第2章 22幕
双子の軍人は軍議室の大きな入り口の前で立ち止まる。
互いを見て大きく深呼吸し、コクンと頷いた。
流石に親衛軍元帥の付き人である二人でも、軍議室の中に入るのには勇気がいるようだ。
二人が軍議室に入ろうと一歩踏み出したその時を見計い、ヤマトは一番近い柱から「よっ!」と声を掛けた。
「うわあああああ!!!」
相当気合を入れていたのだろう。突然、隣から声を掛けられた二人は同じ動作で飛び跳ね驚いた。
「そこまで驚かなくても……」
ヤマトは隠れて待ち伏せしていたことを少し申し訳なく思いながら二人の前に出る。
「黒づくめ!!」
双子の兄の方、赤茶の髪の毛をしたカルトルがそう叫ぶ。
「駄目だよカルトル! 熾天使様だよ!!」
人差し指を付き出してヤマトに叫んでいるカルトルを止めようと、弟のハニーブラウンの髪のポルクルは急いで声を出す。
「お前ら……俺をそんな風に呼んでるのかよ」
ヤマトは少し可笑しくなってそう言った。
その言葉に双子はアタフタしていた動作を止める。「しまった!」と思ったんだろう、同時に固まった。
「まあ、悪口じゃなくて褒め言葉として受け取っておこう。確かに黒づくめの黒騎士様ですから」
「……」
ヤマトの顔を見て二人はそのまま固まり続ける。
そんな双子の動作にヤマトは首を傾げたが「ピコンッ!」と納得し、ニヤケ顔を向けた。
「はは~ん。お前ら俺が自分達より高位になったから、どう反応すればいいのか困ってるんだろう?」
その言葉に双子はさらに苦い顔をする。
「ま、俺は『熾天使の騎士』になったから、遠慮なく敬語は止めさせてもらうけどな。俺の方が高位なんだもんな? なんでも言うこと聞けよ」
ヤマトはそう言って双子に向かいにやあ~っと不気味に笑う。
そのワザとらしい顔に二人は「ひひいーー」と声を出し、顔色を青くさせた。
双子の反応が面白くてからかったヤマトは、流石にやり過ぎたと元の顔に戻す。
「ウソウソ。悪かった。なにもするつもりはないさ」
そう言っても双子はヤマトを睨む。
貴族様の御家柄と違い、自分は人間の死にぞこないの転生天使。天と地ほどの差がある人種が、階級で言えば逆転しているのだから二人の気持ちも分からなくもない。
それにいくら数回ほど面識があったとはいえ、二人の中では『転生天使』という人種は謎が多すぎるのだろう。
全く好かれていないことががひしひしと伝わって来た。
「で? 何で中に入ろうとしてんだ?」
そんなヤマトの質問に二人はアイコンタクトをして一瞬悩むと話し出す。
「フィール元帥を探しに来たんだよ」
カルトルが少し喧嘩腰に答える。
「また僕達の居ない間にどこかに消えてしまって。探してるんです」
ポルクルがそれに付け加える。
「ふ~ん。フィール元帥はそんなに頻繁に姿をくらますのか?」
ヤマトがまた質問すると、二人は同時にコクンと頷いた。
「すぐにどこかに消えちまうんだ。そんで急に変な所から現れる」
カルトルがぶっきらぼうに言う。
「変な所?」と、ヤマトはさらに質問を続けた。
「はい。調理場で板前と話してたり、庭で庭師と木を切ってたり……。酷い時は草むらの中で雑草に話し掛けていたりもします」と、今度はポルクルが答える。
「はあ? 元帥が?」
ヤマトの呆れた声に二人はまた同時に頷く。
それほど変わっている人じゃないとここまでのし上がってこれないのか? と、ヤマトは顎に手を当てて「ふ~ん」と言った。
そして別の疑問を二人に問いかける。
「そう言えばお前達、先月の中界軍事式典、フィール元帥と一緒に居なかったよな? どこ行ってたんだ?」
その質問にカルトルはムスッと「どこでもいいだろ!」と噛みついたが、ポルクルがそれをなだめながら「郷に帰ってました」と答える。
「実家に?」
「はい。フィール様がお暇をくれて。これから当分、親に顔を見せてやれないだろうからって」
「ほ~ん」と、ヤマトは軽く言う。
それは余りにも不自然な話だった。
軍事式典や、明日に備えた成人の儀を目前にした時期に帰省? 二人をこれから軍人として育てていくなら今城に居させる方がいいのではないだろうか?
