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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第3章 シルメリア・ビースト会合編
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第3章 1幕

 目を開けた。いつもの天井が見える。

 何度か瞬きをする。外は少し明るんできているが、まだ鳥達や草木は目を覚ましていないようだ。

 良い時間だ。そう思いハンモックから身体を起こす。


「クスクス……」


 思わず笑い声を上げたが、急いで口を押える。ここで隣の部屋の兄にこの計画がばれてしまっては元もこもない。

 ゆっくりとハンモックから足を延ばす。その足はほっそりとしていて、所々肌色に交じり緑色が見え隠れする。

 ハンモックから降りると目の前にある鏡を覗き込んだ。

 咲き誇る花を思わせるピンクの髪、果実を連想させる紅い瞳。そして『緑人族(りょくじんぞく)』特有の身体のあちこちから生えた植物が窓からの風になびいた。

 何度か手串で整え寝癖を直す。ウインクして問題ないと確認した。

「よし!」と声を出す。その声はもうすぐ十八歳になる女性にしては高く、透き通っている。


「やるのよイレア! 今日は勝負の日なんだから!」


 鏡の前に居る自分に向かって声を掛けた。

 イレアは鏡に向かって「うん」と頷く。そして隣に置いてあるカバンを手に取ると、斜めに肩へかけ窓に向かう。

 ゆっくりと窓の桟に足を掛けそのままピョンと外へ出た。

 そこは二階だ。少し高さはあるが、事前にもみ殻の袋を何個か下に置いていたので着地は難なくクリアした。イレアは一瞬喜びの声を上げそうになったのを抑え、そそくさとその場所から離れる。

 空を仰ぐ。土壁の街並みから見える空は少し青くなってきているが、まだ暗闇が世界を覆う時間。


「急がなきゃ……」


 イレアは小走りで街中を走り出した。

 マーケットが開かれる前の大通りは人通りもまばらだ。

 細道に入れば酒場は賑やかだろう。細道を行く方が近道になるのだが、この時間酒場の前を通るとどこで知り合いに遭遇するか分からない。今日は少し遠回りになるがメインストリートを走り切るしかない。

 イレアはサンダルをペタペタと鳴らしながら走る。

 あまり大きな音を出すのも問題だ。この熱帯地域の家屋の窓は木の板で出来ている。しかも二十四時間開け放たれているのが当たり前だ。大きな足音で走れば何事かと誰かに目撃されるかもしれない。

 下り坂になっている街並みを見下ろしながら走る。


「こんな時間……街を見るなんて初めて」


 イレアはピンクの髪を揺らしながら言葉を出す。

 心が躍る。身体が跳ねる。急げと足が前に進む。その気持ちに合わせて目的地が近付いて来る。

 イレアは走りながら大きな『門』へと到着した。

 門は街の家屋のように土壁で出来ておらず、冷たい銀色の壁で出来ている。そこだけが場違いのように門は佇む。

 門の周りは街を囲むように銀色の柵が続く。これも異様だ。

 イレアはあまりこの門と柵が好きではない。冷たい感じがするからだ。しかしこの門と柵があるからこそ、この街は『要塞都市(ようさいとし)』と呼ばれているのだからそうも言ってられない。


