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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第2章ノ壱 熾天使の騎士編
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第2章 6幕

 ガチャガチャと音を立てながらピンセットをバットの上に置くと、白衣の男性は大きな溜め息をついた。


「終わったよ」


 その男性は面倒くさそうに話すと、使い終わった道具を片付け始める。


「ありがとうございます」


 レインはその男性に深く頭を下げた。

 ここは城内の治療室。パソコンもレントゲンもないデスクで、医師の男性は羽ペンを使いカルテを書いていた。


「能力で君の治癒能力を高めているが、深く傷ついているからね。なかなか回復はしないだろう」

「はい」

「それに君達の世界と違って、天界の医療はもっぱら能力で本人の治癒力増強を主にしているから、簡単に義眼を作る技術はないからね。そう直ぐには入れられないよ」

「大丈夫です」

「最神様の式典に間に合わないかもしれない。そこは諦めてもらうからね」

「それは仕方ないです。このまま出席します」


 淡々と返事をするレインに医師の男性は不思議そうな顔をする。


「自分の身体の事なのにあっさりなんだね。転生天使とはみんなそうなのかい?」

「いえ、まさか」と、レインは医師の質問に笑って見せた。

「自分がそういう性格なだけです。仕方ないことをグズグズ言うつもりはありませんし、受け入れる方が話が早く回る」


「確かにそうだ。最もな意見だね」と、医師はカルテの続きを書き始める。

「人間として死んだ時、起きてしまったことをいつまでも悔やんでいたら辛いだけだと痛感しました」

「そうでもしないと自分自身を保てなくなる……ということかな?」

「ですね。自分ではどうしようもできない事はこの世に多くある。それに悩み苦しむより、仕方がないと割り切るしかない。自分はそう思っています」


 レインは少し悲しそうに微笑む。


 そんな顔を見た医師は何か物いたげに眉を動かし溜め息をついた。そしてまた先程と同じようにペンを走らせる。

 そんな医師を眺めていると、後の扉に影がゆらゆらと揺れるのが目に入った。その影はレインが気づいたのを察したのか、急いで物陰に隠れる。

 ペンを走らせ続けながら、医師が口を開く。


「君がここに来るようになってから仕事が捗らないよ。全く……」


 その言葉に合わせるかのように、隠れた物陰がそっと覗き込んで来る。

 しかし、レインと目が合うと「キャッ」と声を上げ、また視界から消えた。


「目が合った!」「嘘?」「睨まれてるんじゃない?」という声にレインは溜め息をつく。

「看護師達が君を怖がって仕事をしない」


 医師はそんな光景を見ると面倒くさそうにつぶやいた。


「何で転生天使なんぞの治療を城内で行うことにしたのか……最神の考えは分からないね」

「すみません」

「まあ、私は目の前の怪我人を治療するだけなのだがね。しかし君のようなイレギュラーは周りの者達に少なからず影響を及ぼす」


 医師は物陰に隠れた女性スタッフを呼びつけ、書き終えたカルテを手渡す。女性のスタッフはレインを警戒しながら、できるだけ近づかないように距離を取り別室へと消えて行った。


「転生天使……君達の生体を我々はまだ良くは知らない。だからこそ、長年蓄積されてきた心像でしか我々は君達を見る事ができない。得体の知れない君達への恐怖は彼女達のような若い世代にも継がれていってしまう。残念だけどそれが今の世だよ」

「はい。分かっています」


 先程と変わらぬ反応しかしないレインを見ると、医師はやれやれと首を振った。


「私がここまで転生天使(君達)をさげすんでも君は全て仕方がないで済ますのかね?」

「そうですね。自分はそうする以外の術を知りません」


 レインがそう答えると、医師はもう一度大きな溜め息をついた。


「全く……年齢にそぐわない考えだ。悪いが、僕にとっては君のような若い子がそんな考えに至ってしまったという事だけでも不気味だよ。どんな生き方をすればそうなるのか……と言うのは聞かないでおこう。君の過去を聞くのも恐ろしい。転生天使……というか、そこは君自身の問題だろうが」


