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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第4章ノ壱 シルメリア・ドドンガ共同駆除作戦編
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第4章 12幕

 腕を組んだ指先がトントンと苛立ちを現しながら音を奏でる。

 その指を見るとコハルは不安そうにレインの顔を見つめた。

 レインが見つめるのは先程から言い争いをしているルイとイレアの姿だ。どうやらイレアは皆がこのルートを通過するという情報をどこからか仕入れ、ここで待ち伏せしていたらしい。


「どうして? コハルちゃんだって一緒じゃない!」

「コハルは別だ。この街の巫女だぞ!」

「だけど女の子でしょ? それに戦う訳じゃないじゃない!」

「コハルは兄貴の許可をもらって俺達のチームに入ってるんだ。お前とは違うだろう」


 ルイとイレアの声がジャングルの入り口で響く。

 その光景をミネルとコハルは茫然と見つめた。少し離れたところでレインも腕を組み佇む。その姿からいつも以上に苛立っているのが伺える。


「ルイもイレアちゃんも相変わらずだなあ」


 ミネルが独り言を吐くと、コハルは不安そうに両手を胸元で握った。


「はい。けど、今回の件はどうしようもないのでは?」

「いや、ルイのことだから、どうせイレアちゃんに押し任されるよ」

「そうなんですか?」

「うん。いつもそうだからね」

「ルイは彼女には甘々なんだ。昔からね」

「それは、知っていますが……」

「ほんとさ、その甘さがどこかで悪い方向にいかないといいけど」

「……」


 コハルの心配そうな顔にミネルが微笑む。そして「問題はこっちより、あっちかも」とレインを見つめた。


「何かあったんだろうね」

「です……よね?」

「明らかに何か嫌なことがあったんだろうね。ここまで態度に出すなんて。この半年、ほぼ毎日顔を合わせてたけど初めてだよ」

「はい。顔色も悪いですし……」


 そんなコハルの背中をミネルがそっと押す。


「コハルちゃんお願い出来る?」

「え?」


 眼鏡を上げる仕草をしながらミネルは微笑んだ。


「僕が行くより君が話した方がいいでしょ? だし、僕はあの二人の仲裁に入るよ。どうせそろそろルイが折れる頃だから」

「……はい」


 コハルの返事を聞いて、ミネルはそのままルイとイレアの方に歩み始める。そして「はいは~い! もう喧嘩はおしまいにして作戦場所に移動しようよ~」と声を上げた。

 コハルはそんなミネルの姿を見つつ彼の方に歩く。

 そして隣に着き恐る恐るレインの顔を見ると、少し苦い顔をしながら彼は大きな溜息を付いた。


「レイン様?」


 声を掛けるとそんな顔を消し、「なに? コハル」と返事を返してくれる。


「あ、あの……」


 なにかを話さないと……そう思うが言葉が出てこない。そんなコハルをレインはニッコリと微笑んだ。


「話は済んだみたいだ。行こう」


 レインはルイ、イレア、ミネルの三人が歩き始めた方向に進みだす。


「はい」


 なにか……黒い霧が目の前を覆う。頭の中に靄が掛かる。これは……何を意味しているのだろう。その霧はレインを纏うように見えている。何かが彼を蝕んでいる?

 コハルは不安に駆られながら彼の背中を追いかけた。





「レインさんもいかがですか? はい!」


 そう言って笑顔でこちらにパンを差し出すのは満面の笑みのイレアだ。その手には他にも彩りよく野菜や果物、香ばしく焼かれた肉が乗せられた木製の小皿がある。

 レインは自分に近づいて来るイレアに向かって手を上げ、「いや、俺はいいよ」と答えた。

 イレアは冷たくあしらわれたことで少し顔を下げ、元の場所に帰る。そしてコハルの隣にストンと腰を下ろした。

 コハルはイレアが用意したランチョンマットに座り、レインを心配そうに見つめる。レインはそんなコハルの視線から目を背け、今回の目的の場所を見つめた。

 少し先に見える洞窟。それが今回のターゲットであるドドンガの巣がある。その場所に移動したレイン達は作戦時刻までの間、木陰で待機することにした。

 もうすぐ一斉攻撃が始まるという緊張感があってもいいものなのだが、後ろを振り返ればピクニックセットを広げ、昼食を取ろうとするイレアの姿がある。ウキウキとした口調でコハルに料理をよそう彼女に男性陣はアイコンタクトをして大きな溜息を付いた。

 そんな空気を察してコハルはおどおどと周りを見るが、イレアをないがしろにしたくない気持ちもあり、料理を受け取る。そして朝早くから作ったんだと嬉しそうに話す彼女の言葉に微笑んで見せた。


