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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第5章ノ壱 地下界魔王編
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第5章 2幕

 ポルクルは赤い手すりの続く渡り廊下を歩きながら辺りの木々達を眺めていた。

 今日はなんといい天気なのだろうか。こんな日は日向ぼっこをしながらのんびり過ごすのが快適だろう。小鳥のさえずりを聞きながら読書に没頭すればきっと心穏やかに過ごせるだろうに。

 そんなことを思いながらポルクルは目の前を歩く黒のマントを追いかける。

 前を歩くヤマト元帥は鼻歌を歌い左の一部だけ白髪になった髪を撫でながら歩みを進めている。昨日のイザベラとの話し合いが無事に終わってからというもの妙に上機嫌だ。


 ——また何かを企んでるに違いない。


 そう睨んでいるのだか、何を企んでいるのかはポルクルにはまったく見当も付かなかった。

 どうやら南の地にある要塞遺跡都市『シルメリア』に向かうらしいのだが、その目的は分からない。

 確かにあの地は古き時代に人間が作ったとされる要塞と機械達が眠っている。そしてレイン熾天使が使っていた人間ゲートも。

 しかし、態々この緊迫した状勢の中、軍の長が自ら出向くほどのものがそこにはあるらしい。人間からの転生天使である中界軍の化学者を向かわせればいいだけなのではなのか。そして数か月前までレイン熾天使が滞在していたその地に一帯何があるのだろうか。

 ポルクルは眉間にシワを寄せてヤマト元帥の背中を見つめる。


「まさか……デスクワークから逃げる為の口実、なんてことはない……よな?」


 その独り言にヤマト元帥は後ろ振り返る。


「なにか言ったか?」


 明るい声色がのヤマト元帥の反応にポルクルは一層眉間にシワを寄せる。


「閣下、まさかとは思いますが、シルメリアに自ら赴くのは……」

「やだな~ポルクル。もしかして俺が日頃の激務から逃げる為にバカンスに行こうと思っているて考えてるのか?」

「そこまでは言てません。しかし、どうして閣下自ら行く必要があるんですか? 化学班で遠征部隊を編成して向かわせればいいのではないのですか? それとも閣下が城に滞在していては何か問題でも?」


 ポルクルの言葉にヤマト元帥は嬉しそうにケタケタと笑い首を振る。


「あの土地には俺にしか分からないものがわんさかあるんだよ。きっと」

「きっと?」

「まだ過去の記憶が曖昧なんだ。だからそれを確かめに行きたい。レインがあの場にいてある程度記憶を思い出してるんだ。俺も何か過去のことが分かるようになるかもしれないと思ってな。それに……」

「それに?」


 首を傾げ聞き返すポルクルにヤマト元帥はニヤリと笑いながら前を向くと歩き出す。


「すこ~しだけ気分転換になるな~とかは思っているのは確かだ」

「少し……ですか?」


 ポルクルはヤマト元帥のその言葉にジト目を向けた。


「閣下は日頃から激務をこなしてらっしゃるので、休息を取られるのは賛成です。ですが、出発前に書斎に残っている書類には目を通して頂きますからね」

「あ、やっぱりそう来る?」

「もちろんです。そうして頂かないと困ります」

「明日にでも出立予定なんだけどな~」

「では、それまでにお願いします」

「あ~厳しい部下が側にいるとやだやだ」


 ヤマト元帥はむくれた顔をしながら歩みを進める。そんな自分の上官を見て、ポルクルは大きな溜息を付いた。

 しばらく歩くと少し庭の大きな場所に出る。城の中心に近づくにつれて庭園がどんどん増えていく為、城の中枢に差し掛かったのが分かった。それは最神が住む箱庭が近いことを意味している。

