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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第2章ノ弐 最神成人の儀編
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第2章 27幕

 エレクシアは白い外壁にもたれかかって大きく溜息を付いていた。

 自分の中で何か不安なのだ。何が? と言われれば分からない。

 しかしここ最近の自分の主君、シラの変わりように違和感を感じているのは確かだ。あのテロ事件以降、シラは政界への興味や軍への考え方が大きく変わった。

 姫様はどんどん自分の知っている彼女ではなくなっているのかもしれない。

 そしてそんな彼女を守るのは自分では無く……。


「レイン……なのかな」


 ボソリと吐いて下を向いた。

 彼なら彼女を守っていけるだろう。何故かそう思った。

 彼と初めて模擬戦をしてから、エレクシアはレインを一目置いている。あの時、彼は他の天使とは違う何かをもっていると思った。


「私もそろそろ……なのかもしれない」


 不安の全てを言葉にする。

 これからも彼女の側にいたいのは事実。

 もう一度大きく溜息を付く。どうしていくべきなのだろうかと。

 しかしふとヤマトの『お前は最神の一番の護衛だろ? もっとしっかりしろよ! その場所、俺やレインに持っていかれるぞ?』という言葉が脳裏をよぎった。

 ヤマトの声を思い出しエレクシアはくすりと笑ってしまう。そして自分の刀の柄を強く握る。

自分が姫様の護衛を退く日が近いのであっても、今は彼女の一番の護衛でありたい。エレクシアは強くそう思った。

もし今後、彼女が戦を決断しても、自分は彼女の御側にようと。それが自分の生き方なのだからと……。


「二度もあいつの言葉に救われるなんてな」とエレクシアは少し悔しそうに呟く。


 誰もいなくてよかった、と心から思った。こんな弱音を吐いている自分を、誰かに見られたくなかったからだ。


鳥居の先にある階段から足音が聞こえてくる。とても足取りが軽い。

エレクシアは壁にもたれかかっていた体勢を辞め階段の方を見つめた。

辺りは森の中だ。この階段を使うのは神殿に用事がある者のみ。となると、自分より高位の人物でまず間違いないだろう。

一歩ずつ上がってくる足音に合わせ薄紫色の髪が見え始めた。


「フィール元帥?」


その見覚えのある頭の色からその名を呼んだ。

やはりその人物で間違いないようだ。

目の前から見え始めたのは薄紫の長髪、金色の瞳のフィール元帥だった。とても上機嫌で鼻歌を歌いながらこちらに向かって来る。

しかしその服装にエレクシアは驚く。見た事のない白の服装に、胸元は真っ赤に血で染まっているからだ。


「フィール元帥!?」


 エレクシアは軽い足取りで神殿に向かって来るフィール元帥に叫んだ。


「あれ? エレクシア、ここにいたのかい?」


 フィール元帥はそんな恰好をしているにも関わらず、何とも愉快にエレクシアに語り出す。


「閣下! どうしたのですか!? その服装……」


