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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第3章 シルメリア・ビースト会合編
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第3章 9幕

 仮設テントの中は意外と広い。遊牧民族のテントに似せて作っているという噂を聞いたが、それは本当なのだろう。大きな柱を中心に骨組みされた構造は、少しの嵐や気象現象ではびくともしない。

 ヤマトは一番奥にある自分の椅子にドカリと座る。そして崩した姿勢で資料を見始めた。

 そんな上官を見てポルクルは大きく溜息を付く。


「いつも言ってるんですが、その姿勢での業務は止めて下さい」

「いつも言ってる事だが、この姿勢の方が作業が捗る」

「それでもです」

「……」


 ポルクルは苦い顔をしヤマトを睨む。ヤマトはそんな睨み顔のポルクルに押され、仕方なく座り直した。


「お前はいつもいつも口煩いな~」

「すみません、口煩くて。貴族出なのでそういうところはしっかりしてるんです」

「ここでは貴族を相手するわけじゃないだろ?」

「それでも、貴方は戦場(ここ)の指揮官なんですから。もう少し自覚をもって下さい」

「持ってるぞ? そういう場になったら、そういう態度を取る」


 ヤマトはポルクルの言葉を聞き流すようにあくびをし、資料を眺めた。

 こんな会話をするのは何度目だろうか。ポルクルを引き取り、中界軍(こちら)に引き入れてからもう半年が経っている。

 彼の姿は半年前の幼いイメージがすっかり消え、引っ込み思案だった性格もいまや上官を叱るほどまでにたくましくなっていた。それもそのはずだろう。天界の城襲撃事件以来、ヤマトは戦場という戦場を駆け巡った。彼はそんな自分にしがみ付いて追って来た。今のポルクルを作り上げてきたのはほかでもないヤマトだろう。


「で? 敵勢は?」

「それは……」


 ヤマトの質問にポルクルが口を開いた瞬間、テントの入り口にある呼び鈴がシャランと鳴った。


「どうぞ」


 ポルクルはヤマトへの回答を止め、入り口に声を掛ける。

 すると中に入って来たのは何度か見た事のある顔だった。金髪に銀色の目、少し細身の男性だ。


「オルバン中佐。お久しぶりです」


 ヤマトは少し細身の男性に声を掛け、座っていた椅子から立ち上がった。


「ああ、構わないで」


 男性は立ち上がろうとしたヤマトに座っているように促す。ヤマトはその言葉に椅子から立つのを止め、座り直した。

 するとオルバン中佐と呼ばれた男性は、デスクの前に立つと敬礼をして見せる。


「昇進おめでとうございます。ヤマト熾天使大佐」

「止めてください。貴方にそんな言い方されるとどう反応したらいいか……」


 ヤマトは少し苦い顔をして敬礼する過去の上官を見た。


「一応……ね?」と、オルバン中佐はヤマトに笑いかける。


「つい二ヶ月前に僕と肩を並べたって思ってたら、もう越されちゃったんだもの。ほんと君は大した器だ」

「ありがとうございます」


 ヤマトは素直にお礼を述べ頭を下げた。


「流石、ジュラス元帥の後継者だけある」

「それは皆が言っているだけですよ?」

「そうなのかもしれないが、それでも君は皆にそう思わせるだけの力を持っているということさ」

「……」


 オルバン中佐の言葉にヤマトは一瞬目を泳がせる。ここまで我武者羅にジュラス元帥の意志を継ごうと走って来たのに、いざ皆にそう言われてしまうと果たして本当に自分はジュラス元帥の後継者となれる器なのかと不安に刈られる。そんなヤマトの心の中を見透かしたように中佐は微笑んだ。


「大丈夫。君の頑張りは皆見てる。想いも分かってるよ。だから君が前を向けるよに皆が道を作ってる」

「……」


 その意味はすぐに分かった。それはこの先、自分が歩む大佐から元帥に向かうまでの道のり……。

 中界軍は一度人間としての人生を終えて転生した者達の集まり。入隊する年齢もバラバラだ。その為、中界軍の昇進は年齢や入隊年数に囚われない。戦場での戦果、そして上官の推薦。これが揃えばどこへでも登れる。そう、大佐からさらに先……元帥まで。

 その道のりをすでに皆が確保している。オルバン中佐はそう言いたいのだ。だから上にあがれと……。

 ヤマトはオルバン中佐の微笑みを真剣な眼差しで見つめた。


「そんな君に」と、オルバン中佐は内ポケットから小さく筒状に丸められた紙を取り出す。

 その丸められた紙は青のリボンできつく縛られていた。


「今朝、届いた。君宛だ」と手紙を渡す。ヤマトはそれを受け取り、青のリボンを解いた。


「……」


 その字に見覚えがある。いや、こんな手紙を寄越すのは一人しかいない。ヤマトはその手紙の内容を見終えると、そっと目を閉じた。


「ヤマト大佐?」


 ポルクルが心配そうに声を掛けてくる。


「いや、大丈夫だ」と二ヤリと笑った。そして「先を越されたか……」と声を出し、立ち上がりるとテントの小さな窓を見つめる。


「オルバン中佐。自分は……いや、()はこれからさらに自分を追い込まなきゃいけなくなった。だから力を貸してくれるか? ()()()みたいに皆を支えて、引っ張る力は無いかもしれない。またつぶれてしまうかもしれない。けど、俺は……」


