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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第4章ノ参 シルメリア・カーニバル編
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第4章 35幕

 目の前に広がるゲート先の炎。煙がこちらに溢れ、空へと舞い上がる様をアカギクは茫然と見ていた。

 ゲートの前に立つ軍服の男。奴が放った言葉、『若草色の髪に右目の傷のある男』。それはまさしくレインだ。彼は確かにお尋ね者。本人もこの街に来るまでは軍から逃げていたと言っていた。

 しかし、この街は全て人間遺跡の要塞が守っている。その要塞があるからいくら彼がお尋ね者だとしても、軍がここまで追ってはこないだろうと、街の者達はなんとなく安心していた。それが……まさかこんな形で軍に侵入されてしまうとは。

 アカギクの頬に汗が伝う。そこに「兄様……」と不安そうにイレアが駆け寄って来た。


「お前! 何でまだここにいるんだ。早く逃げろ!」

「けど……だって」


 イレアの泣きそうな顔。


「僕の前にあいつを連れて来い。とは言ったが……そうだな、猶予をやろう」と目の前の軍人は声を上げる。

「今日の日没。それまでにあの男を連れて来てもらおう。もし、間に合わなければ同胞の命はない」


 空を見上げる。青空の真上に太陽は顔を出している。その日が落ちるまで……。

 アカギクは一度周りを見回し、逃げ惑う住民達と戦おうと武器を握る治安部隊のメンバーを確認する。

 そしてイレアにそっと耳打ちした。


「長を呼べ。多分、今の時間はマーケットのメインストリートを歩いてるはずだ。この状況、俺だけじゃあ対処できない」

「うん分かった」

「あと、レインは……あいつはここには呼ぶな」

「兄様……」

「あの軍人達、レインを殺しに来たんだ。だから……ここには呼べない。いいな? イレア」

「分かった」


 イレアは泣きそうな顔をぐっと堪え、一度兄を抱きしめるとマーケットに向かって走り出す。

 そんなイレアの足音を聞きながらアカギクは軍人を睨んだ。周りに部下達や治安部隊が集まる。


「お前ら、手を出すなよ。向こうには人質がいる。ライが来るまで……血を流させるな」


 アカギクの声に周りの者達は武器を握り軍人達と睨み合う形で留まった。





 ライはゆっくりした足取りでマーケットを歩く。歩きづらい義足を使い長い坂道を進む。

 彼を支えるのは秘書のアグニスだ。賑やかな街並みを見回しながら歩く彼の代わりに、足元に注意をしながら歩く。

 そんな難しい足、過去の自分への戒め。罰だ。

 歩きにくそうに進む兄の後ろ姿を見つめルイは過去の記憶に苦い顔をした。


「どうした?」


 後ろを振り返ったライがそんな弟を心配して声を掛けてくる。


「いや、別に……。にしても、どうして歩いてゲート会場まで行く必要があるんだよ。馬でも馬車でも使えばいいだろう?」

「せっかくのお祭りだからな。いつも歩かないマーケットを見て回るのもいいなと思ったんだ」

「日頃は長室に引きこもっているのに……」

「たまには長らしいことしておかないとな」


 ライは声を掛けてくる街の住民に手を降ったり話をしたりする。仲間に嬉しそうに笑う兄の姿。そんな彼を見てアグニスも嬉しそうだ。

 ルイはのんびりな歩幅で歩く二人に、閉会式までに到着できるのかと少し不安になった。

 そんな時だ。坂の下の方が何やら騒がしい。

「なんだ?」とルイは目を凝らす。

 どうやら黒い煙が立っているようだ。


「火事?」

「いいえ……それよりも酷いかもしれない。かなりの悲鳴が聞こえてきている」


 アグニスが長い耳を動かし遥か先を睨んだ。


「長!」


 声を掛けられたのは後ろからで、そこにいたのはレインとコハルだ。息を切らせながらこちらに向かって来るとライの前で止まる。


「なにかおかしい。ゲート広場で問題が起きているみたいだ」


 レインの言葉にコハルも頷く。


「みたいだな」と、ライはそのまま前に向かって歩いた。

「ルイ、レインと先に行け。アカギクとクレシットが会場にいるはずだ。合流して指示を仰げ」

「分かった」

「はい」


 そこで坂の下の方から見覚えのある人物がこちらに走ってきているのが見える。ピンク色の髪を揺らし走って来るのはイレアだ。


