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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第4章ノ壱 シルメリア・ドドンガ共同駆除作戦編
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第4章 7幕

 長の部屋の中は先程の賑やかさはなく、静かな空気が流れている。中にいるのは部屋の主である長のライと、秘書のアグニス。そしてコハルだ。

 コハルは長のデスクの前に立つと不安そうにライを見た。


「で? 何か見えたんだろ?」


 少し躊躇しながら首を縦に振る。


「何が見えた?」

「……分かりません」

「分からない?」

「はい。けど、不安になりました」


 コハルは両手を胸の位置で握る。彼女の癖であるその行動にライは少し眉を動かした。そしていつものように頬杖を付く。首元や耳を彩る装飾品がシャランと音を出し空気を揺らす。


「けど、今回のこの作戦に賛成したのは何故だ?」

「もしこのお話をお受けしないと、もっと大きな不安が待っていると思ったからです」

「……なるほど」


 ライは短い言葉に納得したのか深い溜息を付く。

 そんな彼を見て更に両手を握りしめる。

 それ以上どう言っていいのか分からない。そう、分からないのだ。何か頭の上を漂う黒い、そして深い不安。

 その不安はこの部屋に入って来た時から見えていた。断片的にだが、しっかりと。なにと聞かれると答えられない。そんななにか……。


「コハルの予知は当たるからな。そうなんだろう」

「必ず当たる……わけではありません。見えたり、見えなかったり……」

「そんなもんだろう? 本来の街巫女とは占いやまじないを主に政を支える。けどお前の力はまた別物だ」


 ライはコハルの不安そうな顔を見て微笑んだ。


「私の力は……お姉さまの力の欠片です。だから……」

「うん。そんな大切な力をこの街に使ってくれてありがとう」

「そんな!」と急いで声を上げる。


「私は……この街が好きです。だから……」

「そうだな。ありがとう」

「…………」


 それ以上は何も言えなかった。彼の中にあるこの街を愛する気持ちは誰もが知っている。

 微笑むライに向かってコハルは弱々しいながらもしっかりとした瞳で見つめた。


「長……」


 少し手が震える。この街を愛するのは自分も変わらない。この街と共にずっといたい。

 本当は怖い。怖くて怖くて仕方がない。しかしこれは何かの予兆なのだ。だから……。


「私もその作戦に参加させて下さい」


 アグニスが少し慌てたように「コハル?」と声を掛けた。さらに何かを言おうとしているのをライは左手を上げて止める。


「どうしてまた? 作戦はジャングル内で危険も多い。怪我では済まないかもしれない」

「はい。けど……」


 コハルは一度口ごもる。少し間を開けてゆっくりと話し出した。


「この作戦は……私も行かないといけない。そう思うんです。だから」

「……」

「……」


 コハルとライはそのまま見つめあう。しかしライが折れたのか大きな溜息を付きながら「分かった」と言った。


「ライ!? コハルは戦闘員ではないわ!」


 アグニスがきつめにライに話す。


「ああ、けど治癒能力が使える。サポートぐらいはできるだろう。それに、この子がここまで言うんだ。何かあるのかもしれない」

「それは……そうだけど」


 アグニスは不安そうにコハルを見る。コハルはそんな彼女をしっかりと見つめ返した。言葉こそおぼつかないが、その意思は固い。そんなこちらの気持ちを察したようで、アグニスはため息をついた。


「分かったわ。けど今回の作戦はチームで行うものよ。その振り分けをこれから行うと言ってたから、信頼できる誰かを……」


 ライが「それは心配ないだろう」と声を被らせる。


「レインとルイを付かせよう。あとミネル」

「ライ!?」


 ライのにやけた顔にアグニスはもう一度彼の名前を叫んだ。


「レインの戦闘能力なら申し分ないだろう? それにうちのルイもそこそこ使えるようになってきている。遠距離攻撃のミネルもいればなんとかなるだろう。アカギクやクレシットに付かせてやりたいが、あいつらには治安部隊を回してもらいたいし、何より……こういう時にあんな化け物じみた戦闘能力に着いて行けって方が酷だ」

「けど……」


 アグニスの渋った声を聞きつつコハルは「はい」と返事をした。


「コハル。いいか? お前の心の中は何を見ているのかなんて俺には分からない。だが、お前がそう思うならそうしろ。俺の背中を街巫女として押してくれるように、俺はお前の心と予知を信じる」


