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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第3章 シルメリア・ビースト会合編
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第3章 8幕

 少し小さめの会議室。いつもの定位置に座ったシラは、大きな背もたれによかること無く姿勢を正す。

 ロの字になった机にいるのは自分と向かいに座るダスパル元帥のみだ。自分の後ろにはサンガ、ダスパルの後ろには御付きがいる。部屋の中にいるのはその四人のみで、何とも静かな会議だ。本来は大会議室で行うべき案件もあるが、今の政府中枢は大きく二つの派閥に分かれている。軍人達と元老院達である。本来、元老院達の導きの元で動くはずの政府が、今や別の動きをしている。

 そんな中での戦況だ。大会議室で元老院達にとやかく言われる前に、頂点である二人の意見をまとめておこうという思惑で、いつもこうやってひっそりと会議を開くのであった。


「で? この案件は本当によろしいので?」


 ダスパル元帥がシラにそう言った。

 資料を片手でめくりながら「ええ、そのつもりです」とだけ答える。


「そうですか。最神にそう言って頂けて私も嬉しいです」


 ダスパルは安心したように背もたれによかる。


「他に適任はいないでしょう。今は彼にこの席に座ってもらう他ないかと」

「ええ、半年前の悪魔襲撃でこの城も多くの戦力を失った。特に被害が大きかったのは親衛軍ですからな」


  ダスパル元帥は蓄えたあごひげを撫でながら話す。


「フィール元帥、中将、少将、大佐……。将官クラスの者達を一気に失った親衛軍は未だに軍としての機能を果たしていない。何時までも我ら天界軍が城の護衛をしていくわけにもいきますまい」

「そうですね。しかし、元老院達はこの異例の就任をあっさり通すでしょうか?」


 シラは資料から目を離し、ダスパルを見る。


「現状が現状です。彼らを守るのもまた親衛軍。その長が不在のままでは、あの老人共もおちおち寝られぬでしょうし、臆病者共はあっさり承諾するでしょう」

「ならいいのですが……」


 シラはダスパルの微笑みを不気味に感じ、手元の資料に目を落とす。

 そこには新しい親衛軍元帥の名が書かれている。


「本来親衛軍は貴族出の者が志願する軍。その頂点に天界軍出身(平民出身)となると……」

「しかし、彼以外に適任はおらぬと」

「分かっています」


 ダスパルの言葉を遮るようにシラは言葉を発する。

 資料に書かれているのは見覚えのある名前だ。


『ベルテギウス』天界軍であり、ダスパル元帥の片腕。そしてレインやヤマトの参加したガナイド地区悪魔討伐戦の参謀であり『死の一時間』を決行した人物だ。

 確かに、彼は優秀だ。人望も厚く、頭も切れる。しかし……。

 シラはもう一度ダスパル元帥の顔を見る。その顔は何とも不気味だった。彼の中に眠る何かを感じ取る。

  しかし、シラにはこの提案を飲むしかない。

 それは今の現状を見れば分かるものだった。


 自分が行った宣戦布告。その影響で各地で反政府組織の反乱が起き、軍はその反乱を鎮圧する為、ここ半年の時間を有していた。

 更に地下界への進行。過去の戦争時に使っていたとされる、地下界への巨大ゲートの開通を急がせながら、別ルートとして人間界経由でのゲートを開設。しかし、未だに地下界への進行は進んでおらず、悪魔軍にゲート設置を妨害されるという状態だ。

 そんな中、二つの元帥の席を空席にしていてはと、この度親衛軍元帥に天界軍からの就任という異例の事態を招いた。


「では、親衛軍元帥はベルテギウスに任せましょう。彼なら良き方向に導いてくれますでしょう」

「はい」


 シラは、ダスパルの言葉をこれ以上返すことを辞めた。

 全てが彼の手の上で踊っている……そう思えてならない。自分の周りには彼の甥であるジュノヴィス熾天使、親衛軍にベルテギウス元帥。徐々に囲まれている……。

 ダスパル元帥を冷たい目で見る。そんなシラの顔を見てダスパル元帥はさらに口角を上げた。


「しかし、まだ中界軍の元帥席は残っております。これはどうするべきか……」

「大丈夫……」


 そんなダスパル元帥の言葉にシラは明るく答えた。


「この席は開けておきましょう」

「ほう。それは何故に?」

「彼がこの席に着く日はそう遠くないので。私はそれを待ちます」


 シラは別の資料を見つめた。

 それは今、最前線と呼ぶにふさわしい戦場の資料。『地下界ゲート設置計画』。悪魔との戦闘が始まっている場所の一つだ。


「彼は必ず、元帥(この席)にたどり着きます」


 シラは資料に刻んであるその名を見ながらもう一度そう言った。






「お~い! ちび助!」


 遠くの方から不愉快な呼び名で呼ばれる。振り返りたくはないが、自分より上官だ。仕方ない。そう思い振り返る。

 くせ毛のハニーブラウンに赤の目。半年前より背は伸び、着ている軍服もダークグリーンから黒へと変わったポルクルは、大きな溜息を付いて呼ばれた方を見た。

 そこは黒の軍服を着たむさ苦しい男達のたまり場だ。この『地下界ゲート設置計画』の最前線基地は天界の辺境の地にある。辺りは厚い雲に覆われ、大平原のあちこちには巨大な一枚岩が点在している。そんな平原のど真ん中にある基地。その仮設テントの下で食事をしている一人が自分を手招きしている。


