表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第2章ノ弐 最神成人の儀編
51/128

第2章 29幕

 フィールはその場にぼとりと真っ赤な何かを地面に落とした。

 真っ暗の神殿の中でその場だけが赤く染まっていく。それは色づく果実のような……人の心臓。地面にベチャリと落ちたその心臓はまだかすかに動いている。

 レイン、シラはその目の前に落とされた心臓から目を離す事が出来なかった。


「知っているかい? 人類の、それも思春期特有の動脈を持った心臓を使えば、ゲートはより安定しステルス性に長けているというのを。それを地下界はすでに開発しているのを」

「何の話ですか?」


 シラが痺れる唇を動かす。


「正確な座標と若者の心臓を供物にすれば、あんな馬鹿気た演唱や、儀式じみた事をする必要無くゲートを設置できるってことだよ」


 言葉の意味を感じ取り、二人は息を飲む。

 悪魔はそこまでこちらの世界に干渉している。そして()()()悪魔とのゲートを開こうというのだ。


「さて、ゲートが開くには少し時間が掛かる。その間、話をしよう」


 フィールは身動きの取れない二人に向かって笑う。


「長い長い話だよ。古き時代から今に至る話……。

 世界の始まりは一つの空間からだった。

 それから空が現れ、海が出現し、陸が出来るとそこに三種族が生まれた。

 白の翼、世界の力を使う能力を身に付けた『天使』。

 黒の翼、自らの底に眠る力を使う能力を身に付けた『悪魔』。

 そして翼を持たぬ者。優れた知能を身に付けた『人間』。

 三種族はそれぞれ子孫を残し、政を行いながら天界全土で共に生活をしていた。

 そんなある時、三種族で戦争が起こる。長い長い戦乱の世が続き、天界の大地は荒れ果てた。

 戦乱は天界が荒れ果てた頃、初代魔王がこの地で初代最神に殺され、収束を迎えることになる。

 そう、君達も知ってるよね? この神殿で『初代魔王』は殺される。レイン、君の立っているその場所でだよ」


 フィールはそう言ってレインが片膝を付いている場所を指さした。

 そして寂しそうに「その場所で初代魔王は殺された」と、言い直す。


「初代最神によって殺された時、初代魔王は悪しき力の源として『存在そのもの』を二つに割られた。

 一つは魂のみの存在となり、三つの世を彷徨い続けている。愛する者への憎しみと、遥か彼方に消えた故郷を夢見て、長い魂の旅をし泣き続けていると……。

 もう一つは『初代魔王の目玉』として地下界に物理的に存在する。地下界では初代魔王の魂はその目玉に宿っている、と信じられてきた。

 その『目玉こそが初代魔王そのものだ』と、天界から地下に落とされ何億年もの間、我々はそう信仰している。

 その為、目玉を手に入れた者を地下界王『魔王』に君臨出来る絶対的な証としてきた。

 しかし現魔王様、私のお仕えするお方はその考えを否定し続けた。

 目玉を手に入れても真の魔王として悪魔の血族をより良い方向へ導くことは出来ないのだと日々お悩みになっていた。


 そして悩み続けた我が主は、古き時代から世界を彷徨うもう一つの『初代魔王の魂』を探すことを決意なさる。真の魔王つまり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 我々は地下界の隅ずみまで探しつくし、魔王の魂を探す日々を何年も続けた。

 我が主はそんなある日、一層上の人間界までその視野を広げ魂の散策を試みられる。

 すると、ほどなくして一つの魂を見つけた。人間の器に入りきらないほどのその『魂』がその身体には強く宿っていた。

 天界の天使などには無理だろうね。あの美しい黒い魂の色を見分けることなど」


 フィールはその魂の色を思い出すようにほれぼれした顔をした。さらに話を進める。


「その人間の魂は紛れもなく『初代魔王の魂』だった。我が主はその魂を『魔王』へと転生させることをお決めになる。





 そう……レイン。君の魂を……だよ」





 その瞬間、膝を付いた体勢のレインは大きく息を吸い、フィールの顔を見つめた。


「レインが……初代魔王(サタン)の魂の所有者?」


 シラの言葉にフィールは嬉しそうに「そうだよ!」と答える。


「古き時代からの古文書によれば、魔王転生の為の魂の返還にはいくつかの手順があることが分かった。

 人間から悪魔への転生方法は未だ発見されていないからね。我々はその手順で魂を悪魔に転生させることにした。

 まずはその魂を人間の器から取り除くことが必要だった。

 だから我々は人間界へ次元介入した。これが意外と骨が折れたよ。物質の変換をするのはなかなかだった。けど地下界の技術を持って何とかこなしてみせた。

 そして交通事故を起こし、その魂の所有する人間を……()()()


 レインの髪の毛がうごめき始める。冷気が身体から湧き出る。嘗てない怒りがレインの中で渦巻いていくのが自分自身でも分った。


「お前が……俺を殺した?」

「そうだよ。僕達が君を殺した」


 レインの質問にフィールは淡々と答える。

 その言葉にレインの脳内が過去の記憶を呼び覚ましていった。

 黒いトラックの影、引き潰される自分の身体。動かない手足。七海の叫ぶ声が遠くで聞こえる。




『お兄ちゃん! いかないで!! 私を置いていかないで!!』




 レインの足元がどんどん凍っていく。あの時の感情が呼び戻される。

 あの苦しみを、あの悔しさを……!!


