第2章 26幕
外が騒がしい。
フィール元帥の自室で窓の外を見ながらポルクルは大きな溜息を着く。
今日は最神の成人の儀だ。イベントの当事者でもないのに、ポルクルは何故か緊張していた。
「何だポルクル、外に何か見えるのか?」
そう言って同じ顔、同じ背丈の双子の兄カルトルが窓を覗き込んで来る。
「いいや、何もないけど……外が騒がしいから」
ハニーブラウンのくせ毛を撫でながら兄に言った。
双子の兄は赤茶の髪をポルクルと同じように撫でながら「ふーん」と声に出す。
すると、デスクに座っていたフィール元帥が本をパタンと閉じた。
「さて、そろそろかな?」
フィール元帥の声に二人はからくり時計を見つめた。
「そうですね、そろそろ会場に行く準備です」
カルトルはフィール元帥にそう言った。
「それもそうなんだけど、二人とも外の塔を見ておいてくれないかな?」っと、金色の瞳を細めながらフィール元帥は椅子から立ち上がる。
カルトル、ポルクルは窓の外に見える白い外壁の塔を見つめた。
塔は城を囲むように十二存在する。このの窓から見えるのは四塔だ。するとその塔からキラキラと光が見え隠れする。
「あ! 閣下、何か光りました!」
カルトルは窓ガラスに鼻先を押し付けながらそう言った。
「見えたかい?」
フィール元帥は少し嬉しそうに、必死に見ている二人の後ろに立つ。
「あ! また別の塔も光った!!」
「え? 本当? 見えないよお」
カルトルの言葉にポルクルは焦るように窓の外を見つめる。
じっと一番端の塔を見つめていると、見晴らし台がキラリと光るのが見えた。
「見えた!!」
同時に叫ぶ二人を見てフィール元帥は嬉しそうに笑った。
「閣下、あの光何ですか?」
カルトルが元帥に向かってそう言う。ポルクルはその質問を聞こうと窓から視線を離し、フィール元帥を見た。
「二人はあの塔はなんの役割をしているか知ってるかな?」
「閣下、僕達を馬鹿にしてるでしょ?」
フィール元帥の言葉にカルトルはむっと頬を膨らませる。
「あの塔は城周辺でゲートがむやみに開けられないようにする為の管理塔です。敵勢力がゲートを設置する為の能力発動阻止や、座標確認を出来ないように親衛軍の特殊能力部隊が日々監視してるんですよね?」
ポルクルの言葉にフィール元帥は「アタリ!」と人差し指を上げて言った。
「常識ですよ! 常識!!」
カルトルの声にポルクルも頷く。
するとフィール元帥は「さてと、任務完了の合図もきたし、僕は準備をしようかな」と言い出す。
「任務?」
「うん。二人には秘密にしていた特別任務があったんだ。ごめんね」
双子は嬉しそうなフィール元帥の顔を見て首を傾げた。
「カルトル、ポルクル、二人のどちらかにお使いを頼みたいんだけどいいかな?」
フィール元帥は真剣な面持ちで二人を見る。
「どちらか先に貴族長のお迎え会場に行って、僕が遅刻することを伝えて欲しいんだ」
急な提案に二人は驚いた顔をした。
「公務に遅れるなんて……閣下らしくないです」
ポルクルがそう声を出す。
確かにいつもヘンテコな行動を起こす上官だったが、必ず公務をきちんとこなす人だ。
そんなフィール元帥が遅れるなんて……珍しい。
「それだけその塔に関わる任務は大切なのですか?」
カルトルがポルクルに続いて言った。
「そうだね、こちらを優先しないといけないんだ」
フィール元帥の真面目な顔に双子はお互いを見つめた。
「じゃあ……」
「ぼ、僕が行きます!」
カルトルの言葉に被せるようにポルクルが声を上げる。
そんな珍しい状況に兄のカルトルは驚いた顔をした。
「お前、大人数がいる式典に一人で行けるのか?」
いつも引っ込み思案で、兄の後ろに隠れてしまう性格のポルクルを心配し、カルトルは声を掛ける。
