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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第4章ノ壱 シルメリア・ドドンガ共同駆除作戦編
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第4章 3幕

 中界軍の軍事基地には小さな森が存在する。その森の中心はいつもと変わらず、木々たちが日の光を浴びながら木の葉を風に揺らしていた。皆がすぐに立ち寄れるように作られたその場所は、今日も穏やかな時を刻んでいる。

 木々達の囲む小さな空間。白い花が咲き誇り、その白を映したかのような白い岩が、森の中央の空間に存在する。白い岩は日の光に照らされ光り輝く。天界にある鉱石で出来ていると誰かが言っていた。

 その白い岩の前で膝を抱えて座り、ただぼうっとその風景を眺める。

 風がハニーブラウンの髪を撫でた。

 何も考えないようにしていたはずなのに、赤の瞳からは自然と悲しみの涙が流れる。

 いつまで経ってもこの悲しみは消えない。いつも自分の周りに存在する。それをここに来て涙に変える。それがポルクルの習慣になってもう一年経つ。


「兄さん……」


 そう声を出す彼の声は一年前より大人になっている。背も高くなった。知識も増えた。剣術だって兄よりも上達した……。


「……」


 ポルクルの頬に伝う涙は足元に咲く白い花を濡らす。

 兄はここにはいない。彼の墓は親衛軍の霊園にある。しかし中界軍へと入隊したポルクルには、その霊園には足を踏み入れることができない。だからポルクルはこうしてこの場所で兄を思う事にした。

 自分の決めた道だ。意志は固い。しかしここまで天界天使と転生天使との格差を痛感するとは思わなかった。

 自分の兄、大切な人の元へも立ち入れない。そんな事……。

 ポルクルは鼻を啜りながら白い岩を見つめた。


「またここで泣いてるのか?」


 後ろから届いた聞き覚えのある声に、ポルクルは黒の軍服の袖で涙を拭う。


「泣いてません」

「泣いてるだろ」

「泣いて……ません」


 ポルクルはもう一度鼻を啜る。そして隣に立つ人物を見上げた。

 風になびく元帥マントはまだ真新しい。


「ヤマト元帥だって……また来たんですか?」

「まあな、基地に帰って来たなら必ず会いに来るさ」と、マントをひるがえし岩の方へと歩むと片膝を付く。


 ヤマト元帥はそっとその岩に手を添え目を閉じた。

 彼はいつもそうやって長い時間、黙祷を捧げる。嘗ての友、上官、そして父へ……。

 黒い髪と白い岩が光に照らされ綺麗だ。ポルクルは腫らした目を擦りながらそんなことを思った。

 ヤマト元帥の元に来てからもう一年になる。彼の背中を追い続け、見守り続けた我武者羅な一年だった。

 彼はまるで風のように駆け抜けた。そんな彼を皆が支持し、上へ上へと押し上げる。まるで最初から道があったかのように。まるで誰かに導かれるように……。

 中界軍(彼ら)は言う『皆を導くのは黒騎士だ』と。『だからあいつに道を譲る』と……。

 この一年、彼を見てきて分かったことがある。それは彼は上に立つ器だということだ。

 上に立ってこそ彼は彼自身の力を発揮できる。それは常に側にいたポルクルが一番感じている。彼の背中に付いて行けば、きっと何かを掴める気がする。そう思わせる力が彼にはある。