 敬語の消えた言葉はヤマトの意志の表れだった。

 オルバン中佐は「もちろんです。大佐」と短く答える。

 ポルクルもオルバン中佐に合わせて静かに頷く。


「ありがとう」


 ヤマトは二ヤリと笑うと一呼吸起き、真剣な顔を二人に向ける。


「ベルテギウスが親衛軍元帥に昇進した」


 その言葉にオルバン中佐、ポルクルは目に力を入れた。

 予想はしていたことではあったが、こんなに早く……。その場の三人がそう思ったに違いない。

 少しの間三人は押し黙る。

 するっとヤマトは張り詰めた空気を壊すように、大きく伸びをし元の椅子に座り直した。

 そんな部屋の呼び鈴が再びシャランと鳴る。


「はい」とポルクルが返事をする。


 中に入って来たのは伝令係の隊員だ。


「どうした?」


 どうやらオルバン中佐の部下だったらしい。その隊員に歩み寄る。


「はい。こちらを熾天使大佐へと……」と手渡されたのは、先ほどとよく似た手紙だ。しかしリボンが赤になっている。

 オルバン中佐はその手紙を受け取ると部下を下がらせた。


「また大佐にですよ」


 そう言って赤いリボンの手紙をヤマトに渡す。

 ヤマトはその手紙を受け取ると、先ほどと同じようにリボンを解いた。

 しかし、そこには何も書かれていない。


「白紙……」

「差出人は誰なんです?」

「さあ? 何も書いてない」


 ヤマトは赤いリボンを眺めながら紙をくるくると回し眺める。


「ラブレターだったりして?」と、オルバン中佐はクスクスと笑った。


「戦場にですか?」


 ポルクルはそんなのんきなオルバン中佐に聞き返す。


「冗談、冗談。ポルクル大尉は真面目さんだね」


 話をしている二人をよそ目に、ヤマトは白紙の手紙をくるくると回し続け真剣に見つめる。

 そして何気なく人差し指に能力を発動させ、電流を紙に流してみた。


「お!」と、ヤマトの短い言葉に二人も反応する。


「何か見えました?」


 ポルクルがヤマトの横で手紙を覗き込む。

 するとその手紙の右端に小さな家紋が映し出されていた。


「何ですか……これ?」


 ポルクルの不思議そうな言葉とは真逆に、ヤマトは不気味に笑う。


「オルバン中佐の言葉、あながち間違いじゃなさそうだ」

「と言いますと?」


 オルバンは嬉しそうな顔のヤマトに質問する。


「巫女が俺に会いたいんだとさ」

「巫女……って事は天界巫女様がですか?」


 ポルクルが聞き返すとヤマトはニタッと笑う。


「重要機密みたいだ。これは天界城に帰るのが楽しみになって来たな」


 そう言って手紙を能力で燃やしてしまう。


「ではこの戦を早く終局させねばですね」


 オルバン中佐は新たな上官の顔を見て微笑む。

 ヤマト大佐は気を張りなおし「ブリーフィングを始めよう」と声を上げた。


 ◇


 空気がおいしい。やはりジャングルの奥地にあるこの街は空気も水も澄んでいるのだろうか。

 レインはそう感じながら朝日の昇る時間、昨日と同じように中庭にある井戸で顔を洗っていた。

 マーケットが一望できるそのロケーションに少しの間、目を奪われる。坂道のマーケットの先に見える鉄の柵に大きな門。そしてさらに先のジャングルの木々達まで今日は良く見える。

