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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第3章 シルメリア・ビースト会合編
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第3章 17幕

 夢を……夢を見た。

 なんの夢だったか……記憶が曖昧だ。苦しくて、切なくて……俺は泣いた。

 名前を呼ばれる。それはなんと呼ばれたのだろう。『レイン』と呼ばれたのか『サタン』と呼ばれたのか。

 誰に呼ばれたのだろう。『シラ』に呼ばれたのか『ゼウス』に呼ばれたのか。


 ――苦しい。死にたい。生きたい。会いたい。


 会いたい? 誰に? 死ねば会えるのだろうか。ここで、そう……ここで呼吸をせずに……息絶えれば会えるだろうか。


 ――誰に? 七海に? スズシロに?


 けど……そうすればシラにはもう会えない。そう、彼女はこの世界に生きている。

 俺に生きろと言った彼女は……この世界の中心で生きているのだ。

 俺は……彼女の為に、彼女の言葉に生かされている。そう、俺は……生きなければいけないのだ。

 死ねない。死ぬ訳にはいかない。しかし……死ねば……きっと……誰かに会える。







「ゲホゲホ……」


 レインは咽せながら身体を起こす。ベッドの上で荒い呼吸をし、額から流れる汗を拭いた。

 両手を見つめる。その手は血で染まっているように見えた。溢れる血……。この血は誰のだろうか。戦場で殺した悪魔のだろうか。共に戦った仲間だろうか。スズシロのだろうか……それとも。これから湧き出るであろう自分の血だろうか……。


「嫌だ……」と、小さく嘆く。


 身体が震え、涙があふれる。自分の感情がコントロールできない。溢れるこの気持ちは誰のだ?


「ゲホゲホ……」


 咳き込むレインの髪からリボンがほどけ掌に掛かる。そのリボンを握り、すがるように抱きしめた。


「シラ……」







 シルメリアの朝は早い。日の出と共にマーケットは動き出し、道行く人々も徐々に増えてくる。流石商売の街と言えるだろう。店先には多彩な商品が並び、買い出しの人々でごった返す。

 イレアとアカギクの家はそんなマーケットから幾分離れた住宅街の中にある。なのでそんな賑やかなマーケットの音は少しばかりしか聞こえない。

 レインは井戸の水を汲み顔を洗う。前髪に掛かった水を手で払いのける仕草をした。

 夢見は最悪だ。いつものことながら発作が起きた朝は気分がすぐれない。


「はぁ……」と、大きく溜息に似た呼吸をする。そして、腰に挿した日本刀の柄を握りながら母屋の方へと歩いた。

 母屋の中は静かだ。やはりイレアはまだ寝ているのだろう。レインはテーブルにある紙とペンを使い『少し出てくる。朝食は外で食べるから気にしないで』と書いた。

 そのまま母屋の玄関を抜け、晴れ渡る空を眺めつつマーケットに向かう。


 コハルからの告白からもう五日が過ぎようとしている。この五日間は本当に目まぐるしかった。何がと言われば話すことも無いのだが、どうも周りの忙しなさに当てられたのかそう感じた。

 昼間は遺跡に顔を出し、ゲート開発の手つだいを始める。あれはなかなか面白い。自分もスズシロの影響で少しばかりゲートの勉強をしていたのだが、それが役に立つ時が来たのではないかと思っている。もうしばらくあの研究に手を貸していこうと思い始めているところだ。


 アカギクは今のところ帰っている気配がない。本当に任務で家を空けているようで、イレアが心配していた。ここまで家を留守にすることはほとんどないらしい。それほど重要な仕事だったのだろうか。

 コハルとはあれから話をしていない。というか会う機会がなかった。巫女という話に衝撃を受けたが、だからと言って自分の存在も彼女にとっては驚くものだっただろう。今はお互いが少し距離を保っている方がいいのかもしれない。


 レインはマーケットの初めに位置する場所に出ている出店に立ち寄る。

「一袋くれ」と店先の亭主に声を掛ける。すると「あいよ!」と亭主は袋に揚げパンのようなものをこれでもかと詰め込んだ。レインは銀貨を一枚渡す。亭主はそれを受け取りながら商品を差し出した。


 揚げパンの袋を抱えマーケットを歩く。一口サイズのパンを口に入れた。外はサクサク、中はもちっとした食感。少し塩が掛かっているのでいくらでも食べれそうだ。

 周りの店を眺めながらレインはもう一口パンを咥える。

 やはり夕方と雰囲気が違い、商売人がせわしなく動く。そんな朝の空気を感じながら歩いた。

 すると、少しわき道を見つける。今まで気が付かなかった道だ。レインはふとその道に入ることにした。この街にもう少し滞在することにしたからにはマーケットももう少し知っておかないと、と思ったからだ。