 庭を見渡すように渡り廊下が続く。

 その先でなにやら声を張り上げている人物が見えた。服装はダークグリーンの軍服。どうやら親衛軍の男性が声を荒げているらしい。その相手は白い着物に身を包んだ女中だ。

 女中はただひたすらに親衛軍の男に頭を下げ、謝っている。


「お前のような奴がこの道を歩くことも本来は許されないんだからな! 俺にぶつかるなんてもっての外!」

「申し訳ありません」


 会話が聞こえるぐらいになり聞き耳を立てると、どうやら女中が男にぶつかってしまったのを咎めているようだ。

 親衛軍は貴族出の者が多い。女中や城内で働く者達への当たりが激しいのは日常茶飯事である。

 ポルクルも親衛軍に所属していた頃はよくそんな光景を目にいていた。その為、今回の会話も良くあることだと眺めていた。

 しかし、ヤマト元帥はそう思っていないらしい。

 大きな溜息を付きながら本来向かう道を進むことなく、その大声を上げている男に向かって歩き出す。


「ちょ、閣下!」


 ポルクルはヤマト元帥を止めようと声を掛けるが、元帥はそんな声に耳を傾けることは無い。急いで彼の後を追う。

 ヤマト元帥は颯爽と謝り続けている女中に近づき、笑顔を向けながら手を差し出す。


「やっと見つけた。どこをほっつき歩いているんだ」


 その言葉に女中も男も唖然とした。そんな二人をよそにヤマト元帥は女中の持っていた紙袋を抱える。


「早く行かないと時間に遅れるだろう?」


 笑顔を向けるヤマト元帥に女中はポカンと口を開けたまま固まる。

 しかし、ヤマト元帥はそんな反応を気にすることなく、目の前の親衛軍の男に向かって頭を下げた。


「うちの者が無礼をしたみたいだな。悪かった」

「は? お、お前……。いや、あなたは」


 そう言って男は数歩後ずさりした。見た目が黒ずく目の黒マントを着ている者を誰と知らないわけがない。


「中界軍……」


 急なヤマト元帥の登場に男は顔を歪ませる。

 ヤマト元帥はそんな男に向かって笑って見せた。

 男にはその笑顔が不気味に映ったのだろう。少し焦ったように「次から道を歩く時は気を付けろよ!」と声を荒げ、向きを変えると歩き出す。

 その時、ヤマト元帥は男の足に自分の足を引っかけた。男はヤマト元帥の足でもつれそのままバランスを崩す。


「え? はあ?」と男は声を上げる。

 そして咄嗟に手を差し出した先にいたのはヤマト元帥を追いかけて来たポルクルだった。

 急な事にポルクルは声を上げることなく男に押され、共にバランスを崩す。

 ポルクルは慌てて赤い手すりに手を掛けようと動くが、目の前にはその手すりは存在しなかった。建物と建物の間に出来たわずかな隙間に当たる手すりの無い場所に向かってポルクルは倒れ込む。

