第3章 16幕
いつも通り箱庭にある最神の書斎兼客間の扉をノックする。
すると中から「はい」と、サンガの声が聞こえた。
ヤマトはその声を聞き、扉を開けて中へと入る。
「ヤマト! いつこちらに?」
中にいたのは書斎で資料に目を通しているシラと、デスクに紅茶を運ぶサンガ、そして窓辺の椅子に座ってティーカップを持つエレクシアの三人だった。
「ああ、今着いたところ」と、ヤマトはシラの質問に答える。そしていつもの定位置である二人掛けのソファーに腰を下ろした。
「お疲れのご様子ですね。紅茶はいかがですか?」
サンガの言葉に、ヤマトは「ありがとう、貰う」と返答する。
そのヤマトの少し不機嫌な言い方にシラは首を傾げた。
「どうかしましたか? 何か……」と、シラは話しをしようと声を出したが、そのまま口を紡ぐ。
先ほど天界の城に着いたということは、それまでは戦場にいたということを意味する。それはどういうことかをシラは知っている。だからヤマトの顔色が優れないのは戦場で何かが起きたのだと思ったのだろう。彼女はその先の言葉を紅茶を口に含むことによって収めたようだった。
実際は違う。先ほどまでヤマトは天界巫女に謁見していた。自分の過去、そしてシラとレインの過去……それを思うとヤマトの額にしわが寄る。
ポルクル、オルバンは先に中界軍の本部に帰した。このことを話す訳にもいかず、尚且つこの地に足を踏み入れてるのはヤマトのみ。二人には悪いことをしたとは思ったが、致し方ない。
そんなヤマトの苦い顔を見てシラはせつなそうな顔をした。
「……」
ヤマトはそんな彼女の悲しそうな顔を見つめ一瞬口を開く、しかし何を話せばいいのかと溜息を付いた。
長く伸ばしていた髪をショートにし、ハーフアップにした髪型。そこにはレインがプレゼントしたらしい赤とオレンジのかんざしが光る。しかし、そのショートヘアーの長さに髪を切り落としたのもまたレインだ。
そんな彼の消息を今、彼女に伝えるべきなのだろうか。彼と自分との因縁を彼女に相談すべきなのだろうか……。ヤマトはその答えを見つけられずにいた。
「全く……」と声を出す。そして箱庭の庭園が見える窓を眺めた。
「姫様、そろそろお時間が……」
「ああ、そうですね。いきましょう」と、シラは急いで紅茶を飲み干し、デスクの椅子から立ち上がる。
「ヤマト、折角お会いできたのにすみません。これから会議があるので……」
「ああ、構わないでくれ。俺こそすまない。何も伝達することがなくて」
「いえ、いつでも来てください。歓迎しますから」
「シラ……」
ヤマトは少し頼りない声で彼女の名を呼ぶ。
「はい?」と、そんな珍しいヤマトの声にシラは首を傾げた。
「俺は……。いや、なんでもない」
ヤマトはそう言って紅茶を口に運ぶ。
「はい。ではまた」
シラはこちらに微笑み、サンガと共に書斎を後にした。数秒部屋に静けさが残る。
「はぁ……」というヤマトの溜息が大きく部屋に響いた。
「珍しいな」
残されたエレクシアはわざとらしくおちょくるように前を歩き、二人掛けのソファーの隣に座る。
「何が?」と、ヤマトは不機嫌そうに答えた。
「お前の余裕のない姿だよ」
「別に……いつもと変わらないさ」
「嘘が下手だな。それほどの何かがあったってことか」
エレクシアはヤマトの隣で足を組む。
「話せ、聞いてやる」
「……」
そんな彼女を睨む。エレクシアはいつもと感じの違うヤマトを少しからかうよに笑った。ワインレッドのポニーテールと紺色の瞳が揺れる。
ヤマトは今度は小さく深呼吸をして紅茶を飲み干すと彼女の方を向き座り直した。
「レインの消息が分かった」
「レインの!?」
エレクシアは驚いた声を上げる。
「で! 今どこに!?」
「それが問題だ」と、ヤマトは溜息をわざとらしく付いた。
「シルメリア……」
