白い。その白い肌にゆったりした布がゆるく巻きつき、バストトップと下半身を覆っている――大事なところは隠しているが、へそも、腕も、太ももからふくらはぎまで一切の無駄のない脚線美も、余すところなく晒してしまっている。
それを人間の羞恥を解さないという理由で見せてくれるのだ。天使さんマジ天使、と言いたくなる。
「天使は人間にとって理想の姿で現れる。人間の魂を堕落させる悪魔も、同じ方法で人間を虜にしようとする。それを繰り返せば、天使も悪魔も、それなりに人間を惹きつける容姿になろうというものだ。しかしそれは、かりそめのものにすぎない」
「それでも綺麗なことに変わりないしな。羞恥心がないっていうなら言ってもいいと思うけど、おっぱいが大きすぎて、そんな隠し方じゃ意味がないんじゃないか?」
「……それは、おまえの中にある価値観を分析した結果、大きい方が好みと出ていたので、こうなっただけだ。小さいほうも嫌いではない、むしろ好きだなどと、優柔不断にもほどがある」
(だって俺、童貞だもん。おっぱいが触れるなら、どんなサイズだって嬉しいに決まってるさ)
「口に出して言わずとも、おまえの生涯は全て把握している。それを踏まえて、次の世界をどう生きるかを導くために私は来た。他にも多くの天使がいて、肉体を離れた魂を次の世界へと案内している」
「次の世界って、転生とかさせてもらえるのか?」
「いや、『転生』かどうかも含めて、ここで判断する。おまえの場合は、おまえの世界の要因で死んだのではないから、生まれ変わり以外の選択もとることができる」
「……まさか、他の世界で誰かが使った雷の魔法とかが、俺の世界に偶然飛んできたとか?」
「理解が早くて助かる。おまえの想像するように、魔法が存在する異世界がある。その中でも極大の魔法を使いこなすもの同士が争うと、他の世界にまで影響を及ぼすことがある。おまえが受けた落雷は、彼らの戦いのほんの余波にすぎない」
あの雷の激しさは確かに異常だったが、そんなことになっていたとは。できるなら、そんな魔法が使える奴らがいる世界には行きたくない。
唯一例外があるとしたら、そいつらを倒せる力をくれるなら行ってもいい。とは思うものの、そんなに上手く行くほど都合よくはないだろう。
「まあ、生まれ変わるとしても、人間に限ったわけじゃなかったりしそうだな」
「人間の赤ん坊にしてやってもいいのだが、今のところ器の空きがない。異世界には異世界の、新たに生まれてくる魂があるのでな。生まれる前に死亡した胎児と入れ替わる形などでしか、異世界の魂が赤ん坊として生まれ直すことはできないのだ。それも、人間の言う倫理的な問題はあるがな」
「じゃあ、今のまま行くっていうのはできるのか?」
「魂に記録された形を、私の力で再生することはできる。そのままの姿で異世界に行くことは可能だし、もし希望があるのならば変えてもいい。まあ、おまえの魂経験値は大した数値ではないので、そこまで大それた変更はできないがな」
魂経験値か。人間は輪廻転生を経ることで、上位の次元の存在になるために、魂が幾多の人生を通して洗練させていく――なんていう話も聞いたことがあるが、まさか本当に魂が経験を積んでいるとは。
だが、俺はまだそれほど経験を積んでない魂らしい。そんなことでは、生まれ変わっても、また思いもしない事故に巻き込まれたりして死んでしまうんじゃないだろうか。
「……なんだ? では、生まれ変わる前に、魂経験値を積み、ステータスの調整を行うか? 経験値を取得した量によっては、特典を与えることもできるが」
「それを聞かずに話を終わらせようとしたってことは、あれだよな。魂経験値って、簡単に積めないんだろ?」
「積むことはできるが、おまえの今までの人生で経験もしなかった苦痛を味わうことになる。しかし一応説明すると、私たち天使が手に負えない『混沌』というものを封じるため、使い捨ての尖兵となってもらうことで、魂経験値を積むことが可能だ」
(簡単にって……天使が勝てないやつを倒すとか、絶対無理じゃないのか?)
「この方法は、もとより強い魂を持つ者にも勧めていない。挑戦しても、混沌に一度破れて諦める者しかいないからな」
「……ん。一度ってことは、何度でも挑戦できるってことか?」
「うむ、その通りだ。私の力でお前を受肉させ、お前が混沌に挑み、殺されたとしよう。そのとき、お前の肉体を構成する私の力が混沌の封印に寄与する。混沌はお前の魂まで滅ぼすことはできないから、お前の魂はここに戻ってくる。死の記憶こそ残っているが、基本的には無傷で、混沌と戦ったことにより、魂は経験を積む。使い捨てではあるが、混沌に殺されることは無意味ではない」
なんとなく分かってきた――天使に身体を与えてもらい、「混沌」という化物と戦い、例え殺されても、魂はここに戻ってくる。俺の意志次第で何度でも混沌に挑戦し、殺されながら経験を積むことができると、そういうわけだ。
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