第3章 12幕
レインは翼をうまく利用し、建物の中を降下していく。
何か大きな爆発があったのだろう。縦穴は相当大きなものだった。
見上げると空が見える。その光が薄暗い施設内の奥深くまで入り込んでいた。
「もうすぐ最下層だよ」
ミネルの声にレインは空を見上げているのをやめ、飛行病にかからぬよう翼を動かす。
「木……?」
レインは最下層に葉を生い茂らせる木を見つける。それは縦穴に向かって伸びた何メートルにもなる大樹だった。
「そう、最下層にある唯一の木だよ」
ミネルは翼を上手く使いスピードを落とすとレインより先に着地した。レインも彼を追って着地する。
そこはまるで別空間だった。
「空気が……」と、レインはそこで声を詰まらせる。目の前に見覚えのあるものが佇んでいたからだ。
それは大きな大樹の根元にいた。その中心部から大樹が外壁を貫き、縦穴の空を目指し伸びている。辺りはコケが生え緑色に変色し、あちこちが劣化している。それは……。
「戦車……」
レインはその鉄の塊に声を掛けた。
「え?」
ミネルは驚きを隠すことの出来ないレインの顔を不安そうに見つめる。
レインはそんな彼の横を通り過ぎ、目の前の鉄の塊と化した元殺戮兵器にそっと手を添えた。
「まさかとは思ったが……やっぱりこの世界にもあるんだな」
分かっていたことだった。この世界が本当に今の人間界と同じものを作り生活し、古き時代に三種族の大きな戦争があたのなら、このような兵器が存在していると考えるのが自然。
しかしその事実を目の前にして、自分の心の中は深く沈んでいた。
「人間は……天界で起こした戦争を人間界で再現してるのか?」
手を添えた鉄の兵器をそっと撫でる。冷たいその断面は天界で起きた戦争の重みを現しているかのようだ。冷たく、恐ろしく、寂しい……。
「これ、センシャって名前なの?」
神妙な面持ちのレインにミネルは優しく話し掛けてきた。
「ああ、人間の作った兵器だよ」
レインはゆっくりと戦車を撫でながらその外壁を見つめる。
「あそこにある横穴を突っ切ってここで止まったとされてるんだ。この部屋の中に侵入して停止した」
確かに後方には大きな縦穴がある。そこを戦車が通過したと見て取れた。
「言い伝えではここは人間王『イヴ』が最後を迎えた場所だっていわれてるよ」
「人間王……」
ミネルは話を続ける。
「古き時代に『天使』『悪魔』『人間』の起こした大戦争があったってのは有名でしょ? この遺跡に眠ってる古文書や言い伝えなんかを繋ぎ合わせると……古き時代では、元々人間は天界の各地にいたんだけど、戦況が悪化してきたから人間の長である『イヴ』は研究施設のあるこの地を最終拠点にしたんだって。その時にできたのが今僕達が使ってる要塞遺跡都市の大きな門やゲージなんだって。それを使って研究施設中に敵を入れないようにしてたみたいなんだ。けど、最後にはこの場所で『初代最神』に打ち取られた……って」
「古き時代の大戦争……。『人間王イヴ』『初代最神ゼウス』そして『初代魔王サタン』の戦争か」
「レイン君良く知ってるね!」
レインの暗い顔を和ませようとミネルは微笑み声色を上げる。
「……」
しかしレインの顔は険しいまま、戦車に伸びる大樹を見上げていた。
まるで戦車とその外装を貫くようにそびえ立つ大樹のみを照らすように、縦穴の遥か頭上から光が差し込む。自然光のスポットライトは古き時代の戦争の爪痕を静かに引き立ていた。
「ねえ、この戦車ってレイン君は人間の頃に使った事あるの? 人間界では主流?」と、ミネルはこちらに近づき質問する。
「いや、俺が生活していた街は戦争とは無縁だったから……実際に見たのは初めてだよ」
レインはそう素直に言った。人間の頃、住んでいた日本では戦争など他国の問題で、自分には全く関りの無いものだと思っていた。教科書やテレビの中の話。戦車や拳銃、今自分が扱う真剣ですら天使に転生するまで触れた事が無かった。
「へ~~。じゃあ、これってどうやって使うものなの?」
「ああ、この木が生えてる部分に人が乗り込むんだよ。で、砲弾……爆薬を装填してこの先の筒状のものから攻撃するんだ。ミネルの持ってる拳銃と同じ原理だよ」
「へ~~すごいなあ。人間って……」
ミネルは腰のホルダーに仕舞われている拳銃を撫でる。