 医師はそこまで話すと羽ペンを置くと手をシッシッと動かした。


「ほら、診察は終わりだ」


 レインは座っていた椅子から立ち上がると、目の前の医師に頭を下げ入り口へと向かう。


「また三日後に来るんだよ。いや、別に来なくても構わないが」


 背中に掛けられた医師の声に「はい、来ます」と、振り返り返事をする。

 すると物陰に隠れるスタッフがこっそりこちらを見ているところだった。

 レインがそれを見つめると、彼女達は悲鳴を上げ物陰に消える。そんな光景にレインは寂しげに微笑む。

 そして出入り口の扉をゆっくりと閉め、黒の軍服を翻しながら治療室を後にした。


 ◇


 ブーツの音が響く。

 城内の少し入り組んだところにある治療室は、箱庭からは遠い場所に位置する。

 レインは城内の渡り廊下を進み、箱庭へと急いだ。

 片目を失ってもう二週間が過ぎようとしている。

 昔からの運動能力や瞬発能力の高さから、片目の視力を失っても日々の生活や戦闘技術に関してはなんの問題もない。

 レインが気にしているのは見た目だった。

 黒の軍服に若草色の髪、そして左目を隠す包帯。そして中界群の証である黒の軍服。

 見て下さいと言わんばかりの恰好に、さしずめ『自分は中界軍宣伝用のピエロなのではないだろうか』と思い続けている。

 医師も話していたが、天界の医療は人間界より劣っている。それは天使には能力が備わっている為、治癒能力増強法である程度補えるからだ。

『治癒力増強法』それは自分の能力をぶつけ、相手の治癒能力を上げる事。人間界の空想の産物である『回復魔法』などに近いかもしれない。

 しかし一度無くなったものを復活させることはできない。例えば心臓、骨、神経、眼球などだ。

 中界の医療の場合は移植や本物に近いものが開発されている。その部分に関しても人間世界ではすでに人工技術が発達している。人間の方が遙かに医療は進んでいた。


 ――人間界の医療技術があればこの目の治療も少しはマシだったのかもしれない。


 レインは消えてしまった左目の眼球を探すように顔を撫でた。傷口に触れると痛みが走る。生きていることを感じる痛みだ。


「おい、あれ……」

「ああ」


 グレーの軍服の兵士達がレインの横をすれ違いながらこちらを伺うように話す。

 遠くでメイド達がひそひそと小声で見ている光景が目に入る。

 城内を歩く度にさらされる視線にレインは日々悩まされていた。


「ああ……もう」と、小さくぼやく。


 ある程度覚悟はしていた。天界軍や天界天使達からの迫害はいつもの事だった。

 しかし今は違う意味合いを持つ視線も注がれていた。『熾天使の騎士』という大きな肩書だ。

 転生天使である中界軍の男が、最神直属の騎士になるなど異例のこと。

 今一番注目されている自分が城内を歩けば、このような状態になるのは分かっていたつもりだった。しかし、予想を上回る現状にレインの精神状態は完全にやられていた。


 ――どいつもこいつもコソコソと……。


 すれ違う度に向けられる視線。建物の片隅で話す息づかい。それら全てが気になる。

 先程の医師のように、はっきり面と向かって言ってくれる方がまだ有難い。こちらもなにかしらの対応ができるからだ。

 この現状も仕方がないと言ってしまえば終わりなのだが……。

 そんな苦痛の中城内を歩き、レインはなんとか木々の覆い茂る光景を見つける事ができた。そのまま廊下を抜けると、芝生へ足を付け『箱庭』と呼ばれる最神の世界へと足を進める。木々の中へ進み飛び石の道を歩く。目の前に見える箱庭の中で一番大きな建物へと進んだ。


「やっと帰って来た……」と、安堵の言葉を吐きながら、レインは建物に到着し扉にノックする。

「どうぞ」


 サンガの声が聞こえたのを確認し扉を開ける。


「お? 帰ったか」


 レインが部屋の中に入ると入り口付近にいたヤマトが声を掛けてきた。


「ヤマト、今日は天界(こっち)にいたんだな」

「まあな。で、どうだった?」

「まだまだってところ……」


 そう答え、部屋の奥へと進んだ。


「レイン熾天使お帰りなさい」


 紅茶を運びながら、サンガが笑顔で迎え入れてくれる?


