第2章 9幕
三人は重い足取りで神殿を後にし、サンガの元へと戻る。口数の少ない三人の様子にサンガは不安そうにしていたが、何も言わず箱庭へと案内してくれた。
箱庭に戻った三人は各々の定位置へ。シラは書斎のデスク、レインは丸テーブルの自分の席、ヤマトはその隣のソファーで、サンガが入れてくれた紅茶を飲んだ。
紅茶が身体を温める。一息付いたところでヤマトが大きく翼と共に伸びをして話し出した。
「で? 姫さん的にはさっきの話、どう思う?」
「どう? とは、なかなか難しい質問ですね」
シラはティーカップを見つめながら口を開いた。
「巫女様には何度かお会いしたことがありました。お告げも今までに二度聞いています」
シラは紅茶の中を見つめながら溜息を付く。
「でも、今までは『昨日起きた出来事はこういう事があったからだ』とか、私が悩んでいることを『あまり深く考えるな』とか……何ともあやふやな言葉ばかりでした」
「占いみたいなものか」
「はい。今回のような、はっきりとした先読みは初めてで……」
「転生天使の人間の死を予知する『能力』とも系統が違うのか?」
レインがその話に入る。
「それは別だろう。人間は天界とは次元が違うから魂の響きが違うらしい。転生天使は元人間だからその響きを感知することが可能なんだって役所の連中が言ってたぞ」
「なるほど」
「それにしても、スケールがデカすぎて頭が付いて行かねぇ!」と、ヤマトは溜息を付き、ソファへと倒れ込んだ。
「そうですね。私のように血族の因果(ゼウスの祖先)があるならまだ分かりますが、二人にもその『世界を変える力』があるというのは……」
「だな」
横になったヤマトが返事をする。
「案外、俺もレインも前々前世あたりで何かやらかしてるかもよ?」
「また突拍子もない」
レインがヤマトの話に呆れ顔で答えた。
「前世ですか?」
シラがその話に食いつく。
「そっ! 転生天使達の間ではそういう考え方が根本にあるんだよ」
「と言うと?」
「転生っていうのは魂の循環だ。人間として死を経験した転生天使はもう一度死を経験すると、元の人間の身体へと生まれ変わるってのが転生天使達が考えてる説。
人間はいくら転生天使になっても、また人間に生まれ変わる。
天界天使は死んでも天界天使に生まれ変わる。
何度死んでも魂はまた同じ種族に生まれ変わるってこと」
「はい」
「けど今回の古き時代の話を聞いたら、その説も怪しいな」
レインがヤマトの話に入って来る。
「そういうこと! 人間を中界に落とした時に、魂の循環を初代最神が自らの力で歪め、人間に生まれるはずの魂を転生天使にすることに成功した。
初代最神が魂の循環事態を変えたのなら、天界天使から人間、人間から天界天使という魂の流れがあってもおかしくない。死んでも必ずしも同じ種族に生まれ変われない……って話だ」
「なるほど」
「あと、転生天使の間では前世に悪い事をした者は、新しい身体に生まれ変わるとリスクを背っているとか、前世で結ばれた相手と生まれ変わっても結ばれるとか、何かしら影響があると考えられてる。いい意味でも悪い意味でも前世からの『恩恵』があると考えられてるんだよ」
「その話しは今回の話と何か関係があるのですか?」
シラがヤマトに向かって首を傾げる。
「つまりだ。シラみたいに血族の流れ以外にも、古き時代に何かを起こした魂が世界の循環から外れて別の種族に転生し、『世界を変える力』を持った者として生まれる可能性もあり得るってこと。そして、過去からの恩恵でその力を持った者がここに集まっている」
「それが俺たちと言いたいのか?」
レインがヤマトの仮説に不満そうに言った。
「お前も聞いただろう? 『お三方がこの地に集結したことは偶然ではない』って。それって世界を動かす為に俺とレインはこの地に招かれたということじゃないのか?」
「全ては災いが起きる前兆と?」
「全てが……とは言えないだろうけどな。なかなか筋は通ってると思うが?」
ヤマトの話しにシラは何度もうなずき「なるほど」を繰り返す。
「それも仮説だろ?」
レインは大きな溜息を付き、頬杖を付いた。
「前世で何かを起こした魂は、現世でも恩恵があるって話を前提にしたとしても、その仮説はスケールがでかい」
「確かに。けど、その方が面白いだろ?」
ヤマトはソファから起き上がり、悪だくみを思い付いた子供のようにニタリと笑った。
「面白い……ね」
レインのじとりとした睨みをヤマトは更に笑みで返す。
「シラはどう思う?」
ヤマトの問いかけに紅茶を眺めていたシラは眉を下げた。
「正直分かりません。確かに面白い仮説ではあります。天界では魂の循環より、血族を大事にする傾向がありますので、興味深い話でした。過去に起きた出来事の恩恵が今世にも残る。その恩恵により私たちは出会った。そう思うと私がお二人をこの箱庭に呼んだのも、正しい行いだったのかなと思えます」
「だろ?」
ヤマトはシラの回答を聞き嬉しそうに言った。そんな時だった。部屋の入り口がノックされる。
「はい」
サンガが声を掛けると、ワインレッドのポニーテールが世話しなく中へと入って来た。
「あれ? エレア何してたの? この大事な時に」
ヤマトがエレアに向かって皮肉を言う。
「私も緊急事態だったのだ」
エレクシアは険しい顔で入り口付近に立つと、息を切らせながらキツイ口調で言い返す。
「姫様! サンガ!」
エレクシアの突然の叫びにその場の四人が驚く。
「どうしたのです? エレア」
シラが不安そうにエレクシアに聞く。
「緊急事態です!」
エレクシアはそのまま大きな声で叫ぶ。
「ジュノヴィス中尉所属の部隊が中東視察任務を終え帰還! もう間もなくこちらに!」
その叫びにシラとサンガはさらに驚き顔を歪ませた。
「もう帰還ですか?」とシラは溜息を付き「帰ってきましたか……」とサンガは目を伏せる。
三人の顔つきにレイン、ヤマトは呆気に取られてしまう。
「ジュノヴィスって、俺達と同じ熾天使の騎士の仮就任してる奴だよな?」
「はい」
シラが苦い顔をして、ヤマトの言葉に頷く。
「そして天界軍ダスパル元帥の甥にあたる人物です」
サンガがその言葉に付け加える。
「へ~じゃあ将来の出世柱なわけね」
「なんですが……」
サンガが眉をへの字にして残念そうに話した。
「その……失礼ながら、少し変わった御方でして」
「いや、変わったと言うレベルではない。世間知らずのお坊ちゃまが……」
エレクシアが苦い顔をし歯を噛み締める。
「そして、私の……」
シラが言葉を詰まらす。
「私の許婚です」
「……は?」
シラの言葉にレイン、ヤマトは情けない声で言葉を発した。
その瞬間、エレクシアの後ろに位置する部屋の入り口がバーーーーーーンッと激しい音と共に開かれる。
「シラ! 僕が帰ったよ!」
扉から大きな甲高い声が叫ばれる。
「元気にしてたか……ぃ?」
次に叫んだその言葉は徐々に細々くなり、語尾が消えていく。
言葉を発したその人物は、アッシュグレーの髪色に黒の瞳。レインやヤマトに近い年齢だろう。身体はヒョロヒョロでグレーの軍服が何とも品祖に見えた。
しかもそのグレーの軍服を自分流にアレンジしているようで、首元や袖などにはレースが施されているのが見える。
「ん? その男達……誰?」
ジュノヴィスはポカンとした顔でそう言うと首を傾げた。