「お前が!!」


 レインは歯をむき出しにしてフィールに叫んだ。

 まるで今までの彼とは別人。獣の顔付きだった。


「殺してやる! 殺してやる!! お前は俺が!!!」


 レインの翼が氷を纏い始め、そのまま身体や頬までもが白くなっていく。殺意が身体を纏い、感情のコントロールと能力が比例していない。

 毒で動かないその身体は殺意の行き場を失い、自分の身体を蝕んでいった。


「殺す! 殺してやる!!」


 レインはもう一度、まるで雄叫びのような声を上げた。

 その光景をシラはただ茫然と見つめている。声を出すことが出来ないほど動揺していた。


「まだ話は最後まで終わっていないよ?」


 今にも噛みつきそうなレインをよそに、フィール元帥は嬉しそうに話を続ける。


「まずは人間としての君を本来通り天使に転生させることに成功した我々は、さらに古文書通りに儀式を行う為の条件を満たすための行動を始めた。

 一つ。『元最神』つまりシラが、初代魔王を殺した初代最神と同じ年齢にならないといけない。

 二つ。魂の転生は初代魔王が死んだ場所でなければならない……だ。

 二つが揃えば魔王転生の儀式は完成する」


 身体の凍っていくレインを見つめてフィールは笑う。


「人間の頃に長けた武術の持ち主の君を、ジュラス元帥がそのままにしておくなどありはしない。

 君は必然的に中界軍へと入り、数年で名を上げると僕は考えた。僕の考えていた通りの活躍を君はしてくれたね。

 程よい頃、中界軍の式典で君とヤマトの模擬戦を僕は観戦する機会を見つけた。そして僕は最神に「君と同じ年の若者が活躍している」という話を度々するように心掛ける。

 そして二か月前のダスパル元帥の企み『最神を城下街へと連れ出し、軍事の必要性を強くさせる算段』を知り、僕もその話に乗ることにした。

 僕は彼の最神を城外で連れ出す計画に、適任だとレインを推薦する。君は僕の思惑通り護衛任務をこなした。

 その後、最神に死刑にされそうな君を『熾天使の騎士』階級に就任させるという案を出したのも僕。

 就任した後にジュノヴィス熾天使と戦わせたのは、君があまりにも王としての威厳が薄かったから。けど、あの模擬戦で何かを掴んでくれたようで僕は安心したよ。これで魔王に転生しても地下界をより良い方向に導けるようになったと思っている。

 そして今日。シラが初代最神と同じ二十歳になるこの日に、最神と共にこの成人の儀である神殿に来れる者は限られている。最神、天界巫女、元帥、そして熾天使の騎士。

 そう、君は僕の思惑通りに『熾天使の騎士』になり今日この日、この場所に来た。

 君がここに来ることは全て仕組まれていたのだよ。僕達の手によってね。

 そして条件を全て満たし、最後に必要なのは……初代魔王の力の全て」


 フィール元帥は不気味に笑った。


「そう、この時の為に我らはずっと作戦を遂行してきた!

 地下界から徐々にゲートを作成し、人間界から天界に上がるルートを確保。ステルス性の高いショートゲートを幾重にも使い、徐々にこの城内まで進行。隠密行動の僕の部下、堕天使兵は良くやってくれた。

