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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第4章ノ参 シルメリア・カーニバル編
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第4章 37幕

 レインは前を飛ぶヤマトの後を追う。晴天の中を進み、行きついたのは建設中のビルだった。

 最上階のビルの間に進む。中はコンクリートを打ち付けた状態で、殺風景だ。

 ゆっくりと着地し歩き始めるヤマトに続きレインも足を付ける。


「こんなところに何があるんだ? 会わせたい人って?」

「まあ、そう焦るな。もう準備はしてある」


 言葉通り、ヤマトが向かう先には数名の中界軍の兵が何かを設置していた。

 兵達はこちらに気が付き「閣下、準備は出来ています」と声を掛けてくる。


「ああ、ありがとう。下がれ」


 兵士達はヤマトに敬礼をするとその場から消える。残ったのは黒い軍服を着こなすハニーブラウンの青年だ。背中は怪我をした状態の片羽。


「ポルクル?」

「はい。レイン熾天使少尉。お久しぶりです」


 昔の面影の消えた彼の言動にレインは驚きを隠せずヤマトを見た。

 彼は少しにやっと笑い、「ポルクル、起動しろ」と指示を出す。

 ポルクルの前には背丈ほどの鏡が付けられている。装飾品などない質素な作り。コンクリートに囲まれた風景を映し出すその鏡はこの場には不似合いなほど凛と佇んでいる。


「レイン、覚えているか? お前がジュノヴィスと模擬戦をした式典を。あの時、この試作機を見た筈なんだけどな」


 その言葉にレインは過去の記憶を思い起こした。確か会場の真ん中でゲートを作り、ステルス性に長けた通信機を開発したという内容だった。あの時は三十秒使えるのがそこそこだと言っていた気がする。


「まさか……それがコレってことか?」

「そう、やっと実用まで漕ぎ着けた。ステルスは完璧。他の者にゲートを開通させていると感づかれないまで性能を高めたんだ」

「それを使ってどうするつもりなんだ?」


 一歩前に出て、その鏡を見つめた。鏡は自分を映すだけで何も変わり映えしない。そんなレインを鏡越しにヤマトは見つめて来る。


「レイン、世界を変える覚悟はできたか?」


 突然の質問に鏡越しの彼を睨んだ。空気が張り詰める。


「俺はこの世界を元の在り方に戻したい。古き時代の成し遂げられなかったことをこの時代で取り戻したいと思っている。セラフとして……ヤマトとして……」

「………」

「お前はどうだ? この世界をどう思う? 中界を見て、天界を生き抜いて、古き時代の記憶を垣間見て、どう思った?」

「俺は……」


 レインは全てを見透かされているような黒の瞳に戸惑い目線を揺らす。

 この世界のいろんなものを見た。いろんな死に逢った。生きる力に触れた。愛する感情を知った。傷つく心を知った。仲間の暖かさを感じた。



 ―――自分はこの世界を……。



 一度逸らした目を見つめ、深く呼吸をする。


「俺は、この世界が好きだよ。この『今』が……好きだよ」

「そうか」


 ヤマトはそう言って微笑んだ。


「この世界は今後、大きく揺らぐ。いや、俺達が揺るがすことになる。この世界の全てを元の理に戻すためだ。お前も力を貸せレイン」

「俺の……力?」


 ヤマトの黒い瞳を見つめる。その瞳の中に嘗ての白を感じた。そう、あの頃と同じ世界を愛する目。

 何にも染まらず己の信念を貫いたあの瞳だ。



 全てを理解した。その瞳の先に見えるもの。その語る全てを……。



 レインは何も言わずヤマトに頷く。彼はそこでいつものニヤリとした顔を見せた。


「繋がります」


 ポルクルが鏡の画面を見つめ、そう声を掛けてくる。


「え?」


 鏡に自分ではない人物が映し出されレインは思わず声を上げた。


「……」


 目の前の鏡の向こうにいる人物もそうだ。突然の出来事に二人は茫然としてそのまま固まった。


「れ、レイン……?」


 鏡の向こう側の人物はそう名を呼ぶ。懐かしい声にレインは何も言えずにただ立ち尽くした。


「レイン!!」


 アクアブルーの瞳、その瞳と同じ水晶を額に光らせ彼女はもう一度自分の名を呼ぶ。スカイブルーの髪はショートカットに切りそろえられ、ハーフアップを止めているのは嘗て自分がプレゼントしたかんざしだ。青の軍服を着こなし、凛とした姿は一年前とは見違えていた。

