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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第2章ノ壱 熾天使の騎士編
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第2章 15幕

 レインが控え室に入ると、そこには刀に手を添え、目を閉じ精神統一しているジュノヴィスの姿があった。

 彼の姿を目にすると、レインの口から反射的に大きな溜め息がもれる。


「まさか転生天使と剣を交えることになろうとは……」


 ジュノヴィスは目を瞑ったままそう言った。


「人間からの成り上がりがどうしてここまで大きな顔をしていられるのか。シラはなぜお前を選んでいるのか。僕には全く分からないね」


 レインの小指が少しばかり動く。しかし、顔色は変えぬように身を引き締め、控え室の入り口で頭を下げた。

「失礼します」と言葉を発すると、今度はジュノヴィスが大袈裟に深い溜め息をつき、目を開ける。


「聞いたぞ。『悪魔討伐戦の英雄』だって? 馬鹿らしい」


 窓際に移動するレインの姿を見ながら、ジュノヴィスは不満そうに話しを始める。


「あの戦場で中界軍(貴様達)が一体何をしたと?」


 その質問にレインは答えることなく彼を見つめ返した。


「ベルテギウス大佐の作戦を無視し、戦場に先行突入した中界軍(貴様達)が賞賛されていると思っていること事態がおこがましい。大佐の命令通りに事を進めれば、あのように死人が出ることもなかっただろう。しかも、貴様みたいな者が英雄だと? あの戦場での英雄とはベルテギウス大佐の率いる二十四番隊だろうが」


 レインはジュノヴィスの話しを否定しそうになる気持ちをぐっとこらえながら、彼を睨んだ。

 彼の話す事は全て真実と異なる。

 あの作戦はベルテギウス大佐の思惑に中界軍が踊らされた特攻作戦だった。本隊が到着するまでの一時間。あの時間がなければ中界軍の仲間達が死ぬ事はなかった。しかし、あの時間が合ったからこそ、作戦は成功したのだ。

 ジュノヴィスはその真実を知らない。いや、上層部の者達に故意に捻じ曲げられ伝わっているのかも知れない。

 しかしレインはそれをジュノヴィスに伝えることはしなかった。


「人間の魂とは強欲な生き物よ。死んでもなお、こうやって生にしがみ付く。生きながらえ、転生天使としてこのような場に立つ。なんと愚かな生き物なのか」


 レインの顔を睨み返し、ジュノヴィスは話しを続ける。


「死を経験するとそこまで強欲になるのか? それとも人間の頃からそうやって強欲なのか?」

「…………」

「生きながらえただけでは事足りず、僕の大切なシラまでも奪おうとする……その強欲さ。もう一度死をもって償うほどの罪だ」


 そう言って彼は不適な笑みを浮かべる。


「模擬戦とはいえ、真剣での勝負。何が起こってもおかしくはない。だろ?」


 レインはそんな挑発にも顔色一つ変えず、ジュノヴィスを睨み続けた。

 ジュノヴィスはそんなレインの態度に面白くない、とでも言うように眉を動かす。

 外では最後の研究発表が行われている。賑やかに聞こえる外の音が、部屋の沈黙をかき消すように響き渡っていた。盛り上がりも佳境にさしかかり、そろそろ発表が終わる頃合いだろう。

