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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第4章ノ壱 シルメリア・ドドンガ共同駆除作戦編
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第4章 4幕

 夜の訪れを彩る街明かりが今日も付き始める時間。

 闇夜に消え始めるジャングルを眺めながら、青年は軽い足取りでマーケットの階段を降りていた。

 青年の背丈は年齢よりは若干低く、細身ではあるが鍛えられた身体で腕や足は筋肉で少しばかり太い。

   髪はつむじ辺りは若草色だが、毛先に行くにつれて深緑へと色が変わっている。グラデーションになった髪は真っ赤なリボンで括られ、尾のようにユラユラと揺れていた。

   右目の金色の瞳とはどことなく年よりも大人びて見え、左目には大きな傷と共に真っ赤な獣に近い鋭い瞳をしている。

 そんな青年は夕刻から夜へと移り替わる時間、明かりの灯りだす商店の間を進んでいた。

 この街『要塞遺跡都市シルメリア』のマーケットは眠らない。日が暮れるとそれに合わせて数多くの店が姿を現す。

 飲食店は活気に溢れ、朝まで飲み交わす声が聞こえる。昼間仕事をしていた商人を客とした呉服屋が軒を連ね、宝石店やシルク、民芸品などの出店が広がっていた。数々の商品が店の前に並び、多くの声が行き交っている。

 そんな中を青年はいつものように軽いテンポで歩いていた。腰に挿した愛刀の日本刀がそれに合わせて金属音を奏でる。

 入り組んだマーケットには数多くの階段が存在する。天界特有の傾斜の街並みはどこもかしこも階段だらけだ。

 青年は尾に似た若草色の髪の毛を揺らしながら、階段を降りて行った。

 すると目の前にアーケード上の屋根のある店が見え始める。その店はアーケードに沢山のランプをつるしていた。色取り取りの装飾品を付けたランプ達。その一つ一つは全て職人の手作りだ。細かな装飾品が付いているシルメリア産のランプは実は隠れた人気商品だ。ここ最近の商談で何度か見たことがある。

