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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第2章ノ弐 最神成人の儀編
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第2章 32幕

 あれから数時間の時が流れた。

 最神の成人の儀を執り行うはずの良き日は、悪魔の襲来という最悪の一日となった。

 悪魔の襲来は約二時間足らず。その間、城の何百という命が散った。

 そしてある時間を超えると、悪魔達は忽然と姿を消す。()()()()()()()と言わんばかりの撤退だった。


 窓の外は暗闇に染まり、今も尚振り続ける雨音が焼け焦がれた城を濡らす。

 雨音を聞きながらヤマトは暗闇の部屋の中へ座り込み、目の前の塊をただ見つめていた。

 部屋は何も無い。冷たい床に白い布団が敷かれ、その上に静かに眠る人物以外は……。


「邪魔する」と、突然入り口の扉が開けられ、部屋の中に男が入って来る。グレーの軍服の男。手には明るく光るランタンが握りしめられている。

 男はそのランタンを前に出し、部屋の中を照らした。

 その光で黒づくめのヤマトの姿がはっきり見えるようになる。

 ボロボロの軍服に濡れた髪、ブーツも脱ぐことなくヤマトはその人物の眠る枕元に座り、その人の顔を見つめたまま動かない。


「……」


 部屋に入って来た男、ベルテギウス大佐はそんなヤマトの姿を見て一度立ち止まったが、何も声を掛けることなく布団に寝かされている男の元へと歩み寄る。

 そして片膝を付くと、その眠る顔を見て胸元へ手を添えた。


「閣下に触るな」


 ヤマトは下を向いたまま力強く、ベルテギウス大佐へ言葉を発する。


「……」


 しかしベルテギウス大佐はその言葉に反応せず、その男の胸に手を添え「安らかな心と穏やかな夢を……我らの誓いは私が受け継ごう」と声を出した。


「何でお前がそんなことわざわざ言いに来た」


 ヤマトはさらに食って掛かるように話す。


「……」


 ベルテギウス大佐はそれでも、何も声を掛けずヤマトを見つめた。


「閣下は死ぬべき人じゃなかった……」

「……」

「俺達の前に居て、いつも前を向いてくれてなきゃいけなかったんだ。なのに……」

「……」

「俺が悪いんだ。あの時閣下を一人にしたから。あの時、俺もあそこに残っていれば……」


 ヤマトは下を向いたままボソボソとそう声を出す。

 ベルテギウス大佐はその言葉を聞きながら、添えていた手を離し立ち上がった。


「お前は何故あの場にいた? お前は閣下を見殺しにしたのか?」と、ヤマトは答う。

「……」

「お前が!!!」


 突然そう叫び、ベルテギウス大佐の顔を見上げる。顔には乾ききった血の跡がくっきりと残り、目は赤く腫れていた。悲痛の顔をして彼を睨む。


「お前は……また俺達から大切なものを奪うのか!?」

「……」


 睨みながら涙を流す。枯れるまで泣き叫んだはずなのに雫は頬を流れた。

 三年前の悪魔討伐戦でも、目の前のベルテギウス大佐は魔の一時間を命令し、多くの仲間の命を奪った天界軍の参謀だ。

 今回も目の前にいたジュラス元帥の命を見殺しにしたに違いない。ヤマトはその思いをぶつけるように彼を睨む。

 そして自分は何故こんなにちっぽけなのだろうと。何故あの頃と何も変わらないのだろうと……ベルテギウス大佐を見ながら思った。悔しくて涙が流れた。


「俺は……本当にこの人を父親だと思った! この人の為に俺は生きようと思った。なのに!!」


 ヤマトの声は部屋に反響し、消えていく。


「お前は俺の生きる意味を……俺の親父を!!!!」


 最後の言葉を言い終わらぬうちに咽び泣き、掌を見つめながら「ああ……」と声を上げる。

 ヤマトの泣く姿を見つめるベルテギウス大佐は「怨みたければ私を怨め」と言葉を発した。


「今も昔も私は自分のやるべきことをしたまでのこと。それがお前にとって悪となったのなら、私を怨めばいい」

「……」

「私も嘗ての友を失ったのは惜しい。彼は……」と、そこまで話したベルテギウス大佐だったが、何かを思い立ったように口を紡ぐ。


「お前は……閣下の何なんだ?」


 ヤマトは言葉を発するのを止めた彼に問う。


「ただの……前戦争時の戦友だ」


 ベルテギウス大佐はそう言ってヤマトの言葉に答える。


「私達は共に戦った。それぞれの為にこの世界を変えて行こうと誓いを立てた。それが()を苦しめることになっても……自分の信念を貫くと誓ったのだ」

「……」


 ヤマトは悲しそうにジュラス元帥を見ているベルテギウス大佐を見つめた。その時の彼は自分の思っていたものと違う人物像に見える。


「お前は……」


 そう声を出したがそれ以上ヤマトは何も言えなかった。


「貴様はこのままでいいのか?」

「え?」


 そう言われ声を出す。


「貴様はこんなところでふさぎ込んでいていいのか?」

「……」

「立て。()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()


