第3章 19幕
レインはミネル、ルイと街役所の大きな入り口まで歩いてきていた。
相変わらずの派手な入り口に圧倒されながら周りを見渡し、役場を行き交う人々を眺める。やはりこの街は力がある、そう思った。
するとその大きな入り口から見覚えのある女性がこちらに近づいて来る。
「みんなおはよう」と、声を掛けて来たのは街長の秘書であるラビット族のアグニスだ。ハイヒールにスリットの入ったスカート、黒縁眼鏡の美女である。
「おはようございます」「おはよう」「ああ」
ミネル、レイン、ルイが順番に返事をする。
「ミネルとルイはもう少し中に入るのを待っててもらえるかしら? レインは先に中へ」
「え? 俺だけ?」
アグニスの言葉にレインは首を傾げた。
「長が話をしたいらしいわ。中へ……」
アグニスはハイヒールを鳴らしながら街役場の中へと再び入っていく。
ミネルが「長は最近レイン君がお気に入りだからね。いってらっしゃい」と手を振ってきた。ルイは相変わらずふて腐れた顔をしていた。
そんな風に送り出され、レインは渋々長の元に行くことにする。
中はやはりどの部署の忙しそうだ。ガヤガヤと忙しない役場内を横切り、階段を上る。そして長の部屋の前にたどり着くと、そこには黒髪を風になびかせ窓の外を眺めているコハルの姿があった。
「コハル、ごめんなさい。待たせたわ」とアグニスは声を掛ける。
「いえ、大丈夫です」
コハルはこちらを振り向くと、レインがその場にいるのを見て一瞬強張った。レインのそんな彼女を見て一度歩きを止める。それもそうだろう、彼女とまともに会うのは5日前のあの日以来なのだから……。
「お、おはよう……コハル」
「おはようございます……レイン様」
お互いがぎこちなく挨拶をする。そんな光景を見ながらアグニスは眼鏡を上げた。
「さ、長がお待ちだから二人とも中へ」
アグニスは部屋の入り口をノックし、さっそうと中へと入って行った。それに続きコハル、レインも中へ入る。
「アカギクお帰りなさい」と、アグニスは中で長と話していた人物へと声を掛けた。
「あ、アカギクさん」
コハルはあたふたとした動きをしながら、入り口付近にいたアカギクに頭を下げる。
「アカギク。帰って来てたのか?」
コハルに続けてレインが話すと「ああ、今な」とアカギクは少しそっけなく答えた。
「イレアが心配してた」
「あ~~やっぱり?」
何か違和感を感じつつ見つめられた視線にレインは首を傾げた。
「アカギク?」
「ああ、いや。何でもない」
アカギクはそう言って長の部屋を後にする。そんな彼の背中をレインは見つめた。何か違和感を覚える。しかしその違和感は部屋の中央に視線を向けた瞬間には消えていた。
「これ……」
部屋を覆いつくすほどのタペストリーを眺める。
「すごい……」
それ以上言葉が出なかった。繊細ながらも色鮮やかな巨大タペストリーに目を奪われる。ジャングルと風景に中央は街の地図に似た風景画。まるで筆で書いたような細かな色使い。しかし、一本ずつ編み込まれたシルクの布なのだ。なんと美しく、神々しいのだろう……。
「いいだろ? この街で最も美しい民芸品だ」と、声を掛けて来たのは自分のデスクに座った街の長・ライだ。
「これがこの街の象徴、そして反政府組織である意志の表れ……だ」
口を開けてその象徴を見つめるレインに嬉しそうに笑う。
「さ、もうすぐ会合が始まるんだ。手短に話そう」
「ああ……」
呆気に取られていたレインはライのデスクまで歩き、コハルの横に立つ。
「ささ、話を聞こうじゃないか。な? コハル」
「……はい」
コハルは両手をきつく握りしめながらモジモジと縮こまる。そしてライを見つめた。
「話してくれるか?」
ライは優しくコハルに問う。
「君が見た千里眼は何を映していた?」と……。
「君が見ていた千里眼は何を映していた?」
その言葉でレインは隣にいるコハルを見つめる。コハルはそんなレインの視線に気が付き、こちらを見て来た。二人の目線が合う。
「レイン様……」と彼女は今にも泣きそうな顔をする。