 レインはおもむろに頭に巻いている包帯を取り始める。


「貴様……その左目」


 左目から頬にかけて刻み込まれた刀傷を目の当たりにしたジュノヴィスは、思わずそうこぼす。


「その傷はいったい……」

「姫様をお守りした時に負傷しました」

「シラを?」


 その深い傷跡にジュノヴィスは茫然とする。


「それは先月起きたテロ事件の時の話か?」

「ダスパル元帥からお聞きの通りですよ」


 レインは素っ気なく答えながら、会場へ繋がる扉に向かい歩き出した。


「お時間のようです。ジュノヴィス中尉、舞台へ」


 レインはそう言って彼を会場の入り口へと促す。

 そんな態度が気に食わないのだろう。ジュノヴィスはフンと鼻で笑うと椅子から立ち上がり、会場へ向かった。


 ◇


 太陽は一番高い位置で光を放ち、空は雲一つない快晴だ。

 レイン達が会場に姿を現すと、大歓声が巻き起る。その声がレインの体中に響いた。

 今日のメインイベント、とでも言わんばかりのその歓声で心が描き乱れる。

 ただでさえ、このような公衆の面前に立つことがレインは苦手だ。こんな見世物のように好奇の目に晒されるなど地獄と言ってもいい。

 その拒否反応だろうか。体の中を渦巻く不快な感情がさらにレインを追い込んだ。


 ――見られたくない!


