第3章 21幕
「今なんて?」
ライの顔が一瞬で引きつる。この街が戦場になるかもしれないと考えたことはあるか?そんな言葉を放たれれば当然だろう。ライの空気の変わりようにその場にいる全員がヒヤリとしたに違いない。
「今の世界状況をお主が知らんわけ無いじゃろう? この街が戦場になると想定はしておらんとは言わせんぞ?」
「確かに、この世界は今かなり不安定だ。半年前に天界の城が悪魔に襲撃されてからさらにだ。けど、それとこの話と何が関係あるんだ」
ライはふてぶてしい顔をしながら頬杖を付く。
「天界の城が襲撃された、そんなことはどうでもええ。問題はその後に公表された最神の宣戦布告の内容じゃぁ。あやつ我々に対しても発言しておったじゃろう? 分るか? あれは今後我ら反政府の者共もこの戦果の中で始末すると脅しとるんじゃ」
バエーシュマは淡々とそう言葉を発する。その内容にレインは右手の小指を微かに動かした。
半年前の悪魔襲撃……表建ては悪魔が天界の城を襲撃し、最神を暗殺しようとしたことになっている。
その後にシラが発表したのは悪魔に対しての宣戦布告。そして政府にあだ名す者達、つまり反政府組織への牽制。数か月前に起きた城下町で起きた自爆テロや各地域で起こっている紛争に対しての言葉だ。
「この街は関係ないとは言いきれんじゃろう? この街はシルメリア。反政府組織で最も名の知れた街じゃしな?」
「確かにな。俺達シルメリアは傷つき、住む場所を無くしたビースト達を受け入れているだけなんだが……そんなの建前にずぎんしな」
ライはバエーシュマの話に深く息を吐きながらそう言った。
「そう、天界の城の街で起こったテロ行為はお主が匿ったガナイド地区の連中が起こしたんじゃろう?」
「あれはあいつ等が勝手に!!」と、ライの真後ろに立つルイがそう声を出す。
「勝手に? そんな事世ではまかり通らんじゃろう? 現に天界軍はあのテロはシルメリアがしたものじゃと表明した」
その言葉にバエーシュマはきっぱりと言い放つ。
「ルイ、いい」とライもルイの発言を止める。
「バエーシュマ殿の言ったとおりだ。俺達幹部があいつらに何かを命令したわけじゃない。しかしこの街で、シルメリアと名乗った者がああいった過激な行動に出た、それは事実だ。俺達もそれを背負わなきゃならない」
ルイはその言葉にぐっと唇を噛み締めこちらを見て来た。レインはその視線に何も言ってやれなかった。
「確かに、俺達は居場所のない者達に手を差し出してきた。その中にはそう言った過激派の奴らもいる。けどな、この街を戦場にしようと思う奴なんて一人もいない。皆、生きる場所を探し求めて来た連中ばかりだからな。やっとの思いで見つけたこの街を自ら壊そうとする者はいないだろう……と俺は信じてる。それに天界軍がここに来るまでに阻止するだけの力もある。万が一たどり着いたとしてもこの要塞都市に立ち入ることは出来ない」
「どうだか……それは立証されてはおらぬじゃう?」
そう言ってバエーシュマは大きく息を吐き「そこでじゃ!」と話を斬り返す。
「我ら『バルベド』と同盟都市の契りを交わさぬか?」
「何?」
「同盟になれば今後お互いの街で助け合うことが出来る」
「それがあんたの目的?」
ライは嫌味をたっぷり含んでそう言った。
「人聞きの悪い言い方をしてくれるな。協力しようと言っているんじゃ」
バエーシュマは不気味に頬を引きつらせニヤリと笑う。
「そして、我らで天界政府を討ち取って行こうではないか!」
「討ち取る!?」
「そうじゃ!我ら『バルベド』の戦闘能力と『シルメリア』の守りや治安部隊の力を終結させ、さらに他の街とも同盟も結べば政府を、天界軍をも凌駕する力となるじゃろう!」
バエーシュマは大きな声を上げ、高らかにそう宣言する。突然の発言にライ含め、シルメリア側のメンバーは驚きを隠せない。
「それって、神に戦争を仕掛けようって言ってんの?」
「いかにも!! シルメリアという名は世界に大きく知れ渡っとる。シルメリアが立ち上がったとなれば 他の街もこちら側に着くじゃろう! 我らを蔑み、迫害してきた天界天使達に我々の力を見せるんじゃ」
「……」