 わき道を抜けるとそこは住宅街との境い目のようだ。賑やかな街並みと、まだ寝静まる住宅街とが歩いている道でぱっくりと分かれている。

 レインは三口目のパンを口に含みながらその道を歩いた。

 そのまま進むと先は家が建っている。どうやら道は最後行き止まりになっているようだ。

 引き返そうかと思った時、家の前にある塀に寄りかかる人物を見つける。それは良く知る少年だった。


「ミネル」と、声を掛ける。


 茶色の髪に、ライトグリーンの瞳の眼鏡をかけた少年、ミネルはその声の主がレインだと分かるとニッコリと微笑んだ。


「おはようレイン君。こんなところで珍しいね」

「おはよう、朝のマーケットを覗きに来たんだ。で、たまたまここに……って何してんだ?」


 レインの質問にミネルは前を向き指をさす。そこには公園のような広場があった。その中心に一人の影が見える。ターコイズブルーの短髪、コバルトブルーの瞳。そして耳の付け根から伸びる鰭。長の弟である魚人族の青年ルイだ。

 レインはミネルの隣に同じように塀に寄りかかりながら「あれ、何やってんだ?」と質問する。


「剣術の稽古」

「ふ~ん。一応稽古はしてるんだな」

「まあ、昔いろいろあってね……それから毎朝ここでしてるよ」


 レインはミネルの言葉に少し引っ掛かりを覚えたが、そこに触れることなく袋に入った揚げパンを差し出す。


「ありがとう」


 ミネルは揚げパンを一つ摘まむと口に入れた。


「で? ミネルは何してんだ?」

「僕は毎朝ここでルイの稽古を見るのが日課。僕の戦闘はこれだから……ルイの相手をしてあげられないんだ」


 そう言ってミネルは腰に挿している拳銃を撫でた。


「なるほど……」


 二人はルイの剣術の稽古を眺める。


 二刀流の彼は刀を左右に振りながら公園の真ん中を行き来した。耳から生えた鰭が光る。

 どれぐらいたっただろうか、レインは袋に詰まっていた揚げパンを食べ終わり、稽古を続けるルイには聞こえないほどの声で「踏み込みが甘いな」と、口を溢す。


「え?」

「踏み込みが半歩甘いんだ。だから反応速度が鈍る」


 レインはルイの稽古を眺めながらそう言う。


「流石レイン君」とミネルは微笑み、何を思ったか塀から離れると目の前にいるルイに向かって「踏み込みがあまーーーーい!!」と叫んだ。


「ああ!? なんだって?」


 突然の声にルイは少しキレた口調で振り返る。


「レイン……」と、その場にいる訪問者の名前を言った。


「お前いつからそこにいた!?」


 ルイが距離がある為、叫ぶようにこちらに声を掛けてくる。


「は? 結構前からだけど?」


 レインは喧嘩腰に言って来るルイの声に少しばかり苛立ちを見せて通常音量で返事をした。


「聞こえねーんだよ!」


 ルイがさらに声を上げる。そんな態度にレインは少し眉間にシワを寄せた。


「踏み込みが甘いんだってさぁ~! レイン君が言ってるよ~」

「はあ!? うるせーよ!! 部外者が口出すんじゃねえ!!」

「レイン君に稽古してもらったら?」

「ああああ? ミネル、お前何言ってんだ!!」


 二人の叫び会いの会話が繰り広げられる。


「そいつとなれ合うつもりはないんだよ!」

「負けるのが怖いんだ~」

「何を!!?」

「レイン君の方が強いんだし、仕方ないよね~」

「はああああ!? 上等だ!!!」


 ルイはミネルの挑発にまんまと引っ掛かり大きく叫んだ。


「ってことでさ、少しルイに構ってあげてくれない?」と、ミネルは声を小さくしてレインに微笑む。


「あいついっつも気を張っててさ、たまにはこうゆうのもアリでしょ?」


 ミネルの笑顔に少しばかりの影が見える。そんな彼のルイに対する優しさに負け、レインは大きく溜息を付いた。そして腰に挿していた刀を鞘ごとベルトから外し、ミネルに差し出す。


