第3章 10幕
レイン、アカギクは軽く朝食を取り、ライのいる街役所に向かった。
街役所は山の形をしている街の中枢、つまり山の頂上に位置する土レンガで出来た巨大な城だ。
天界は飛行病の影響で滑空でしか空を飛ぶことが出来ない。その為、どの街もシルメリアのように山や崖などの高低差を利用した形になっている。その中枢に街役所を作るのもこの世界ではセオリーだ。
レインは半年間多くの街に立ち寄ったがここまで豪勢な作りの街や、街役所は初めてだ。それはこの街がそれだけ潤っているという証拠でもある。
シルメリア……その全貌を隠すように、大きな門構えの街役所をレインはアカギクと入っていく。
すると入り口付近に先ほどと同じようにふて腐れたルイの姿が見えた。ジャングルという土地に不似合なほどの白い肌は魚人族特有のものだろう。
その隣にもう一人、ルイより背の低い茶色の髪、眼鏡を掛けた拳銃使いミネルの姿が見える。
「あ! ルイ、二人が来たよ」
ミネルはアカギクとレインの姿を見つけると、こちらに駆け寄って来る。
「おはようございます二人共」
「おはようミネル」
「おはよう」
アカギク、レインの挨拶にミネルは笑顔を見せる。
「さ、長の部屋に行きましょう」と、ミネルの言葉に合わせルイが先頭を切って歩き出す。
昨日は連行されていたようなものでしっかり中を見れなかったが、天井にはジャングルの壁画が鮮やかに描かれ、あちこちの壁に多彩な色を使ったタペストリーが張ってあるのが見える。
何処までも続くカウンターや、荷物の積み下ろしをする商売人の姿。書類を書き込む音……。
多くのビーストが行き交い、賑やかな街役所のホールを四人は過ぎて行く。
「活気があるな」
レインの言葉に「もちろん」とミネルが返事をする。
「朝のこの時間が一番忙しいんじゃないかな?」
「なるほど……」と、ホールを横断しながらレインはその光景を眺めた。
そして城の奥に進み、四人は階段を上る。最上階まで上がれば、窓の外は街を一望できる。絶景だ。
足を止めたレインは、その景色と天界の城下町を照らし合わせていた。なだらかな傾斜に続く街並み。行き交う人々や荷馬車。翼を広げて浮遊する天使達。街の形状や家造りは違えど、そこに存在する街は天界の城下町と何も変わらなかった。
「レイン?」
へアカギクが声を掛けられる。
「ああ、すまない」
レインはそう言って昨日も訪れた長の部屋に足を踏み入れた。
すると、部屋にいるライには先客がいるようだ。シルクの検品結果を報告している姿が見えた。
昆虫族、蜘蛛のビーストだろう。下半身が昆虫の身体で上半身が人の身体をしている。
ライはこちらが来たのを確認すると「もう少し待ってくれ」とだけ言う。そして真剣な面持ちでシルクをまじまじと見つめた。ライは数分そのシルクを眺めると「うん、良いぜ。これでいこう」と満足そうな顔をしそのビーストに手渡す。
「ありがとうございます。ではアリューク様にご報告してこちらを献上するように致します」
「ああ、そうしてくれ。あいつも喜ぶ」
蜘蛛のビーストはライに深く頭を下げ、その後すぐに部屋を後にした。
「悪いな。待たせた」
来客の姿が完全に見えなるころ、ライがこちらに話掛けてくる。その顔は昨日と同じでどこか余裕のある笑みだ。
「で? 俺達を呼んだ訳は?」と、ルイが嫌そうに兄に単刀直入で質問する。
「ああ、いつもの事なんだが、博士が遺跡から帰って来ないんだ。悪いが見つけに行って来てくれなか?」
「また!?」
ライの言葉にルイは呆れた声を上げる。
「そろそろ五日になる。爬虫類半獣だからってそろそろ見つけて飯でも食わせないと死んじまうからな」
すると「あはは……博士はいつもこうですから」と、ミネルは申訳なさそうに笑った。
「博士って?」と、レインが質問する。
「蛇のビーストのフロレンス博士。ここの遺跡の研究をしてるんだけど……いつも遺跡発掘に夢中になって帰って来ないんだよね」
「で、毎回俺達が遺跡の中で野垂れてる博士を見つけに行く」
ルイが言葉を続ける。
「それを今回はルイ、ミネル、レインにお願いしたい」