 そして大きな水音と共に辺りに水しぶきが掛かった。


「キャッ」と女中の驚いた声が響く。

 あまりの急な事で、ポルクルは水で濡れた前髪をかき上げながら辺りを見渡しす。

 どうやらそこは浅瀬の川になっていたようだ。川のど真ん中に落ちたポルクルは尻餅をついた状態で茫然と自分の足元に流れる水の流れを見つめた。


「ありゃ、ポルクル大丈夫か?」


 その声に顔を上げると、手すりに寄りかかりこちらを見ているヤマト元帥の姿があった。


「怪我は?」

「あ、ありません……」


 まだ頭が回っていないポルクルはそれだけを伝える。

 するとヤマト元帥は「そうか、ならいい」とだけ言って目の前でこけた状態で茫然とする親衛軍の男に向かって大きな溜息を付いて見せた。


「ちょっとちょっと、道を歩く時は気を付けていただかないと。困るんですけど」

「は? お、お前が!! いや、あなた様が……その、えっと」


 男は怒鳴ろうと声を上げかけたが、ぐっと耐えるように話した。流石に元帥への冒涜は問題になると思ったのだろう。しかし、きつい口調は変えないようだ。


「いやいや、自分はこちらの女性をエスコートしただけ。勝手にこけてしまったのはあなたの方では?」

「何を偉そうに……転生天使の分際で」

「お? そっちがその気なら別にいいんですけどね。親衛軍、一戦やるか?」


 急にヤマトの強気な発言に、男は顔を真っ青にし始める。


「まずはベルテギウス閣下に話をしにいこうかな~」

「な!?」

「なんて説明しようか? 女中をいじめていたところからか?」

「ななな!?」


 話が大きくなっていくのを恐れ始めた男は冷や汗を掻きながら後ずさりし始める。

 そんな男の顔を面白そうに見るヤマトはどこか楽しそうだ。


「ポルクル、軍服が濡れてしまっただろう?」


 そう声を掛けられたポルクルは川から立ち上がり、近くの階段から廊下に上がる。


「ずぶ濡れです。これではどうしようも……」

「脱げ」

「……は?」


 ヤマト元帥の言葉にポルクルは聞き返す。


「いいから、さっさと上着を脱ぐ!!」


 そう言ってヤマト元帥はポルクルの上着を引っぺがした。


「っちょ! 閣下! なに!? はあ!?」


 ポルクルは上着とを脱がされ、さらにブーツまで剥ぎ取られてしまう。薄手の恰好になり、訳の分からない現状にまた唖然とした。

 ヤマト元帥はポルクルから剥ぎ取った軍服を目の前の男に差し出す。


「これを中界軍の基地に持って行って、ポルクル中佐の軍服です。新しいのと交換してください。って取り換えて来い」

「はあ? なんで私が!?」

「お前の過失だろう? 俺の足に躓いて俺の部下をずぶ濡れにした罪だ」

「そ、そんな……」

「ならいいんだ。別に次の軍議でこの話を持ち出すだけだし」

「な!?」


 ヤマト元帥の言葉に男は一瞬固まるが、渋々ポルクルの濡れた軍服を受け取った。


「早くここに持って来いよ。じゃないと俺は口が軽いからな、最神にまでこの話をしてしまうかもしれない」

「はあ!?」


 男はヤマト元帥の言葉に声を荒げ、「す、すぐに戻ってくる!! そこで待っていろ! いや、いてください!!」と叫ぶと大急ぎでその場を後にした。

 そんな必死に走る後ろ姿を見てヤマト元帥はケラケラと笑う。


「や~面白い面白い!」


 そう言って彼は上機嫌に抱えている紙袋の中身を見た。

 中から取り出したのは小瓶だ。その小瓶のラベルを見つめると女中に向かって微笑む。


「これ、最神にか?」

「は、はい。新しい茶葉が入ったのでサンガ少尉が姫様にお持ちするようにと……」

「なら俺が預かろう。これから箱庭に行くつもりだったし」

「そ、そんな。閣下にそのような……」

「いいからいいから、君も災難に遭ったんだし、俺達中界軍と関わったのもあまりいい気分ではないだろう。少しゆっくりするといい」


 ヤマト元帥の言葉に、女中は大きく首を振る。


「サンガ少尉から皆様のお話しは聞いておりましたので、転生天使が恐ろしいものだという感情はもうありません」

「そうか、それは嬉しいな」


 そう言ってヤマト元帥は小瓶を紙袋に仕舞った。


「じゃあ、俺がこれを届ける代わりに、こいつにタオルか何かを持って来てやってくれないか? このままでは風邪を引いてしまう」

「はい。すぐに」


