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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第4章ノ壱 シルメリア・ドドンガ共同駆除作戦編
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第4章 1幕

 俺はいつも孤独だった。何をしても一人だった。

 それはいつの頃からだったのだろう。思い返してみればそれは生まれた時からかもしれない。

 そう、俺が生まれた時、すでに俺の前には兄がいた。

 優秀な兄。何をしても兄には敵わなかった。勉学も運動も……全て。

 父はそんな兄を誇りだと言った。兄に家を継がせる為に父はいつも必死だった。

 俺は兄を尊敬していた。けど、恨んでもいた。兄がいるから俺の努力はいつも日の目を見ない。何をやっても前に兄がいる。兄が歩いた場所を俺は追い掛けるように歩いていた。

 何時からなのだろう。俺に『できない子』というレッテルが貼られたのは。小学生の頃だろうか、中学生の頃だろうか……。もうそんな記憶も薄れている。

 名家の家に生まれた俺には全てにおいて家の名が付きまとってきた。そしてその名家の優秀な男の弟という立ち位置もだ。

 だから……俺はあの世界が大嫌いだった。


 大嫌いで、大嫌いで……だから、俺は…………。


 死んだ時、何かがプッツリと途切れた気がした。ああ、これで何にも縛られない。誰かの背を追いかけることもない。家の名を汚すこともない。そんな安心感が生まれていた。

 転生天使に生まれ変わって残念なことがあった。それは髪も瞳も人間の頃と同じ『黒』だったことだ。周りの奴らはみんな天使らしい煌びやかな出で立ちだったのに、俺は真っ黒だった。正直、幻滅した。俺みたいな死に方をした奴にはよくある事らしい。それは『いつまでも己の行動を悔やみ続けろ』と言っているかのようだった。

 だから俺は自分の身なりを見るのが嫌いだった。人間の頃を思い出してしまうから。あの大嫌いな世界をいつまでも引きずってしまうから。

 そんなある日だった。俺の先輩にあたる人物に一つの提案をされた。『中界軍に入ってみてはどうだろう?』と。

 俺は人間の頃の自分と決別したい一心で中界軍へと入隊した。

 そこは男臭くて、埃っぽい。けど、全てが実力で構成された場所だった。産まれも、育ちも、家柄も……何にも囚われない俺の理想の場所だった。

 入隊して数日。俺はある人物とすれ違う。

 その人物は煤けたマントをひるがえしながら俺の横を通り過ぎた。その時、俺は緊張で敬礼をしたまま固まっていたのを覚えている。

 その人物は横を通り過ぎながら一言「黒髪に黒の瞳か……軍服に似合っていいじゃないか」と微笑んだ。「黒い新入り、しっかりやれよ」と……。


 それが俺とあの人との、目標とする『父』ジュラス元帥閣下との出会いだった。







 生暖かい風に吹かれ黒い髪がバサバサと揺れる。どうもこの街の風は自分には合わない。じめっとしていて、そしてまとわりつくような……。

 ただ、本来ならもっといい風なのかもしれない。今、この今だからこそ、こんな風なのかもしれない。そう、全てを焼き尽くし、街と呼べるかどうかも分からないそんな場所から吹く風だから……。


「焦げ臭い」そう言って口を腕で押さえる。肺の中まで臭くなりそうだ。


 空を見上げる。そこは厚い雲で覆われていて、今にも雨が降り出しそうだ。見上げた空の色が黒い瞳に移り込む。

 丘の上に設置してある作戦本部からは先にある戦場がよく見える。煙や炎が上がる街がだ。

 作戦本部と言っても仮設テントが数機あるのみで、そこまで大規模なものではない。それは今回のターゲットが反乱分子だったからである。反政府組織の住処になっていた旧市街地。そこへの攻撃が今回の作戦だ。


