第3章 13幕
レインはフロレンス博士の言葉に目を見開き、そのまま固まった。
「長の掌で踊れ……」
「そうだよ。君にとっても、僕にとっても、そしてこの街にとってもいい話だ」
「……」
レインは見つめられたフロレンス博士のガラスの目玉から目を逸らし、前に佇む巨大なゲートを見る。
その真剣な面持ちを見ながらフロレンス博士は「決まりかな」とぼそりと言った。
「は~かせ~!」
見つめるゲートの先で突然女性の声が聞こえる。どうやらゲート奥にある機械の間からのようだ。
「ああ、明るくなったよ」
フロレンス博士が声を掛けると、機械の裏からひょっこりとルイが姿を現した。
その後ろからルイより少し背丈の低い女性が続く。歳はレインとあまり変わらないだろうか、オレンジのショートヘアーに沢山のヘアピンを付け、栗色の大きな瞳を爛々と輝かせながらこちらを見つめている。
「ルイにオイルの交換を頼んでおりました! いやはや、やはり力のある殿方がいると助かりますな!……おや、お客様が増えてらっしゃる」と女性はレインの前まで軽い足取りでやって来た。
「レイン、紹介しよう。僕の助手のリリティだよ」
「リリティです。以後お見知りおきを」
博士の紹介に女性は声を弾ませレインに握手を求めて来る。
「ああ、レインです」
手を握ろうとすると「ああ、失礼」と、リリティは嵌めていたオイルまみれの手袋を脱ぎ、改めて握手をした。
「彼もこの研究に参加してもらうことになったんだ。よろしく頼むよ」
「おお!? それは素晴らしい!!」
博士の言葉にリリティは少し大袈裟に驚く。
もっと驚いたのは隣で話を聞いているルイだ。
「博士!? こいつは!!!」
ルイを止めるようにフロレンス博士は手を上げる。そして「聞いたよ」とだけ言った。
「俺はまだ返事はしていませんが?」
レインはみんなの反応を見ながら博士を睨む。
「断らない。それが答えだろう?」
フロレンス博士は口元を緩ませ言い返した。
「でしたらレイン。私には敬語は不要にございますよ! 同志なのですから!!」
リリティは嬉しそうに笑う。
「じゃあ、この研究チームも僕と、博士と、リリティと、レインで四人になったってわけだね!」と、嬉しそうにミネルが声を掛けてくる。
「え? 四人?」
レインは驚きミネルに聞き返す。
「そうなのだよ。この遺跡発掘には何チームもあってね。他のチームは大勢いるのだが……どうしてか僕のチームにはみんな近寄って来ないのだよ」
博士はいやはやと首を傾げた。
「ああ~~それは……後々分かるよ」と、ミネルが補足する。
「これは研究が捗る予感ですね! 博士!!」
「そうだね、リリティ」
二人はミネルの苦笑いを気にすることなく、会話をしながらゲートの方へと進んでいった。
レインは二人の進んでいく巨大なゲートをぐっと睨む。その巨大なゲートは蛍光灯の明かりに照らされ少し不気味に見えた。
「俺は認めない」
ゲートを見つめるレインにルイはきつく声を掛けてくる。
「元人間で、転生天使。しかも悪魔討伐戦の生き残り……そして……」
そこまで声に出し、ルイはその先を言うのをためらう。
「俺はお前を信用していない。兄貴がお前を気に入っていると言っても、俺は仲間と認める気はないからな」
ルイはこちらを睨み付ける。そこには少しばかりの殺気も含まれていた。あの日、天界の城下町で初めて会った時と同じだ。
レインはルイの瞳を睨み返す。しかし睨む瞳をすぐに止め「分かっている」とだけ言った。
「ああ~~も~~二人とも! 喧嘩しないでよ~~」
二人の緊迫した空気を和ませるようにミネルが声を上げる。
「仲良くしようよ! ね? それに、今は喧嘩してる場合じゃないでしょ? あの二人また研究始めてるから……没頭する前に長の元に連れて帰らないと! 僕達の任務が終わらないよ!!」
ミネルの言葉にレイン、ルイは目の前の研究者を見る。すると何やら設計図やら、資料やらを散らかし始めているようだ。
「早く研究を止めて!! このままだと帰れなくなるから!!」と、ミネルはフロレンス博士とリリティに向かって走りつつレイン、ルイに声を上げた。
「全く……」
