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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第3章 シルメリア・ビースト会合編
64/128

第3章 5幕

 とある一室。


 派手な色合いの絨毯に、壁に掛かったタペストリーの数々。シルメリアでの民芸品はどれを見ても一級品だ。部屋に飾っているのはその中でもトップクラスの作品だろう。 

 芸術品とも呼べる物達を眺め、部屋の真ん中に位置する来客用のソファーに腰かけた人物は大きく溜息を付いた。

 

 ーー欲しい。


 単純にそう思った。どの作品も自分の手元()には無い。是非とも欲しい。欲が沸々と沸いてくる。

 そんな気持ちを抑え切れず、大きな口元はニヤリと笑った。

 深々と座るその人物は大きく肥えた見た目で、顔はさらに大きい。年齢は五十歳前後だろうか。ぎょろりとした目、大きな口、皮膚の凹凸。背中に生えた翼は退化し、普通の天使達より格段に小さい。見た目からその人物は『爬虫類族(レプティルぞく)』だろう。

 そしてソファーの隣にもう一人。その男は爬虫類族の男とは最反対で細身だ。スラッとした姿に腰に挿す刀も普通より細い。深い青色の髪の毛にオレンジの瞳、褐色の肌。耳は丸みがあり、毛が生えている。長く細身のしっぽも髪の毛と同じ色だ。どうやら猫科かそれに属する種族。歳は若く見え、二十後半ぐらいだろうか。


 二人は無言でとある人物を待つ。

 夕刻になろうとしてる時間。大きな窓からは朱い光が差し込んでいた。

 そこに部屋の入り口からノックの音が聞こえてくる。

 音と共に一人の女性が入って来た。腰まで延びた長い耳に少し個性のある鼻。栗色の髪の毛はセミロングで、山吹色の光を放つ瞳の女性だ。スリットスカートを履き、首元にはネクタイをしている。


「お待たせしました」


 女性は凛とした口調で部屋の中を歩いた。ヒールの音が鳴り響く。


「こんな失礼な奴ら、待たせればいいんだよ」と、女性の後ろから入って来た男の声が部屋に響く。


 その言葉にソファーに座った爬虫類族の男は少し笑った。


「これはこれは……ライ殿、それはワシらのことじゃろうか?」


 返事は無い。しかし、部屋に入って来る男のオーラは()()()()と表していた。

 ターコイズブルーの坊主に近い短髪、金色の獣の瞳。尖った耳にはこれでもかと沢山のピアスが付けられ、服装はだらしなく胸元が大きく開いていた。頭にはトナカイや鹿に似た大きな角が二つ。尻には髪と同じ色をした尾が付いている。その男の見た目は正に『龍人族(りゅうじんぞく)』。三十歳に近い歳の男には、そのほかにも大きな特徴があった。それは右腕が二の腕から先、右足はふくらはぎ辺りから先が存在しない。バッサリと無くなったその腕と足。さらに足には木の棒状の義足が付いている。