ライに言われルイがあからさまに嫌な顔をする。
「俺は反対だ。こいつは信用出来ない」
「ルイ!」
ミネルが言葉を止めようと声を上げた。
ルイはこちらを睨む。しかし、レインはその挑発に乗ること無くライを見た。そんな反応に彼は「フンッ」と鼻を鳴らしそっぽを向く。
「まあまあ。そう言うなよ」
「それは兄貴としての言葉か? 長としての命令か?」
「どっちと捉えてもらって構わない」
「……」
ライの瞳が少し動く。そんな長のオーラにルイは押し黙った。
「案内はミネルがする。こいつも遺跡マニアで博士と同じ発掘チームだからな。大体博士の居る場所も分かるだろうし」
「はい。なんとなく……は」
「じゃ、頼むわ」
ライの言葉で謁見は終わったようだ。ルイは大股で歩き出し部屋を出る。そんなルイの後ろを「ちょッルイ! 待ってよ!」とミネルが追いかけた。
部屋に残るのはライ、アカギク、そしてレイン。
「どうした。追いかけないと迷うぞ?」
ライの笑顔にレインは少し力を入れて睨む。
「この仕事、俺である必要は?」
「必要? どうしてそんなことを聞く?」
「……」
二人の間に少しの沈黙が続く。緊張した空気もだ。
「ま、行って来いよ!」と、そんな沈黙を破ったのはアカギクだった。
「どうせイレアに遺跡案内してもらうつもりだったんだろ?」
「まあ……そうだけど」
「なら、行った行った!」
アカギクは歯切れの悪い言葉を切るように、レインの背中を叩いて部屋から出るように促す。
「……」
レインはそんなアカギクに流されるように部屋を後にした。
そして部屋に残ったのは部屋の主人であるライと緑人族のアカギクのみになる。
「で? あんな感じでよかったんだろ?」
アカギクの呆れた顔をライは「上出来!」と言って笑う。
「お前、相変わらずだなその性格」
「もちろんだ。面白いものはより面白く! 売れるものはより高値に! これがこの街で生きていく掟だ」
「はいはい……そうですか」
アカギクは大きく溜息を付く。
「で? 俺には何をさせようって?」
「ああ、少しレインの素性を漁って欲しい」
「と言うと?」
「あいつの背中には大きなビジネスチャンスがあるかもしれないって話だ」
ライの目が金貨に変わる。そんな街長の顔にアカギクは呆れかえった。
「お前のそう言うなんでも商売にする心意気……毎回関心するわ」
「だろ?」とライはニカッと歯を出して笑った。
「で、ここから遺跡区域」
ミネルがレインに説明をしつつ、三人は街から東に向かっていた。
「この遺跡は古き時代、人間が住んでいた場所なんだ。だから人間が作った文明がまだ眠ってたり、稼働してたりする。発掘チームは遺跡から今の暮らしに使えそうなものを探してるんだ」
ミネルは嬉しそうにこちらに話をしてくる。
レインはそんなミネルの言葉に反応しながら目の前に広がるコンクリートの瓦礫に目が奪われていた。
先ほどの街で使われていた土壁は一切ない。コンクリート、コールタール、鉄……。どれもこの天界で見たことの無いもので遺跡は作らている。
高層ビルに似た建物が横たわり、ソーラーパネルのようなものが所々見え隠れしていた。しかし、どれも腐敗し、その上にジャングルの植物達が生い茂っている。
レインは人間界の頃に見覚えのある物達を見つけるとその場に立ち止まった。
「レイン君? どうしたの?」
ミネルがレインを不思議そうに見つめる。少し先を歩くルイも立ち止まった。
「天界には人間の文明は存在しない。ずっとそう聞いて来た。実際どこへ行っても人間文明なんて見てこなかった。天界の城の資料にもそんな記述なんてなかったのに。なのに……ここまで巨大な人間の文明が残っているだなんて」
レインは巨大な人間遺跡を茫然と見つめる。
「古き時代の遺跡……人間は中界に落とされる前、これほどの文明を築いてたって事なのか?」
そこで何故ライが今回の仕事を自分に依頼してきたのかに気が付いく。
「人間であった俺にこれを見て来い。長はそう言ってるんだな……」
レインは心の中に渦巻く不穏な感情を隠すように右手の小指を動かした。