「閣下、作戦が完了したようです」


 後ろから聞き覚えのある声が聞こえ、閣下と呼ばれた黒ずくめの男は振り返った。


「ああ、分かった」


 男は髪色から瞳の色、着ている軍服。全てが黒づくめだ。その肩から掛かっているマントも黒く、その姿から皆に『黒騎士』と呼ばれていた。


「ヤマト元帥。本当に戦場に行かれるんですか? 鎮圧したとはいえ、まだ残党兵がいるかもしれませんよ」

「残党兵はいるだろうが、ここまで来たんだ。少しは見て回りたい」


 ヤマトは部下であるポルクルの横を歩きながら答える。ハニーブラウンのくせ毛に赤い瞳の青年は、そんな彼の返答に溜息を付いた。


「相変わらずですね。元帥が……と言うか、軍上層部が戦場を歩き回るなんて聞いたことないですよ?」

「そうか? 前元帥はいつもこうして戦場に顔出してたがな。天界軍や、親衛軍は違うかもだが」

「そうかもしれませんが……閣下の身に何かあれば」

「何もないさ。俺がそんなひ弱く見えるのか?」

「そう言うことではなくてですね!!」

「はいはい! ポルクルは相変わらず心配性だな~」

「からかわないでください!」


 そんな会話をしながらヤマトは遥か先に見える戦場を見つめる。

 そして準備してあった馬の手綱を引くと軽いステップで鞍へと飛び乗った。黒の元帥マントがフワリと舞う。


「ポルクル! 行くぞ!」

「あ、はい!!」


 ヤマトの言葉にポルクルは返事をして隣に用意してあった馬に飛び乗る。

 二人は作戦本部を離れ、煙の立ち込める旧市街地、戦場へと赴いた。






 旧市街地は閑散としていた。あちこちで炎が燃え、煙が上がる。

 壊れた家屋やレンガの壁の影には死体がチラリと見える。

 ヤマトとポルクルはそんな市街地の大通りへ馬を進めた。

 昔は栄えていたと言われているこの街も、貴族の横暴な振舞いから徐々に傾き始め、数年前にはすでにスラム街へと変わっていたらしい。

 それは四年前に起こった『ガナイド地区悪魔討伐戦』の影響もあったと聞かされている。

 辺境にあるこの街はガナイド地区が悪魔に占拠されていた為、迂回ルートとして栄えた街。

 しかし戦争が起き、物流が一気に変わった。その影響は測り知れなかっただろう。

 そんな街に住み着いたのは行き場をなくした者達。戦争を起こした軍への恨みを持った者達だ。もちろん貴族や政府をよく思わない者達も中にはいる。例えば、『ビースト』半獣達もだ。

 住み着いたそんな者達の集まりはやがて政府に仇名す者達の集まりになる。


 一年前に最神の掲げた戦争宣言が発端で、各地のこうしたスラム街や反政府の街は一斉に反乱を始めた。それだけ彼女の言葉は絶大なものだったのだろう。そんな街を鎮圧してくのもヤマト率いる転生天使で構成された『中界軍』の仕事だ。

 大通りを進むとそこには数十人の黒い軍服を着た天使達が見える。その周りに数人縛られた者達もだ。どうやら数人の反政府組織の者達を捕虜として捕えたようだ。

 ヤマトはその近くまで馬を進める。するとヤマトの姿を見つけた兵士がこちらに駆け寄りヤマトの乗る馬の手綱を引いた。


「ヤマト元帥、ポルクル中佐。お待ちしておりました。オルバン大佐はこちらに」

「ああ、ありがとう」


 ヤマトは兵士に手綱を預けると馬から降り、捕虜のいる方へと歩みを進めた。ポルクルもそれに続く。


「オルバン」


 金色の髪の背中に声を掛ける。その背中はヤマトの声に振り返ると「閣下」とだけ言って細い目をさらに細くするように笑った。

 オルバン以外の軍人は皆、ヤマトの登場に戸惑いつつも敬礼をしてくる。元帥の登場にピリピリとした空気を感じているようだ。皆、顔が険しい。


「で?」


 ヤマトは短くオルバンに質問した。


「特にこれと言って問題はありませんよ」とオルバンは答えながら周りの軍人へ「捕虜を基地の方へ移送しておいて」と指示をする。


 数人の捕虜は変わった容姿をしていた。獣の耳を持つ者、身体がうろこで覆われた者、尾が生えた者……ビースト達だ。少数民族の彼らもまた、自分達のように天界天使からの迫害を受け続ける種族。