 そう、何かが……彼にはある。そう思った。

 だから中界軍の皆は彼を上に上がらせるのだろうか。いや、それだけではない。

 彼には大きな肩書がある。『ガナイド地区悪魔討伐戦の黒騎士』『熾天使の騎士』この二つだ。肩書を持つ男が若くして元帥に立つ。それは何者でもないプロパガンダだ。

 彼は皆の希望であり、追いかける目標であり、底知れぬ恐怖になる。それを中界軍上層部は知ってる。それを利用して中界軍の更なる確立を図っているのだ。

 そのことをヤマト元帥はきっとわかっている。それを分かっていても尚、彼は上を目指し続ける。

 そんな彼は強くて……。


 ヤマト元帥は黙祷を捧げ終わり、再びポルクルの隣に来ると今度は腰を下ろした。

 そしてポルクルの頭をぐしゃぐしゃと無造作に撫でる。


「わっ! ちょっと!! やめてくださいよ閣下!!」


 ポルクルはそう叫びヤマト元帥の手を払いのけた。そんなポルクルの態度など気にせず白い岩を見つめる。

 いつもと調子の違う雰囲気に不安になり、彼の顔を見つめた。

 ヤマト元帥は眉を寄せ、少し辛そうな顔をしていた。


「泣いてるんですか?」

「泣いてない」

「……」

「泣いて……ないさ」


 ヤマト元帥のその声にポルクルは少し不安を覚える。彼はいつも全力だ。だから強い。強くて……そして脆い。

 一瞬の間の後、ヤマト元帥は立ち上がり、元来た道を歩き出した。


「ちょっ!」


 ポルクルはそんな上官を追いかけるように立ち上がる。


「箱庭に行く。城まで付いて来い」

「箱庭にですか?」

「ああ、調べたいことがある」


 ヤマト元帥の言葉にポルクルは少し気を引き締め彼の後ろを歩いた。






 エレクシアは昼下がりの日の光を浴びながら木々の中を歩いていた。今日はいい天気だ。空も雲一つない。箱庭は今日も静かで歩いていても心地よかった。

 箱庭の中央にある最神の書斎まで来ると、エレクシアはいつも通り入り口をノックした。

 返事が無い。今の時間帯はシラとサンガがいるはずなのだが……。

 エレクシアは不思議に思いながら書斎の扉を開けて中に入る。部屋の中は日の光が差し込み明るく、壁一面の本がその光を浴びていた。

 その書斎の本棚に立つ黒い背中が見える。それは見覚えのある背中だ。


「ヤマト?」


 エレクシアはその背中に声を掛けた。


「ああ、エレア。久しぶり」


 ヤマトは分厚い本を眺めていた手を止めて、部屋に入って来たエレクシアに返事をした。


「お前一人か? めずらしいな」

「シラは緊急の会議だってさっきサンガと出て行った。元老院に呼ばれたみたいだったけど……。書斎を使わせてもらう許可は取ったよ」


 ヤマトは手に持っている本のページをめくりながらエレクシアに話す。

 アレクシアは「そうか」と言って、いつもの自分の定位置である二人掛けのソファーに腰かけた。

 二人掛けソファーのヤマトがいつも座る場所には、元帥マントが無造作に掛けられていて、その隣にあるテーブルには読み漁ったであろう本が山積みなっている。


「調べものか? 姫様に聞いたらもっと絞り込めるだろう?」

「いや、シラでは多分、分からない話なんだよ。もっと……」と、ヤマトは次の本へと手を伸ばす。


 そんな彼の背中をエレクシアは眺める。

 出会った一年半で元帥に上り詰めた彼の背中はどことなく大きい。その背中にはどれ程の重みを背負いこんでいるのだろうか……。エレクシアの考え付かないほどの重圧が彼の背中には掛かっているのだろう。


