第3章 6幕
辺りは紅い炎に包まれる。その炎を纏った刀が猫科のビースト、エルドラドに向けられた。
エルドラドは紅く燃え上がるレインを見て一度怯むが、刀を受け止めると氷結系能力を発動させ、炎の沈静化を始めた。
お互いの能力が刀に乗り、激突する。冷気と炎が水蒸気になり、辺りは湯気が立ち込めた。
やじ馬含め、イレア、コハル、バエーシュマもその湯気の中に吸い込まれ、一面が白の世界に包まれる。辺りは大混乱になり、悲鳴が聞こえた。
しかし突然、「治安部隊だ! この場は我々が預かる!!」と声が聞こえる。
その声にイレアは「兄様!」と声を出す。
「イレア!? 何でお前ここにいるんだよ!!」
蒸気の中をかき分け、兄であるアカギクが姿を現した。
アカギクがイレアに次の言葉を掛けようと口を開いた瞬間、蒸気が大きく揺れる。振動が空気を揺らす。
その振動で中央の周りが一瞬晴れた。
レインとエルドラドは同じように構え直し、次の一手を繰り出そうと動きを変えていく。
そして同時に動き出した……が、その間に蒸気を避き、何かが割り込んで来る。
「!?ッ」
二人はその蒸気の動きと第三者の乱入に素早く反応し、同じように刀を向けた。
けたたましい刀のぶつかる音。揺れる空気。そこには乱入してきた男と二本の刀。
「この戦闘ここまで! これは違反行為である」
突然の乱入者はそう声を出し、二刀流の刀をきつく握りしめた。
しかしレイン、エルドラドは同じように動き、二本の刀をはじき返すと、乱入者の首元へ刀を向けた。
「!!!?ッ」
乱入者は二人の動きに着いて行かれず、ぐっと動きを止める。
「レイン! そこまでだ」と、急に後ろから声を掛けられる。レインはその声にふと我に返り、後ろを振り向いた。
「アカギク……」
そこには緑人族特有の草木で出来た弓を引き、構えるアカギクの姿だった。
「その髪色で一瞬誰か分からなかった……。刀を収めろ。ここは治安部隊が占拠した」
アカギクの言葉にレインの髪は炎が消えていくと共に元の若草色に戻っていく。首筋の火傷もだ。
「お前……」
後ろを振り返っていたレインは声を掛けられ、前を向き直す。すると刀を首元に向けられた乱入者が驚いた顔をしていた。
「……あの時の」
レインも乱入者の顔を見て驚く。
ターコイズブルーの短髪、コバルトブルーの瞳。そして耳の付け根から伸びる鰭。薄い絹の様な鰭が肩にかかるほどの長さで伸びている。光を浴びると色を変えるその熱帯魚のような鰭にレインは一瞬釘付けになる。
その顔には見覚えがあった。
「ルイ! 大丈夫!?」
そこにもう一人新しい声が聞こえてくる。
蒸気の晴れたその場に走って来るのは茶色の髪に、ライトグリーンの瞳の眼鏡をかけた少年。腰には拳銃を装備したホルダー。
間違いなかった。鰭のある魚人族のビーストと、拳銃を持った眼鏡の少年。
「あ、あれ? 君は城下町で僕の落とし物を拾ってくれた……」
眼鏡を掛けた少年がレインに話し掛ける。
忘れもしない、天界城下町で起きたガナイド地区の生き残りが決行した爆破テロに関与していた二人だ。
「なんでお前がここにいる……?」
刀を向けられた魚人族の男はレインを睨む。彼の耳から伸びる鰭が七色に光りその場の空気を揺らした。
「にしてもだな……」と、緑人族のアカギクがマラカイトグリーンの髪を揺らし廊下を歩く。
「まさか戦闘しているのがお前で、しかもこいつらとも顔見知りなんて……」
アカギクは頭を掻きむしりながら、後ろを付いてくるレインの顔を見る。
「すまん……その、何というか……うん」
