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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第2章ノ弐 最神成人の儀編
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第2章 34幕

「――我々は多くの翼を失った」


 シラの言葉は快晴の空に広がり、響き渡る。ゆっくりと、しかし力強く声を張り上げた。


「――昨日(さくじつ)天界は、計画的かつ意図的に悪魔、地下界軍による攻撃を受けた。地下界軍の攻撃は天界に深刻な損害をもたらした。私は多くの天使の命が奪われたことを、深い悲しみをもって皆に報告しなければならない」


 瞳を伏せ、数秒黙祷を捧げる。

 その間も会場の軍人達はこちらを見つめ、微動だにしない。言葉を一言一句逃さぬようにその場は静寂に包まれていた。


「――そして今日(こんにち)までに祖先達が払った犠牲に心を留めながら、私は今ここに立っている。これまで、より良い歴史を作ろうと三百七十二人の最神がこの世を統べてた。民が幸福を追求する為、繁栄と自由、崇高な理想の為に神々は政を行ってきた」


 そう、初代最神から長き年月を掛け、自分の身体の中を流れる血は『神』と呼ばれ続けた。


「――しかし、今の天界は危機の真っただ中にある。翼を持ちながら、この広い大空を羽ばたくことも許されず、その闇は衰退することはない」


 シラはそこで一呼吸置き「何故だ!?」と叫ぶ。その今まで見せたことの無い彼女の表情、感情が溢れる。


「――それはこの地下に眠る悪しき者の存在に他ならない」


 古き時代から『欲求』にも似た感情汚染。翼を持っていても天界の空を飛ぶことの出来ない現状。それは紛れもなく地下の悪魔の『呪い』だ。そしてその呪いと共に長きに渡り天使達は戦を強いられて来た。長き悪魔との関係は民にとってとてつもない恐怖だろう。


「――建国の神達は、想像を超える闇に古き時代から直面しながらも、その存在を殲滅させることが出来なかった。多くの戦を擁しても悪しき者を野放しにしてきたのは他ならない我々の祖先であり、最神だ」


 その言葉に合わせ拳をきつく握りしめた。


「――政府……()()()は限られた利益を守り、決断を先送りする事で世界を統一し続けた」


 そう、そのことは紛れもない事実。

 前最神、自分の母は平和を謳いながら世界の苦しむ人々へ何もすることは無かった。その事を自分は知らなかった。その無知だった自分を責めた。そして自分の大切な存在である母をここで蔑んでいる自分が惨めだった。


「――そのことにより、さらに天界の中で『反政府』と声を上げる者が増えたのも事実である。家族、血族、愛する者全てを失い、憎む者すらも失った者はそんな政府に反旗を翻し、この天界でさらなる恐怖へと凶変した。その恐怖ですら、前政府は野放しにするという失態を犯し続けた」


 ガナイド地区。三年前まで悪魔の地とされたその場所も前最神は野放しにしている。

 前々最神、自分の祖父の起こした戦争の爪痕をそのまま残し、目の前にあった平和を見つめていた。

 そのせいで世界の多くの民は政府に不信感や反感を持つようになる。

『平和』と謳いながら世界には苦しんでいた人々が沢山いたのだ。

 そして、二か月前のような自爆テロが起きた。

 負の連鎖のように、政府に関係のない民を犠牲にして。

 そのような事がこの先起こってはいけない。今、この世界に生きる民を守る為には……。


「――しかし、もうその時代は過ぎ去った。長い間、消耗させた陳腐な政治議論はもはや通用しない。昨日(さくじつ)のような襲撃を受けても尚、決断を先送りにすることは、この世界に生きる全ての民の意志を踏みにじる事になるだろう」


 本当にそうなのか? 本当に?? 言葉を発しながら自分に問う。

 本当にそれが最善なのか? 自分はその決断で納得しているのか?

 いや、していない。してる訳が無い!!

 しかし、もう知ってしまったのだ。誰かを守るためには誰かと戦うことになるということを。


「――今ここで私達の決断すべきことは、自身による献身の誓い、彼らの死を決して無駄にはしないという決意である。

  我らが直面する試練は本物だ。深刻で数多くあり、短期間では安易に解決できない。だが信じて欲しい、我々は克服すると」


 誰かを殺して、その為に仲間が死んでいくのは本当に意味があるのか? そんな戦……悲しいだけではないか!?

 心は叫ぶ。痛い、痛いと……。

 しかし、ここでこの決断を言わないと、ガナイドの悲劇は繰り返される。

 戦争で悪魔と決着をつけることが出来ず、ガナイドの民を見殺しにし、その地を奪還する決断を遅らせたばかりにテロは起きた。全ては最神の決断から起きた悲劇。

 ならば、今ここで自分が決断しなければ、さらに多くの民を苦しめることになる。

 悪魔を消さない限り、この負の連鎖は消えないのだ。


「――この悪魔との呪いの戦いを堪え続けてきた我々にとって、これからはただの戦争ではない!! 我々は今、この怒りを結集し、地下界軍、悪魔を殲滅する事により、初めて真の勝利を得ることができる。この勝利こそ、戦死者全てへの最大の慰めだ」