「うん、僕だって……そろそろ兄さんみたいにしっかりしないと」
ポルクルは少し気合を入れるように兄に言った。
昨日の黒ずくめ……ヤマト熾天使の話を聞いて以来、ポルクルは深く考えていた。
良くできる兄、そして落ちこぼれの弟。まさしく自分達のことだと。兄は活発で発言力もある。そんな兄の後ろばかりにいてはいけないと、ヤマト熾天使の話を聞いて思ったのだ。
ヤマト熾天使は出来の悪い弟というレッテルで苦しんでいる。そんなヤマト熾天使も努力して『熾天使の騎士』にまで昇格したのだ。
自分だってこれから頑張れば、兄のようにたくさん人前に出れるようになるかもしれない。兄の後ろではなくて横を歩けるようになるかもしれない。そう思っての発言だった。
急にはっきりと声を出したポルクルに、フィール元帥は「そうか……」と声を掛ける。
「君も成長しようとしているんだね。じゃあお使いはポルクルに頼むことにするよ。カルトルもいいかな?」
「俺は構いません。ちょっぴりびっくりしたけど、ポルクルがやる気になったのなら応援します」
カルトルの言葉にポルクルは少しくすぐったくなり「えへへ」と頬を掻いた。
「じゃあ行ってきます。でも閣下、兄さん、早く来てくださいね!」
ポルクルは歩きながら目の前の扉を開けてそう言った。
そしてフィール元帥の自室を後にするのだった。
◇
ヤマトはいつも以上に賑やかな城内を面白そうに見渡しながら歩く。
あちらこちらで儀式や晩餐会の準備に追われる使用人を見ながら「大変そうだ」と口に出して笑った。
「何か言ったか?」
数歩前を歩くジュノヴィスがヤマトを振り返る事無く大きな足音で歩いていく。
「いんや~」
ヤマトは適当に返事をしてジュノヴィスの後ろを歩いた。
そのまま歩き続けること数分。二人は天界軍の軍事基地の場外、ゲート設定場所へとたどり着く。
ゲート設置場所とはいえ、ただのグラウンドに近い平地だ。
その真ん中に特殊能力者が数人、座標確認の図式とにらめっこしていたり、能力のパワーバランスなどの確認を行っている。
かなり大規模なゲートを開通するようだ。それも同時に四か所の別都市を繋げるなんとも大がかりな仕事。
「ゲート設置なんて面倒だろうに」
ヤマトは能力者の集まりを見つめ独り言を言った。
「ゲート設置は『天界軍』がどれだけ力を保持しているかの大きな役割を示している。その都市が遠ければ遠いほどゲートの開通維持は難しい。サイズはもちろん、各都市との安定した空間転送ができているかどうか。それをやってのけることで、各貴族長に我々の力が膨大であることを知らしめる絶好の機会なのだ」
ヤマトの独り言に答えるようにジュノヴィスは話し出す。
「今回の最神成人の儀は、各都市の貴族長や政界の重任達に軍に逆らうべからずという意思表示をすることも大きな目的だ」
そんなジュノヴィスの背中を見て「へ~お前が真面目な話するの初めて聞いた」なんて皮肉を言った。
「うるさい」
「それにお前らや親衛軍との決別も意味している」
「と言うと?」
「中界軍が先月行ったように『我々はこれだけの力を持っている』というのを他の軍へ見せつけているという意味だ」
「なるほど、なるほど」
ジュノヴィスはヤマトに振り返る事無く歩き続ける。
確かに会場の軍人達は明らかにグレーの色が多い。
親衛軍は城内の防衛強化が主な仕事とだからと言ってもその差は歴然だ。
「いろんな思惑があるんだな~」と、ヤマトは辺りを見回す。
「あ! 叔父上!!」
急に嬉しそうな声を出したジュノヴィスは、目の前に見える天界軍用の大きな仮設用テントを見つめる。
その先には大きな背もたれのある椅子に座って、ゲート設置を見守っているダスパル元帥がいた。
ジュノヴィスは突然歩く方向を変え、こちらに声を掛けることなく天界軍のテントへと向かう。