 少しだけフィール元帥の方へ歩んだエレクシアだったが、元帥の背中に目を向けると足を止めた。


「フィ……フィール元帥?」

「ん? 何だい? エレクシア」

「その……背中の翼は」


 思わず言葉を詰まらせる。

 フィール元帥の背中には本来、白いはずの翼が黒く淀んでいたからだ。


「ん? ああ、これかい? 綺麗だろう?」


 フィール元帥は嬉しそうに黒い翼を羽ばたかせて見せる。


「白い軍服に真っ赤な血。そして愛しのあのお方と同じ色の翼……。ああ、何と素晴らしい!」


 そう言ってさらに神殿の方へと歩き続ける。


「だ、堕天使!?」


 エレクシアはそう叫び刀を抜くと、神殿の前でフィール元帥を睨んだ。


「何故堕天使が!? フィール元帥に何をした!?」


 すると目の前の堕天使は「あははっ」と軽く笑った。


「エレクシア、フィール元帥は僕だよ?」

「嘘だ! 閣下は最神に忠誠を誓う親衛軍の長。例え何があっても悪魔側に心を動かす訳が無い! 閣下をどうした!?」


「最神に忠誠を誓う!?」とフィール元帥はエレクシアを笑う。


「あんな小娘を? 何言ってるの? エレクシア」


 フィールの顔がどんどん強張っていった。足取りはそのまま、一歩一歩とエレクシアに近づいて来る。


「僕は最初から悪魔様達に忠誠を誓う堕天の使者。最神への忠誠など……反吐がでるよ」

「……!!?」


 その瞬間エレクシアは抜いた刀を構え、フィールに向かって斬りかかった。

 フィールはそんなこちらの刀を、腰に挿していたダガーナイフで受け止める。


「くっそ!!」


 エレクシアはそう言って、刀に炎を纏わせ第二破を打ち込む。

 しかしそんな刀は、フィールの二本目のダガーにまたしても受け止められた。


「はあ……()()()()と比べてなんとみすぼらしい炎……」


 フィールは刀を受け止めて大きく溜息を付く。

 そしてフワリと動きを変えると、エレクシアのわき腹にダガーを突いていた。


「…………え?」


 エレクシアは一瞬の出来事に、刀を構えたまま止まる。

 そして膝を付くように崩れたのだった。


「そろそろ時間が差し迫ってるんだ。もう行かせてもらうよ?」


 フィールはそんな動きを見ながら残念そうに伝える。

 そして目の前にそびえ立つ神殿の中へと進んで行くのだった。

 エレクシアは体勢を変え、神殿の外壁によりかかる。わき腹の溢れる血を手で押さえながら、能力を使い応急処置をし始めた。


 ーー止血をしなければ……はやく姫様の元へ行かなければ。


しかし身体は徐々に痺れ始め、身動きが取れなくなる。


「くっそ……」


 声が出なかった。

 叫べば何とかなるかもしれない。

 レインにシラの危機を知らせられるかもしれない……のに……。


「姫様……」


 エレクシアの声はそのまま消えるようにか細くなった。



「最神の唄は昔から子守歌として伝えられてるんです。けど、私は恋の唄だと思うんです」


 シラは神殿の空色に染まる天井を眺めながら言った。


「恋の唄?」

「はい。確かに歌詞の意味は古き時代からの古門書にも記載が無くて『でたらめな発音を繋げ合わせている』なんて言い出す学者もいますが、私は愛する人への唄だと思うんです」

