第4章 6幕
次の日の朝。いつも通りの朝を向かえていた。
半年前のバルベドの街との会合以来、レインはこのシルメリアの永久住民になった。長のライの計らいで用心棒としての仕事と、遺跡にでのゲート発掘の二足の草鞋をこなしながら生計を経ている。
家はいつまでもアカギクやイレアにお世話になってはいけないと、マーケットにほど近い所に借り、一人暮らしを始めた。質素な家だが転生天使の頃のワンルームよりは広く、申し分ない。
レインは自分の家の前にある小さな空き地で鍛錬を終えると、いつものようにマーケットで軽い朝食を済ませ、街役場へと足を運んだ。
街役場に着く頃には日は登っており、入り口はいつものように忙しない人々で溢れかえっている。
レインは役場の入り口の隅で壁に寄りかかり、ぼうっとその風景を眺めた。多彩な種族の人々が街役場の大きな門をくぐる。この街の大きさを象徴する街役場の門構えはもう見慣れてしまっているが、いつ見てもこの光景は面白い。
そんな街役場の門をくぐって来る人物を見つける。その人物もこちらに気が付いたようだ。ピンヒールを鳴らしながらレインの方へと近付いて来る。
「レ~イ~~~ン!!」
手を振るのは昨晩も顔を合わせたアリュークだ。
「姐さん。遅い」と、レインは小さな溜息を付いて答える。
「悪かった~~。少しばかり飲み過ぎてのぉ~~」
アリュークはフラフラとこちらに向かって来るとレインに腕を絡ませて来る。
「近いです。そして酒臭いです」
「ん~~相変わらずつれないのぉ~~。お酒好きじゃろ?」
「それとこれとは別です」
あからさまな顔にアリュークは頬を膨らませ「面白くない!」と、叫んだ。
「で? 例の物は?」
アリュークの言葉にレインはポケットに入っているネックレスをアリュークに渡す。
「おお~~! これじゃこれじゃ!」
アリュークは嬉しそうにそれを受け取ると自分の懐に仕舞った。
「報酬は明日、店に届くでな。晩にでも取りにくればよいぞ?」
そんな嬉しそうなアリュークを睨む。
「んん~~? 昔の男との思い出じゃ。よくある事じゃろ?」
「ありませんよ。半年前に付き合った男が実は麻薬の密売人で、その男との関係を掘り返されたら困るから俺を使ってその痕跡を消せだなんて……」
「仕方ないじゃろ~~? まさか仕事で行った先で知り合った男が今度はこの街に来ておって、さらにわっちの管轄区内で密輸してたなんてぇ」
「確かに、それはそうですけど……あちこちで男作るからでしょ?」
「なら、お主がわっちの男になってくれるなら~~」
「遠慮します」
「イケずッ!」
そんな会話をしているとアリュークが何かを見つけたようでレインに絡ませた腕を離し、門の方へと飛び跳ねながら向かう。
「コハル~~!!」
そこにいたのは黒髪に黄色の目をした小柄な女性。街巫女のコハルだった。
コハルは突然アリュークに抱き着かれ「キャッ!」と小さな悲鳴を上げる。
「あ、アリュークさん。おはようございます」
「おはよう! どうしたんじゃ~? コハルも長のところか?」
「はい。お呼び出しがあって……」
そう言いながら二人はレインの方に歩いて来る。
「おはよう。コハル」
レインがそう言うと、コハルは真っ赤な顔をして「お、おはよう……ございます」とゴモゴモと挨拶をして来た。
そんな二人を見つめアリュークはなにやらニヤニヤと笑う。
「なんですか? 姐さん」
「いや~~なんじゃ~~、面白いな~~って思ってのぉ」
アリュークはそう言い残しスキップをしながら街役場に入って行く。
レイン、コハルは一度お互いの顔を見合わせると、アリュークのテンションには疲れるといった感じで軽い溜息を付き、その後を追いかけた。
街役場の最上階、その一番奥にある部屋が長の部屋だ。三人はその部屋に向かって進み、大きな扉の前まで来ていた。
本来入り口の扉は開け放たれている。しかし今日はその扉が閉まっていた。これは来客があるということを現す。
突然その入り口が開き、中から長の秘書であるアグニスが顔を出してきた。アグニスはウサギのビーストだ。眼鏡を掛けスーツに身を包んだ女性で、雰囲気は長とは正反対だ。
「皆さんおはようございます。どうぞ中へ」
アグニスの言葉にアリュークは「わっちとレインは昨晩の検挙の話をしに来たんじゃか……来客中ではないのかえ?」と声を掛ける。
「皆さんに聞いてもらう方がいいでしょう。他の幹部の方もいらっしゃいます」
「別案件ですか?」
レインが聞くとアグニスはこくんと頷いた。どうやら緊急の話だったようだ。
「ま、そういう事なら」
アリュークはそう言いながら中へと入って行く。レイン、コハルもそれに続いた。
中には緑人族のアカギク、鳥人族のクレシットがすでに長のデスクの後ろに立っている。
デスクにはいつも通り左腕で頬杖をついて、けだるそうな顔をした龍人族、街長のライがいた。
「お! コハルしか呼んでなかったのにアリュークとレインも来たか。丁度いい」
ライがこちらに向かって笑う。
レインは自分の立ち位置であるアカギクの隣に向かいながら、デスクの前に立つ来客を見て一気に顔を歪めた。そして「ゲッ!!」と、あからさまに声を上げその人物を睨む。