 心の中で何度もそう叫ぶ。できることならすぐにでもこの場から逃げ出したい。その気持ちを押し殺すようにレインは刀の柄をぐっと握った。

 ジュノヴィスはそんなレインの事など気にすることなく舞台に上がり、涼しげな顔をしている。レインはめまいを感じながら彼の後に続いて舞台に上がった。


『さて! では参りましょう!』


 そう言って司会者が大げさに舞台で大きく翼を広げる。


 ――精神を統一しなければ……。


 レインは衆目に晒される不快感から起こるめまいと吐き気に襲われながら、大きく深呼吸をした。

 中界軍と天界軍の交流戦でもあるこの戦い。この場の全員が自分とジュノヴィスの勝敗に注目している。

 貴族階級のトップをうち負かしてはいけない。少しの間、接戦のように見せ、最後に負ける。そう、それが今回の最善の道なのだ。


 ――分かっている。分かっているんだ。


 簡単なことだ、昨年のヤマトとの模擬戦を思い出せ。あの時も同じだった。ヤマトを勝たせる戦いだったではないか。同じだ。何も違うことはない。

 吸った息をゆっくりと吐く。


『始め!』


 司会者はそう言うと舞台上から飛び降り、視界から消えた。

 目の前に立つジュノヴィスは、ゆっくりとサーベルタイプの刀を鞘から抜く。

 そして軽く息を吐くとレインに向かって走り込み、刀を振り落とした。レインは刀を素早く抜き、それを受け止める。

 激しい衝撃音が辺りに響く。

 観客席はぶつかり合う刀に歓喜を上げた。


「いくらテロからシラを守ったからと言って、今のこの状況を覆すことはできない。貴様も分かっているのだろう?」


 刀をぶつけ合ったまま、ジュノヴィスはレインに話し出す。


「貴様はこの戦い、勝ってはいけない」

「……ッ」


 その言葉にレインは一瞬息を飲む。


「僕に勝つということが、今後どのような影響を及ぼすのかは貴様も分かっているはずだ。ましてや僕に傷を負わせるなんてことになれば、目も当てられない。そうだろ?」


 ジュノヴィスが歯を見せ不気味に笑う。


「いいか? 貴様は僕に傷一つ付けられない。しかし僕は貴様に致命傷を与え死へ追いやっても何の問題もない。不慮の事故だよ。だから!」


 彼は嬉しそうに笑うと、刀を大きく振りかざし攻撃してくる。

 レインはそれを受け止め、歯を食いしばった。


「貴様はもう詰んでいるんだよ。僕と貴様の間には大きな違いがある。生きている場所が違うのだよ!」


ジュノヴィスは嬉しそうに声を上げながら何度も斬りかかってくる。その攻撃に応戦しつつレインは後退していった。


「昔からフィール元帥は気に入らなかったが、今回ばかりは彼に感謝だな!」

「ッ!」

「ほら! 反撃しておいでよ! できるのならの話だが、できないだろう?」

「ッくそ!」


 ジュノヴィスの攻撃は穴だらけで隙も多い。本来の自分の力なら、なんとでもできる相手だ。

 反撃に出ればすぐにカタが付く。

 いや、何を考えている。反撃などしてはいけない。ジュノヴィスも言っているではないか。勝ってはいけない戦いだと。


 ――このまま負けなければ……。中界軍の為に俺は……。


 様々な思考を巡らせている間にレインが押され始める。


「ほら、彼女も見ている」


 ジュノヴィスの言葉にレインは視線を動かす。その先の観客席に不安そうなシラの姿が見えた。


 ――このまま負けてしまえばシラの側に居られなくなる。それでいいのか? いいわけがない! けど……。


 何度目かのジュノヴィスの攻撃をかわし、レインは数歩交代すると間合いを取るように動いた。

 お互いが向き合うように立つと、歓声がより一層会場を覆う。


「さあ、そろそろ余興はおしまい」と、彼は嬉しそうに笑った。

 歓声の中でジュノヴィスの言葉を耳にできるのはレインだけだろう。


「貴様が箱庭に来たことでシラはおかしくなった。貴様が現れた事で全てがおかしくなったのだ。一度死を経験している転生天使なら、もう一度死ぬことなど容易いはず。僕とシラの今後の為に死ね!」


 ジュノヴィスは刀に炎を纏わせてレインに向かい斬り込んで来る。

 レインはその攻撃を自らの刀で弾き返し、かわした。

 刀に殺意が込められているのが分かる。本当に彼はレインを殺しに来ている。

 しかしその刃には必要な意思が見えなかった。

 ジュノヴィスの刃にないモノ。それは覚悟だ。人の死を背負う覚悟。それが見えない。

 レインは彼に向かって踏み込み、刀を振り下ろした。ジュノヴィスはそれをしっかりと受け止める。しかし、レインはそのまま刀に体重を掛け、彼に近付いた。


「なッ、なんだ? その眼は!」


 間近で見た金色の瞳にジュノヴィスは思わず叫ぶ。不気味なまでに落ち着きを取り戻したレインの反撃に恐怖を覚えたのだろう。急に彼の顔が青白く染まった。


「転生天使の分際で! 僕へ反撃など!」と、悲鳴に似た声を出しながらジュノヴィスは二歩後退する。

 レインはそんな彼の瞳をさらによく見ようと顔を近づけ、右目を大きく見開いた。

 ジュノヴィスの瞳の先に恐怖の色が見える。転生天使への恐怖、死への恐れ。そして本来軍人である者には見えるはずの『他者の命を奪う覚悟』が彼の瞳の中には見えなかった。


「貴方は人を殺したことがないのですね」

「……ッ!」


 突然の言葉にジュノヴィスはさらに動揺する。


「やはり」と、レインは彼の刀を弾くと数歩離れ、体勢を整えた。

「それがどうした! 僕は『熾天使の騎士』だぞ? この先、僕の言葉一つで軍は動き、戦場を駆け巡ることもできるようになる。そうなれば僕も」


 ジュノヴィスはその先を言わなかった。言葉にせずともその先は分かっている。


「戦場を駆け巡れば誰かを殺すことなど容易い」と言いたいのだろう。なんとも浅はかな考えだ。

 レインはそんなジュノヴィスへ刀の先を向けると、落ち着く為にゆっくりと深呼吸をした。

 そして目の前にいる、今倒すべき人物を見据える。


「そうさ! 騎士に任命されれば、僕はいずれ戦場を駆け巡る。天界天使がいかに優れた種族かを少数民族(ビースト)や地下界軍(悪魔達)に知らしめてやるのさ!」

「そんなことにはなりません。そうならないように今、彼女は努力しておられる」

「シラが?」


 嬉しそうに話しをしていたジュノヴィスは、レインの言葉に驚き眉を歪めた。


「彼女は自分の力で世界の在り方を変えようとしていらっしゃる。街に出たのも軍議に出るのも政を行うのも。彼女が世界を愛し、この先の戦場を作らないようにする為のもの」

「はッ? 何と馬鹿馬鹿しい! シラは最高血族の姫、最神という椅子に座っているだけでいいのだよ」


「……なに?」と、レインは驚きのあまり聞き返す。


「彼女はあのままでいいのだよ! 僕が騎士になれば政は全て僕が受け持つ。彼女は今まで通り、ああして座っていればいい」


 ジュノヴィスは嬉しそうに歯を見せ笑いながら話しを続けた。


「シラは僕と叔父上が目指す先を見ていればいい! 僕と叔父上でこの天界をより良き世界にしていくのだ!」

「それは、戦争も厭わない……ということか?」

「もちろん。戦をして、この世界で僕達に相反する者どもを殲滅することは大切な事さ。戦としての恐怖とはこの世で最も必要なこと。彼女の母である先代最神はなかなか戦をしなかった。それでは駄目なのだよ! それでは貴族や軍に逆らうと恐ろしいという意識を民や反政府の奴ら、悪魔にも植えつけられないからね。