「長! おさ!!!!」


 叫びながらイレアは何度も呼ぶ。そして全速力で走り込んできた彼女はライの前で崩れかかった。「イレア!」その身体をルイが支える。


「どうした!?」

「ゲートから……天界軍が攻めて来たの。バルベドの街が……街が……」


 咽ながら話す彼女をルイは抱きしめ兄を見た。ライは先ほどまでの穏やかな顔は消え、目を見開く。


「天界軍は若草色の髪の男を……レインさんを差し出せって。日没までに連れてこなければバルベドにいる人質が。それにクレシットさんも……」


 その瞬間、レインの周りに風が起こる。


「軍が……俺を?」


 その言葉に皆がレインを見つめた。レインは刀の柄を握る手を震わせ、上がる煙を見つめる。


「俺が……この街を……」


 一歩ずつ坂を歩き始める。そのまま全速力でゲートに向かおうとした。

 しかし急に腕を掴まれ止まる。握っていたのはコハルだった。


「レイン様!!」そう叫び、腕を強く握る。そしてその場に崩れるようにしゃがみこんだ。

「コハル!?」


 急に倒れ込むコハルを抱える。息を荒げ、それでもレインの腕を離さない彼女の顔は真っ青になっていた。


「コハル! コハル!!」


 名を呼び身体を揺する。コハルは息を切らせレインを見た。


「レイン様……お姉さまが……お姉さまが……」

「アカシナヒコナが?」

「……あの場に行ってはいけないと」

「けど! 街の皆が!!!」

「人間遺跡に向かえと……」


 その言葉にコハルの顔を覗き込んだ。


「何を言って……街が、みんなが俺のせいで!」

「ダメ! ダメなんです!!」

「コハル!!!」


 レインの叫びにコハルは更にきつく腕を握り、しっかりとした目で見つめて来る。


「あなたが転生した意味を……忘れてはいけません。あなたの……存在し続ける意味を」

「…………」

「人間ゲートに。お姉さまが……座標を送ってきています―――()()()()()()がいる。と……」


 黒髪の男が見えた気がした。

 レインは「ヤマト……」と漏らす。

 その言葉を聞き、ライはゆっくりと歩き出した。そして「レイン。お前はコハルと人間遺跡に行け」と言った。


「しかし、長!!!」


 レインの叫びにライは大きな息を吐きつつ前に進み続ける。


「お前がずっと悩んでたものがそこにあるんだろう? なら行け」

「けど!!」

「言っただろう? お前はもうこの街の仲間だ。この街に住む以上、この街(シルメリア)が前を守ってやる……と」


 ライの叫びにレインは、ぐっと歯を食いしばりコハルを抱き抱える。


「日没……それまでには帰って来ます。だから……どうか」


 そう言って人間遺跡に向かって走り始めた。


「ルイ。着いて行ってやれ」

「けど兄貴は?」

「なあに、この街も民も全部守ってみせるさ」と微笑む。


 そんな兄の顔を見て、ルイは頷くとレインの後を追った。





 人間遺跡の縦穴を降下していく。日の光を浴びながら佇む大樹が見え始めた時、レインは何か異様な感覚に襲われた。


「なんだ?」

「なにか……空気がおかしいです」


 レインに身体を支えられ翼を広げるコハルもその異様な空気を感じたようだ。

「人間ゲートからみたいだな」と、ルイはレインとコハルよりも一歩早めに着地し、ゲートの部屋を見つめた。

 レインはコハルを支えながら戦車の隣に降り立ち、「行こう」と歩き出す。

 三人が向かう先の部屋は光を放ちつつ大きな騒音がしている。ゲートが起動しているようだ。

 中に入ると、機械の騒音がより一層激しくなる。その真ん中にそびえ立つ巨大なゲートは、どこかの座標を捉えているのか薄い膜を張った状態で保たれていた。


「ゲートが開通している」


 ルイがゲートに向かい数歩進むと、そこには見覚えのある人影は二つ横たわっていた。


「ミネル!? フロレンス博士!?」


 二人の元に走り込む。身体を揺すってみるが、反応しない。


「おい! ミネル!!」

「お二人は少しの間、眠ってもらっています」と、聞き覚えのある声が聞えて来る。


 振り返ると、そこには不気味な笑顔を作ったリリティが立っていた。


「リリティ……お前、ミネルと博士に何をした!?」


 ルイの叫びに「ゲート開通のお手伝いをして頂こうと思ったのですが断られまして、少し眠りの毒を盛っただけですよ。数日間は寝ているでしょう。わたくしも長くお付き合いさせて頂いたお二人を殺すような野暮なことはいたしません」と彼女は笑う。