「ああ、ただいま」


 するとサンガはススーっとレインに近づき耳打ちをしてきた。何事かと、耳打ちをしやすいようにサンガの方へ体を傾ける。


「姫様、今日新しくドレスを新調されたんです」

「……はい?」

「だから、姫様のドレス。デザインが少し違うんです」

「どこが?」


 レインはテラス席の椅子に座るシラの後ろ姿を見つめるが、どこかが変わっているようには見えない。


「ほら、やっぱりそうだろ? レインは気が付かないって、サンガ」


 後ろからヤマトの諦めたような声が聞こえる。


「変わってますから! 帯の色とか! 飾りのリボンとか!」


 サンガが耳打ちを辞め少し小声で訴える。レインは必死に訴える彼を見た後に、改めてテラス席にいるシラに目を向ける。

 確かに、少し装飾品の色の違いや、レースのあしらいが変わっているように見える……気がする。

 レインが「あ~言われてみれば……」と反応すると、サンガは肩をガックリと落とした。


「な? 言ってよかっただろ?」


 そんな二人のやり取りを見ているヤマトがいつものにやけた顔で笑う。

 サンガはヤマトに「ですね」と微笑み返しながら溜め息をついた。


「で? だから?」


 その話に着いていけなかったレインは、首を傾げ二人に問う。


「いいから早くシラのところ行けよ」


 ヤマトが呆れながら顎を動かし、シラの元へとレインを促す。


「は?」


 レインは何が何だか分からず短い言葉を発した。


「いいですか? ちゃんとドレスが変わった事を話題に出すんですよ?」

「あ、ああ……」


 サンガが必死に訴える横でヤマトが笑う。レインはそんな二人に急かされつつ、言われた通りにシラのいるテラスへ向かい、コホンと咳払いした。


「レイン! お帰りなさい」


 昼下がりの日差しが暖かく、テラスは明るい。

 椅子に座って読書をしているシラの空色の髪と赤のリボンが光った。

「ただいま、シラ」と、彼女の向かいの椅子に座る。

 シラの後ろにはニヤニヤと笑うヤマトと、拳を握って応援しているサンガの様子が見えている。


「えっと……」


 レインが頬を掻きながら話を切り出そうと声を出した。


「怪我の具合はどうでしたか? 義眼はまだでした?」

「あ、うん。もう少し治療が必要だって。義眼もなかなかできないみたいだ」

「そう、ですか……」

「式典に間に合わないかもしれない。ごめんな」

「いえ! 私は……」


 シラは少し声を上げながら、ふと何かを言葉を詰まらせた。

 まだこの目のことを自分のせいだと気に病んでいるようだ。

 レインはそんな顔を見ているのが辛くなり、話を切り替えようと息を吸った。


「シラ」

「はい」

「今日、雰囲気が違うな」

「え?」

「ドレス、似合ってる」

「本当ですか?」


 彼女は顔を赤くしながら笑みをこぼす。


「ありがとうございます! わあ、嬉しいなあ」


 陽だまりのように笑顔になるシラの顔。その顔を見てレインも思わず笑みが零れる。

 暖かい。この箱庭はレインにとって大切な場所になっていた。こんな昼下がりの空気がなんと心地よいのだろう。

 そんな昼下がりの暖かい部屋にノックをする音が響く。


「はい」


 扉の近くにいたサンガが返事をすると、部屋の中に入って来たのはエレクシアだった。


「失礼」


 それだけ言うとヤマトの隣をするりと抜け、迷わずシラの元へと向かって来る。


「姫様」

「どうしたんですか? エレア」


 真剣な面持ちの彼女にシラは不安そうに言った。


「天界巫女様から謁見の申請が来ました」

「いつですか?」

「今からでもと……」

「そうですか」


 シラは一瞬下を向いて悩むと「分かりました。今から向かうと伝えて下さい」とエレクシアに言った。


「はい。それと、熾天使の騎士候補二人もともにと……」

「俺達も?」


 その話を隣で聞いていたレインが声を上げる。


「ああ、巫女様がお前達にお伝えする事があるそうだ」


 暖かい日差しをかき消すような不安に、レインは背筋を凍らせた。







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