「馬鹿も馬鹿なりに自分の軍のことを考えてるんだな」
ヤマトはそんなジュノヴィスの背中を見ながら言葉を発した。
すると、その大きなテントのさらに先に黒い服の集団を見つける。そのまま黒ずくめの集団に向かって歩き出した。
徐々に近づくにつれ、こちらに気が付いた何人かが敬礼をしてくる。
ヤマトはそんな若い天使達に手を上げて答えると、ひっそりと佇む中界軍の仮設テントへ入った。
「また……こんな端っこに立てなくても。あれですか? 子供の運動会の観戦に来たものの、場所取りに失敗したお父さんですか?」
そんな皮肉を言いながら屋根だけのテントの中を進む。
「お前、いい表現するな。けど、その皮肉は俺みたいな日本出身者じゃないと通用しないぞ」と、むさ苦しいほどの筋肉質な男がヤマトを迎え入れながら笑う。
「たしかにそうですね。中将、お久しぶりです」
中将は「おう!」と声を出す。そしてさらに先の大きな背もたれのある椅子を目で示し、笑った。
ヤマトはその動きの意味を感じ取り、椅子の後ろに立つと敬礼をする。
「遅くなりました」
その椅子に座った人物が「来たか」と声を出す。
そこにいたのは、いつもより少しばかり身なりに気を使っているジュラス元帥だった。
「来ると思ってたよ。別に最神の護衛してても良かったんだぞ?」
「護衛はレインに任せてます。自分はこちらの方が面白い」
ジュラス元帥は「確かに」と言った。
「で? 中界軍の出席はこれだけですか?」
ヤマトの質問に、隣に来た中将が「そうだ」と声を掛けてくる。
「招待許可が出たのは俺達小隊だけさ」
「小隊って……なんと少ない」
これだけ大きなイベントである最神の成人の儀。その最初のプログラムである貴族長達の出迎えに、中界軍はこれだけしか参加出来ないとは……。
しかも、周りを見渡せば親衛軍は中隊ぐらい。天界軍は大隊ほどとはいかないが、それほどの規模に当たる人数はいるのではないだろうか……。
「だろう? けどこれが今の俺達と天界との現状さ」という中将の言葉が胸に刺さる。
「これが今の天界全体のパワーバランスなのかもしれませんね」
ヤマトの言葉に中将は「かもな」と寂しげに笑った。
「ま、いいさ。ここでこうして『天界軍が何かヘマして事件にでもならないかな~』って見れるだけで俺は満足だぞ?」
二人の話にジュラス元帥はケタケタ笑う。
「一年後。婚姻の儀の時はもう少し現状は変わっているだろうがな」とも付け加えた。
「もちろんです」
中将は元帥の言葉に頷く。
すると目の前のゲート設置場所が微かに白く光り出した。
「お! そろそろ貴族長様達のお出ましか?」
ゲート設置場所にいる能力者が一斉に何かを口にしだす。それは座標確認の為の演唱だ。
演唱など本来のゲート設置には不必要だ。しかし今回のように巨大なゲートだったり、かなり距離がある場所との空間転移であれば、演唱をして集中力を高めていかないといけない。
ゲート設置のことをあまり詳しくしらないヤマトでもそれぐらいの知識はあった。
士官学校で必須科目であったゲート知識だが、それから先は全く興味が無い。
専門知識を有しておかないとゲート設置は難しい。それを得意とする者はやはり頭の作りが違う、とヤマトは思っている。
そう思えば、レインの想い人だったスズシロはその専門知識を極めた逸材だった。彼女はある程度のゲートは自分で座標確認して開けれる。
そんな彼女と行動を共にすることが多かったレインは、きっとヤマトよりゲート開通の知識が多いだろう。
「もう少し勉強しておく必要があるのかもな」
目の前で起こる、細かな術式と演唱の言葉。それを見ても理解できていないヤマトは独り言を吐いた。
急に近くの木々が音を出しはじめる。その場にいる全員が驚きその方向を見つめた。