 目の前に安らかな顔をして眠る父のを見た。

 彼はそんなヤマトの姿を見ると軍服を翻し歩き出す。そしてゆっくりと部屋の外へと出て行った。

 扉が閉じられ、また部屋の中が暗くなる。

 ヤマトはそんな暗い部屋の中で雨音を感じながらジュラス元帥の顔を見続けた。


「俺は……」


ーー俺は()()()()()ですよね……? 閣下……。


 ヤマトはジュラス元帥の心臓部に額を当て目を瞑る。


「……」


 大きく深呼吸する。自分のしなければならないこと。自分のできること。それだけを考えた。

 そして次の瞬間、ヤマトは目を開ける。

 その瞳には光が帰って来ていた。黒い瞳は真っ暗闇でも分るように光を帯びて輝く。


「閣下……俺、やります。だから……見ていてください」


 その言葉を残し、立ち上がると父の亡骸を背に歩き出した。



 夜が更けても尚、外は騒がしい。雨音以上に外の物音がこの箱庭に響き渡る。

 箱庭の中にまでその音が聞こえてくるということは、それだけ被害が大きかったということだ。

 シラは目を瞑り、自分のデスクの椅子に腰かけてその音を聞いていた。

 あの事件から数時間しか経っていないのに、シラの心は何故か落ち着いている。

 二か月前に起こった爆破テロ事件の時の自分とは違う。心の中は波打つことなく何故か平然としていた。

 それは自分がこれから何をしなければならないかを分かっているからだろうか。

 シラは目を開き、書き直した原稿用紙を眺めた。そこには自分の言葉だとは思えない文章が長々と連ねてある。

 分かっている。自分はどうあるべきか。

 民の、貴族の、軍人の……この世界にいる全ての天使達の頂点に立つ自分はどうあるべきなのかを。


「さ、出来ましたよ。姫様」


 後ろでシラの髪の毛を梳いていたサンガが優しい声で話し掛けてくる。


「ありがとうサンガ」


 掌に握っていた、赤とオレンジのグラデーションのかんざしを見つめた。

 レインが彼女にプレゼントしてくれたものだ。そう、シラの宝物。

 その宝物をぐっと握り、後ろにいるサンガにかんざしを渡す。


「これを……」

「はい」


 サンガはそっとそのかんざしを受け取ると、短く整えられたシラの髪を束ねるそれを刺した。


「良くお似合いです」

「ありがとう」


 淡々と会話を進める。そんなシラの顔を少し悲しそうにサンガは見つめた。

 ドアから音が聞こえる。ドアのノックの後に部屋に入って来たのはボロボロの恰好をしたヤマトだった。


「お帰りなさいヤマト……」


 シラは静かな口調でヤマトに声を掛ける。

 彼は力強い目でシラを見ると、無言で彼女の前に歩みを進めた。

 そしてデスクの横にたどり着くとこちらに向かって片膝を付き、忠誠を誓う姿勢で頭を下げる。


「最神。自分の身勝手なお願いを一つ聞いてはくれないでしょうか?」

「……はい」


 ヤマトは自分の思う事を順に話し出した。シラは真剣な面持ちで聞く。そして全て聞き終えると「分かりました」とだけ言った。


「貴方の全ての行いを私は許します。ですからヤマト熾天使。私のお願い事も聞いてくれませんか?」

「お願い事?」


 シラにそんな話をされるとは思わず、ヤマトは顔を上げる。


「はい。私は明日の朝、演説をします。そのことを……彼に伝えて欲しいのです」

「……」

「そして、彼を……」


 言葉が一瞬詰まる。


「シラ」


 ヤマトは名前を呼びながら立ち上がる。するとそこで初めて彼女がいつものドレスではなく、最高司令官用(スカイブルー)の軍服を着ていることに気が付いた。長く伸ばしていた髪は肩の長さでバッサリと斬り、かんざしで整えられている。


「君は……」


 ヤマトの声にシラは眉を下げて微笑んだ。しかし、その微笑みは一瞬で消える。


「私は―――」


 その言葉を聞いて何も言い返せなかった。彼女のその意志を感じたから。


「ではヤマト、お願いします」

「……」


 彼女の苦しみも、悲しみも、葛藤も知っているから、ただその言葉の重みを感じるしかできなかった。


「私は明朝、反政府軍との対立、そして悪魔と戦争宣言を行います」



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