 息が切れて少し立ち止まる。イレアは呼吸を整えるとその門へと歩いてた。

 門は閉じられていて、先に進むことが出来ない。二人三人並んで通れるぐらいしかないこの門は日頃からいつも閉じられている。

 門の隣には小さな小部屋がある。イレアはその小部屋を覗いた。

 小部屋だけガラスの扉が備え付けられている。ガラス戸を開けると、そこには大きな口であくびをする『ウルフ族』の青年がデスクに座っていた。


「あら、大きなあくび」


 イレアはその口を見ながらその青年に声を掛ける。


「ああ? イレアじゃん」


 ボサボサの黒髪に金色の目、灰色の狼の耳としっぽを持った青年はあくびを止め、目の前のイレアを見つめた。


「おはよう、ダング」

「おはよう……お前、こんな時間にどうしたんだ?」

「ちょっと野暮用で」


 そう会話をしていると「どうした?」と小部屋の奥からウルフ族の青年と同じ大きさの狼が姿を現す。


「親父、こんな時間にイレアが来た」


 親父と呼ばれた狼はデスクの上へ前足を上げて、ウルフ族のダングと同じ金色の目をイレアに向ける。


「おはようイレアちゃん。こんな時間にお出かけかい?」


 狼はそう声を掛ける。


「スグローグさん。おはようございます。ちょっとそこまで」


 イレアは少しはぐらかすように笑う。

 そんなイレアの愛想笑いを見て、親子はアイコンタクトを送り合う。

 父親であるスグローグが「イレアちゃん」と声を掛けた。

 声掛けにイレアの肩がピクッと動く。


「何ですか?」と反応するが動きがおかしい。

「またアカギクを困らせるような事考えてないか?」とダングが言う。


 兄の名前を出されてイレアはまたまた肩を動かす。

 分かりやすいその反応に、親子は同じ動きで大きく溜息を付いた。


「あんまりアカギクを困らせるなよ? 確かにあいつはほんのちょっと過保護ではあるけどさ、お前のこと心配なんだぜ?」


 ダングが狼の耳を動かしながらイリアへと話す。


「ちょっとじゃないよ! かな~~りだよ!!」


 イレアは少し頬を膨らませた。


「だがな、お父上とお母上が無くなってから兄であるアカギクが……」

「あああああ! 時間が無いんです! 開門! 開門してください!」


 スグローグの言葉を遮りイレアは左腕を二人に付き出した。

 そんなイレアの行動に親子はまた同じように溜息を付く。


「あんまり危ない事しちゃだめだよ」


 スグローグの言葉に「分かってます!」とイレアは素早く答える。

「仕方がない」と、ダングがデスクに置いてあったグ四角い箱状の物を取り出す。

 その箱は手に収まるサイズで紐がデスクに繋がっている。

 ダングは箱をイレアの腕に近づけた。イレアの二の腕には黒い線が何本か暗号のように細かく並んでいる。その黒い線は太かったり細かったりがかたまっている。入れ墨のようだ。

 箱はその入れ墨に近づくとピピピ……と音を立て赤い光線を出す。すると目の前で閉ざされていた門が鈍い音を立てて動き出した。

 更にその門の先は『ショートゲート』になり、別区画への入り口になっている。


「早く帰って来るんだぞ!」

「は~い!」


 ダングの言葉にイレアは軽く返事をし、そのゲートに向かって走った。そのまま全速力で走り抜ける。

 抜けた先は熱帯雨林の入り口だった。振り返ると、先ほどと同じように同じ作りの門が立っている。

 その小部屋には別の門番がいたが、ここで時間を取られるわけにはいかないとイレアはその場を駆け足で後にした。


「難関クリア!」なんて嬉しそうに声を上げる。

 そして明け方の朝もや広がるジャングルへと向かうのであった。


 ◇


 今回のミッションは簡単だ。『クリプトポダをゲットする事!』

 クリプトポダとは薬草のことだ。ジャングルの奥地に生息する貴重な薬草で、傷薬としてとても高価な代物。それは生息地域が限られているからで、それを把握していればさほど探すのに時間はかからない。

 自分だって『緑人族の長』の妹。薬師の卵なのだからすぐに見つけられる……と思っていた。

 しかしもう気が付けば太陽は自分の頭の上にある。


「まずい……まずいよ」


 イレアはジャングルの草木をかき分けながら道なき道を歩く。


「兄様に怒られる……兄様に怒られる」と、呪文のように唱える。


 帰ったら絶対怒鳴られる。そんな自分の姿が目に浮かぶ。

 しかしそこまでしてもこの薬草を探す意味がある。それは『お金が欲しい!』だ。イレアはどうしてもお金が必要だ。だからこんな危険な場所まで一人で来たのだ。


「絶対……見つけてやる」


 イレアは足元を目を皿にして見つめる。

 薬草探しを始めてかれこれ何時間立っただろうか。カラクリ時計を忘れた自分を呪う。


「はあ……」と、溜息を付いてイレアはその場にストンと腰を掛けた。

 木々の中で空を見上げる。しかし、ジャングルの中はあまり光が入らない。青空は所々からしか見えなかった。


「どうしよう……」


 そうぼやいてイレアは頭を下げた。すると目の前に大きな岩が見える。

 ジャングルの中にこんな大きな岩が……しかも木々に侵食されていないなんて。

 すると、その岩の下にオレンジの花を咲かせる少し変わった形の植物を見つける。


「まさか」


 イレアはそこに向かって走り出す。そして小さなその植物を覗き込んだ。


「見つけた!」


 肉厚のフォルムにオレンジの花。間違いなく探していたクリプトポダだった。

 イレアの目にうっすら涙が見える。

 しかしここで感動していても意味がない。急いで腰に挿していたナイフで根元を斬り、丁寧にカバンに仕舞った。


「フフフ」


 嬉しくなって笑いがこみ上げる。早く帰ろう。そう思い、岩に手を掛けて立ち上がる。

 しかし……。


「……?」


 岩がザラザラしている。そう、動物の毛並みのような……いや、もっと硬い。

 イレアは不思議な手触りのそれを確認しようとそのままぐるりと岩を覗き込んだ。

 するとその岩には顔があった。大きな牙もあった。


「ドドンガ」


 イレアはその名を小さく呼んだ。目を瞑っていたその大きな岩はこちらに向かってギラリと睨む。

 獣の瞳に睨まれイレアはあはは……とから笑いをした。

「ごめんなさい」と真っ青な顔をしながら謝り、後ずさりをする。そしてその場を後にした。

 音を立てないように……立てないように……。

 慎重に歩いた。大きな岩のような獣ドドンガはまだこちらを見ている。

 こちらの存在が消えるまで警戒しているようだ。

 もう少しで見えなくなる。そんな場所まで逃げて来たイレアは先の方から水音がするのに気が付いた。


 どうやら滝があるようだ。

 滝の方に進む。そして背中の獣の視線を刺激しないようにそっと茂みの中から滝の方へと顔をのぞかせた。

 もう少しで茂みから抜け出せる。そう思っていたのに、イレアは滝面に人影が見えて驚き、その場で固まった。


 ――こんなジャングルの奥地に人?