 だからシラは僕の隣にいればいいんだ。何もしなくていい。『最神』という血筋を守ってくれさえすれば。

 それには貴様の存在は邪魔なんだ! 貴様がシラに余計な知恵を与えたのだろう? だから彼女は変わってしまった。あのままの彼女でよかったのに!」

「…………」


 ジュノヴィスの叫びに近い声を聞き、レインは突然構えていた刀をゆっくりと下ろす。そしてうなだれたように地面を見つめた。


「どうしたのだい? 彼女の為に死を覚悟したのかな?」


 彼は黙ってしまったレインにそう言葉を掛ける。

 しかしレインは反応することなくピクリとも動かない。そんな姿を見てジュノヴィスは勝ち誇ったように笑った。


「そう、それでいいんだよ。貴様達はそうやっておとなしく純血の僕達の言うことを聞けば」

「お前は彼女の夢を侮辱した」

「……なに?」


 急に言葉を発したレインにジュノヴィスはわざとらしく首を傾げる。

しかしレインは顔を下に向けたまま、それ以上の動きを見せない。


「聞き取れないな。シラへ向けた最後の言葉かい?」


 ジュノヴィスは刀を構え直し、鼻で笑う。

 その瞬間、舞台上の空気が一気に冷え込み始めた。晴れているはずの空に雪がはらはらと舞い、薄らと霧が漂い出す。


「な、何だ?」


 突然の出来事にジュノヴィスは驚きを隠せず叫び、急激な温度変化に身震いをした。


「き、貴様! な、何を……。僕に傷をつけることは許されないんだぞ?」


 あまりの不気味な空気に、彼はたじろぎながら数歩下がる。

 冷気が舞台上を覆い、その冷気と共に殺気がその場に淀み出した。


「貴族だの、天界軍だの中界軍だの……もうやめだ」


 冷気の中心に佇むレインがぼそりと言葉をこぼす。


「な、なに?」

「お前はシラの夢を侮辱した」

「な、何の話だ? シラは……」


 突然のレインの豹変にジュノヴィスは言葉を詰まらせる。


「俺に死を覚悟しろと言ったのなら、お前も死を覚悟しているんだよな?」


 レインはそう言ってゆっくりと顔を上げた。金色の右目が不気味に光る。

 その不気味な瞳にジュノヴィスは口をパクパクとさせた。


「じゃあ、俺はお前を殺してもいいんだよな?」


 ◇


「あいつ……」


 シラは会場に少しずつ広がる冷気を肌で感じながら、声を上げたヤマトの顔を見上げる。

 彼はいつもと違い余裕のない表情を浮かべ舞台を見つめていた。


「ヤマト?」

「ジュノ坊っちゃんは一体何を言ったんだ?」


 ヤマトはそう言葉をこぼし、大きく溜め息をつく。そしてシラの方を向いて苦笑いをした。


「ま、きっと君のことだろうが……」

「それはどういう意味ですか?」


 ヤマトは緊迫した空気のまま、舞台へ向き直る。


「シラ、俺が合図したらこの戦いを終わらせるんだ」

「私がですか?」


 ヤマトの真剣な面持ちに問いかけると、彼はゆっくりと頷いた。

 舞台上は白い霧で覆われ、辺りには雪が舞っている。おそらくレインの能力だろう。

 ジュノヴィスが何かを叫んでいる。しかしその言葉はここからでは聞こえない。


「そう、君じゃないと終わらせられない」


 ヤマトは舞台から目を離す事なく、言葉を続ける。


「レインがキレた……」

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