「銃を握ると分かるんだ。人間の偉大さとか……。凄いよね。こんな物を作り出せるんだもの。なのに今は天界を追放されて中界で生きてるなんて……少し残念」
「そういうものか? 俺にはただの殺戮兵器にしか見えないよ。この刀と一緒。人を殺す道具」
「確かにそうだけど、僕にとってはこの遺跡は浪漫なんだよ」
ミネルはレインに向かって微笑む。そんな彼をレインは少し呆れたように笑った。
「ねえ、この子のことについてもっと詳しく教えてよ!」
「いや、だから俺も戦車については火薬を使った砲弾を詰めて、それを発射する装置ってぐらいしか知らないから……」と、目を輝かせるミネルに押され、レインはたじろぐ。好奇心が彼に中で爛々と輝いているのが見て取れた。
そんな二人に向かって「良く知ってるね」と急に後ろから聞き覚えの無い声が声を掛けてくる。
声のする方へ振り向いむくとそこにいたのは下半身が蛇の身体、上半身はボロボロの服を着た三十代ぐらいの男性だった。見た瞬間に蛇に属する種族だと分かる。特徴的なのは身体だけではない。おかっぱ頭の黒髪に、眼鏡を掛けたその瞳は大きなガラス玉のように半透明に光っている。
「あ! 博士!!」
ミネルはその男性に微笑んだ。
しかし、博士と呼ばれた男性はミネルの視線を気にすることなく、下半身の尾を器用に使いこちらに向かって来る。そしてレインと鼻同士が付くほどの距離まで顔を近づけて来た。レインはそんな急な動作に数歩後ずさりをする。
「君、どうしてそこまでこの箱、いや君の呼び名で言うと『戦車』と言ったかね? を知ってるんだい?」
「あ、えっと……」
どんどん近づいてくる博士にさらに数歩下がる。そして助けを求めるようにミネルを見た。
「レイン君が話してもいいって思うなら言っていいと思うけど?」
その言葉に博士はレインに迫って行くのを辞めてミネルを見つめた。
「それはどういうことだね?」
博士の質問にミネルは肩を少しだけ動かし、レインに聞くように促す。
「ああ~~」
レインは博士のガラス玉の目に再度見つめられたじろいだ。そして一呼吸を置くと「俺は元人間なんです」と告げる。
「ほう、では『転生天使』ということかね」
ギョロリとした目が何度か瞬きをする。それに合わせてレインは二度うなずいた。
「なるほど……面白い」
博士は納得したのか少し離れ、右手を差し出してきた。
「ここの遺跡の研究チームの長をしているフロレンスだ。ようこそ人間遺跡に」
「あ、ああ……レインです」
呆気にとられながらもレインはその手に握手をする。フロレンス博士の手はものすごくひんやりとしていた。レプティル族特有の体温なのだろうか。
「で、君達二人かね?」
「いえ、ルイも一緒なんですけど……どこかで見ませんでした?」
「いいや、私は見てないけどね。きっとゲート開発の方へでも行ったのだろう」
ミネルとフロレンス博士が会話を続ける。
「ミネルとルイがこの子をここまで通したという事は、ライの命令かな?」
「はい」
「まあ、そうだろうね」
そう言ってフロレンス博士は遠ざかって行く。
「遺跡内への許可をしたということは……」
「はい。そうだと思います」
二人の会話にレインは首を傾げた。
「この遺跡、一般の市民はあのガラクタのふもとまでしか入れないんだ。だけど長の許可があればここまで入れる」と、ミネルがレインに補足する。
「つまりは君にこの遺跡発掘に協力しろと言いたいのだよ。彼は」
フロレンス博士はふてぶてしくライの事を話した。
「じゃあ、博士の様子を見て来いって依頼は?」
レインの質問に博士は「ああ」とまた嫌そうな顔をする。
「それも口実だろう。確かに私は何回かに一回は食事を抜きすぎて倒れることがある。しかし、ライの言いたいのはそこではないのだよ」
「と言うと?」
「定期連絡に返って来いだろうさ。我々と彼との取引だからね。全くがめつい男だ」
フロレンス博士の言葉にレインはもう一度首をかしげた。
「この遺跡の所有者は彼だ。遺跡を知りたいのなら、この街の永住権利を手に入れなければならない。つまりはこの要塞都市から外に出るにはあのゲートを通ることになり、全て彼に筒抜けになる。代わりにこの街で安全な生活を約束される。それは『外部へ情報を漏らさぬ代わりに、この遺跡を死ぬまで好きにしてもいい』という意味さ。そして彼に『遺跡の発掘許可をもらう代わりに、我々の集めた情報は全て彼に献上する』というルールも存在する。金銭こそ発生しないが、彼との契約だよ」