 女中は返事し頭を下げるとその場から急いで姿を消した。

 ポルクルはそんな光景を茫然を眺めつつ、冷え始める身体を震わせる。


「悪かったな」


 そんなポルクルに向かってヤマト元帥は無邪気に笑う。その顔に向かってポルクルはムスッと顔をしかめた。


「流石にこの仕打ちは酷いのでは?」

「いや、たまたまだ。本当はあのままあの男を川に落とすつもりだったんだよ。そしたら運悪くお前がその場にいてしまって。悪かった」

「信じられませんが、そういうことにしておきます」


 ポルクルは仕方がないと大きな溜息を付き渋々納得する。


「まあ、ここで日に当たっているといい。俺は箱庭に言って明日から留守にすることを最神に報告してくる」

「分かりました。どうせ僕は箱庭には入れませんから、こちらで待たせてもらいます」


 そう言ってポルクルは不機嫌そうな態度をワザと見せつつ庭の隅に設置された石のベンチに腰掛けた。

 そんなポルクルを見てヤマト元帥は微笑むとそのまま箱庭に向かって歩きだした。





 いい天気だ。

 ポルクルはポカポカと日の光に当たりながら目を細める。

 こんなに何も考えずにぼーっと過ごす日はいつぶりだろう。最近は特に目まぐるしい日々を送っていたから余計にそう思ってしまうのだろうか。

 そよ風が心地よく、木々達を揺らす。そののんびりとした空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 先程の女中が持って来てくれたタオルを膝に掛け撫でる。フワフワの肌触りが心地よい。

 少しうたた寝でもしてしまおうか。けど、いつ変えの軍服を持って来るか分からないのだ。起きていなければ。と心の中で葛藤するも、自然と瞼が下へ下へと下がって来る。

 フワフワとした、まどろみの中、ふとある人物のことを思い出す。それは双子の兄だった。

 赤茶色の髪が揺れる。自分と同じ顔、同じ体型の兄。しかし性格も能力も自分より何倍も優れていた。

 そんな兄が……恋しい。出来るなら会いたい。兄に自分はここまで成長したと伝えたい。なのに。兄はもうこの世にはいない。


「……にい、さん」


 そうつぶやいてポルクルは寂しい気持ちになる。

 最近忙しなくしているせいで兄の墓に赴くのも出来ていなった。その為、涙を流す機会もめっきり減ってしまっている。

 あんなに泣き虫だった自分が、こんなに泣くことをしなくなる日が来るなんて。


 ——誰もいない、こんな時でぐらい泣いてもいいだろうか……。


 そう思いポルクルは空を見上げ、ゆっくりと涙を流した。

 そんな時だった。


「あの、そこの君。少し聞きたいことが……」


 そう言って声を掛けられる。

 急なその声にポルクルは渡り廊下へ振り返った。

 そこにいたのは親衛軍の軍服に身を包んだ青年だった。ファンダンゴピンクの髪にワイン色の瞳。褐色の肌の青年はポルクルの顔を見ると驚いた顔をしていた。

 ポルクルはそんな青年の驚いた顔を見て首を傾げる。どこか自分はおかしいだろうか……そう思いふと頬に伝う涙を思い出し、顔を赤らめた。


「あ、あの……いや……その」


 青年はそんなポルクルに向かてしどろもどろする。


「悪かった。急に声を掛けた僕が悪い。えっと、その……」


 そう言って青年はポルクルの方に歩みを進めるとポケットからハンカチを取り出し、差し出す。


「え?」


 急な出来事にポルクルは驚いた声を上げる。


「使ってくれ。男でも泣きたい時はるさ。うん。だからその涙は見なかったことにする」


 そんな青年の気遣いにポルクルは差し出されたハンカチを受け取った。

 握ったハンカチを見つめ、ポルクルは大きく深呼吸をする。落ち着こうとするのだが、何故か涙が溢れた。 

 今まで止めていた感情が溢れてしまう。

 目まぐるしい日々の中で忘れていた自分の臆病な部分が顔を出してしまったようだ。

 青年はそんなポルクルの隣に座り、ゆっくりと肩をさする。


「僕、妹がいるんだ。泣き虫でいつも泣いたらこうやって上げていたんだ。だから、気にするな。泣けるときに泣いておいた方がいい」

 

 そう言ってくれる見知らぬ青年にポルクルは何度か頷き、そのまま身をかがめて泣いた。










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