ルイは睨むのを止め、ミネルの後を追う。そんな光景を見ながらレインは少しおかしくなりクスクスと笑った。
結局、あの研究者二人をあの場から移動させるのに何時間かかのだろうか。一度没頭し続けると周りが全く見えていない。「あれを終わらせたら」「これは今しておかないといけない作業だ」そんな言葉のオンパレード。
レイン、ルイ、ミネルがライの部屋にフロレンス博士を無理やり押し込み、任務を終了とさせる頃にはもう日が傾いている時間帯だった。
その後すぐに三人は解散、街役所を出ようと出入り口に向かうところでレインは急に声を掛けられる。相手はライの秘書、ラビット族の女性アグニスで、案の定ライの部屋に呼ばれたのだった。
「で……だ!」
朝と同じように自分のデスクに座っているライは、ご満悦な顔をしながらレインを見る。
「どうだった?」
「どうだった……とは?」
レインは少し苦い顔でライを睨んだ。
「感想だよ。感想!」
「別に、何も」
「そうか? けどお前の顔には収穫アリと書いてあるがな」
ライの言葉にレインはますます苦い顔をする。
「悪い話じゃないだろう? お前の知恵を貸してくれ。代わりに報酬をやる」
「……」
「毎日、用心棒の仕事がある訳じゃないしな。それだけでは食いっぱぐれる。そこで、俺はお前に職場の提供をしたんだよ」
「俺はそこまでして欲しいと頼んだ覚えはありません」
「そうかもな。けど、俺は遅かれ早かれこうなっていたと思うが?」
「それはどういう意味ですか?」
レインの質問にライは惚けるように肩を動かす。
「俺がこの街の長になって何年か経つんだが……そうするとな、まあ見えてくるんだよ。お前みたいな危なっかしい奴はどうしてやればいいか」
「……」
一瞬の間を開け、ライは隣に立つアグニスにアイコンタクトを取る。
アグニスはライと目を合わせると、レインに近づき「IDカードを」と声を掛けてきた。
レインは内ポケットにあるカードをアグニスに渡す。すると今度は別のカードをレインに渡してきた。
「このカードでお前は個人での遺跡入場を許可された。その代わり俺の許可なしにはこの街から出ることは出来ない」
レインは受け取ったカードを見つめる。
『ライの掌で踊ってみる気は無いかな?』フロレンス博士の言葉が脳裏をよぎった。自分にとって悪い話ではない。しかし……。レインの心の中はいろんな感情が渦を巻いている。
「あともう一つ」
そう言ってライはカードを見つめるレインに向かって、もの悲し気に笑う。
「ルイの……弟の言動は許してやってくれないか。あいつはこの街を愛しすぎてる。だから少し過敏に反応してしまうんだ」
長の顔から兄の顔になったライにレインは少しばかり驚く。すぐに首を振った。
「分かっています。彼の行動は何も間違っていない」
「ありがとう」とライは微笑む。
その微笑みは今まで抱いていた『シルメリア長』という彼の印象を変えるものだった。レインは弟を心配する兄の顔を見つめる。
「さあ、じゃあ次の用心棒の任務なんだが」と、急にライは長の顔に戻ると話を切り出した。
「五日後にこの部屋で隣の街『バルベド』の長との会合がある。昨日会っただろう? カエルのビーストバエーシュマ。そいつとの会合にお前も参加しろ」
「俺も!?」
「そう、用心棒としてルイとアカギクと共に俺の後ろに立っているだけでいい」
レインは少し戸惑う。それを察してライはニヤリと笑って見せた。
「理由は簡単だ。お前が昨日交戦したエルドラドが護衛で来るからだ」
エルドラド……猫科のビーストで氷結系の能力者。レインは昨日の数回の刀のぶつかり合いを思い出す。
「俺の護衛はどうしても外せない別任務に就いてもらってるんだ。今いるのはアカギクとルイだけだし…… お前ならもし何かあってもあのエルドラドと対等に戦えるだろう?」
ライは笑いながら「まあ、刀を抜くような事にはしないつもりだけどな」と付け加える。
「どうだ? 乗ってくれるだろう?」
そんな長の態度にレインはわざとらしく溜息を付いて見せる。
「分かりました……っと言わなくても決定なんでしょう?」
その答えにライは今日一番の笑みをこちらに向けた。