「それにしても……今からお呼びに伺おうと思っていたところでございました。我が絶対的主君」

「リリティ……お前」


 レインの睨む顔を見て、リリティは少しばかり困った表情を見せる。


「勝手な真似をしてしまったことは謝ります。しかし、このゲートが開通したのです。我らの行くべき場所は決まっておりますでしょう?」

「…………」

「貴方様はまだ、決断されておられないのですね」


 リリティの顔を睨み、「ゲートを閉じろ」とレインは冷たく言い放つ。


「コハルの指定する位置に新たなゲートを開けろ。やれるな、リリティ」

「しかし、このままあの先に進めば我らの行くべき地があるのですよ? あなた様を待つ者達が……」

「リリティ」

「はぁ…………分かりました。我が絶対的主君」


 リリティは溜息を付くとゲートに向かいパネルの数値を触る。ゲートの入り口の膜がユラユラと揺れ、やがて真っ白に塗り替えられた。


「さて、コハル殿。座標を」


 こちらに振り向く彼女はいつもの口調に戻り、ニッコリと笑う。


「ささ、どこに向かわれるのですか?」

「は、はい……」


 コハルは苦しそうに胸を押さえつつ、リリティの隣に立つとアカシナヒコナから送られて来るビジョンの座標を伝えた。

 その数字を入れると、ゲートの膜がゆっくりと動き出し白から青へと変わっていく。一定の波を立てていたゲートは数分揺れたがやがて水面のように落ち着いた。


「さ、準備出来ましたぞ。レイン殿」


 リリティはいつもの笑顔でこちらを見つめる。


「あなた様が望むように。それがわたくしの喜び。しかしお忘れ無きよう。皆があなた様をお待ちしております。ご決断を」

「…………」


 リリティに応えることの出来ないレイン。そんな背中をとんっと何かが当たった。それはルイの腰に挿す刀の柄だ。


「ほら、開通したんだ。さっさと行って来い」

「ルイ……」

「いいか? 必ず帰って来い。そして俺達の仲間として戦え。お前はもうシルメリアの仲間だろう? 俺達がお前を守ってやる。だから、お前もこの街を守れ」


 ルイのそっけない態度と言葉……。それにレインは大きく頷いた。

 そしてモニターの前で苦しそうに息を切らせるコハルに向かって「必ず帰って来る。だから……」と声を掛ける。


「はい。ここで、お待ちしております。レイン様」


 コハルは力なく微笑う。そんな彼女に頷きレインは青色に揺れ動く人間ゲートへと足を踏み込んだ。





 ゲートの先は何も無い空間。レインは何も無い青空の中にいた。

 急な浮遊感に襲われる。落下しつつ辺りを見回した。

 どこにいるのか見当も付かない。見渡す限りの青空……。ただ下へ下へと落ちていく。

 ふと下に大きな膜が見える。それは空全体を覆ていて、シャボン玉のように七色に光っていた。


「これ……中界と天界の狭間!?」


 レインの叫びとともにその膜に飛び込む。膜はパンッと破裂したが、レインの通過した場所を修復し、また同じように浮遊し続けた。


「狭間の下……ということは、人間界?」


 レインは身を落下に預けたまま、下を見つめる。

 雲が徐々に現れ視界がぼやけ始めた。雲を通過していく度に少し肌寒くなる。ジャングルとの温度差を感じ始めた頃、遥か下に街並みが見え始めた。


「人間……の街」


 そう、嘗て自分が住んでいた街だ。中界、日本、東京。

 レインがくぐったゲートは東京の頭上に繋げられていたらしい。曇天の中で見える東京の街並み。レインは降下しながらその光景を見つめた。

 座標を指定してきたからには、このまま真下に落ちろということだろう。まっすぐ落ちていく。

 見覚えのある建物達がはっきりと見え始める。その街は自分が人間の頃に住んでいた場所だ。その街の真ん中にある大きな建物。それは……。


「病院……?」


 自分が死んだ時に運び込まれた病院。そして、妹のいる場所だ。

 レインはギリギリまで降下し、翼を広げるとゆっくりと病院の屋上に着地した。


「どういうことだ?」と辺りを見回す。


 昔と変わらない緑化庭園の真ん中に降り立ち、落ちてきた空を見上げた。厚い雲に覆われた空。大きく深呼吸をすると、ただならぬ殺気を感じ取りレインは刀を抜いた。

 大きな金属音を奏で刀が振動する。受け止めた刀に見覚えがあった……。

 刀を振り下ろしてきた人物は黒いマントを翻し、「さすが、まだ落ちつぶれちゃいないな」と声を出す。


「やはり彼女がいない時(三人が揃っていないと)お前を殺すという呪いは起きないみたいだ」

「……お前」


 レインは刀を弾き黒の元帥マント、黒い目黒い髪をした全身黒づくめの男を睨んだ。


「ヤマト……いったいどういうつもりだ」

「よお、レイン。無事に間に合ったな」


 ヤマトはニヤリと笑い、刀を収める。そして満足げにこちらを見た。


「お前……その恰好」

「そっ、お察しの通り今は熾天使元帥を名乗っている。久しぶりだな世界の大罪人」


 白のメッシュが入った黒髪を揺らしヤマトは屋上を歩き出す。


「さあ、時間がない」

「時間が……ない?」

「ああ、彼女の元に行ってやれ。お前はこのために転生したんだろ?」


 レインは「…………まさか!!」と声を上げ、走り出す。

 そして、妹の元へと向かった。







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