 ライと呼ばれた男はその義足で器用に歩き、部屋に入って来た。

 コツコツと足音がするが、木の義足とサンダルの左足の音が全く違い、違和感を覚える。

 男はゆっくりとした足取りで歩き、大きなデスクにある自分の椅子へと腰かけた。


「で? 我々の会合は来週のはずだが? なんであんたらここに来たの?」


 左手で頬杖を付き、男は来客の二人を見る。

 そんなふてぶてしい態度の龍人族に、ソファーの男は鼻で笑うと立ち上がった。


「別に大した用じゃあ無いんじゃ。シルメリアはどが~な街か見てみたかった。ただそれだけ」

「へ~それでこんな時間に? わざわざ? この役所に?」


 龍人族の男が嫌味を交えた質問をする。

 爬虫類族の男は巨体をやっとの思いで動かし龍人族の男を冷たい視線で見つめた。

 二人の目がバチッと合う。数秒間その睨み合いが続いたが、爬虫類族は何も言わず入り口に向かって歩き出した。


「バエーシュマ殿」


 突然、龍人族の男は頬杖を付いていない右手、正確には右の二の腕を振り巨体の男を引き留める。


「あのさ、そちらがどんな事を企んでるのかは知らないが俺はこの街を愛してるんだ。もちろん、あんたに渡すつもりなんてない。そのつもりで」

「それはどう言う意味じゃあ? ぁあ? ライ殿……」


 爬虫類族の男、バエーシュマは少し声のトーンを落として鋭い目つきで男を睨んだ。


「いや、な~んでもない!」


 龍人族のライと呼ばれた男は睨むバエーユマにニッコリと笑って見せた。


「フンッ。行くぞエルドラド!」

「はい」


 バエーシュマは歩きずらそうに巨体を動かしながら部屋を後にする。その後をひょろっとした褐色の男エルドラドが後を追った。

 重量のある足音が遠くに行くと、椅子の隣に立っていた女性がライを見て大きく溜息を付く。


「あんな挑発的な事を言って……どうするんです?」

「どうするって?」


 ライはニヤニヤと笑いながら開け放たれた扉を見つめる。


「来週の会合です」

「何もしないつもりだけど? 俺はここで笑ってるだけ。アグニスも分かってるだろ?」


 アグニスと呼ばれた女性は、さらに大きな溜息を付いた。


「貴方って人は……」

「何? 惚れ直した?」


 そんな言葉にライはアグニスを見つめて笑い、ウサギに似た垂れ下がる耳を引っ張った。

 耳を引っ張られアグニスはライの方へ中腰になる。ライはぐっとアグニスに自分の顔を近づけ、彼女にキスをした。軽く交わされた口付けにアグニスは呆れたと言いたげにライを見る。ライはアグニスのルージュがついてしまった自分の唇を親指でなぞりニヤリと笑った。


「何にも心配はいらないさ。ここをどこだと思ってるんだ? この世界で最も安全な街だぞ?」


 そんな街の『長』にアグニスは今日何度目かの溜息を付く。


「そうね、貴方の街だものね……」


 ◇


 時は夕刻。昨日と同じようにマーケットは賑やかだ。流石、商売の街と言ってもいいのかもしれない。

 レインはそう思いながら、マーケットの隅に位置する小さな公園の木陰で行き交う人々を眺める。

 この六ヶ月の間、多くの街を転々としてきた。寂れた街も、内乱を起こしている街も、差別の色濃い街も……沢山見て来た。

 最初はこんな辺境の地に街があるなど信じられなかったが、昨日今日と街を歩いてこの街の裕福さを痛感した。よほどすごい長が治めているのだろう。それか裏に何かがあるか。

 レインは近くにある岩に手を付くと軽く息を吐いた。その岩が不自然な手触りなのに気が付き手元を見つめる。

 そして「アスファルト」と独り言を吐くいた。


「人工物はどうしてこんなところに。ここは一体……」


 その独り言は、バタバタとこちらに向かって来る足音に消された。


「すみません! お待たせしました」


 急いで走って来るのは緑人族の娘イレアだ。彼女はパンや野菜などを入れた大きな紙袋を抱えている。


「いや」と、短い返事をしたレインは近づいて来たイレアに手を差し出す。


「え?」


 彼女はその手に首を傾げた。


「持つよ、それ」

「いいんですか?」

「もちろん」

「すみません。結局の夕飯の買い出しまで付き合ってもらって」


 イレアは申し訳なさそうに紙袋を差し出した。レインは笑顔でその紙袋を受け取る。


「こちらこそ、マーケットを案内してもらえて楽しかった」

「そうですか?」

「うん。ここまで賑やかな街は久しぶりだから、見てて面白かったよ」


 話をしながら帰路に就く。


「明日は遺跡の方を案内しますよ!」

「遺跡?」

「はい! この街は商売の街と遺跡発掘の街なんです。ここは今より何倍も大きな街だったらしいんです。中界に落とされた人間が築いた街なんでけど、古き時代の大戦争で街は滅んでジャングルが出来たって兄様が言ってました。その名残がこの街の土台になってる遺跡なんです」