「いい、コハル。俺も聞きたい、君は一体何者なんだ?」
レインの言葉に今度はライを見る。ライは「いいよ。話してごらん」と優しく言った。
「私は『第三百七十二代天界巫女。アカシナヒコナ』の双子の妹です。そして姉と同じく千里眼を持つ巫女の血を受け継ぐ者」
「天界巫女は双子? けど……天界巫女とは歳が離れてるだろ?」
そう、どう見てもコハルの年齢は十八歳や十九歳ぐらいだ。レインの知っている天界巫女と十歳近く大人びて見える。
「巫女は八歳ぐらいの少女に見えた。確かに話す言葉や雰囲気は大人びていたけど……」
「そうですか……お姉さまはもうそんなに幼くなってしまったのですね」
「それって?」
レインがさらに質問する。
「私達の力、千里眼は身体を蝕む能力。その力を使えば使うほど体に何かしらの影響が出るんです」
「それって……彼女は千里眼を使えば使うほど歳をさかのぼってるって事か?」
「はい。そして私も……」
その話に言葉を失った。
「巫女は元々一人が継承するもの。なのにこの度生まれた赤子は双子。千里眼をより使いこなす子を巫女と決め、本来は私は殺される運命でした。しかし前最神が私を秘密裏に逃がしてくれたのです。そして私は……この街にたどり着いた……」
「そういうこと! それで俺がこの街で匿ってる」
ライが話に入って来る。
「それで彼女の力を利用して街巫女をさせてるんですか?」
レインは少しきつめに質問した。
「おいおい勘違いするなよ? 俺は確かに街巫女にはさせたが、千里眼を使わせてるわけじゃない」
「はい、私の千里眼は自分でコントロールできるものではありません。突然降って来る……と言ってもいいかもしれません。私と違い姉は自分の意志で能力を発動できますが……。だから姉の方が幼く見えるのでしょう」
コハルは少し声を震わせそう言った。
「そうですか……お姉様はもうそんなに幼く……」
「……」
レインはそんなコハルに声を掛けることが出来なかった。幼くなる体。コントロールできない力。それはつまりは天界巫女アカシナヒコナは千里眼が見える度に死へと近づいていることを意味する。
「で、本題だ」と、ライが話を切り出す。
「コハル。今回の千里眼は何が見えた?」
「……」
ライの言葉にコハルは両手をきつく握り直した。
「……炎が見えました」
そしてレインを見る。
「氷の中に燃える炎が……やがて炎がレイン様、貴方へと姿を変えました。紅い髪、首元の傷、真っ赤な瞳……。そしてお姉様からの言葉が聞こえました」
「アカシナヒコナから?」
ライの言葉にコハルはうなずく。
「世界を変える力と、この世の災いが……全てを古き時代へと繋げていく……と」
「なるほどね」と、ライはほくそ笑んだ。
「レイン。その言葉に心当たりは?」
「なんのことだか」
そっけない言葉にライはレインの瞳を見つめる。レインもその瞳に応えるように見たが、それ以上は何も言わなかった。
分かっている。その世界を変える力が自分だということも。その災いも……。全て自分が関わっていることだと……分かっている。
しかし何も言わなかった。それは以前、フロレンス博士に言われた言葉を思い出したからだ。
『この世で一番高価なものは知識と情報だ。何処でどう使うか、それを見極めなさい。それがこの街で上手く生きていくコツだ』と……。
「そうか……なら仕方ないな」
ライはレインの強い目力を面白そうに笑いながらそう言った。
「コハル、また何か見えたら教えてくれ」
「はい。分かりました」
コハルは隣にいるレインを気にしながら返事をする。
「さあ、会合の時間だ。皆を集めよう。バエーシュマが来るぞ」
ライはそう言って話を終える。
「レイン。ルイとミネル、アカギクを呼んでくれるか?」
「分かりました」
レインは返事だけすると長の部屋を後にしようと歩き出す。そして扉に手を掛けた時「レイン」とライに呼ばれ振り返った。
「お前、何で天界巫女が八歳ぐらいの少女だって知ってるんだ?」
ライの質問にレインは一瞬怯むが、何食わぬ顔をして「さあ?」とだけ言い残し部屋を後にした。