「ちび助! 腹減ってないか?」


 そう言われポルクルはあからさまに嫌そうな顔をしつつテントへ歩み寄る。


「減ってません。先ほど食事しましたから」

「本当か? 黒騎士と一緒にいたら食事も移動しながらなんだろ? きちんと食べないと大きくなんね~ぞ!」と、頭をぐじゃぐじゃと撫でてくる。

「うわっ! やめて下さいよ!!」


 ポルクルは資料を落とさないよう支えながら叫び、その手を払いのけた。


「で? 親衛軍からの異例の入隊から半年、こっちの生活にも慣れたか?」

「い、一応は……」

「貴族様なんだろ? こんな埃っぽい場所にわざわざ来やがって。変わり者だなあ」と、他の隊員に言われる。

「何言ってんだよ! 黒騎士が引っ張って来たんだぜ! なあ?」

「え? じゃあお前、拉致られたのか?」

「しかもこんなにこき使われて可哀想に……」

「辛いなら俺達の部隊に来るか?」

「何言ってんだよ! 俺達その大佐(黒騎士)の部隊だろ?」

「ああ、そうだった!!」


 ゲラゲラと笑いが起きる。そんな会話を聞きながらポルクルはグシャグシャになった髪の毛を直した。

 ここは天界の辺境の地。地下界ゲート設置計画最前線。死との隣合わせの場所なのに……この人達はどうしていつもこう笑っていれるのか。ポルクルはそんな屈強な軍人達を見ながら呆れた顔をした。


 あの天界の城襲撃事件から半年……。自分が親衛軍からこの中界軍に入ってからもう半年が経つ。

 本当に目まぐるしかった。本当に……本当に……。

 自分の仕える人が目まぐるしいのだから仕方がない。沸き起こる反乱や戦況を渡り歩き、戦果を挙げ続け、どんどん上へと進んでいく。その背中を追うのでこの半年はいっぱいいっぱいだった。

 死にそうになることも沢山あった。けど……彼の隣が自分の生きる場所だと決めた以上、ポルクルには迷いは無かった。


「にしてもずげ~よな!」


 一人がポルクルにそう声を掛ける。


「半年で何階級昇進したんだ?」


 考え事をしていたポルクルは「え?」と、聞き返す。


「いくら俺達中界軍が普通と違って功績や推薦で昇進できる方法を取ってるからって言っても、黒騎士はレベルが違うだろう?」

「確かに。噂では一晩の戦闘で昇進したって話だ」


  隊員が声をあげる。


「流石ジュラス元帥の後継者ってところか?」

「だな!」

「この戦場も黒騎士がトップなら間違いないだろうぜ」

「な? ちび助ももう思うだろ?」


 そう言われポルクルは「もちろんです」と答えた。


 ここは暑苦しくて、むさ苦しくて、今までとは全く違う。けど、暖かい。皆がこんなにも他人を信頼し、その信頼に応えようとしている。

 なんて居心地がいいのだろう。そう思った。今まで自分の信頼できる人は兄しかいなかったはずなのに……と。

 そんな話をしていると、自分の背中をふわりと誰かが通る。真っ黒な髪に真っ黒の軍服。そして真っ黒の瞳。唯一違うのは背中に生える白の翼だ。


「お! 噂をすれば」


 隊員の一人がそう言った。


「え?」


 ポルクルは急いで振り返る。すると見覚えのある背中が次のテントに向かって歩いて行くのが見えた。


「ちょッ! 待ってください!!」


 そう叫ぶが、その背中は先へ先へと歩いていく。


「あ~もうッ!」とポルクルは声を出し、先ほどまで話していた隊員に敬礼をして後を追った。

 隊員達は「またな~」「頑張れよ!」「無理するなよ」と、声を掛けてくれる。


「ありがとうございます!」


 彼は歩くのが早い。背の低いポルクルにはなかなか追いつけないスピードだ。


「大佐!」と声を上げる。


「大佐! お待ちください、大佐!!」


 しかし何度声を掛けても彼からの返事は無く、黒い影は前に進む。


「も~~、ヤマト大佐!!!」


 ポルクルは半分怒った口調で叫ぶ。

 すると目の前の黒ずくめは立ち止まり、くるりと振り向いた。


「あれ? ポルクル。お前作戦本部に行ったんじゃないのか?」


 自分より背の高い上官は少し驚いた顔をしている。


「今から行きますよ。資料を預かって来たんです」


 ポルクルはやっとの思いで上官の後ろまでたどり着く。


「というか、そろそろ自分の階級を覚えて下さい」


 ポルクルは大袈裟に大きな溜息を付いた。


「ああ。悪い悪い。どうも大佐ってのは呼ばれ慣れて無くてな。自分が呼ばれてるって自覚がないんだ。まだ黒騎士の方がしっくりくる」


 ヤマト大佐はそう言ってアハハと軽く笑う。


「もう、しっかりしてください。今回の参謀はヤマト大佐なんですから」


 ポルクルはこの戦場で一番必要な資料を渡す。

 ヤマト大佐は「すまんすまん」と軽い返事をしながら資料を受け取り、作戦本部まで歩き出した。


「ま、ちゃちゃっと終わらせるぞ。じゃないと次の戦場に間に合わん」

「次の戦場の心配より、まずはここの戦況を心配してください」

「分かってる分かってる。けどな、俺には時間が無いんだ」

「……」


 ヤマト大佐はそう言い少し深刻な顔をして前を向く。時折見せるその顔を見る度、ポルクルは心の中にモヤッとした何かを感じるのであった。







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