 彼らの生きる場所は限られている。だからこうしてスラム街や反政府組織に身を寄せているのだろう。

 そんな彼らが兵士によって移送されていくのをヤマトは見送った。自分達、転生天使とビースト。その違いは何なのだろう……そう思えてならなかった。


「閣下、やはり来ましたね。戦場にはあまり足を運ばれない方がいいのでは?」


 オルバンはヤマトに向かって微笑みながら声を掛けて来た。


「お前が指揮する作戦だ。何も問題はないとは思ったんだがな……まあ一応」

「元帥になって間もないんですから、こうやってウロチョロされるのは感心しませんね」

「どうしてだ? 今までと何も変わらないだろ? 中将の時だって……」

「変わります。貴方は軍の長なんですから」


 オルバンはヤマトの言葉を遮るように答える。


「少しはドーン! と基地で構えていても良いと思いますよ?」

「そうなんだろうが……どうもデスクワークだけってのは性に合わなくてなあ」

「そうやって後回しにするから帰ってから泣き言を吐くことになるんです」


 ヤマトの言葉に隣にいるポルクルが口を挟む。


「ヤマト元帥は嫌なことはすぐ見て見ぬふりをなさるんですから。結局しないといけないのに……」

「また、ポルクルはうるさいなあ」


 ヤマトはムスッとしてポルクルを睨んだ。


「確かに、前元帥も同じように各地を巡っては山積みになったデスクワークにヒーヒー言ってましたね」とオルバンが笑う。


「いくら前元帥に近づこうと頑張られていると言っても、そこまで真似する必要はないのでは?」

「そ、そんなつもりはない。たまたまだ! たまたま!!」


 そんな話をしていると突然後ろから「離せ! 離せ!!」と声が聞こえる。ヤマトが振り返ると、瓦礫の中から兵士に腕を掴まれ連れてこられている少年の姿が見えた。歳は十五歳ぐらいだろうか。

 その後ろにもう一人。そちらは少年よりも幼い少女だ。

 二人とも顔立ちがどこか獣に近く、耳はどちらも猫のようなグレーの獣耳をしている。どうやら猫科ビーストの兄妹のようだ。

 兵士に両腕を後ろに回された少年は大きな声で叫び、歯を見せて威嚇している。そんな兄を不安そうな顔で見つめる妹は大人しく、兵士に連れられていた。


「どうかしたのか?」


 オルバンはそんな幼い二人を取り押さえる兵士達に声を掛けた。


「はい。どうも非戦闘員のようなので保護しようと声を掛けたのですが……突然抵抗してきたので……」

「で、顔をひっかかれたと?」


 兵士の顔には大きく三本の傷跡が見える。どうやら兄の方に引っかかれたのだろう。

 そんな二人はオルバンの前に連れてこられ膝を付いて座った。


「君達、親はどうしたの?」


 オルバンは出来るだけ優しく声を掛ける。


「親なんてとっくに死んだ」と兄は答えた。

「どうして今ここに? ここが戦場になると言うのは事前に伝えてあったよね? 非戦闘員は避難しろと忠告を聞かなかったのかい?」

「……」

「妹を危険にさらして、君は何をしようと思ったのかな?」

「……」


 オルバンの言葉に兄は無言で睨むだけで答えない。


「何も言ってくれないとこちらも対処できませんよ」とポルクルも話し掛ける。

 すると兄猫は「行こうと思ったんだ」と声を出した。


「どこに?」


 オルバンがさらに質問する。


「俺達の……行きたい場所に」

「行きたい? この街ではない居住区を目指そうと思ったの?」

「……この戦場にその場所を知ってる人がいるって聞いたんだ。だから」

「で、その人には会えたのかな?」


 オルバンの言葉に兄はこくんと頷いた。


「その人は何処に?」

「分からない。攻撃が始まったから……」


 そんな兄に向かて「おい、坊主」とヤマトは声を掛ける。

 猫の兄妹はそんなヤマトを見て一瞬怯んだ。


「お前達は何処に行こうとしたんだ?」


 ヤマトの黒い瞳を見つめる兄はゆっくりと答える。


「要塞都市シルメリア。俺達ビーストが自由に生きれる街だ」


 その言葉にヤマトはニヤリと笑う。そして片膝を付いて兄の顔をさらに覗き込んだ。


「こいつらを解放してやれ」


 ヤマトの言葉に兄猫の腕を掴んでいた兵士が「ヤマト元帥、しかし……」と声を出す。


「いいから」


 その言葉に兵士はそっと手を放した。その瞬間、妹が兄の方へ駆け寄る。兄はそんな妹をしっかりと抱きしめた。そしてヤマトをもう一度睨み付ける。


「こいつらに十分な食料と雨風をしのげるマントをやれ。あと周辺の地図もだ」


 ヤマトの声に兵士は「ハッ!」と敬礼すると走り去っていく。


「何を企んでるんですか? 閣下」


 オルバンは少し呆れた声を出してヤマトを見つめる。ポルクルも同じように見つめた。


「いいかお前ら」


 ヤマトはそんな二人を気にせずにビーストの兄妹に声を掛ける。


「俺がお前達を街の外まで連れ出してやる。だから必ず『シルメリア』という街までたどり着け。そこで一つ俺の頼みを聞いてくれないか?」

「……頼み?」


 兄の猫が不安そうに質問する。


「ああ、頼みだ。なに、簡単だ。若草色の髪の、左目に大きな傷のある男を探せ。そしてこう伝言してくれないか?」


 ヤマトはニヤリとした口元を更に歪ませる。


「よお、腐れ縁。世界を変える覚悟はできたか?……とな」





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