「え?」


 ミネルが不思議そうに刀を受け取りながら声を上げた。


「もっててくれ」


 レインはそれだけいうと公園の方へと歩き出す。そして目の前に転がっていた木の枝を足で蹴り上げ、右手で握った。


「お前……」


 ルイはそんなレインの行動に苛立ちを隠せない。


「お前はそのまま真剣でこい。実戦だと思って貰って構わない」

「俺を馬鹿にしてるのか?」

「いや、しては無いが……長も会合の席で怪我をした弟は見たくないだろう?」

「おまえ……」


 そう言ってルイは左右に握られた二本の刀をゆっくりと構え、レインに向かって走り込んできた。


 レインはルイの振りかざしてきた刀をスラリと避け、軽いステップを踏む。ルイはすかさずもう一振りをレインに向けた。今度は木の枝でその攻撃を受け流す。そして間合いを一定の距離に保ちつつ、さらに足取り軽く動く。

 ルイはそんなレインの動きに翻弄されるように左右に身体を動いた。刀が空を斬りブンッ、ブンッと空気の音を上げる。


「……ック!!」と、ルイは当たらない攻撃に歯を噛み締め声を出す。


 レインはそんなルイの踏み込んできた左足を軽く蹴った。すると彼はバランスを崩しその場に倒れ込でしまう。大袈裟に倒れたルイは素早く動き、次の一手をと体制を整えようとする。しかし、すでにレインの握る木の枝が彼の首元に届いていた。


「……」

「……ッ!!」


 お互いが無言で向かい合う。ルイは大きく歯を噛み締めこちらを睨んだ。そんな表情を見ながらレインは首元に向けた木の枝を下ろす。


「右足の踏み込みが甘いんだ。だから少しでも攻撃されるとバランスを崩す。大体、二刀流ってのは一刀流よりリーチが長いし、攻撃回数が多い分隙も生まれる。ハイリスクを伴う剣術だ。お前にはそれだけの技術が備わってない」


「何を……」


 レインの言葉に何か言い掛けてぐっと押し黙る。言い返す言葉も見つからないようだ。

 ルイは歯を噛み締めながらゆっくりと立ち上がる。そして同じようにレインの前で二本の刀を構えるのだった。


「はあ……」と大きな溜息を付く。しかし、ルイの真剣な表情にレインも木の枝を刀のように構えた。


「はああああ!!」


 ルイは声を上げレインに刀を振りかざす。レインはそれを時にはかわし、時には受け止める。そんな動きを何度も繰り返しながらレインはルイの肩、太もも、頬、そして首筋へと木の枝の先を掠めるように斬った。


「アッツ!!」


 ルイは摩擦で起こる熱に声を上げる。


「ほら、お前はもう四度死んだ」

「五月蠅い!!!」


 何度も繰り広げる攻防戦。それに合わせてルイの息が徐々に上がっていきやがてその場にドサリと倒れ込んだ。

 肩で息をしながら地面に転がり込む。


「ほらな、動きが大振りだから少しの時間で体力を消耗する」


 レインはそんなルイの姿に呼吸を乱すことなく言った。


「お……お前……どんな体力してんだよ」

「俺は転生天使の中でも体力や持久力が長けてる分類だからな。けど背も低いしこれ以上筋肉が付かない体質だから、お前の方がガタイもいい。だけどここまで差が出るんだよ」

「……」

「いくら我武者羅に鍛錬しても身に着くものなんてたかが知れてる。コツを掴むことだな。まずはそれからだ」


 ルイは悔しそうな顔をした。

 そんなルイの必死な顔はどこか昔の自分を見ているような気分にさせる。嘗て人間として死に、転生天使として中界軍に入ったばかりの頃戦闘技術を身に着ける為に受けた訓練。あの時の自分に少し似ている。

 それを思い出し、レインは少し微笑んだ。


「何笑ってんだよ!!!」


 ルイはレインの顔が緩むのを見て自分を馬鹿にされたように感じたのだろう。キレ口調で叫び出す。

 ムキになっているルイの顔を見てさらに噴き出した。


「いや、何でもない」

「ああ!? お前! 俺を馬鹿に……」

「はいは~~い! そろそろ終わりにしてさ、長のところに行かないといけないんじゃないの~?」


 ルイの言葉を遮るように後ろで見守っていたミネルが叫ぶ。


「ああ、今行く」


 レインはそう言って木の枝を地面に投げ捨て歩き出した。ミネルから刀を受け取り腰に挿し直す。

 ルイはそんなレインの姿をこれでもかと睨み付けつつ、埃だらけになった身体を動かし立ち上がる。


「ほら~~ルイも行くよ~~」


 ミネルが手を振りマーケットの方へと歩き出す。それにレインも続いた。


「おい! 置いて行くな!!」


 ルイは二本の刀を鞘に納めると先を行く二人を追いかける。





 あと数時間で北の街バルベドの長バエーシュマとの会合が始まる……そんな朝だった。








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