「政府は我々の殲滅を近い将来始める。その前に我らが手を取り合い先手を打つんじゃ! まだ天界の城は半年前の悪魔襲撃戦での傷が癒えてないじゃろう。このタイミングで我らビーストの尊厳を掛けて……」
「馬鹿らしい」
ライは言葉を吐き捨てる。
「何故じゃ? この先を見据えての事。今この世で生き延びるには天界政府にしっぽを振るか、仇名すかじゃろうが!?」
「そんな事して何になる。天界を俺達の支配下にするつもりか? 差し詰め世界征服ってか? 馬鹿らしい」と、ライは腕の先が無い右手をブンブンと大きく振った。
「嘗てのお主の野望……だったんじゃろ?」
「何?」
バエーシュマの言葉にライの顔がさらに険しくなる。その空気の流れの変化にレインは背筋が凍った。明らかに今まで接していたライの印象を大きく変える空気。それは正に……巨大な飛龍を目の前にした恐怖のような……空気だった。
「過去のお主の行動は知っておるよ『パフアヌイアピタアイテライ』殿」
「へぇ……俺の龍名まで調べて来たのか?」
ライは冷たい空気を発し目の前の獲物をギロリと睨む。
「その右足、と右腕。過去の過激派での行動で無くしたんじゃろうが? 戦えない身体になってさぞ辛れぇじゃろう? 天界天使を喰えなくなって喉が渇いているんじゃないんか?」
「お生憎様。俺は人を喰う趣味は無いんでね」
「それは失礼じゃった。では言い直そう、暴れ足りないんじゃないんか?」
そこまで話すとバエーシュマは大きい巨体をもう一度動かし、座り直す。それを見ながらライは深い呼吸をした。その吐いた息は怒りのあまり煙を放つ。
「……ライ」
苛立った顔を見かね、アカギクがライに声を掛ける。アカギクの心配そうな声にライは「大丈夫だ。俺も昔みたいな餓鬼じゃねーんだ」と返してきた。
「コハル」
「は、はい!!」
急にライに呼ばれたコハルは声を裏返しながら返事をする。
「俺は何も間違ってねーな?」
「は、はい。長は長のままで……」
「そうか、ならこのまま俺を貫くぞ?」
「長の想いのままに……」
街巫女のコハルの言葉にライは大きく深呼吸をする。その瞬間、息と共に恐怖に溢れた空気がふわりと抜けるのが見えた。
「あのさ、バエーシュマ殿、あんたの腹ん中は最初から見えてんだよ」
元の空気に戻ったライは、挑発するように笑うバエーシュマにゆっくりと告げる。
「何?」
「その反政府組織としての活動を餌にこの街を乗っ取るつもりなんだろ? この街は世界有数の民芸品の街、辺境にあるにも関わらず安定した物流ルートの確保。そしてシルメリアというブランド名。そんな街と同盟を結べばそちらサンの街も潤う。そしてあわよくばあんた、この椅子を狙ってるんだろ?」
ライは獣の瞳を細め、バエーシュマに言い放つ。
「やらねーよ。あんたの思い通りにもならねー。この街は今まで通り、これからもあり続ける。俺がこの椅子に居続ける限り、この街はずっとこのままだ」
「な、何を言っとるんじゃ?」
「この街をダシに使って他の街にも同盟を結ばせる。そしてその頂点にあんたは立ちたいと思ってる。だろ? 全く面白くないビジネスだ。こちらに何の利益ももたらさない。あんたのその顔、この街が欲しいって書いてあるよ」
ライはバエーシュマを睨み続ける。
「確かにな、俺は昔、無茶やった。仲間を危険な目に合わせたりした。親父の造ったこの街を危険にさらした。だから……もうそんなことが起こらないように、俺はこの椅子に座ってる。この街にいる全員を守りたいと思っている。戦えない身体になった俺は……ここでこうしているだけだ。だが、だからこそ、俺にしか出来ない守り方があると思ってる」
ライの言葉に隣にいるルイの拳がギギッと音がするほど握られているのが見えた。レインはそんなルイの顔を見る。その顔は険しく引きつられ、悲しそうだった。
過去に、自分もしていた顔だった。大切な人を亡くし、守りたいものを守れなかった……嘗ての自分と彼の顔を重ねる。
この街には自分の知らない過去がある。悲しい過ちの過去が。その過去に立ち向かうように、この場にいる皆は戦っているのだろう。
「いいか? バエーシュマ殿。ここは商売の街。俺のこの街の守り方はこれだ。金を回して街を守る」