こちらの姿をとらえた来客は、垂れ下がっていた黒い尾をフワフワを振った。まるでお気に入りのおもちゃを見つけた時の猫のようだ。
「エルドラド……」
来客の名前を声に出すと、深い青色の髪の毛にオレンジの瞳の猫科のビースト、エルドラドは目をキラリと輝かせた。
「久しいな、緑色」
エルドラドは一見クールに装っているが、尾は一定の動きをしながら揺れている。レインの登場に感情が尾に出ているようだ。
バルベドの長、バエーシュマの従者である彼と会うのは半年前の会合以来だ。そんな彼が今回は一人でこの街に来ているとなると何かしらまた厄介ごとだろう。
レインは眉間にシワを寄せ、あからさまに大きな溜息を付いた。
「お前、気に入られてるんだな」
隣にいるアカギクはニヤリと笑う。それに合わせてマラカイトグリーンの髪が揺れた。
「勘弁してくれ……」と、苦い顔をしていると、レインの二倍の巨体をしたクレシットが口ばしを緩ませ「フフッ」と笑う。
「クレシットさんまで笑うんですか?」
「すまない。戦闘スタイルが同じ相手ならなおさら気に入られてるんだろう」
「で? 話を戻そう」
ライはデスクの前にいるエルドラドに話を進めるように促した。
「はい。問題はこの時期ということです」
エルドラドは尾をピタリと止め、話し出した。
「これからこの地域は雨季が来ます。この時期に大体『ドドンガ』は生息場所を変えるのですが、今回のその生息場所を掛けた縄張り争いが激化する恐れがあります」
「と、言うと?」
「昔からこの熱帯地域でのドドンガの個体数や、出没の増加が問題視されていました。しかしここ一帯を牛耳っていたボスである巨大ドドンガがいたおかげて我々の被害は少なかった。彼がバルベドやシルメリアのあるジャングルを縄張りにしていたおかげで、ここ数年は何も問題が無かったのですが、半年前、そのドドンガが傷を負った為にこのジャングルから姿を消したと報告がありました。その影響でこの一帯は新しいボスを決める争いが絶えない。そしてこの雨季が重なると……」
「ますます、ドドンガの動きが活発化すると?」
「ええ。今、彼らは我々にとっては害獣でしょう。食物の問題もですが、彼らは人を襲う」
「確かに……」
「数の増えすぎたドドンガが一斉に生息場所を変える為動き出す上に、この地域を掛けた縄張り争いが起これば……」
「民に被害が出るな」
ライは唸るような声を出しながら溜息を付く。
「確かに、ここ数年はシルメリアでもドドンガの被害は少なかった。しかしボスがいなくなったとなれば……」
「はい。それに関して我が長から提案が」
エルドラドは背筋を伸ばし話を続ける。
「ドドンガって……?」
エルドラドが話している間、レインは隣にいるアカギクにコソッと質問する。
「雑食の獣だ。人の肉も食う……豚や猪に似た体型で黒い毛並みだな。大きさはピンキリだが、そのボスってやつは普通のサイズの十倍はあったらしい。俺らなんて丸のみだとさ」
アカギクの話をレインは唖然として聞いた。
その獣には覚えがある。どす黒いガサガサの毛並みに赤い目、小さな牙……。このシルメリアに来るきっかけになった獣だ。イレアが襲われているのを自分が助けた。その時に戦った獣は確か自分の十倍はあった気がする。普通より大きい……それは……まさか。
レインの反応にアカギクは「どうした?」と聞いてい来る。
「いや、何でもない」なんて返したが、どうやらこの話に出てくるボスはあの時の獣のようだ。背中がヒヤリとする。この話……どうやら他人ごとではなさそうだ。
「提案?」
そんなレイン達の話をよそに、ライはエルドラドに問いかける。
「はい。『共同駆除作戦』を決行しないか……と」
「へ~~。一緒に数を減らそうと?」
ライの言葉にエルドラドは頷く。
「このままいけばさらにドドンガは数を増やすでしょう。そうなれば被害は大きくなり、生態系も荒れていく。このタイミングで数を減らしてみてはどうだろうかと」
「で、俺達にもそれを手伝えと? 相変わらずあのおっさんは好き勝手言うな。この間は俺を殺そうとしていたんだぞ?」
「おっしゃるとおりです」と、エルドラドは顔色変えずに話す。
「ふ~~ん」
ライは少し考えるように唸る。そして横に立つ街巫女であるコハルを見つめた。コハルはそんな瞳を見つめ返すとコクンの頷く。
「長の御心のままに……」
その言葉にライは顔をエルドラドに向ける。
「いいぜ。その商談乗ろう。このままにして被害が増えるのも嫌だしな。その影響で今後の商売に問題が出るのも嫌だ」
「ありがとうございます」
エルドラドは深く頭を下げる。
「で? 作戦は?」
「はい。我々バルベド兵がドドンガの巣を叩きます。この周辺地域に二十ほどの巣があると言われています。その全てを攻撃し、巣から出て来たドドンガを叩く。ただそれだけです」
「単純かつ簡潔に……か。分かった」
ライが今度はアグニスの顔を見る。アグニスは「嘘は言ってないみたい」と言った。
アグニスの言葉にエルドラドはもう一度頭を下げる。
「ではそれでいこう。決行は?」
「二日後。時間は正午に」
エルドラドの言葉を聞いたライは椅子をクルリと回し、後ろに立つ部下に「じゃ、そういうことで!」と軽い声を出した。