 僕も。十年……この日の為に十年の月日をかけ、城内の座標を見つけ、調整し……やっと我が主をお迎えすることが出来る。

 新しい絶対的主君となる『初代魔王(サタン)の魂』を持つ『()魔王陛下』を転生させる時が来たのだ!!」


 フィールの叫びに合わせて、地面に落ちている心臓がさらに赤々と燃えるように光り出した。


「さあ、いよいよ、僕の主をお呼びしよう」と、フィールが声を上げた瞬間。


 目の前にいつも見ている白いゲートとは違い、漆黒のゲートが心臓の上に忽然と姿を現す。

 レイン、シラはその光景に声も出せず、その光景をただ見つめた。その漆黒の膜のような物体から、ゆっくりと人影が姿を現す。

 人影は血のように赤い長髪、純白の軍服、真っ黒の悪魔の翼を背中に生やした青年だった。

 その青年の顔には黒いのっぺりとした仮面……。


「お……お前は」


 レインはそれだけを口にする。その仮面に見覚えがあった。

 そう……過去の、ガナイド地区悪魔討伐戦で嘗て自分が大切にしていた女性、スズシロを殺したあの仮面の軍人だった。


「我が絶対的主君……」と、その赤毛の仮面の男はレインに声を掛ける。透き通った声は昔、あの時に聞いた不気味さが漂った声。


「また……あなたの元に参りますとお伝えしてから、もう三年の月日が経ってしまいました」


 仮面の悪魔はレインの前でゆっくり片膝を付き、頭を下げる。

 その瞬間から頭の中は悪魔と天使の呪いが沸き起こっていた。


『殺せ! 悪魔だ!! 呪いだ! 殺せ!!!』と、脳内が占拠される。目の前の悪魔を殺したいという欲求が身体の中を駆け巡る。


 目の前にいる悪魔を殺したくて仕方がない。憎くて憎くて憎くて……。

 三年前のガナイド地区で感じた感情と全く一緒。

 目の前で無防備に頭を下げたこの男は、自分の大切な人を殺した張本人だ。彼女を切り裂いたのはこの男だ!

 レインはそんな感情に身体を動かそうとしたが、毒のせいで動けない。


「やっと、貴方様にお会いできました。我が絶対的主君。わたくしの行動は全て貴方様の為に行うこと。どうかお許しください」


 頭を下げた男はレインの方を見ると、顔に付けている仮面をゆっくりと外した。


「…………ッ!!」レイン、シラはその男の顔を見て絶句する。


 その男の顔はあまりにも酷く、あまりにも残酷だった。

 何度も切り付けられ、本来眼球があるはずのその場所は深くえぐられて原型を留めていない。

 その額には人を吸寄せるかのような……真紅の瞳。真っ赤な血の色の瞳が埋められている。

 レインはその瞳から目が離せなくなってしまった。何か分からない感情が身体の中を巡る。

 過去の記憶なのだろうか……。懐かしい、悲しい、辛い……自分が思っていない感情が溢れる。


「あ……」


 レインはそう小さく声を上げると、ボンヤリと右目の視点が合わなくなっていった。

 先ほどまで自分を凍らせていた氷が一気に解けていく。憎しみの感情が薄れていくように、氷で真っ白になっていた姿は意識が消え去ると共に元へと戻っていった。


「レイン?」


 シラがそんな彼の空気に声を出した。


「駄目! レイン!!」


 声も虚しく、レインはその瞳を見つめたまま、その仮面の悪魔の方に顔を近づけていく。そして完全に右目は光を失ってしまった。

 仮面を取ったその悪魔の男は、近づいて来るレインの顔にそっと手を触れ、包帯を解く。

 包帯を解きながら右手が突如炎に包まれる。男が発した能力によるものだろう。

 レインの包帯を解き終わると、その男の右手は自分の額にある紅い瞳に向かわせる。そして額に炎の爪を立て、ゆっくりとえぐり取った。

 悪魔の額の傷は炎で燃やされると、血を流す事なく火傷を負ったようにただれていく。

 そして炎に包まれた真紅の眼球を今度は目の前のレインに向ける。

 左の眼球のないその場所が炎によって燃やされ、徐々に目玉はレインの元へと埋め込まれた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その目玉が入った瞬間、身体が一気に赤々と炎に包まれた。


「……」


 シラがその光景を動けない身体と共に見つめる。

 炎に包まれたレインは毒のせいで動けるはずのない体をゆっくりと立ち上がらせ、シラの方を向く。


「レ……レイン」


 シラは座り込んだまま、見下ろされている彼の名を呼んだ。


「……」


 炎に包まれた彼の髪の毛が、徐々に埋め込まれた瞳のように真っ赤に変わって行く。

 真紅の左目に炎のような赤い髪……それは正に別人だった。


「お帰りなさいませ、我が絶対的主君『新魔王陛下』」と、仮面を付け直した男は低い声でそう言った。

「ああ! やっとお会い出来ました! 我が君!!! 絶対的主君」


 フィールはそう言って炎の上がるレインの横へと歩み寄ると、彼の腰に挿している刀を抜き差し出す。


「さあ、こちらを」と、フィールが声を掛けるとレインは無言でその刀をそっと握る。


「憎き我々の敵、最神を貴方様の手で殺すのです! さすれば、貴方様の魔王としての転生が完成される」


 片膝を着いたままの姿勢で仮面の男がそう話す。


「さあ、最神を……」

「……」


 レインは視点のあっていない目で、目の前にいるシラを見た。


「レイン」


 もう一度彼の名を呼んだ。彼女の涙が頬を伝う。

 レインはその刀をしっかりと握り直す。同時に自身が炎を上げて燃え盛っていく。

 そして振り上げた刀はシラの首元めがけ振り下ろされるのであった。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