すると「あれ? あれれ??」と、見つめる先で聞き覚えのある若い声が聞こえ始める。ヤマトはその木々の中を覗いた。
その木々の中にいたのは……。
「ポルクル?」
ヤマトの声にハニーブラウンの髪、双子の片割れであるポルクルは驚いて固まった。
「ヤマト熾天使……」
「お前、こんなところで何やってるんだ?」
木々の中にいるポルクルに手を差し出す。
ポルクルは一瞬手を握るか迷ったが、害がある天使では無いと思ったのだろう。ヤマトの手を握った。そして庭の木々から引き抜いてもらう。
「えっと……親衛軍のテントはどこでしょうか?」
ポルクルの不安そうな声に周りの中界軍の男共も覗いて来る。
「ヤマト、知り合いか?」
「はい」
「親衛軍のテントはかなり先だな。お前何でこんな所でコソコソしてるんだ?」
ポルクルは周りの黒軍服の男達への恐怖に刈られた顔をしながら「フィール元帥が貴族長達のお出迎えに遅れる、とお伝えする為に来たんですが。僕もこのままでは遅刻してしまうと思い、近道を走って……」
「で、ショートカットのつもりで庭の中を突っ切って来たと?」
「はい」
子供らしい考えにヤマトはくすりと笑った。
「よし、俺が親衛軍のテントまで連れて行ってやるよ」
「本当ですか!?」
ポルクルは嬉しそうにヤマトの顔を見つめる。
親衛軍の若い兵士が、黒い軍服の転生天使と親し気に話している光景に、周りの中界軍の軍人達は微笑ましそうに笑った。
「なんだよ、みんな」
ヤマトはそんな周りの男共を睨む。
「いや、レインならともかくヤマトが餓鬼に好かれてるから」
隣にいる中将が笑い声を出さないように耐えながらそう話す。
「なんか失礼ですね」
ジュラス元帥も「ハハハ……」と笑った。
「フィール元帥んとこの双子だな?」
ジュラス元帥の質問に「はい」とポルクルは返事をする。
「あとでヤマトに親衛軍まで送ってもらうといい。けどな、もうすぐゲートが開くからそれまでの間はここを動かない方が賢明だな」
「確かに、今動くと目立つぞ?」ヤマトが付け加える。
「そう、ですか……分かりました」と、ポルクルは少し考えてそう言った。
目の前のゲート設置場所がさらに光り出すのが見え始める。
その会場の動きに合わせて、後ろにいた中界軍の小隊メンバーも身を引き締めるように姿勢を正し始めた。
「ささ、開くぞ!」
ジュラス元帥は椅子から身を乗り出し、白く光り出したゲートを見つめる。
その瞬間ーーーー「…………ッ!!」
その場にいる全員が四つのゲートの先から伝わる異様な空気に言葉を失った。
ヤマトやジュラス元帥も、感じた事のある不気味な空気に身体を強張らせる。
すると能力者の演唱に合わせ、巨大に広がる四つのゲートの色が瞬く間に黒く染まっていくではないか。
それを確認した瞬間に、中界軍のテント内にいる全員が自らの腰に挿している刀を握った。
「閣下!!」
中将が叫ぶ。
「抜刀!!」
ジュラス元帥はそう叫びながら椅子から立ち上がり、自分も刀を鞘から抜いた。
その叫びと同時に、四つのゲートから何百、何千もの矢が会場全体に押し寄せて来る。
しかも矢は全て炎を纏っている。炎を纏った矢はスピードを上げ、式場の各テントへと降り注いでいく。
中界軍のテントにも無数の矢が降り注ぐ。屋根は破れ、けたたましい騒音とともに頭上が赤く染まった。
しかし全員抜刀し、身を能力で守っていた為、あたりに負傷者はいないようだ。
「閣下、この空気……」
ヤマトはポルクルを守るように立ち、矢を防ぎきると上官に声を掛ける。
「ああ、ヤマト。正解だ」
ジュラス元帥の言葉にヤマトは顔色を変えた。
中界軍以外、天界軍や親衛軍はかなりの被害が出ているようだ。あちこちで炎が上がり、悲鳴やうめき声が聞こえる。