 負の連鎖を断ち切るために。

 この先の未来、自分の収める天界を血で染め続けない為に……私が戦争を起こす。

 私が……全て終わらせる。


「――天界の使者達よ……皆が必要とするのならば、私は()()()()にでもなろう」


 その最後の言葉の瞬間、若草色の髪を思い出す。

 私は……誰かの為に刃を取る。

 会場は天界が揺れるほどの拍手が起こった。

 その音を背にシラは軍服をなびかせ舞台から颯爽と降りた。



  「お迎えに上がりました。レイン」


 薄暗い部屋の中でサンガは目の前に座る青年に声を掛けた。

 城の北端にあるこの塔は、古くから使われることの無かった牢獄だ。

 煤けた空気にサビだらけの鉄格子。地下の牢獄の為、光が入るのは遥か上にある小さな通気口のみ。


『大罪人』を収容するには良い場所なのかもしれない。


「……」


 ボロボロの黒い軍服に乱れた若草色の髪。

 両腕には手錠が付けられ、首元は火傷に似た真っ赤な手形がしっかりと残されている。

 本来であればあの神殿にはシラ、レイン、エレクシア、そして巫女であるアカシナヒコナしか居なかった。

 その全員がレインの素性を明かさなければ、このような事態にはならなかったはずだった。

 しかし地下界軍が撤退する時、数か所で悪魔側の文書が見つかる。

 それはレインが魔王の魂の所有者であること、最神を暗殺しようとこの度の計画を立てていたということの二点が書かれたものだった。

 このままこの場所に居続ければレインは数時間後に公開処刑される。『魔王』として。

 壁によかりながら地面を見つめ続ける彼に向かって、サンガは膝を付いて微笑んだ。


「俺は……」


 レインがボソリと声をした。


「はい」とサンガは返事をする。


「彼女を守る事が出来なかった。彼女の為に俺は生きて……彼女の為にこの力を使おうとしていたのに」

「はい」

「なのに……俺は……」


 レインは自分の掌を見つめた。


「彼女を守るどころか、彼女を殺そうとした。彼女を……()()と感じてしまった」

「……」

「シラを愛おしいと思いながらも、魂は彼女を殺したくて、殺したくて仕方が無かったんだ」


 翼が変わっていく感覚と同じように、心は魂の呪いに蝕まれた。

 自分の気持ちと反した感情。悪魔に変わるということは……つまり()()()()()()()()()()()()()()()


「俺の翼は何色だ? シラに会ったら……また俺は……」

「貴方の翼は白ですよ。昔と変わらない」


 サンガが微笑む。


「また彼女に会ったら俺は変わってしまうのか? 俺は……もう彼女を『殺したい』と思いたくない」


 レインの頬に涙が流れる。真紅の瞳から流れるその涙は見つめる掌に落ちて行く。


「サンガ……」

「はい」

「俺を殺してくれ」


 レインは顔を上げ、サンガを見つめる。左目の真紅の瞳と右目の金色の瞳には嘗ての光は無い。


「シラの為に捧げた命……なのに俺はもう彼女に会えない。だったら!!!」


 顔を歪ませ叫ぶ。


「俺は彼女の為ならもう一度死ぬことなんて厭わない!! だからサンガ! このまま俺を殺してくれ!!」


 生きる意味の無い世に未練など無かった。スズシロを亡くし、シラを守れないこんな世界……。


「こんな世界……俺は……」と、レインは言葉を詰まらせた。


 そんな時、通気口から微かに音が聞こえ出す。それは……拍手に似た音だ。


「終わったみたいですね」


 サンガはそんな通気口を見上げてそう言った。そしてレインの前に右手を差し出す。

 レインは差し出されたその手を見つめた。


「これ……」


 その右手には見覚えのある赤いリボンが握られていた。


「姫様からです」

「シラ……から?」

「はい」と、サンガは微笑んだ。


 シラがいつも髪を結んでいた赤いリボン……。

 レインはそのリボンを見つめる。


「レイン……『生きて』」

「……!?」


 サンガの突然の言葉にレインはリボンを見つめていた顔を上げる。


「姫様からのお言葉です。『生きて』と……」

「……」


 その微笑みにまた一筋の涙を流す。


「行きましょう。お時間です」


 そうリボンを差し出される。レインはそんなサンガの右手をそっと握った。



 シラは割れんばかりの拍手を背に舞台から降りると、颯爽とその場から歩き出す。

 そして誰にも声を掛けることなく、元の控室の前まで歩くのだった。

 コツコツとブーツが鳴る。その音が心臓の音と重なった。


「姫様」


 ふと誰かに呼ばれた気がしてシラは立ち止まり、振り返る。

 そこには松葉杖を突いたエレクシアの姿があった。


「ご立派でございました」


 少し力の弱い声でエレクシアはシラに微笑む。


「エレア……」


 シラはそんな微笑みを見て彼女の元へと駆け寄ると、エレクシアの胸へコツンと頭を付けた。

 その行動にエレクシアは少しばかり驚いたが、何も言わずに松葉杖を持たない方の手を彼女の肩へ置く。


「エレア……私……私……」

「分かってます、姫様」

「……ッ」


 シラはそのままその場で泣いた。声を出さずに泣いた。今はただひたすら泣いた。






挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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