第3章 20幕
イレアはムスッと頬を膨らませて遥か遠くに見える街役場の建物を眺めていた。
「みんな会合に行っちゃってさ。私だけ仲間はずれ……」とさらに頬を膨らませる。
今日は目覚めから面白くない。
朝食の準備をしようとリビングに降りるとレインの書置きを見つけたところから何かもやっとしていた。今日はきっと兄であるアカギクが任務から帰って来る。レインと二人での食事は最後になるだろうと、気合を入れて料理をするつもりだった。なのに想い人レインはそんなこちらの気持ちなど知らぬ為、一人でマーケットの散策に行ってしまったようだ。
「別にさ、一緒に食べようって約束したわけじゃないからさ。いいんだけどさ……」
イレアは頬を膨らませ中庭にある木材で出来た柵に寄りかかり、その先に広がるシルメリアが誇る巨大マーケットを眺めていた。丁度賑やかになる頃の時間帯だ。あちこちで人だかりができ、商売をしているのが薄っすらと見える。
一瞬今からでもレインを追いかけようかとも思ったのだが、時間的に街役場で会合の準備をする頃だろう。一緒にいてもどうせ自分は会合出席者ではない為、すぐにレインと別れる羽目になるはずだ。
そんなことをいろいろ悩んだ結果、イレアは自分の家の中庭でふて腐れているのであった。
「私だけ仲間はずれ……」
イレアはもう一度その言葉を溢す。
兄であるアカギクはこの街の治安部隊副隊長。ルイは街長である兄の護衛。ミネルは治安部隊と遺跡発掘チームの代表。レインは街長の用心棒。そしてコハルは街巫女として出席する。
「私……何にもないし。皆みたいに強くないし、コハルちゃんみたいに特別な力持ってないし……」
口にすればするほど自分が惨めになる。自分には何もないスッカラカンなのではないのかと落ち込んでいく。
「あの日……レインさんとコハルちゃんは何を話してたんだろう」
突然、ふと疑問が口から出る。
五日前のあの日。コハルとレインが自分の家の向かいにある大きな木々の下で、手を取り合い見つめ合っていた光景が思い出される。夕日に照らされ、二人はどこか不思議なオーラを放っていた。
「なんだか……二人」お似合いだったな……と口にしそうになり、イレアはブンブンと大きく首を振った。
いやいや、そんな事。確かに二人ともミステリアスだし、コハルちゃんは自分より気品もあって可愛い。だからって……。
「やめやめ!」
自慢のピンクの髪を撫でながらイレアは声を荒げた。
そんな時、自分が寄りかかている柵の前を「えっほえっほ」と声を上げながら見覚えのある顔が横切って行く。
「あれ? リリティさん?」
その人物に声を掛けると、目の前を通る女性は「ほえ?」と声を上げて立ち止まった。
「おや! これはこれはイレア嬢、おはようございます」
「おはよう、リリティさんが遺跡から出てるなんて珍しいですね」
遺跡発掘の第一人者フロレンス博士の助手、遺跡マニアのリリティがこんな朝早くからこんなところをうろつくのは珍しい。
オレンジのショートヘアーを揺らしながらリリティは大袈裟に「にゅほほほ!」と笑いだした。それに合わせ胸がポヨンと揺れる。
「確かにそうかもしれませぬな。今日は少し興味があることを見に……いや、覗きに行こうかと只今向かっていたところであります」
「覗きに?」
「ええ、ちょこっとばかし……会合を覗きに」
「会合を!?」
イレアの質問に「いかにも!」とリリティが答える。
「けど、会合は街役場の一番てっぺんにある長室ですよね? どうやって見るんですか?」
「それはこちらを使うのです!」
リリティはそう言って背中に背負っている棒状の物を見せて来た。
「望遠鏡という人間が作ったアンティークなのですが、何と! これを覗くと遠くのものがくっきりと見えるのでありますよ! これを使って会合の様子をウォッチングしてみようかと」
「どこから?」
「それはあちらから」と、リリティはマーケットの先にある細い塔を指さした。
「街監視塔ですか?」
「ええ、一番最上階は治安部隊が街の監視用に使っているのですが、その一層下の倉庫は我々遺跡発掘学者の研究結果報告会の会場として使わさせて頂いてるのであります。私のIDがあればそちらに入ることが出来ますゆえ。場所的には遠いのですが、街役場の城とほぼ同じ高さになるあの監視塔でこの望遠鏡を使えば……にゅほほほ!」