「それはどうして?」


 更に問いかけるレインにシラは笑う。


「分かりません。私の何となくです」


 彼女の笑顔にレインも「そうか……」と笑った。

 そして握っている右手をもう一度しっかりと握る。手を繋いでいるこの時間はあと残り僅かだ。

 神殿から出れば彼女は『最神』であり、自分は彼女を守る『熾天使の騎士』に戻る。

 それまでのこのひと時を大切にしたい。そう思ってレインはシラの手を離さないでいた。


「そうだ!」


 彼女が嬉しそうに話し出す。


「これから儀式の為の衣装に着替えるんですけど、髪飾りを貰ったかんざしにしようと思ってるんです」

「え? あのかんざし?」


 あのかんざしとは二か月前にシラ達と出かけた城下町の屋台で買った代物だ。


「けど、あれはそんな高級なモノじゃないし……儀式にはもっと煌びやかなものが似合うだろう?」


 少し焦った声に、シラはさらに嬉しそうに声を出す。


「いいんです! 私のお気に入りなんですから!」


 左に寄せたスカイブルーの三つ編みを撫でる。


「そのリボンも可愛いけど……しないのか?」


 髪の毛と一緒に編み込まれている赤いリボン。シラのスカイブルーの髪を更に引き立てるそのリボンを見つめた。


「これは母がくれたものなんです。病で伏せてしまった頃に。私に『生きなさい』って言って……」


 シラは懐かしい思い出を語りながら髪の毛を撫でる。


「レインも髪、伸びましたよね?」

「そうかな?」と言って自分の髪の毛を触る。


 つむじ辺りは若草色だが、毛先に行くにつれて深緑へと色を変えていく。グラデーションになったその髪はシラに初めて会った頃よりだいぶ伸びていた。


「はい。伸びました」

「そうか……だらしないかな? 儀式の前に切っておけばよかったかなあ」

「駄目!」と彼女は叫ぶ。


「駄目です! もったいない!!」

「もったいない!?」

「そうです! 綺麗な髪なのに!!」

「じゃ……じゃあこのまま伸ばすよ」


 レインの言葉に彼女は満足そうに「はい!」と言った。


 その会話が終わると同時に、部屋に映し出された空がみるみる元の真っ暗な壁色へ変わっていく。

 まるで()()()()()()と言いたげだった。

 レインはそんな神殿の動きに合わせ、シラの手を引く。


「帰ろう、みんな待ってる」


「そうですね」


 二人は手を繋いだまま歩き出そうと祭壇を背に振りかえ―――。


「ッ!!!」


 振り返る瞬間、レインは急な他者の視線を感じ息を飲む。

 それを伝えようと声を出そうとしたが、空気を割く軽い音が聞こえ、彼女を思いっきり突き飛ばした。

 シラは短く悲鳴を上げ、その場に倒れ込む。その動きに合わせ、薄暗くなった部屋の松明が揺れた。

 レインはその空気の切り裂く音が、自分の左足に刺さったのを激痛で感じる。


「……ッ!!」


 レインは声を出さずに片膝を付く。その左足の太ももにはダガーナイフが刺さっていた。


「レイン!!」


 彼女がこちらに近づこうとした瞬間、同じ音と共に左頬へ何かが掠る。


「え?」


 声と共にシラの頬に薄っすらと傷口ができあがる。一筋の血が流れた。


「シラ!!」


 レインは彼女の名を叫び刀を抜いた。駆け出そうと足に力を入れる。しかし左足に力が入らない。

 これぐらいのナイフでの傷など普段なら動けるはずなのに……。


「無駄だよ。そのダガーナイフには猛毒が仕込んであるからね。ほんの少し触れただけで痺れが全身に回る」


 聞いたことのある声、靴の音を出して歩いてくる人物。レインは殺意を身体に纏わせつつ、その声のする方を睨んだ。


「フィール元帥?」


 シラは彼の名を呼んだ瞬間、シラも毒が回り始めたのだろう。立ち上がろうとした足は崩れ、その場に座り込んでしまった。


「お二人とも、探したよ」


 フィールは嬉しそうに声を上げる。その声は半球型のドームに響き渡った。


「しかし、ここに来てくれているのはとても好都合だった。結局、最後はここに来なければならなかったからね。そう思えばやはり二人は運命の魂なのかもしれない」


 不可思議な話をしながらフィールはこちらに歩く。

 薄暗い部屋の松明で、彼の姿がはっきり見え始める。フィール元帥の全身を見たレインは息を飲んだ。


「その服……」


 見覚えのある服だった。『ガナイド地区悪魔討伐戦』の戦場で見た。敵の着ていた服だ。


「あ? レインは分かってくれるかい? そうだよ! 悪魔軍の軍服さ!」


 胸元が赤く染まっている白い軍服を、嬉しそうに見せフィールは笑う。その背中には真っ黒の堕天使の翼が生えていることも……。


「黒い翼が映えるように白にしているんだ! オシャレだろう?」


 ウキウキした声に二人は絶句する。


「どういうことですか? フィール元帥」

「申訳ありません姫様。これからここである儀式を行います」

「儀式?」

「はい。()()()()()()()でございます」








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