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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第1章 天界軍人編
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第1章 2幕

 レインは自室の扉を開けて無機質な廊下へと出た。

 昨日の話を思い返すと足取りは自然と重くなる。

「詳しくは本人に会ってから」なんて軽い声で吐くヤマトの顔が何とも憎らしく、脳裏に焼き付いている。


 ――なにが本人だ。『親衛軍フィール元帥』なんてこの世界の上から数えた方が早い貴族だぞ?


 しかも護衛する本人『最神』とは世界の頂点にいるお方。貴族の最高血族であり、人間界で言う『唯一神』そのもの。そんなお方の護衛なんて。


「何でまた俺なんだよ」


 独り言を吐くレインの顔色はかなり悪かった。

 人間の頃は母親から逃げ、天使になっても戦場で起きた出来事への罪悪感から軍を逃げ出した。こんな残念な転生天使を捕まえて……。

 そんなことを考えながら役所の大広間を抜け正門まで歩くと、そこにはすでに黒ずくめの軍服を着たヤマトの姿があった。


「お? 早いな」


  そう声を掛けられたが、挨拶をする気力はさらさらない。


「行くんだろ?」


 無愛想な言葉を受け、ヤマトは「全く」と肩をすくませながらレインの前を歩き出した。


「ゲートで一気に登城手続きの入り口まで飛ぶぞ」


 そう言ってヤマトは日頃歩くことのない方向へ向かう。

 昨日の話では最神が「城下町をお忍びで歩きたい」と言い出した為二人で護衛しろ、という単純かつシンプルな任務だった。

 一年前の式典での出来事でフィール元帥が二人を気に入りその話をしたところ、ぜひ二人に任せたいと最神自らが言い出したらしい。


「にしても腑に落ちない」


 ヤマトの後ろを着いて行くレインは小さく呟いた。


「お前の言いたいことは分かる」


 ヤマトは後ろを振り返ることも、歩くスピードを変えることもなく答えた。


「確かに一年前の式典にフィール元帥はいらしたし、俺の階級特進の話が来たりで想像以上の反響があったわけだが……。わざわざ軍を辞めたお前を呼び戻してまで、俺達をこの任に就かせる意味が正直不明だな」

「……」

「でも政界が絡んできているのは間違いないからな。我らが『中界軍ジュラス元帥』が、中界軍の立場を向上させるプロセスの一つとしてフィール元帥に何かを言ったって線は大きい」

「だとしても親衛軍のフィール元帥と、中界軍のジュラス元帥だけで決まったことではないだろう?」

「まあな。『天界軍元帥ダスパル閣下』も絡んでるだろうな」


 ヤマトの言葉にレインはゴクリと唾を呑む。

 この世界を統べる軍のトップの名前が会話の中にずらりと並ぶ。それだけでもレインはもう気が引けてしまっていた。しがない元人間の、元軍人に成り下がった者が聞く話ではないだろう。

 そこまで話すと二人はゲートのある広場にたどり着く。その前には大きな木造の入り口があり、槍を構えた天界軍の兵士が立っている。

 ヤマトはその軍人の横を何食わぬ顔で通過した。グレーの軍服に身を包んでいる軍人は、穴が開くのではないかというぐらいヤマトを睨みつけている。

  無理もない。転生天使に対しての差別はレインも今まで痛いほど経験してきた。その転生天使が登城用のゲートへ向かう姿など、天界軍からしたらどれだけ憎たらしいものだろうか。

  二人はそのまま広場の中央に設置されたアーケード状のゲートへと向かう。不気味に光るゲートの先には、この場とは違う別の景色が見えていた。

  ゲートとは天使の能力を使った『空間転移装置』だ。幼い頃好きな所にすぐに移動できるテレビの中のSF作品などに心奪われたなと思い返す。実際のゲートは設置や空間を維持するのにかなりの能力や技術を使う為、そう簡単にはいかないのだが。


 ――ゲートをくぐってしまえば、いつこちらに帰って来られるか。自分はとんでもない所に行こうとしている。あのまま逃げきっていたら……。


 ゲートを前にして苦い顔をしたレインの心の声を察したのかヤマトは溜息を付いた。


「こんだけ大きな命令だぞ? 逃げられるわけないだろ? 中界軍はお前を地の果てまで追いかけるぞ」

「最悪だ……」

「俺は寧ろシメたと思ったね! こんなビッグチャンス二度とない。政界のお偉いさん。しかも俺達の絶対的存在、人間が祈る唯一神。天界貴族序列第一位・天界軍総司令官・最神だぞ!」