 ライの言葉にコハルは大きく頷き、そしてしっかりとした声で「ありがとうございます」と言った。






 はあ……と大きな溜息を付いてコハルは長の部屋を後にする。階段を降り、街役場の出口へと歩いた。

 自分は何を緊張していたのだろうか。長は自分の味方。今まで出会った中で一番信頼できる人だ。自分が作戦に参加すると言っても許可してくれると信じていた。

 自分の力は不透明だ。断片的にしか見えないこの力はなんと不自由なのだろう。もっとはっきりと……もっと明白な決定打になるようなものであればいいのに……。

 コハルはもう一度溜息を付く。

 すると入り口に先ほど一緒にいた人物達が何やら雑談をしているようだった。

 その場にいるのは緑人族のアカギク。鳥人族のクレシット、そして長の用心棒のレインだ。

 レインの横顔を見てコハルは顔を赤らめる。どうしても彼が気になって仕方がない。しかし彼は大親友のイレアの想い人。自分がどうして彼を見て赤らめなければならないのだと、首を振って気持ちを切り替える。


「はあああああああ!?」


 急に大きな声でアカギクが叫び出す。そんなアカギクを見てレインは苦い顔をし、クレシットも少し呆れた顔をしていた。


「いや……だから……そのお」


 レインは何か言いたげだが、言葉を詰まらし目を逸らす。そんな彼とコハルの目がばっちりと合う。


「あ、コハル」とこちらに声を掛けてくる。コハルは名前を呼ばれて少し焦り、ピンと背筋を伸ばした。


「おい! コハル!!! 聞いてくれよ!」


 アカギクはそう言ってコハルに手招きする。コハルは少し戸惑ったが、彼らの方に歩みを進めた。


「ドドンガのボス、怪我負わせたのこいつらしいんだ!」

「え?」


 コハルの驚いた顔を見たレインは「いや、コハル! 正当防衛だったんだ!」と声を上げた。


「にしても……一人で立ち向かったのだろう? なんと無謀な」


 皆の倍ある背丈のクレシットがレインを見下ろし声を掛ける。


「一頭だったし……水辺で氷結系の能力が比較的使いやすかったから……」

「にしてもなあ……」


 アカギクが呆れた声を上げた。


「まあ、その原因を作ったのがうちのイレアってのがまた……」

「長に伝えるべき……だよな?」


 アカギクとクレシットは顔を見合わせ、深い溜息を付きながら同時に「いらないだろう」と言った。


「あいつは大笑いして、その分頑張れよ~とかで終わらせるな」


 アカギクの言葉にクレシットも「同感だ」と頷く。


「なら……いいんだけど」

「遅かれ早かれこうなっていただろうしな。ドドンガは数が増え過ぎだ。大規模に行えるいい機会だ。今から治安部隊の編成会議でいいだろ?」


 アカギクがそう言ってクレシットを見上げると「そうだな、他に戦闘参加できる者も集おう。人数は多い方がいいだろうからな」と答える。


 そして二人はあれこれ今後のことを話しながらマーケとに続く階段を降り始めた。

 レインもそれに続くように階段に足を掛ける。

 コハルは賑やかな三人の背中を見ながら『自分もその作戦に参加するんです』と言おうと口を開こうとした。

 その瞬間、自分の中に突如、大きな感情が渦を巻く。

 突然立ち止まったコハルにレインは気が付き、振り返る。

「コハル?」

 レインの声が遠くで聞こえるような錯覚に襲われていく。

 黒く白く……悲しい。悲鳴に似たその感情。心の中をかき乱され、荒れ狂う。

 するとレインの優しい微笑みの後ろに何かが見えた。




 ―――それは土砂降りの雨が降りしきる戦場。それは城の中心にある森。それは空の中で見た暖かい誰かの笑顔。それは……その誰かを殺そうとした……真っ赤な顔。

 そしてその悲鳴に似た感情がさらに大きくなる。靄のかかったその先が見えない。とても大切な何かが……見えない―――




 コハルは急に襲われたビジョンに膝を曲げ倒れ込む。


「コハル!?」


 倒れ込むコハルをレインは急いで支えた。彼の腕に支えられコハルはその場で踏みとどまる。


「すみません……」と、息が上がった声でレインに伝えた。


「顔色が悪い。何か……」

「大丈夫……です」


 コハルはもう一度そう言ってゆっくりと彼の腕から離れる。

 これはきっと姉であるアカシナヒコナ、『天界巫女』の力だ。

 何かを自分に訴えてきている。

 彼が『世界を変える力』というのも彼女が見せて来たが、こんなに激しいものではい。

 いままでこんな風に強く何かを見せてくることは無かった。

 姉の力は自らの命を削るもの。そこまでして私に伝えたいものは……。


「すみません。急に立ちくらみが……」


 彼の金色と紅の瞳を見つめる。彼の過去に何があったのだろうか。そしてこれから何が待ち構えているのだろうか。

 それはきっと世界を変える何か……。それを背負って彼は生きている。その何かが見えない。

 彼をもっと知りたい。姉がここまでしてまで何かを訴えてくるほどの彼を。

 コハルは深呼吸をしてもう一度「大丈夫です」と声を出し、頭を下げた。

「けど、家まで送るよ。心配だし」


 コハルは一瞬断ろうと思ったが、彼の優しい微笑みに顔を真っ赤にして口ごもる。そして何も言えずにこくんと頷いたのだった。






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