「古き時代に生きていた人間……」

「はい。みんなはその遺跡を『人間遺跡』と言っています」


 イレアの言葉にレインは少し眉を動かす。彼を不思議に思いイレアは首を傾げた。そんなイレアに気がついたのか、レインは急いで笑みを作り「古き時代の遺跡か……それは少し興味があるな」と声を出す。


「でしょう!? ここにはそんな遺跡発掘チームや、古き時代の技術の復元研究をしている人達が多くいるんです」

「古代の技術の復元……」

「はい。昨日通った街のゲートも古き時代の産物だって聞きました」


 その言葉に口元に指を当て悩む。そして先ほどのアスファルトの岩を見た。


「レインさん?」


 突然立ち止まり、公園の方を見つめるレインをイレアは不思議そうに見る。


「ああ、ごめん」と、そんなイレアに謝ると歩き出した。


 古き時代の遺跡……そこに眠るものは多分……『機械』だ。

 昨日の街のゲートにあったバーコードを読み取るセンサー。鉄の柵。

 本来この世界には存在しない代物がこの街にはあちこち転がっている。

 天界天使が嫌い、転生天使中界軍が欲している代物……()()()()()()

 他の街ではそんなもの全く見てこなかったが、この街に一歩踏み込めばそんな技術だらけだ。その謎も全て古き時代の遺跡に埋まっているという事なのだろうか。


 ――ならば、自分の魂『初代魔王、サタン』とシラの魂『初代最神、ゼウス』の謎も……。


 レインは夕日の沈む空を見つめ無言で歩く。

 すると自分達が進む先に何やら人混みが見える。


「何でしょう?」


 イレアは不思議そうにその人混みを見つめた。


「もめ事みたいだな」

「この街で問題を起こしたらすぐに街を追放なのに……」

「それはどういう……」と声をかけようとした時、レインの質問が聞こえないほどの悲鳴が上がる。女性の声。

 悲鳴をする人混みの中央には黒髪の女性がいるようだ。


「コハルちゃん!?」


 その女性を見てイレアは声を上げた。


「知り合い?」

「はい。私の友達です」


 イレアはそう言って人混みに向かって走り出す。レインもそれに続いた。

 人混みをかき分けると、少し和装に近い服に身を包んだ黒髪の女性が、二人の男に絡まれているようだった。

 一人の男は大きな巨体で、見た目がカエル。どうやら爬虫類族の男のようだ。

 もう一人は長身の褐色の肌。耳としっぽから見て猫科の人種。


「何故叫ぶ! ワシの元に来たらええだけじゃろうが!?」


 カエルの男が黒髪の女性の手を掴み叫ぶ。


「嫌です! 離してください!」


 女性は黄色の瞳に涙を浮かべて叫んだ。そして助けを訴えるように周りを見つめる。

 しかし、周りのやじ馬はその姿を見ても誰も助けようとはしない。


「治安部隊はどうした? まだ来ないのか?」

「もうだいぶ経つぞ? もう来る頃だろう」


 そんなひそひそ話が聞こえる。

 イレアはそんな人達を睨んだ。


「どうして誰も助けないんだ?」


 イレアに追いついたレインは彼女にそう質問する。


「この街は問題を起こしたら即裁判、罰を言い渡されるんです。悪ければこの街からの永久追放。だからみんなこういったものには手を出さないんです。治安部隊が到着するのを待つんですよ」