 ケタケタと笑う黒い背中を見て、レインは「こいつは出世しか見えていないのか?」と心の中でつぶやいた。


「俺はすでに二度最神に会ってる。しかもだな……」


 そこまで言ってヤマトはゲートをくぐりながらレインに振り返る。


「いや、これは後のお楽しみだな」


 ヤマトの『なんでも知っている』と言わんばかりの不気味な笑みを見て、レインは嫌々ゲートをくぐりきった。


 ◇


 ゲートを抜けるとそこには大きな石畳でできた階段が遥か先まで続いていた。

 その先にそびえ立つ巨大な城は日本や中国を思わせる造りだ。ヤマトはそのまま階段を進んでいく。レインも続いて歩くが、初めての天界の都に緊張が隠しきれない。

 階段を数段上がり後ろを振り返る。そこにはゲートのある場所が階段の中間地点と分かる風景が広がっていた。下にはいつまでも続く石畳とその脇に城下町の街並みが見える。

  建物は日本家屋を思わせるものが多い。日本、中国、ベトナム……アジア系の街並みに似ている。屋根は瓦屋根で壁も漆喰に近い。

  その屋根から羽を広げて下層に下っていく天使が何人か見える。賑やかな音が遥か下層からかすかに聞こえてきていた。

  天界は『飛行病』の為、飛行禁止だ。大昔の悪魔との大戦で魔王が天界での飛行を無効にする『呪い』をかけた為、飛行能力が低減されたと言い伝えられている。実際、翼を使っても人間界のような跳躍も飛行も出来ない。飛び立とうと翼を羽ばたかせると、吐き気やめまいといった症状が起きるらしい。

 その為、翼を使えるのは高い場所からの滑空のみで、天界の街並みはそれを活用できるように工夫されている物が多い。

 レインは街並みを眺めつつ『天界最大の都』という言葉が相応しいと思った。


「おい、行くぞ」


 足を止めていたレインに向かってヤマトが振り向き声を掛ける。


「ああ」と、レインはそれだけ答え前を向いた。

「ゲートから上は神々の住む地区だ。まあ、神々……と言うか今は貴族って呼び方だな、そのお偉いさんが住んでるわけだ」


 ヤマトが階段を歩きながら淡々と話していく。


「神だの天使だのって名ばかりだと転生してよく分かったよ。人間は何で同じように生きて、文明を築いている神や天使なんて人種をあんなに崇めてるのかねぇ」

「それをここで話すか?」


 レインは焦りを感じ、ヤマトの発言を止める。


「おっと失礼」


 そんなレインの声にヤマトは小さく笑った。


「で、この貴族の住む地区からさらに上が、この世界の政治やら軍事やらをしている区画だな。もうこの辺りからはゲートがむやみに開けられないようになっている。まあ、ゲートなんて能力者が数人体制で発動、維持しないといけない代物だし、座標が的確でないと開けられないからな。そうそう敵が踏み込んで来ることはないだろうけど」

「どうやってゲートを開けられないようにしてるんだ?」

「そりゃ各方位に能力者がいて、二十四時間、三百六十五日、監視しているのさ」


 レインの質問にヤマトは一番近い塔を指差した。


「ゲート管理は親衛軍の仕事だな」

「なるほど」


 辺りに目を奪われているレインをよそに、ヤマトは先へと進む。


「さて、ここから城だぞ」


 ヤマトの言葉にレインは再び大きな建物に目を向けて歩く。

 階段を上って行くと、そこには転生天使の役所よりさらに大きな門が立ち構えていた。門の周りは活気があり、門番が一人ひとりに入場許可証のようなものを提示させているのが、この場所からでも見える。


「これは裏門。正門はこの真反対にあって、さらにでかい。こっちだ」


 ヤマトはその裏門をくぐることなく横切り、外壁に沿って歩いて行く。レインも後を追った。その先にはさらに小さな門があり、入り口には同じように門番が立っていた。彼らもヤマトの黒い軍服を睨んでいる。

 そんな睨みを効かせている門番にヤマトが口を開きかけた時「ヤマト中尉、お久しぶりです」と誰かが門の向こう側から声を掛けて来た。

 その声の主は門番の横をするりと抜け、ヤマトの前に現れる。

 ダークグリーン色の軍服を着こなす親衛軍の青年。オレンジの髪にエメラルドの瞳。耳には大きなピアスが光っている。レインより少し年下か同じ年頃だろう。


「お! 久しぶりサンガ」


 ヤマトの言葉にサンガと呼ばれた青年は、エメラルドグリーンの瞳を輝かせながら大きく敬礼した。


「はい!」


 その声にはっきりとした若々しさがある。


「そちらにいらっしゃるのが……」

「ああ、レインだ。今日から頼む」


 ヤマトの声にレインはサンガに頭を下げた。


「レインです。よろしくお願いします」

「天界親衛軍二番隊所属サンガ・スヴェルグフク少尉です。よろしくお願いします。レイン少尉」


 サンガはこちらにも敬礼をした。姓を名乗ったということは、貴族出身の軍人なのかとレインは畏まって話をする。


「自分はもう正式な軍人じゃないですから呼び捨てで構いません。それに敬語はお止め下さい」


 レインの言葉にサンガは首を振る。


「そういうわけには参りません。聞けば、私よりも早く入隊なさっておられるではないですか。私は敬語でお話させてください。寧ろレイン少尉こそ、私に敬語など無用です。お気遣いなさらず」