「……」
「反政府組織として政府に戦争吹っかけよう? 過去の野望をも一度やり直す?? 馬鹿らしい。俺達の尊厳? それを掛けて明日の飯は食えんのかよ。生きるために必要な住処は見つかるのかよ。世の中な、全部金で回ってんだ。あんたの言う戦争は全く金になんねえ……。もっとおいしいネタを持って来るんだったな」
バエーシュマはライの瞳と言い放たれた言葉にグヌヌ……と口を曲げた。しかし大きく深呼吸をしたかと思うと「フフフ……」と笑いだす。
「愚かじゃな」
「何?」バエーシュマの言葉にライは眉を動かし聞き返す。
「何と愚かな……この街の長は臆病者じゃったか」
「はあ……バエーシュマ殿、俺の話聞いてた? 利益をもたらさないビジネスはだたの偽善だ」
ライは呆れた声を出す。しかしバエーシュマは何か吹っ切れたようにライをあざ笑った。
「政府にここまでさせておいて立ち上がらぬとは、臆病者以外何者でもないじゃろうが。シルメリア、巨大なだけの臆病者達の隠れ家という事じゃったか」
「何それ……」
「ここまで大きく出来たんも、この街の造りがあったからこそじゃろうなあ? 古き時代の人間の産物に手を借りるなど……虫唾が走る。そんな得体の知れないものに寄りかからんと生きて行けぬお主らを、世の者どもは何故世界最大の反政府組織などと崇めるんじゃろうか。ただの臆病者の集まりじゃあないか。肩を寄り添わせて震える龍など……なんの価値も無い」
「……」
「それに政府、最神も馬鹿な発言をしたもんじゃ。この世の政府へ不満を持つ者すべてを敵に回し、さらに地下界へも宣戦布告をするなど。愚かな…なんと愚かな神よ」
その言葉にレインは癖である右手の薬指を何度も動かす。髪をまとめたリボンが揺れる。
「この世から戦いを終わらせる戦いじゃと? 何を寝言を吐いておるのか。この世全てを敵にして天界天使達を絶対的種族にする計画なのが見えとるわ。あのような偽善のみの言葉、虫唾が走り反吐が出る」
バエーシュマがそう発言した瞬間、フワリと部屋の空気が揺れる。
そして大きなテーブルの上に人影が着地しバエーシュマの前に躍り出た。
その影は一つではない。二つだ。
二つの影はそれぞれ腰に挿した刀を抜き、首元めがけて斬り掛かる。
大きな金属音と共に振り下ろされた刀はバエーシュマの鼻先で別の刀によって防がれていた。
「なななななな!!!!」
バエーシュマは突然の事で顔を真っ青にし目の前の光景を見つめた。
テーブルに置かれた果物やカトラリがガチャンと音を立てて揺れる。
そのテーブルに降り立ったのは、先ほどまで静かに会話を聞いていたレインとルイだった。
二人が並んでテーブルの上に乗り、同じタイミングで刀を抜き、同じタイミングで斬り掛かっている。
その刀を受け止めているのはバエーシュマの護衛であるエルドラドだ。長剣の為、二人の攻撃を同時に防ぐことが出来ている。
刀のぶつかる音だけが部屋を制し、その光景を誰もが唖然としていた。
いや、ライだけが面白そうに笑っている。
「シルメリアを馬鹿にするな!」
「彼女の夢を愚弄するなら……」
ルイ、レインの言葉が重なる。
「なッ! なななな!!!」
バエーシュマがさらに大きな声で叫んだ。
「いいぜ、レイン。やれ」
ライの言葉に「兄貴!!?」とルイは振り向き叫ぶ。
その瞬間、すでにレインは次の一手を繰り出そうと体をひねらせていた。
「なッ!!」と、ルイが叫んだ頃にはレインは彼をテーブルから押し出し、刀を一度振り回す。
ルイは振り落とされ「レイン貴様!!」と叫ぶ。
しかしレインはそんな彼をチラリと見ただけで、目の前の敵であるエルドラドを睨んだ。
「長、ご命令を」
エルドラドが淡々と言った言葉に「ええい! 交渉決裂じゃあ! シルメリアを奪いライの首を取れ!!」とバエーシュマが叫ぶ。
「あ~あ、本音が出てるって」
ライが嬉しそうに笑う。
「レイン、遠慮はいらねえ。薙ぎ払え」
ライの声にレインは刀を握り直し、軽いステップを踏み始める。それに合わせてエルドラドもテーブルの上に飛び乗って来た。そしてお互いが何かを感じた瞬間、二人の刀はぶつかり合うのだった。