 思わず警戒する。賊という可能性もあるからだ。

 しかし、その滝面に居るのはどうやら一人らしい。そのままその滝面を覗いた。

 若草色の髪の背中が見える。若い男のようだ。

 背中の大きな翼も筋肉の付いた背中も、みずみずしい髪も……空から降り注ぐ光さえも美しい。イレアは水辺に立ち空を見上げている姿の男に見とれてしまっていた。

 ぼうっとその光景に見とれていると、青年は滝面の反対側に向かい歩く。

 そして衣類を穿くとドラゴンに向かって微笑んだ。

 金色の瞳と紅い瞳……吸い込まれそうなその色にさらに見とれる。

 しかしその瞬間……イレアは気が付いてしまった。


「お……男の人の裸……初めて見た」


 自分が取っている行動が恥ずべきことだと気が付く。


「わわわわわわ!」


 思わず声が出る。なんてはしたない! こんな! 知らない男性を盗み見るような!

 急いでその場を後にしようと振り返り走り出す。


「……ん?」


 何かを忘れている。そう、重要な何かを。

 真っ赤に染まった自分の頬を抑えながら顔を上げる。そこにはギラギラと怒りに満ちた獣の瞳があった。


「起こしちゃいましたか……?」


 イレアはそう申し訳なさそうに言葉にした。その瞬間。眠りを妨げられた獣の怒りは最大級に膨れ上がり、こちらに向かって突進して来るではないか。

 イレアは大きく悲鳴を上げながら滝の方へと走り込んだ。

 獣が突進して来て周りの岩が崩れる。

 その岩と一緒にイレアも滝の畔に放り出された。


  「ええええ!?」思わず声が出る。


 煙が一斉に立ち込める。辺りが見えない。身動きが取れないまま煙が晴れていく……。

 すると滝面の向こう側で先ほどの青年が刀を構えている姿が見え始めた。


「ビースト?」


 青年はボソリと声を出す。


  「あ~えっと……」


 イレアは何かを話そうと言葉を探したが、自分の先ほどの行動を思い出し恥ずかしさのあまり口ごもる。

 そして危ないという通告の言葉を発しようとした瞬間、それは第二派の爆発音によって消された。

 音に合わせてイレアは叫び滝面へ飛び込む。水中を潜り滝面の反対側へと逃げた。

 水面に顔を出すと、その空中に若草色の髪の青年が刀を構えて跳んでいた。


 辺りの空気が静寂になる。それは青年が場の空気を一気に冷却したからだろう。

 その急な変化に獣は一瞬怯む。その瞬間を見測ったように青年は斬りかかった刃を獣の額に向けた。

 しかし青年はまるでダンスを踊るかのようにその牙を交わし斬り込んだ。

 ドドンガの額には大きな切り傷が出来上がり、真っ赤な血が水しぶきと共に宙を舞う。

 青年は血しぶきを浴びながら滝面の岩に着地し、ステップを踏むようにもう一度飛び上がる。そして空中で身体を回転させ、今度はドドンガの背中に切り傷を付けた。


「グオオオオオオオオ!」


 ドドンガが悲痛な雄叫びを上げる。その声にまた水しぶきが上がった。

 獣とダンスをしているように見えた。殺し合いをしているはずなのに、その光景をイレアは綺麗だと思ってしまう……。

 青年は背中の翼を広げ少しばかり浮遊すると、イレアの横へと着地した。

 イレアは青年を見つめる。

 その視線に気が付いた彼は「大丈夫?」と声を掛けてきた。


  「あ……はい」


 イレアはその軽いステップに魅了され茫然と返事をする。


  「あの獣、殺しても問題は?」


 額と背中に傷を負いもだえ苦しんでいるドドンガを青年は見つめ質問してくる。


「それは出来れば避けたいです。この周辺の主なので……」そう答えた。


「ジャングルのパワーバランスが崩れるってことか」

「はい。けど……」と、イレアはその先の言葉を濁す。


 あの獣は何も悪いことはしていない。イレアが勝手にドドンガの睡眠を妨害したのだ。なのにそれだけで殺すなんて……。


「分かった」


 青年はそれだけ言うとまた地面を蹴り上げ、獣に向かって刀を構える。

 だが今度は斬りかかるのではなく、刀に能力を最大限にため込み獣へ冷気の突風を浴びせたのだった。

 その場の木々達も、水辺も全てが白く凍っていく。

 ドドンガは数歩後ずさりをする。そしてそのままゆっくりと向きを変えると、ジャングルの中へと消えて行った。

 滝面の真ん中にある岩に軽い音で着地した青年は獣の背中を見守る。

 そして刀の血を払い、翼を動かした。

 青年の周りには温暖な熱帯雨林のはずなのに雪が舞っている。


救世主様(メシア)


 イレアはボソリと言葉を零す。

 これがこの先の自分達(ビースト)の運命を変える出会いだったとは、この時のイレアは知る由も無かった。

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