 目を奪われてしまっていたレインは、昨日怠ってしまった剣術の稽古をしようと刀を腰に挿し、大きく息を吸った。

 中庭の真ん中でゆっくりと抜刀し、形を作っていく。流れるように……踊るように……。ゆっくりから徐々に素早くスピードを付ける。

 一通りの動きをし終える頃には、朝日もだいぶ空へと上がっていた。イレアやアカギクもそろそろ起きてくる頃だろう。大きく深呼吸をして、ゆっくりと刀を収める。


 パチパチパチ。


 急な拍手に母屋の方を振り向く。するとそこには壁にもたれかかったアカギクの姿があった。

 身体から生えている植物とマラカイトグリーンの髪が風に揺れる。


「見事なもんだ」と、アカギクは井戸の方に歩み寄る。


「おはよう、アカギク」

「おはよう。さすが……と言った方がいいのか?」


 レインはそんなアカギクの言葉に微笑み「イレアは?」と質問した。


「まだ寝てるのかもな。あいつ基本は寝坊助だから」


 アカギクは肩をすくめると、会話をかき消すぐらいバタバタと母屋が騒がしくなる。どうやらイレアが急いで二階から降りてきているようだ。


「ほ~~らな」と、賑やかな音にアカギクは苦笑いをして母屋を見つめる。

 すると「はわわわわ~~!」と、ボサボサのピンク髪を梳きながらイレアが騒がしく登場した。


「寝坊した~~!!」


 大きな声で中庭に登場したイレアだが、アカギクとレインがこちらを見ていることに気が付き、とその場に立ち止まる。


「レインさん!! お、おはようございます」

「おはよう、イレア」


 レインはくすりと笑う。その反応にイレアは顔を真っ赤にした。


「い、今すぐ朝食を作りますから!!」と、顔を隠すように母屋の方を向く。


 そんな賑やかな朝にレインは何となく安らぎを覚えた。こんな時間を自分は過ごしていていいのかと……。

 昨日の街長との会話を思い出す。自分はこの街の仲間をこの手で殺した。そんな自分を受け入れると言ったライという人物。


 ーー彼はいったい。


 すると、リンリンッと軽い鈴の音が母屋の方から聞こえてくる。


「こ、こんな朝早くにお客さん?」


 突然の呼び鈴にイレアは首をかしげた。


「俺が出よう」と、アカギクが玄関の方へと向う。


 のれんで遮っているだけの玄関。アカギクはそののれんをくぐり来客を確認すると、すぐに中庭に戻って来た。


「レイン。お前にお客さんだ」

「俺に?」


 突然名前を呼ばれレインは首をかしげる。

 アカギクは「いいから早く」とレインを急かすと玄関の方へと消えた。レインはその後に続き中庭を抜け母屋に入り玄関に向かった。

 のれんをくぐるとそこにいたのは昨日、隣街バルベドの長バエーシュマに絡まれいるのを助けた少女だった。黒髪を長く伸ばし、前髪はまっすくに切りそろえている。瞳は黄色で、どことなく天界の城の服装に似ていた。


「あ、あの……その……」


 レインを見るなり黒髪の少女はごもごもと何かを口にする。しかし、なんと言っているのか聞き取れない。


「コハルちゃん!?」


 レインの横にひょっこり顔を出したイレアが、目の前にいる少女の名前を呼ぶ。


「あ、イレアちゃん」


 コハルと呼ばれた少女はイレアを見ると少しほっとした顔をした。


「どうしたの? こんな朝早く」と、イレアが聞くと「あの……昨日の御礼を……言いに……」と、口にする。


「俺に?」


 コハルはレインを一瞬向いたが、目が合うと急いで逸らす。どうやら来客は彼女のようだった。

 そんな彼女の顔をレインはまじまじと見つめた。


「君……以前どこかで会ったことある?」

「え?」

「いや……前どこかで……」


 レインは顎に手を当てて彼女を見つめる。そんなレインにコハルは顔をさらに赤ながら目を見開き驚いた。


「え? いや……」


 真っ赤な顔を左右に振って見せるコハルだが、それでもレインは彼女をどこかでみたことがあるような気がしてまじまじと見つめた。


「なんだなんだ? レイン、新手の口説き文句か?」

「ええ!?」


 家の中からアカギクに声を掛けられ、一番初めに反応したのはイレアだった。


「く、口説き!?」


 コハルは頭に湯気を立てながら声を上げると顔を下に向き頭から湯気を出す。


「あ、いや……そんなつもりは無かったんだ」


 レインは顔を真っ赤にしているコハルに向かって手を振り誤解を解こうとした。


 次の言葉を発しようとした時「おいおい。朝っぱらから玄関で何してんだ?」と、更なる登場者に遮られる。


「ルイ!?」


 ターコイズブルーの短髪、コバルトブルーの瞳。そして耳の付け根から伸びる(ヒレ)。シルメリア長の弟にして、魚人族の青年が玄関先にふてくされた顔をして立っていた。


「お前、仕事だ」

 

 ルイは玄関で騒いでいるメンバーを見回すと、レインを睨みぶっきらぼうに声をかけてきた。

「兄貴がお前に用心棒としての仕事の依頼がしたいんだと」

「俺に?」

「そう、兄貴の部屋に来い。アカギクさんも仕事です」


 部屋の中のアカギクは「へ~い」と軽く返事をする。


 その時、やっとコハルがレインに向かって顔を上げた。しかし、口をパクパクするだけで全く言葉にならない。そしてそのままその場に倒れた。


「コハルちゃん!!!!」


 イレアが叫ぶ。

 何とも賑やかな朝だった。


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