「紅茶でも入れようか? サンガみたいにはいかないが」


 エレクシアの声掛けに「いや、いい。もうそろそろ行かないと……部下を待たせてるんだ」と、ヤマトは返事をした。そして机に乗せていた本を仕舞いだす。


「ここにもないとしたら……あとは」


 そうブツブツと吐いている。どうしても探したい何かがあるらしい。


「相変わらす忙しそうだな」

「ん? まあ、ぼちぼちかな」

「元帥になってさらに激務なんじゃないか?」

「そうでもないさ、少しだけ仕事が増えただけ」

「……」


 ヤマトの返答にエレクシアは彼の顔を見る。

 余裕が無いように見える。場の空気を壊すような軽い発言も、自分への冗談も言ってこない。


「エレア、シラとサンガによろしく言っておいてくれ」


 エレクシアが見つめているのに気が付かないのか、ヤマトはマントを羽織り何冊か本を手に取ると目の前を通り過ぎようとした。

 とっさにエレクシアはか彼の左腕を握る。

 突然、エレクシアに腕を掴まれたヤマトは「何?」と薄い反応をした。


「お前……大丈夫か?」


 エレクシアは黒い瞳をしっかりと見つめてそう問う。

 その瞬間、ヤマトは何かに気が付いたのか驚いた顔をし、身体はグラリとバランスを崩した。

 崩れかかる身体をエレクシアは支える。


「おい!」

「ああ……いや、悪い。なんか急に……」


 ヤマトはそう言って両足で踏ん張る。しかし踏ん張りが効かずエレクシアへ持たれ掛かった。

 エレクシアは力が入らないヤマトを支えながらソファーに座らせる。ヤマトはそのソファーの背もたれに深く沈み込んだ。

 顔色が悪い。目の下にはクマがある。やはりあまり休息をとっていないようだ。


「少しは身体を休めろ。じゃないと、いつか壊れるぞ」


 エレクシアの少しきつめの声を聞くと、ヤマトは右腕を額に当てながら小さく溜息を付いた。


「上手くやってると思ったんだが……エレアに言われて……そう言えば最近寝てないって気が付いた」


「大丈夫か?」と言うう質問に、ヤマトは「大丈夫……だと思いたい」と歯切れ悪く答えた。


「ここまで来たんだ。やっと……ここまで。だから……」


 ヤマトの言葉が少しづつ擦れてくる。


「悪い。十分だけ……寝る。十分経ったら起こしてくれ」

「ああ、分かった」


 彼はそのまま背もたれによりかかったまま寝息を立て始めた。

 エレクシアはそんなヤマトの隣に座ると大きく溜息を付く。


「無理し過ぎだ……」


 ボソリと言った言葉は彼には聞こえていない。

 ヤマトの動きは天界軍、親衛軍にまで届いていた。中界の若い元帥は皆に踊らされて見世物(お飾り)状態だと……。

 この若さで元帥だ。皆がそう噂するのは仕方がないだろう。

 しかしこんな我武者羅な本人を目の前にして、誰が中界軍の見世物(お飾り)だと言えるだろうか。

 彼の中にある葛藤を誰が分かってやれるのだろうか。

 死を経験し、天使へと転生した苦しみを、こんな世界を生き抜く辛さを、大切な人を失った苦しみを。その苦しみを力に変えてここまで上り詰めた苦難を……一体誰が分かるのだ。

 ここまでボロボロになっても尚、皆の前に立とうとしている彼を見世物だと……言えるのだろうか。

 エレクシアは静かに寝息を立てて眠る若き元帥を見つめ、ぐっと拳を握った。







「最悪だ!!」


 ドカドカと大きな音を立てヤマトは天界の城の渡り廊下を歩く。

 すると目の前の中庭で本を片手に自分を待っている部下を見つけた。


「ポルクル!」


 ヤマトは声を上げながらポルクルの方へと歩みを進める。


「お帰りなさい閣下。意外と時間掛かりましたね」


 箱庭には限られた者しか立ち入ることが出来ない。その為、いつもポルクルはこの場所で読書をしてヤマトを待っている。今日も何かの資料を片手にヤマトを待っていた。


「寝過ごした!!!」

「寝過ごした? 閣下が? 珍しいこともあるもんですね」


 急いで歩くヤマトはポルクルの言葉を聞き流し、速い足取りで進む。ポルクルは本をパタンと閉じるとヤマトの後を追いかけた。


「エレアの奴……起こしてくれって言ったのに、気が付いたらいないんだぞ!!」


 ヤマトの怒りの声にポルクルは肩をすくめる。


「閣下、最近寝不足だったから、エレクシア中尉も気を利かせたのでは?」

「なに?」

「僕達がいくら休息をとってくださいと言っても取らない閣下が悪いんです。だからこういった何かの時に……」

「あああああ!! もう、そういう話はいい!」


 少し焦ったような言い方をするヤマトにポルクルは呆れた顔をした。


「これから天界巫女に会いに行くぞ」

「巫女様に? 謁見許可は申請してませんよ?」

「ああ、けどこの間の件。やはりどの文献にも記載されてない」

「核……ですか」


 ポルクルの声にヤマトは前を向いたまま頷く。


「なら、この世界を知る人物に聞くのが手っ取り早い」

「なるほど」

「なのに……この貴重な時間を!!!」


 ヤマトの苛立つ声が響く。


 しかし「ヤマト元帥!!!!」とさらに大きな声が後ろから聞こえ二人は振り返る。

 そこには血相を変えたオルバンの姿があった。いつも余裕を見せている彼なのだが、焦りが顔に出ている。


「どうした?」


 ヤマトの声にオルバンはこちらに向かって来ながら「これから緊急軍議です!!!地下界軍が天界に進軍を開始したそうです。ゲートが開かれたのが確認されたと」と、声を上げる。


「それで……先ほど最神が発表をしたそうです」

「何と?」

「……」


 オルバンはヤマトの質問に一瞬口を紡いだ。そして意を決したようにヤマトを見つめてこう言い放った。


「進軍する地下界軍をガナイド地区にて迎え撃つと……。次なる戦場は『ガナイド地区』です」






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