「シルメリア!? あの!?」
「ああ……本部の街にいるらしい」
エレクシアは顎へ指を当てて「なるほど」と、言う。
「確かに、要塞遺跡都市であれば身を隠すにはもってこいかもしれないな」
「けどなあ。反政府組織だぞ? 曲りなりにも最神直属隊の熾天使の騎士が? 大問題だ」
「それ以前に彼は最神の暗殺を企てた反逆者として天界軍に知れ渡っている。天界軍からの追っ手を免れるにはいいのかもしれない」
エレクシアの言葉にヤマトは「それもそうだが」と言葉を漏らした。
「要塞遺跡都市シルメリア。全方面が古き時代に人間が作ったとされる壁に囲まれている特殊な街だ。主に商業の街として栄えていて、そこで売買されている工芸品は一級品ばかりと有名だな。シルクがその代表だ。姫様のドレスにもあしらわれていたりもするし……」と、エレクシアが話を続ける。
「しかし、裏の顔は反政府組織の世界最大規模の要塞だ。街の住人の八十パーセントがビーストと言われていて、街長である龍人族は過去に名を上げた昔過激派のリーダー聞いたことがあるが……」
「良く知ってるな」
「お前らと違って私は天界の世界での生活しかしたことがないからな。これぐらい知っている」
「なるほど」
ヤマトは飲み干したティーカップを眺めながらエレクシアの話を聞く。
「特徴的なのは街の造りだ」
「街の?」
「ああ、壁の中に入るには何やら手続きがいるらしい。入るのは簡単だ。商売の街だからな。だが、問題は出る場合」
「というと?」ヤマトは更に質問する。
「街の中での出来事を外部に漏らさないような手を打っているらしいんだ」
「……? よく意味が分からない」
「ああ、私も良く知らないんだ……だけど、街の秘密を知ったも者はそうやすやすと外部に出れないらしい。永久住人としての刻印を振られ、永遠にその街で暮らす者も少なくないとか……」
「その秘密ってなんだ?」
「さあ、噂によると古き時代の人間の産物らしいが。しかしその刻印を求めて世界中のビーストはシルメリアに向かうと聞いたことがある。ビーストの尊厳を称える街としてもシルメリアは名が知れ渡っているからな」
「古き時代の人間の産物」
ヤマトはその言葉を口に出す。
「古き……時代」
「それが何か?」
何度も口に出すヤマトにエレクシアは不安そうに首を傾げた。
「ヤマト……お前、大丈夫か?」
「何が?」
「本当に、今お前すごく辛そうな顔をしている」
「……」
彼女の不安そうな瞳にヤマトは一瞬たじろいだ。全て……何もかも全て話してしまおうか。そう思った。自分の魂のこと。シラとレインの前世のこと。世界を変える力によって我々三人が集まれば……自分はシラと共にレインを殺してしまう未来が存在すること。
――三人が同じ場に集まれば……俺はレインを……。
ヤマトの頭の中にそのことが過る。
しかし拳をぐっと握ってそれを振り払った。
「姫様はお前が上り詰めるのを待っている」
「え?」
「お前が駆け抜けて『元帥』という椅子に上り詰めるのをだ。何に悩んでるのかは知らないが、まずはその椅子に座るのが先なんじゃないか?」
「…………っぷ」
励まそうとしているエレクシアの言葉に思わず噴き出した。
「はあ!? 何で笑うんだ!」
「いや……エレアが柄にもなく俺を労わってるから」
「そんなつもりで言ったわけじゃない!!」
「ああそう? それに俺が悩んでるのそこじゃないし」
ヤマトはククク……と笑う。
「ならそんな深刻な顔をするな!! それに笑い過ぎだ!」
「悪い悪い。ちょっと面白くて」と、笑いをこらえながらエレクシアのを見た。
「けど、助かった。そうだな、悩むのは後。まずは元帥の椅子。それからだ」
ヤマトの吹っ切れた顔を見て、エレクシアは少し微笑む。その微笑みにヤマトはいつものニヤリとした笑みで答えた。