「治安部隊?」

「この街は多くの監視者がいて、すぐに治安部隊が来るんです。だからいつもならこんな大袈裟になる前に鎮圧するんですけど……」


 イレアはレインに早口で説明しながら、さらに人混みをかき分ける。

 そして中心部に行くと駆け足で黒髪の女性の前へと向かった。


「ちょっと! コハルちゃんに何してるのよ!」


 イレアはカエルのビーストの腕を払いのけ、黒髪の女性を庇うように抱きしめた。


「イ、イレアちゃん?」


 急なイレアの登場でコハルと呼ばれた女性は驚いた声で名を呼んだ。


「コハルちゃん大丈夫?」

「う、うん……」


 突然のイレアの登場にカエルのビーストは大きな口を曲げる。


「急に何じゃ? おめえワシが誰か知っとっての行動か?」

「は? おじさん誰?」

「ワシは『バルベド』の長、バエーシュマじゃ」


 その言葉に周りのやじ馬がどよめく。


「バエーシュマ……北の街バルベドの長?」


「会合で来たのか?」

「けど、会合は来週じゃあ」


 そんな声にバエーシュマは大きな声を上げる。


「他の街の長に無礼な! ワシはただ、この娘にうちの街の『巫女』になってくれぇと申し出たにすぎんのじゃが?」


 その言葉にイレアはバエーシュマを睨む。


「何でバルべドの長がうちの街の巫女を勧誘しないといけないのよ! コハルちゃんはうちの街の巫女なんだから!!」

「こんな街よりうちに来た方がより良い生活を保障しようと言っとったんじゃ。どうじゃ? 悪くないじゃろ?」

「御断り!!」


 イレアは大きな声でバエーシュマに言い放つ。


「うるさい小娘め!」


 バエーシュマは苛立ったように叫び、イレアの腕を掴もうと手を伸ばした。

 その瞬間。その脂肪の付いた腕が、がっしりと別の人物に握られる。


「!!?」


 バエーシュマは音の無いその人物に焦り、数歩後ずさりする。

 そこにいたのは先ほどまでやじ馬の辺りにいたはずのレインだった。

 金色の右目と紅色の左目。その瞳がギラリと光る。

 しかし、その腕を握ったレインの横には同じように音を立てず動いた男がもう一人。

 レインは男の殺気に反応して、空いている右手を刀の柄に添えた。

 バエーシュマの横で無言で立っていた男。猫科のビーストはレインの動きに合わせて同じように自らの刀に触れる。


「ええい。また一人増えた! エルドラド! やってしまえ!!」

「しかし、バエーシュマ様。ここは街の中……ここでの抜刀は」

「この街が例え要塞都市と呼ばれようと、ワシはバルベドの長! ワシが何をしようと街長(ライ)は手が出せんじゃろう。ヤレ!!」

「……はい」


 エルドラドと呼ばれた男は、自分の主の言葉に渋々刀を抜いた。

 コハルはそんな殺気の立った刀を見つめて小さな悲鳴を上げる。


「大丈夫……」


 イレアはそんなコハルを抱きしめ、目の前にいるレインを見つめた。

 レインは握っていたバエーシュマの腕を離し、殺気立ったエルドラドを睨む。

 一瞬の間が空いた後、相手はレインに向かって長身の刀を振りかざして来る。

 レインはその刀を自分の刀で受け止めた。

 二人の間が急激に冷え込み、辺りが一気に冷却されていく。


「……ッ!?」


 二人はピタリと固まる。お互いが同じように氷結系の能力を使ったからだ。刀の威力も、能力も同じ……。

 刀がぶつかったまま、殺気立った目で睨み合う。そしてお互いが次の一手を繰り出そうと刀を動かした。

 レインはその瞬間、身体に力を入れる。すると氷結系の能力は消え、辺りは炎で包まれた。

 髪の毛は赤く染まり始め、首元にはじんわりと手形の火傷が見え始める。

 一瞬の出来事を目の当たりにしたイレアは、姿を変えていくレインを呆然と見つめた。


「……を変える力」


 突然、隣にいるコハルがそう言葉を零す。


「え?」と、イレアはコハルに聞き返した。


()()()()()()()


 炎を纏い、赤々と燃える髪の毛をなびかせるレインの後ろ姿を見てコハルはそう言った。

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