 そんな数々のランプを前に老婆が一つずつ炎を灯している。指をランプに近づけるとポンと音を出しながら炎が灯り、色が付く。


「おばあちゃん、今から開店?」


 青年はそう言いながらランプに火を灯している老婆に声を掛けた。腰の曲がった老婆はそんな青年の声に振り返り「ああ、レインちゃん」と笑顔を向ける。

 レインと呼ばれた青年は老婆の横で足を止めると、頭上に幾重にも飾られたランプを見渡した。数えきれないランプがところ狭しと金具に吊るされてる。


「おじさんは?」

「今日は商談があるからって今し方、出かけてね。私が店番だよ」

「そうなんだ。火、付けようか?」


 レインは一番近場にあった青い色のランプを撫でた。


「それは助かるねえ」


 老婆はそう言いながら自分の定位置である店先の椅子に座る。

 レインはそれを確認するとその場で右手を前に出し、深呼吸をした。

 そしてゆっくりと右手を左の方へと動かす。するとレインの若草色の髪が一瞬だけ赤い炎を纏い、燃え上がる。首元にはほんのり火傷の跡が見え、左目が燃え盛るように光った。

 その瞬間、頭上にあったランプ全てに火が灯る。赤や青のガラスが光を放ち出す。その艶やかな光景に老婆は嬉しそうに笑った。


「レインちゃんのその髪はいつ見ても綺麗だねえ」

「そう?」


 そう言って右手を下ろす。それに合わせて彼の髪は紅色から元の若草色へと戻った。首元の傷も消えていく。


「蒼い色も綺麗だねえ」と、元に戻っていく髪を老婆は見つめた。


 老婆のその微笑みにレインも笑う。


「お~~~い!」


 急にどこからか声を掛けられたレインは、それがランプ屋の先からだと気が付き、少し前へと歩いた。


「レイン!」


 名前を呼ぶ声はどうも頭上から聞こえていたようだ。

 レインはランプ屋の隣の建物を仰いぐ。その二階に位置する窓はよく通っているパブがある。


「やっぱりレインだった」


 その窓にいる人物がこちらに向かって笑う。


「ダング?」


 レインがそう言うと、ボサボサの黒髪に金色の目。灰色の狼の耳としっぽを持った青年、ダングが「よっ!」と手を上げる。


 どうやら窓際の席で飲んでいるようだ。


「まだ仕事か?」


 そう言いながらダングの横から顔を出してきたのは大きな狼だ。


「スグローグさんも……もう二人で飲んでるのか?」


 ウルフ族のダングとスグローグは親子だ。狼の身体の父スグローグと人型で耳と尾だけが獣化しているダング。二人は門兵の仕事をしているが、今日はもう終わっているらしい。

 彼らはレインの飲み友だ。嬉しそうにビールジョッキを見せびらかしてこちらに笑ってくる。


「また長のおつかいか? 相変わらずこき使われいるな~」


 ダングの呆れ顔に「仕方ないだろ? 仕事なんだから」とレインは溜息を付き右手を挙げる。


「終わったら来るのか?」

「さあ、どうだろうな」


 今日の仕事は簡単なおつかいだ。そう……簡単な。問題はそのおつかいの相手だ。

 レインはポケットにある文書の入った封筒を手で触りながら、夜のマーケットをまた軽い足取りで歩き出した。






 マーケットの一番入り組んだ場所。そこが今回のおつかいの場所だ。

 くねくねと何度も路地を曲がり、目的地にたどり着く。

 最後の路地を曲がると、そこはまた先ほどとは違うムードを出していた。

 土壁の建物に鉄格子の窓、路地は全てピンクのランプに統一されており、甘い香りが漂っている。

 レインはこの匂いがどうも苦手だ。鼻を啜りながらその路地へと入る。

 ピンクのランプに照らされた路地には、薄いシルクのドレスに身を包んだ女性が立ち微笑んでいる。一人二人ではない。等間隔に開けながら何人もいるのだ。

 男女が肩を組み歩く姿も多く見える。薄暗いピンク色の照明で顔までは見えない。

 ここはシルメリアの遊郭。花街である。夜にだけ現れ存在するこの区画は、他の場所とは空気が違う。

 レインはそんな路地を何食わぬ顔で横断した。この区画も立派なシルメリアのマーケット。長であるライが納める場だ。不気味さがあっても街役場公認のこの場にはきちんとした秩序が存在する。

 その秩序を守るのが今回のおつかいの品を渡す人物だ。


 レインはその人物が経営している建物へとたどり着き、入り口ののれんをくぐった。

 中は更に薄暗い。半個室になっているその店からは賑やかな客の声が聞こえる。

 周りを見渡す。入り口の棚にはずらりとガラスの瓶が並んでる。どれもくびれがあり、口元が細い。その瓶の口には管が繋がっており、その先にはマウスピースが付いている。

 ここは花タバコの専門店だ。花タバコとは瓶の中に専用の葉を入れて水で沸かし、その香りを吸う娯楽のことだ。瓶の色や葉の種類も豊富で、富裕層に人気の花タバコ。この店はそんな花タバコの有名店として名が知れ渡っている。


「おお! これはレイン様」


 入り口に立つレインに、店の者が声を掛けて来た。スラリとしたいで立ちのレプティル族の男性だ。


「姐さんいる?」


 男性は「ええ、自室におられます。ご案内を」と頭を下げる。


「ああ、いいよ。気にしないで」


 レインは男の横を通り過ぎる。


「今、忙しい時間だろ?」

「お気遣いありがとうございます。では、お言葉に甘えて……」


 男はそう言うとレインを見送り仕事に移った。

 そのまま、いつもと同じように店の隅にある階段を登り始める。そして二階の一番奥の部屋へ向かい、戸にノックした。


「おはいり」


 そう女性の声が聞こえたのを確認すると、部屋の中へと入った。

 中は相当広い。流石、亭主の自室だ。部屋一面にある棚には骨董品や、花タバコのガラス瓶がずらりと並ぶ。


「レインか……思ったより早かったのぉ」


 大きなデスクに身を預けているこの店の亭主は、フ~と花タバコをふかしながら声を掛けてきた。

 白のロングヘアー、薄手の布地で露出度の高い服装に身を包んだ女性。ハナカマキリのビーストであり、この店の亭主、そしてこの遊郭の秩序を守る人物。シルメリアの幹部、商務部局長『アリューク』だ。

 レインが部屋に入って来たのを確認したアリュークは、そのまま花タバコを加え手元の資料を眺める。


「お届け物です」


 アリュークは「いつも悪いねえ。もう少しでキリがいいんじゃが、少し待っててくれないかえ?」と話す。


「いいですよ。今日はこの案件で終わりですから」


 そう言ってレインは部屋の中の骨董品を眺め始めた。前回来た時とまた品が違っている。


「なら良かった。しかし待たせるのも悪いのぉ。そこのタバコ、好きに吸ってもよいぞ」


 アリュークの言葉に窓際にあるテーブルに目を向ける。そこにはガラス瓶が何個か並べられていた。


「へえ、新作ですか?」

「そうなんじゃ。丁度サンプルを開いておっての、これから入荷予定でな。好きなのを吸ってよいぞ」

「なるほど……」


 レインは一番手前にあった瓶に人差し指を当て能力を使う。すると中の水がコポコポと沸騰し始め、一緒に入っている葉が動き出した。

 紅茶に似た製法なのだが、タバコとして親しまれている花タバコ。この存在はシルメリアでは大きい。それはまず麻薬を完全禁止にし、麻薬の変わりにこの花タバコを全面的にアピールしていること。麻薬はこのシルメリアには持ち込めない。それはライが取り決めた街の掟だ。その代わり、他の街よりこの花タバコは安く手に入る。その為、こも街では多くの人々がこの花タバコを愛用していた。