 綺麗になった……そう思った。美しいと……。

 レインは目の前に立つ彼女に触れたくて鏡へ一歩踏み出る。そっと手を添えた。

 そんなレインの行動に彼女も同じように手を添える。二人の手がガラス越しに重なる。

 温もりなどなかった。感じたい彼女の温もり……なのに鏡は冷たく、レインの掌は冷える。

 愛おしい、君に触れたい……ただ彼女を見つめた。

 そして一年……いや何千年、何万年……想い続けた女性の名を呼んだ。


「シラ……」






 伝令がシラの元に届いたのは昼時だった。その内容はガナイド地区から北に進んだ地での悪魔軍の攻撃が激化しているというものだった。

 各地域での戦争は日に日に悪化している。ガナイドを境いにした防衛戦。ヤマトが敷いたその防衛ラインは未だ破られていないものの、小さな小競り合いは各地で起こっていた。しかし、ここまで大きな攻撃は防衛ラインを敷いてから初めてで、その理由はガナイドに停滞している主力とは別部隊だからだ。

 いつかこうなることは分かっていた。城内は数か月の間、この緊迫した空気に晒されていた。

 目の前に見えるのは全面戦争という文字。一年前、自らが掲げた宣戦布告から遂に全てが始まり、総力戦へと進んでいる。

 自ら進んだ道。なのにシラはこの伝令を聞き、手が震えていた。

 自分の欲していた世界からどんどん離れていく。

 この大地を血で汚したくない。皆を幸せにしたい。そう思っていたのに……。

 シラは震える拳を握りしめ、箱庭の書斎から立ち上がるとサンガにヤマトを呼ぶように指示した。

 しかしサンガはゆっくりと首を振る。そんな彼を見てシラは驚きのあまり声を上げた。


「ヤマトがいない? この大事な時に?」

「はい。どうしても自らが行かなければならぬ案件があると……」

「このような緊迫した時に何を言って……」


 サンガは少し寂しそうにシラを見つめると、何かを決心したように目を鋭くさせた。


「姫様。少しだけ、少しだけお時間を頂けませんか? 会わせたいお方がいます」

「会わせたい?」

「はい。その為にヤマト熾天使元帥も動かれています」

「この緊急事態にですか?」

「はい。本当は……もっと違う形でお会いして頂きたかった。しかし、申し訳ございません」


 サンガの苦しそうな顔にシラは何も言えなかった。

 彼の案内のまま、城の片隅にある小さな倉庫にたどり着く。

 そこにあったのは一枚の鏡。なんの変哲もないただの鏡だ。装飾品もなく、城内のものにしては質素だった。

 その前に立たされ不思議に思いシラはサンガを見つめる。彼は何故かとても悲しそうだった。ヤマトから全て聞かされているのだろうか……。

 その瞬間、昼間の光に照らされた鏡が揺れ始める。七色に揺れる鏡はやがて何かを映しだした。数回の雑音の中、その先に誰かがいるのが見える。

 そう……ずっと焦がれた相手が。






「シラ……」


 そう名を呼ばれシラは手を添えた鏡の前で「はい」と声を出す。

 会いたかった。ただ会いたかった。もう二度と会えないと覚悟していた。この広い世界で生きていてくれれば……そう思っていた彼が目の前にいる。

 一年前より大人びた顔つき。左目には大きな傷が深く残り、瞳は赤々と燃えるような紅色。髪は以前より伸び、赤いリボンで括られていた。

 彼が目の前で自分の名を呼んでいる。その現実に自然と涙が頬を伝う。

 涙は捨てた筈だった。一年前、彼がこの城からいなくなったあの日。戦争を掲げ自らを戦いの神とした自分は、涙を捨てた筈だった。非道になろうと……誓ったのに……。

 なのに目頭は熱くなり、自分の意志とは反対に大粒の涙があふれる。


「レイン……レイン……」


 名を何度も呼んだ。一年前からこの名を呼ぶのも避けていた。でないと弱い自分が出てしまうから。

 しかし彼が……レインが目の前にいるのだ。愛し共に生きたいと心から願った彼が。目の前に……。

 ああ、触れたい。鏡の向こうに、彼の腕の中に……しかし鏡が隔てそれは叶わない。


「逢いたかった……」

「うん」

「あなたに……逢いたかった」

「……うん」


 シラの言葉にレインは微笑みながら相槌を打つ。

 しかし、ふと思考を巡らせる。

 シラは一瞬で思い浮かんだ最悪のシナリオに、レインの後ろに立つ黒ずくめの男に目をやった。


「そういう事ですか……」


 中界軍元帥は冷ややかな目をしたまま腕を組みシラを見る。


「君は俺に願いを言っただろう? 俺はその言葉を叶えただけだ」

「……ヤマト、あなたって人は!!」


 シラは涙で腫らした目をヤマト元帥に向ける。そして睨み付けた。