「まったく……」


 大きな葉の間に隠れながらドドンガの巣を見つめるルイは声を出す。


「遊びじゃないんだぞ」

「そう思うならなんであの時、無理にでもイレアを止めなかった?」


 レインはルイの横で巨木に寄りかかりながら刀の柄を触る。

 十数間にも及んだ攻防戦はルイが折れることで幕を下ろし、今こうしてイレアは上機嫌でピクニックを楽しんでるという状況だ。


「もう少し気を張るべきだと思うけどな」

「それは……」

「戦場になるんだぞ? お前はその意味分ってるよな?」

「……」

「非戦闘員が増えることはリスクを負うことになると自覚しろよ。じゃないと……」


 レインの冷たい言葉にルイはこちらを睨むだけで何も言い返せない。


「それって私が足手まといって事ですか?」


 いつの間にやらその話を聞いていたイレアがショックを受けた顔をする。


「守るものが増えた。それだけ機動力が落ちる。その話だよ」


 レインのいつもと違うピリッとした言葉にイレアはそのまま固まった。


「私は……みんなのお役にたちたくて……」

「その気持ちは分るよ。イレアの気持ちや行動のことを言ってるんじゃないんだ。それを踏まえてどう判断していくか、その話だよ」と、伝える。


「確かにここに来たいと言ったのはイレアだ。けど、それを許可したのはこのチームのリーダーであるこいつ。その意味を理解して欲しいだけ」

「それって……」

「おい、もういいから」と、ルイがレインの腕を掴んで話を止める。こちらを睨む顔にレインは金と紅の瞳を光らせ睨み返した。


「はいはい! この話はおしまい! 僕はこのパン貰おうかな~」


 ミネルは少し声を上げながらバスケットの中にあるパンを摘まむ。その空気にルイは腕を離した。

 レインは少しの間ルイを睨んだが、先ほどと同じようにドドンガの巣がある岩の隙間を見つめ始める。


「レイン様」


 コハルはレインに近づき声を掛ける。そしてカットされた果物を載せた皿を差し出してきた。


「少しでもなにかお口にされた方がいいです。果物……いかがですか?」

「いや、だから……」


 そこまで言ってレインはコハルの真剣な瞳に言葉を止める。


「一口だけでも」

「……」

「……」


 黄色の瞳の先に何かを感じる。レインは大きく溜息を付いて「分かった」と皿の上にある果物を摘まむと口に入れた。ひとかけらの果物を流し込むと、無言でもう一欠けらと言わんばかりに皿をこちらに寄せる。レインはその押の強さに負け、もう一つ口に入れた。


「すみません。何かを食されたら少しは気持ちも和らぐかと思いまして……」


 二口目の果物を飲み込んだレインに向かってコハルは申し訳なさそうに話す。


「ご気分はいかがですか?」


 その言葉にレインはもう一度溜息を付いた。


「悪かった。少し苛立ってた。俺らしくないな」


 コハルは首を振り笑う。


「いえ、この中で戦場を体験したのはレイン様だけ。だから……」


 その時、コハルの言葉を遮るように何かがこちらに向かって来る。レインはコハルをその物音から遠ざけようとの腕を掴み引いた。他のメンバーも物音に気が付き、一瞬ピリッとした空気が流れる。

 しかし、レインは何かを感じたようで緊張を解くとコハルの手を放す。

 その動きと同時に物陰から姿を現したのは、バルベドの衛兵服を着たビースト二人組だった。


「おやおや? この地区のメンバーはやけに若い連中だな」


 ネコ科のビーストが警戒し持っていた弓矢を下ろあうと、こちらのメンバーを見渡す。


「しかも、ピクニック気分か? 楽しそうだな」


 もう一人のレプティル族の男が少し呆れたように笑う。その言葉にメンバー全員が気まずそうな顔をした。


「もうすぐ時間だ、気を引き締めろよ。俺達は定位置に付いて、時間と共に巣を攻撃するから」

「ああ、分かっている」


 ルイの少しイラついた声にイレアは申訳なさそうに下を向く。


「で? この巣には何体ぐらいいるんだ?」

「昨日の調査だと十二体ほどらしい」

「大きな巣に見えるけど、そんなにいないんだね」と、ミネルが口を挟む。

「そうだな。他の巣は三十から五十はいるらしいから、この巣は比較的少ないな。けど、巣の中をはっきり見た訳じゃないかな。気を緩めるなよ」


 そう言ってバルベドの衛兵はこちらに手を振るとその場を後にした。






 彼らの物音が聞こえなくなった頃、レインは大きな溜息を付いて「準備を始めよう」と声を掛ける。


「そうだね~移動移動!」


 ミネルもそう言って食べ掛けのパンを口に放り込み立ち上がった。


「あ、あの……私……」とイレアはレインに近づく。

「私もみんなの役にたてると思って……みんながお腹空かせてたら私が、って思っただけなんです。だから……」

「うん。それはもう分かったよ」


 レインは少し疲れた様子で微笑んだ。その顔がイレアの心を抉る。


「わ、私もお役に立ちたかったんです。みんなの……」


 その気持ちは本当だ。いつも自分ばかりが除け者扱いされるのが嫌だった。自分にもみんなの役に立つ何かがあるはずだ……と思って……。

 なのに、自分の想い人であるレインに失望されてしまった。本当は喜んで欲しかった。みんなの輪に入って、彼に褒めて欲しかっただけなのに。


「イレアちゃん?」


 名を呼ばれ、顔を上げるとレインの横にコハルがいた。

 レインとコハルが並んで自分を見ている。


「イレア、お前はここでコハルと一緒にいるんだ」


 後ろから声を掛けられ振り返ると、ルイが少しイラついた顔をしていた。


「ルイ……私……」


 イレアはいつもと違う弱々しい声でルイの名を呼ぶ。しかし、ルイは何も言わずにそのままこの場を後にした。そんな彼の瞳かイレアを不安にさせる。ミネルもそれに続いて笑顔で手を振り、ジャングルに消えて行った。


「コハル、イレアを頼むよ」

「はい、レイン様。あ、あの……」


 コハルに呼び止められ、ルイとミネルに続こうと動いたレインは振り返る。


「ご無理はなさらないで下さい」


 その言葉にレインは少し驚いた顔をしたが、いつもの微笑みを見せた。


「ああ、分かってる。ありがとう」


 そんな話をしている二人がなんだかお似合いで……イレアの心の中は大きく掻き乱れたのだった。





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