いや、逆にこれから反政府組織との戦争を起こすとなれば……と言うのを考えてのことか?
ヤマトの頭の中で考えが目まぐるしく回る。
先ほどレインのことでフィール元帥を怪しいと思ってしまっているからか、ヤマトは少しのことでも気になっていた。
しかし、ここでそんなことを考えても仕方がない。ヤマトはその考えをすぐに取り消す。
「で? 両親は元気にしてたか?」
フィール元帥から仰せつかった任務を遂行するべく、話を伸ばす作戦に出る。
「してました。久しぶりに帰ったのでとても喜んで」
ポルクルはそう言って少し照れる。
「家族仲いいんだな」
カルトルは「フンッ」と鼻で返事をした。
「別に。父上は二言目には軍で功績を上げてこいって煩いし、母上は心配性で何かあるごとに僕にポルクルをお願いねとばかり」
「確かにそうだったかも」
「いや、仲いいよ。お前達の雰囲気見て分かる」
ヤマトの言葉に二人は同時に首を傾げる。
「お前らも仲いいしな」
二人はコクンと頷き「兄弟だもん」と声を揃えて言った。
そんな二人の幼い軍人を見て、ヤマトは微笑む。
「そうか、兄弟だからか」
その言葉には少し寂しさも交じっていた。
「……?」
切ない声に二人は不思議そうに見つめてくる。
「俺にも兄貴がいてな。お前らみたいに仲良く出来なかったから、少し羨ましくてさ」
「ご兄弟が?」
ポルクルが質問してきた。
「ああ、出来た兄貴でさ。親はそんな兄貴と俺をいつも比べてて……俺は親とも仲悪かったから余計にな」
「……」
「最後に兄貴と揉めてしまってさ、親にもそのことを酷く言われて……そのまま」
ヤマトの瞳はどこか遠くを見るように双子を見つめる。
「そんなの、謝ればいいだろ?」
こちら悲しそうな顔にカルトルは突然そう言い放った。
「悪い事したんなんら謝れよ! で、きちんと話をすればいい事だろ!?」
その言葉にヤマトは驚く。
真っすぐな、正直な言葉だった。このドス黒い軍人世界の怖さを知らない、はっきりとした意志だった。
ヤマトはそんな言葉を幼いと思いながらも、羨ましいと思った。
「そう……だな。あの時、そうしてればよかったのかもな」
微笑みそう言葉にする。
「何で過去形なんだよ。これから謝りに行けばいいだろ?」
「そうですよ。きちんと謝りましょう」
そう言って二人は応援してくれた。
気が付けばこちらに少し心を開いてくれているように見える。
「ありがとう。けどな……」と、ヤマトは残念そうに双子に笑った。
「俺はもう死んだ身だ。人間としての生き方は捨てたんだ」
「……」
二人は絶句する。
「転生天使ってのは……不便な生き物なんだよ」
ヤマトは笑い続ける。そんな黒づくめを見て二人は悲しそうに眉を下げた。
カ――ン、カ――ン。
軽い金の音が聞こえ出す。正午の合図だ。
鐘の音と共に、続々と軍議に参加する者達が入り口へと吸い込まれていく。
その参加者は皆、黒づくめを汚物を見るように睨みながら通り過ぎる。
『転生天使』『人間の死にぞこない』不気味な人種を見る目だった。
その現状を見た双子は、茫然と立ち尽くしていた。
ヤマトはそんな双子に気が付き、今度は明るい笑顔を見せる。
「さてと、俺も中に入るわ。またな、双子」
そう言ってフィール元帥の任務を果たした黒づくめは、双子から離れ軍議室へと足を運ぶのだった。