「俺はこの街の永住権利など貰っていません」と、レインは博士の言葉に声を上げる。
「それは君がここに来ることで、何か新しい事実が分かるかもしれないと思ったのだろう」
「……」
「彼の頭の中は常にビジネスだよ。だが、まあ……私は嫌いじゃない。全てフェアだからね。現に、今君はこの戦車についての知識を我々に伝えた。それは『この遺跡を見せてやる。その代わり何か情報を落として来い』そう言っているのだよ彼は……」と、フロレンス博士はもう一度こちらへ動き真剣な面持ちをする。
そしてレインの額に人差し指を当て、低い声で言い放った。
「君の脳みそは売れそうだ。この世で一番高価なものは知識と情報だ。何処でどう使うか、それを見極めなさい。それがこの街で上手く生きていくコツだ」と……。
レインは唾を飲み込む。
そんなレインを見て博士は少し微笑むと、戦車が開けたと言われる横穴に向かって進みだした。
「おいで、君にとってもう少し面白いものを見せてあげよう」
「……」
不安そうなレインにミネルは微笑み、博士の後を着いて行く。レインは二人の背中を見つめ、少し深い呼吸をするとその後を追うのだった。
「これ……」
横穴を進み数多くの研究をしていたであろう部屋を横断してたどり着いたのは一番大きな部屋だった。その部屋は一番最下層に位置する為、薄暗い。
そこでレインは目の前にある物に声を上げる。そこにあったのは今度は天使に転生してから良く見たものだった。
「ゲート?」と、レインがもう一言付け加える。
「ああ、そうだよ」
隣にいるフロレンス博士は眼鏡を上げながら答えた。
『ゲート』天使の力で別の場所とを繋ぐ転移能力だ。設置には繋げたい場所でそれぞれ同時に能力を使い、扉を開ける必要がる。さらにお互いの正確な座標を認識していないと発動しない代物であり、維持し続けるのも能力を発動し続けなければならないというなかなか高度な技術の代物だ。
ここに存在するゲートのサイズは本来軍人などが扱う物の何倍も大きい。一瞬、天界の城にある軍議室の重々しい扉を思い出すほどの大きさだ。
「こんな大きなゲート……」
「だろう? しかもこの遺跡に……だ」
フロレンス博士は面白そうにレインに話し掛ける。
「これ、誰が能力を使って維持してるんですか?」
レインの興味は目の前の巨大なゲートに注がれていた。
「誰も」
「誰も!?」と、博士の言葉に驚き思わず声を上げる。
「そう、人間の技術だよ。後ろにある装置に何らかの手を加えて能力を溜め込む。そしてそれを徐々にゲートに注ぎ込んでるんだ。しかしその原理が分からない。それを研究しているのが今の我々の仕事だよ」
その言葉と共に、バンッと大きな音を上げ、辺りは一気に明るくなる。
「!?」
レインは驚き、天井を見上げた。
「電気!?」
天井には蛍光灯に似た明かりを灯す役割の物が見える。
「まだこの施設は電気が通ってるのか!?」と、レインは更に驚きの声を上げた。
「おお、この存在をしってるのか。なるほどなるほど」
隣にいたフロレンス博士はレインの反応に嬉しそうに笑う。
周りが照らされ、どれほど大きなゲート装置かが分かるようになる。門もさることながら、その後ろに備えてある機械たちも自分の背丈の倍はあるだろうか。真四角の物体が辺りに五台。どれも大きなケーブルやバルブがゲートに繋がっている。しかも、そのどの機械も点滅信号などが動いている。
「機械を起動すまでにはなったのだがね。肝心のゲートを繋げるのはまだなんだ。このゲートは開く先に能力者がいなくとも開ける事の出来る代物らしい。どこにでも繋がる装置になる。それを人間は開発していたようだよ」
フロレンス博士は少し不気味に笑いこちらを覗き込む。
「僕の思うところはこうだ、レイン。ライは君にこの研究の手伝いをさせようとしている」
そのセリフにレインは驚きを隠せず博士を見つめた。
「どうだい? ライの掌で踊ってみる気は無いかな?」
「それって……」
「この開発に手を貸してくれないかい? その代わり……これが開通したら君の行きたい場所に繋げてあげよう。どうだい? いいビジネスじゃないかい?」
その言葉にレインは思わず呼吸を忘れ、フロレンス博士のガラス玉の瞳を見つめた。