レインは頬を掻きながらアカギクの言葉を濁す。
レインの後ろには先ほどの魚人族の男と眼鏡の少年も付いてきていた。
二人ともこの街の治安部隊のメンバーでアカギクの部下らしい。
魚人族の男の名はルイ。眼鏡の拳銃を腰に下げている少年はミネルと名乗った。
あの後、場は治安部隊によって鎮静化され、レインは事情聴取を取らされることになった。
相手のエルドラドは主であるバエーシュマの強引な言いがかりにより事情聴取を免れ、二人は自分達の街へと帰って行った。その引き際はあっさりとしていて、何とも不気味だった。
「お前とはまたいずれ決着を付けることになるだろう」とエルドラドはレインに言ってきたが、レインはその言葉に返事はしなかった。
深い青色の髪の毛にオレンジの瞳、褐色の肌。その動き、戦闘技術、全てをレインは思い返し、記憶の中へと刻む。自分とここまで似たスタイルの戦闘をする人物には初めて出会った。あの一瞬の戦闘で心が躍った。レイン自身、止めなければと思ったのにも関わらず、自ら炎の能力を発動させてしまうほどにだ。
「エルドラド……」
レインはその名を覚えようと口に出す。
前を歩いていたアカギクがある部屋の前で動きを止める。そこはかなり煌びやかな扉だった。天界の城の軍議室とまではいかないが、かなり頑丈かつ、細かな細工が施されている。
「ここだ」と、アカギクは部屋にノックをすると中に入る。
「ほら、早く入れ」
扉の前に佇んでいたレインは魚人族のルイから声を掛けられた。
部屋へ足を踏み入れる。部屋はかなり広かった。驚くのは中の装飾品だ。派手な色合いの絨毯に、壁に掛かったタペストリー。鮮やかなシルクの生地から織りなす芸術品の数々に、一瞬目を奪われる。
「ほら」と、辺りを見回していたレインにアカギクが声を掛けてくる。
レインは見とれていたタペストリーから目を離し、呼ばれる方へと向かった。
そこには大きなデスクとそれに合わせた背もたれの椅子がある。椅子は後ろの窓へ向いている。
隣には一人の女性が立っていた。腰まで延びた長い耳に少し個性のある鼻。栗色の髪の毛はセミロングで、山吹色の光を放つ瞳の女性だ。ウサギに属するビーストだろう。スリットスカートを履き、首元にはネクタイをしている。
「ほら、お前の言う通り連れて来たぞ」
アカギクが腰に手を当て、背もたれの大きな椅子に声をかける。
「ああ、悪いな……」と、低い男の声がするとゆっくりと背もたれの椅子が動く。
そこに座っていたのはターコイズブルーの坊主に近い短髪、コバルトブルーの瞳を持った男だった。尖った耳には多くのピアスが付けられ、頭には角が二つ。尻には髪と同じ色をした尾が付いている。龍人族だろう。その龍人族の男はニヤリとレインに笑って見せる。
そこである異変に気が付いた。それは右腕が二の腕から先、右足はふくらはぎ辺りから先が存在しない。無くなったその腕と足。さらに足には木の棒状の義足が付いていた。
「さて、今回の件はある程度話は聞いた。レインと言ったか? 俺はライ。この『要塞遺跡都市、シルメリア』そして『反政府組織シルメリア』の長だ」
ライは義足を動かし足を組んだ。
「そして……」と、声を出すとその横に魚人族の男がライの椅子の隣に立つ。
「こいつが俺の弟、ルイ。お前はこいつとそこにいるミネルと天界城の城下町で会ったんだって?」
ライ、ルイのターコイズブルーの髪が風に揺れる。
「さて、これはどういうことなのか……話を聞こうじゃないか。なあ?」
ライの言葉にレインの瞳はぐっと鋭くなった。