 レインはある程度温度が上がったのを確認し、マウスピースを口にくわえる。肺いっぱいに煙を吸ったレインは少し驚いた顔をしてマウスピースを放した。


「これ……」


 レインは白い息を吐きながら目の前の花タバコを見つめる。


「良い香りじゃろう? 一級品の葉じゃよ。ここらじゃ手に入らない代物じゃからな」

「これって……ミールス?」


 その言葉に資料を見ていたアリュークが驚いた顔をしてこちらを見つめる。


「驚いた。その香りを知っているとは……レインお主、結構ツウじゃのう」

「ああ、いや……」


 彼女の反応にレインは少し慌てた。


「この茶葉が好きで、紅茶で飲んでた人がいたんだ。だから覚えてたってだけで……」

「ほほ~~。この葉をねえ~~」

「な、なんですか」


 アリュークの何かを察した顔にたじろぐ。


「ミールスの葉は貴族様御用達。そんじょそこらの者が買える代物じゃないんじゃがのぉ~」

「へ……へえ……」


 そう言ってもう一度タバコを口に咥え息を吸う。

 懐かしい香りだ……まだ一年しか経っていないのに……懐かしいと思っている自分がいる。

 そんな何か物思いに更けているレインの顔を見たアリュークは「ふふ……」と笑い、また資料を見つめた。

 レインはそのまま窓辺に寄りかかり、タバコをふかしながら外の風景を眺める。

 ピンク色の灯りの下、男女が行き交う。二階に位置する窓からは路地がよく見えた。

 フウと息を吐けばその窓に煙が当たる。ボンヤリとその煙を眺め、アリュークの仕事が終わるのを待った。


「さあて、終わりじゃ」


 そう声を掛けられた頃にはタバコの葉を一杯分、吸い終わっていた。


「悪かったのお、時間が掛かってしもおた」

「いや、大丈夫ですよ」


 アリュークは大きな伸びをしつつデスクから立ち上がり、レインのいる窓辺に歩いて来た。高いピンヒールの足音が部屋に響く。


「お詫びと言ってはなんじゃが~~今日これから一杯どうじゃ?」


 こちらに近づき、レインの顎を細い指で撫でた。ハナカマキリの特徴である白い肌、尖った爪が優美に照らされる。


「遠慮します。姐さんと飲んだらろくなことが無い」


 レインのジトッとした目と発言にアリュークは「失礼な!」とふて腐れる。


「わっちはこんなに待たせた事が申し訳なくてだの! せっかくならうまい酒でもごちそうしようと思っただけじゃ!」

「それだけですか?」

「もちろん! あわよくば……食ってやろうと思ったりも……したりも……するが!」

「本音が出てますよ」


 レインの目がさらに細くなる。


「姐さんの食うはどっちにも捉えられるからますます怖い」

「それは習性じゃからな。いい男がいると……なあ?」


 ほくそ笑み、こちらを見つめる。その目はまさしく肉食であるカマキリの瞳だ。


「毎回そう言って俺に口説いてきますけど、行きませんからね?」


 ピシャリと言い放つとアリュークは頬を膨らませ「ケチッ!」と叫んだ。


「冗談じゃ! 冗談!! 全く……レインは可愛げがないのお~。ルイだったらこういう話をしたら顔を真っ赤にしてキーキー鳴くのに」

「あいつと一緒にしないでくださいよ。俺あんな餓鬼じゃないです」

「ま、確かに……ルイはこの区画を横切る事すら出来んおこちゃまじゃからのお~」


 アリュークはレインの持っているマウスピースを加える。


「で、本題じゃ。長からの伝言じゃろ?」


 レインはライから預かった手紙を差し出しもう一度タバコを吸う。

 アリュークは受け取った手紙をその場で読み始める。


「姐さん」

「なんじゃ?」

「この葉……少し譲ってもらえないですか?」

「ほお~、それは構わんが……誰かにプレゼントかえ?」

「はい!?」


 急な質問にレインは驚いて返事をする。


「おなごか!? おなごにか!? 誰じゃ? イレアか? コハルか!?」

「ちょっ! 待ってくださいよ!!」


 アリュークはワクワクした目をしながらこちらに近付いて来る。そんなアリュークから身を引いた。


「ミールスの葉はおなごの好きな香り。よって! おなご関係と見た!!」

「姐さん! 勝手に妄想しないで!!」

「なんじゃ。面白くない」


 レインの反応にアリュークは少し残念そうにふて腐れる。


「譲ってやってもいいがのぉ」と、瓶の底をこちらに見せてきた。そこにあるのは金額だ。その金額を見て驚愕する。


「はあ!? こ、こんなに高いんですか!?」

「もちろん。一級品のミールス葉じゃからな!」

「………」


 巷で売っているものの二十倍する金額だ。こんな高級品だとは思わなかったレインは、そのまま固まる。


「では、取引をしないか?」


 固まっているレインに向かってアリュークは嬉しそうに笑った。


「取引?」

「ああ、この手紙にも関係してくるんじゃが」

「長の手紙ですか?」

「頼みを聞いてくれれば、その葉を譲ってやっても良いぞ」


 そう言ってアリュークはここ一番の笑みを見せた。






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