「あなたが……全てこうなるように仕向けたのですか!? こんな」

「何を言ってるんですか我が神。これが元の世界の理へ近づける……俺達にできる最善の策です」

「ヤマト……」


 彼の冷たい言葉にまた涙を流す。


「いいんだ、シラ」


 そんなシラにレインは微笑む。


「いいんだ」

「しかし!!!」


 シラは自分を冷ややかな目で見るヤマトと、優しく微笑むレインを交互に見る。

 二人はこの先に待ち受けることを覚悟している。我々が同じ場所でもう一度笑い合えることはもう無いのだと……知っているのだ。


「しかし、ダメです!!」

「……」


 シラは涙を流しながら叫ぶ。


「シラ……」

「駄目! ダメ!! こんなの、こんなのってないです!!」

「……」


 レインは何も言わずに微笑み、そしてガラス越しにシラの頬に流れる涙をぬぐう仕草をする。


「シラ……泣かないで。俺は君の笑顔を守りたいんだ。君の……想いを」


 微笑むレインの顔を見つめる。愛おしい彼を。


「シラ……俺はまだ君の騎士でいれるかな? 君の願いを言って。俺はそれに命を掛けるから」


 その言葉にシラは鏡に添えた手を更に抑える。

 このまま彼に触れれれば……よかったのに。そうすれば、彼にこんな選択を迫らなくてもよかったのに。彼だけに、こんな運命を背負わせなくてもよかったのに……。


「レイン……私は貴方と生きたい! なのにこんなの……こんなのってないです」

「……」

「ごめんなさい……ごめんなさい」


 見つめ合う二人。

 彼を助けたかった。なのに自分はその術を知らない。そしてもう嘗ての何も知らないまま、箱庭の姫ではいられないことを知ってしまった。この世界の広さも、優しさも、恐ろしさも……憎しみも、悲しみも、知ってしまったのだ。大切な民も、世界も……守りたい。全てを幸せにしたい。そう思ってしまったのだ。

 あの頃とは違う。自分はこの世界の『神』。この世界の行く末を決める力を持つ一言を持っているのを、知ってしまったのだ。


「ごめんなさい……私の願いは……」


 シラは愛する、愛し続ける彼の瞳を見つめながら言葉を紡ぐ。


「私の願いは……()()()()。この戦争を止めたい」

「分かった」


 レインはそれしか言わなかった。

 もっと……責めて欲しかった。いっその事、自分を嫌ってくれればどんなによかっただろう。自分を憎んでくれれば。罵声を上げ、罵ってくれれば……よかったのに。


「君の想いは俺が守るよ。シラ」

「レイン……」

「だから泣かないで」


 レインはそう言って鏡へ額を当てる。そんな彼に合わせてシラも同じように額を合わせた。

 一年前、神殿でしたように。幸せに満ちたあの時のように。お互いを愛していると感じたあの時を思い出す。


()()()()


 レインのその言葉が自分の心に染みわたる。


「いつまでも……君を愛してるよ。シラ」

「レイン!!」


 シラは鏡から額を放し、彼を見る。レインは目を瞑り額を鏡に着けたままだった。


「レイン! 嫌!! 嫌!!」


 シラが何度も叫ぶ。


「レイン! わたし! 私も!!」


 レインは鏡から額を放しこちらにもう一度微笑む。


「私もあなたの事を愛しています!!」


 そう叫んだ瞬間、目の前の鏡は自分の姿を映していた。


「あ……」


 愛する彼の姿はもう映らない。ただの鏡になったそれに手を添えたシラは自分の姿を見つめた。


「レイン! レイン!!」


 何度も彼の名を呼んだ。失いたくなかったのに。

 その場に崩れ込む。口を押えむせび泣く。

 そのままシラは何度も彼の名を呼んだ。






「あいし……」


 それ以上は聞き取れなかった。目の前の鏡が元の姿に戻ったからだ。

 いつもの自分を映す鏡になったそれをレインは何度か撫でる。


「回線が切れたか」


 ヤマトは少し冷たい言い方をし、深い溜息を付いた。

「みたいだな」と、レインはその場から振り向き歩き出す。


「覚悟は決まったのか?」


 ヤマトが部屋の出口に向かうレインの背中に向かって声を掛ける。

「ああ」と短く返事をした。


「お前ともこれが最後かもな」

「だろうな。次会えば殺し合うことになる」

()()……か」

「……」


 そう言って出口で立ち止まると掌を見つめる。

 そんなレインの元まで歩いて来たヤマトは腕を上げこちらを見る。

 レインは掌を上げ、ヤマトの腕と自分の腕をコツンと当てた。

 そしてそれ以上何も言わずにその場を後にした。






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