確かにこの街で一番高い場所は街役場の長室、その次となれば人間が古き時代に建設した細く高い建築物である監視塔だ。そこからであれば見えるのかもしれない。
「イレア殿も興味がおありで?」
リリティは大きな栗色の瞳を輝かせながらイレアに質問してくる。
「あ~~少しは」
その輝いた瞳に言葉を濁した。興味が無いと言えば嘘になる。しかし興味があるのは会合では無い。レインとコハルがどうしているかだ。
「ではご一緒にいかがですか? 私も一人は少しばかり寂しいなと思っておったのところなのです」
「え? いいんですか?」
「もちろん! 但し! このことは他の方にはご内密に」
リリティが嬉しそうに目を細め、人差し指を口に当てる。
「分かりました!」
イレアは嬉しくなりリリティと同じポーズを取りながらそう答えた。
「さて、遠路はるばるまたこの街にようこそ」
嫌味をいれつつ街長ライは目の前にいるカエルのビースト、バエーシュマに声を掛ける。
長室にある巨大なテーブルの両端に座った二人。
バエーシュマはライの座る先にあるタペストリーに目を奪われていたのか、そう声を掛けられニタリと笑いながらライを見た。
巨大なテーブルには貴金属のカトラリーが並び、細かな色彩で描かれた文様のある皿が何枚も並んでいる。中央にはこの街で売買されている果物の数々。
会合というより晩餐会のような風景だ。レインはそう思いながらライの後ろに皆と一緒に並んで立っていた。天界の城にいた頃、シラの出席する晩餐会に何度か護衛に行ったことがある。その時の風景にそっくりだ。
会合ではなく、このスタイルにしたのは、きっとこの街がいかに潤っているかというのを見た目で伝える作戦なのだろう。タペストリーを飾っているのもそれだ。
ライの後ろにはアグニス、アカギク、ミネル、ルイ、そしてレインが順番に立っている。向かいの席に座る隣街バルベドの街長バエーシュマの後ろには猫族のビースト、エルドラドが立っていた。それ以外に御付きの者はいない。よほどそのエルドラドの戦闘能力を買っているのか。
レインは少し視線を後ろにやる。そこは窓があり、外は街役場の裏門だ。その裏門の広場にはざっと見て小隊ぐらいの人数だろうか、バエーシュマの護衛の者達が列を乱すことなく整列し、無言でこの会合の終わりを待っていた。服装も茶色の統一した者を着ている。まるで軍隊だ。
バルベドという街はレインもこの街に来る前に通過した。その時はあまり気にしていなかったが、今考えればかなり整頓された街だったように思う。それはこの軍隊に似た者達が街を統一しているからだったのかもしれない。
比べてこのシルメリアはなんと自由な街なのだろう。治安部隊の服装もバラバラ、空気もどこかのんびりしている。焦りも、ピリピリとした空気も無い。それは目の前に座るこの街の長、ライがそんな人物だからだろうか。
そう思いつつ龍人族であるライの尾がリズミカルに動いているのを眺める。機嫌がいいのだろう。椅子の下でずっと同じテンポで動く。
何やら視線を感じ、レインは隣を見た。するとこちらを睨むルイと目が合う。ルイはレインと目が合うと「フンッ」と前を向いた。相変わらずこちらの事が気にくわないらしい。
「で、わざわざ会合と称してこの街に来た……いや、俺に会いに来たのはなんだ?」
ライは担当直入に言い放つ。
「まあ、結論を早めんでもいいじゃろう」
バエーシュマは巨体を揺らしながら椅子に座り直す。椅子が今にも潰れそうな巨体。ギロリとした大きな瞳は正にトノサマカエルやイボガエルを連想させるとレインは思った。
「この先、ワシらビーストの行く末を、ライ殿はどがぁに考えとる?」
バエーシュマのその言葉にライの尾はピタリと止まる。
「何が言いたいんだ?」
ライが口調を変えることなくそう答えた。
「ワシら、いやビーストは古き時代から長い日々、天界天使たちに迫害され、疎まれる存在。戦争時には殺戮兵士として特殊部隊を作らされ地下界へ降りた奴らや、世界の脅威と罵られ虐殺され絶滅した種族が何種族もおる。今のこの世界にも迫害に苦しみ、奴隷として扱われとったり、理不尽な扱いをされてとる者はぎょうさんおる。それをライ殿はどがぁに考えとるんじゃ?」
「どのようにってねえ……。一言ではいえないだろう?」
そこでバエーシュマは大きく溜息を付いて次の質問をして来た。
「じゃあ質問を変えるわ。この先、ライ殿はこの街が戦場になるかもしれんと考えたことはあるじゃろうか?」と……。