第4章 プロローグ
お待たせしました! 第四章の更新を始めたいと思います。
今後もブルスカをよろしくお願いいたします。
手元にある資料が風に吹かれ飛ばされそうになる。幾重にも重ねられたその資料を細い手がそっと撫で、風が収まるのを待った。風は部屋の中を駆け巡り、自分の髪も揺らしていく。
「姫様、お身体に触るので窓を閉めましょうか?」
そう言われ風になびく資料を眺めていた女性は、紅茶をお盆に乗せてこちらに向かって来る少年へ「ええ、お願いします」と返事をした。
ハーフアップにしたスカイブルーの髪が風になびき煌びやかに光る。
さきほどまで昼間の暖かな日差しが差し込んでいたと思っていたが、顔を上げれば日は傾き始め、風は少し冷たい。もうこんなに時間が経っていたのか……と驚いた。
アクアブルーの瞳に夕焼けが映り込む。こうして少年と二人で過ごす夕日は何度目だろう。
あの賑やかだった日々は遠い思い出のようで……。忘れてしまいたくないのに、日々の忙しさで楽しかった記憶は薄れている気がしてしまう。
彼の笑顔ははっきり覚えているのに……。彼の声も。手の温もりも。全て覚えているのに……遠い遠い思い出になってしまった。
夕焼けを眺め懐かしいあの頃を思い出す。
「…………」
彼の名を……呼びそうになった。あの日以来、口に出すこそとのない彼の名を。
しかし目の前に紅茶が運ばれてきたことによって口を紡いだ。
「ありがとう、サンガ」
オレンジ色の髪をしたダークグリーンの軍服の少年は「いいえ。姫様」と、こちらへ微笑む。
ティーカップに手を添え紅茶を一口飲んだ。ミールスティーは一番のお気に入りの茶葉だ。
「おいしい」
そう口に出すとサンガは嬉しそうな顔をし、席を外した。
もう一度、窓を眺める。日々の激務に少し疲れているのだろうか。大きな溜息が出た。
立ち止まることなど許されないのに……。皆の前に立ち、道を示すのが自分の役目。だから今もこうして我武者羅に前を見ているのではないか。
なのに……。少し昔のことを思い出したからといって……。
ティーカップをそっとコースターに置く。
そして突然、立ち上がると書斎に隣接している小さな部屋に急いで移動した。サンガにこんな不安そうな顔、見せてはいけないと思ったからだ。
部屋へ入り、胸の前に両手を重ねる。指先が微かに震えていた。
「大丈夫……大丈夫……」
何度も繰り返した言葉。何度も、何度も。
彼がこの箱庭から消えてからも、幾度も繰り返した言葉だ。
彼を思い出す。彼に抱きしめられたあの温もりを思い出す。なのに今の自分はこんなにも冷たい。
ーー彼に、彼に……。
「駄目ッ!」と声を出した。
「駄目……だめ」
これ以上想ってはいけない。これ以上思い出に浸ってはいけない。彼を思い出してはいけない。
そう、彼を思い出せば自分の弱い部分も帰って来てしまうから。甘えが帰って来てしまうから。
あの日から、彼がこの箱庭から消えたあの日から、弱い自分も消したのだ。
だから、これ以上彼を思い出すのは……。
「だめ……」
大きく深呼吸をする。そして小さな部屋の中央を見つめた。
そこにはマネキンが一つ。そのマネキンは純白の衣装を身に纏っていた。昔から伝わる衣装。特別な日に身に着けるものだ。
自分もこの衣装を着る日が迫っている。あと数か月後にはこの衣装を身に纏い、神殿に赴く。彼と愛の唄を歌ったあの神殿へ……。
「大丈夫……」ともう一度声に出し目を瞑った。
数秒間を開けたのち、大きく深呼吸をしながらゆっくりと目を開ける。その瞳は元の力強いアクアブルーに光を放った。
そして胸を張り、小さな部屋を後にする。
その背中は一人の女性ではなく、この世界の最高位血族『最神』として、『戦争を起こす神』へと変わる。
―――最神婚姻の儀まであと数か月―――
ーーBlueSkyの神様へーー
第4章 シルメリア編-2