 そう言われレインは少したじろぐ。ヤマトはそんな困った顔をしているのを見て、面白そうに笑い出した。


「言った通りにしてやってくれ。こいつは真面目なんだよ、お前と違って」

「いやぁ……」


 レインの渋る顔を見てヤマトが付け加える。


「貴族出の軍人だからって気負いする必要もないさ。そんなことを気にしていたらこの先、皆そんな奴らばっかだぞ」


 ヤマトの言葉にレインは頭を掻きながら大きく溜息を付く。


 確かに親衛軍は貴族からの出身者で結成されている。姓なしの転生者である自分達が失礼な態度は取れないだろうと身構えていたのだが……。

 レインは数秒悩み、ヤマトに従うことにした。


「分かった。じゃあサンガこれからよろしく。だが、少尉は止めてくれ」


 レインの言葉にサンガは嬉しそうに笑い「はい!」と答える。


「中へどうぞ。最神様の住む『箱庭』までご案内します」


 サンガが歩き出しながらそう言った。


「箱庭?」


  レインは聞き慣れないその言葉を口に出す。


「はい、最神様の住んでおられる区画は関係者以外立ち入れない場所でして、城の中庭のさらに中心にあります。皆はそこを箱庭と称しております」


  サンガの言葉にレインは「なるほど」と返した。


「今回の任務は極秘な為、軍人達や元老院様方に遭遇しては厄介です。狭い路地や裏通りを歩きます。少しご辛抱を」


 サンガはそう言い狭い路地へと曲がる。そこからは三人とも無言のまま歩き続けた。

 所々で城で働いている親衛軍や議員などが大通りを歩くのを見かけた。どの人も綺麗な身なりで、忙しなく歩いている。そんな天使達に出くわさないように、サンガは道を変えつつ二十分ほど進んだ。

 レインは何度目かの曲がり角で道を覚えるのを諦めた。もう一人では戻れないと腹をくくる。

 そんな時、狭い路地から一気に視界が広くなった。中庭に出たのだろう。建物がひしめく城の真ん中に木々が姿を現す。


「こちらです」


 サンガは森の入口にある小川の橋を渡りながらそう言った。


「この箱庭まで来れば謁見許可のない者達は立ち入ることはできません。我々限られた親衛軍の隊員と、最神様のお世話をする天使達だけです」と、そのまま飛び石が続く道を歩く。


 三人が進んでいく先に建物が見えた。日本や中国を思わせる建築物が何棟かに分かれて建てられている。そこが最神の住む処なのだろう。


「本当は先にダスパル元帥とフィール元帥に謁見する予定だったのですが、お二人とも急な会議にご臨席でして……最神様が先にお会いしたいと」


  サンガが到着した家屋の前に立ち、ドアノブに手をかけながらそう話した。

  そしてノックの後、扉を開けサンガはゆっくりと一礼する。


「失礼致します。お二人をお連れ致しました」

「はい。お待ちしていました」


  返ってきたのは透き通るような女性の声。ヤマトもサンガと同じように頭を下げる。その行動に続きレインも頭を下げた。


「中へどうぞ」


 女性の声を聞きサンガとヤマトは部屋の中へと入る。そんな二人に続こうとレインは頭を上げ部屋の中を見た。

 中は壁が全て本棚になっており、四方は本で埋め尽くされていた。真ん中には大きな書斎デスク。

 そのデスクに合わせるように、巨大な背もたれのある椅子が置かれている。

 その大きな椅子にはレインと同じぐらいの歳の小柄な女性が座っていた。

 スカイブルーの長い髪を横でゆるく三つ編みにし、真っ赤なリボンでくくっている。最神の象徴である額に埋め込まれている水晶は瞳と同じアクアブルー。着物に似た丈の長い天界独特のドレスに身を包み、姿勢正しく座るその姿は気品に溢れていた。

 レインはそんな彼女に一瞬で心を奪われ、見とれてしまう。

 なんだか懐かしいような、寂しいような、そして待ちわびた再会のような……心に何か新しい感情が湧いてくる。見たことのないはずのその子の顔が何故こんなに懐かしいのだろう。


「ヤマト、お久しぶりです。そしてレインはじめまして」


 彼女に言葉をかけられ急に心臓が高鳴る。レインは動揺を隠しきれずたじろいだ。


「え、あ!」


 突然声を掛けられたレインは、焦りを隠しきれず言葉にならない声を出す。


「ぷっ」とヤマトが噴き出した。

「シラ、こいつ君の顔見て照れてるぞ!」

「え! なっ!」


 隣にいるヤマトの言葉にレインはさらに焦る。


 彼女は「え?」と、いう風に首をかしげた。


 



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