それもそうだ、この空気。彼らは単に不気味だと思うだけだっただろう。
この空気を敵だと認識できたのは、嘗ての『全面戦争』の経験者か、はたまた『ガナイド地区悪魔討伐戦』の最前線を経験した者のみだ。
「悪魔の襲来だ……」
ジュラス元帥の言葉に合わせ、四つに分かれたゲートからは真っ白の鎧が何十、何百……いや何千と押し寄せて来るのが見える。
その瞬間、天使達の頭の中は『悪魔だ! 殺せ! 呪いだ! 殺せ!!』と悲鳴を上げ始めた。
頭の割れるような意識に、ポルクルは耐えられなくなったのだろう。その場にしゃがみ込む。
欲求に似た呪いの意識で、ヤマトは三年前の『悪魔討伐戦』の戦場を思い出した。
◇
「ささ、準備が出来たよ~」
そう言って自室から出てきたのは、真っ白な服装のフィール元帥だった。
どことなく軍服に見えるその服装を、フィール元帥は嬉しそうにカルトルに見せて来た。
「閣下……その服装は?」
言葉を聞き流し、フィール元帥は赤い手すりが伸びる廊下を歩き始める。陽気に歩くフィール元帥。カルトルはいつにもまして上機嫌な元帥を不思議そうに見た。
「何か嬉しそうですね」
カルトルの言葉にフィール元帥は「そうだよ~」と答える。
「今日はね、とっておきの日なんだ」
「とっておきですか?」
「そうだよ。十年に渡る、私の命を掛けた任務を遂行する日なんだもの」
「……?」
言葉の意味がよくわからず、カルトルは首をかしげた。
しかしそんなことなど気にすることなく、フィール元帥は廊下を歩き続ける。
そして本来右に曲がるはずの道を左に曲がった。
「閣下、会場は右ですよ?」
フィール元帥は何も答えず先を歩き小さな中庭にたどり着いたのだった。
その中庭には十数人が彼を待っていたかのように立っている。
「みんな、お待たせ!」
「はい。フィール様」
「お待ちしておりました」
何人かがフィール元帥にそう声を掛ける。そこにいたのは調理人や庭師、医者、メイド……職種がバラバラな格好をしている使用人達。
しかもその何人かは返り血を浴びていて、服を真っ赤に染めていた。
「塔の制圧は?」
「完了済です」
「ゲートは?」
「後、数分で開きます」
短くその場の者達が答える。
その言葉を聞いてフィール元帥は嬉しそうに「そうか」と言った。
「閣下……?」
後ろで会話を聞いていたカルトルは、恐怖で数歩下がる。
「カルトル。君がここに残り、弟のポルクルが会場に行った。これは君達自身が決めたことだからね? 恨むのなら会場に行くと言い出した弟を恨むんだ」
そう言ってフィール元帥は薄ら笑いをしつつ、カルトルの方へと歩みを寄せる。
「え?」
カルトルがそう声を上げた瞬間―――。
フィール元帥は彼を抱きしめる。そしてカルトルの心臓を自らの右手でぶち抜いていた。真っ白だった服は返り血を浴び、赤く染まっていく。
「ゴフゥ……」
カルトルは咳き込むように口から大量の血を吐き、その場へドサリと崩れる。
心臓を奪われ、数秒痙攣していたカルトルだったが、程なくして動きを止めた。
そんな身体を蔑むようにフィール元帥は彼を見降ろす。右手にあるカルトルの心臓は、まだ血を吐きながら脈々と鼓動を打っている。
「さて、新鮮な少年の心臓も手に入れたし、行動を開始するよ」
フィール元帥は死体をその場に残し、庭にいる数十人に嬉しそうに声を掛けた。
すると、その場にいた全員の背中に生えている白い翼は、徐々に黒へと変わっていく。
フィール元帥の翼もだ。根元の方から黒がうごめき、そしてやがては堕天使の象徴である漆黒の翼へと変化していった。
「さあ、私達の絶対的主君をお迎えしようではないか!」
フィール元帥……いや『堕天使フィール』は目を爛々と輝かせながら、真っ赤に染まる手を空へと上げ叫んだ。