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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第4章ノ参 シルメリア・カーニバル編
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第4章 33幕

 レインは拳を振り上げる巨体から身を交わし屋根の上を走る。

 数人のビースト達はレインのヒラリヒラリと交わす動きに翻弄されていた。

 最初は女性だと思って手加減していたようだが、今は腕の一本ぐらい折らないとこの動きは止まらないと判断したのだろう。思いきり拳や蹴りを入れてくる。

 ハーフウルフやライオン、ワニといった肉食系のビーストから、トカゲや蜘蛛など様々な者がこちらに向かって技を仕掛けてくる。

 さすが反政府組織の街。戦闘を熟知した者達が湧いてきていた。

 レインはそんな追っ手の攻撃を交わし、さらに街の中枢へと走る。動きに合わせ装飾品が金属音を奏で、その可憐な舞を街の住人が見上げながら声援を送った。


「今屋根にいるのは誰?」

「龍人族のカーヴィエだ」

「それにレプティル族の最強ニルバージュも交戦してる」

「治安部隊の精鋭達が祭りに参加してるのか?」

「けど、あの美女。まだ捕まらないぞ?」

「ああ! ニルバージュが仕掛けた!」


 周りの声が聞こえる中、レインは大袈裟に身体を捻らせ追っ手を嘲笑うかのように屋根から飛び降りた。

 頭上を見ていた観客は急な美女の登場に大きな歓声をあげる。

 レインは周りに向かって深くお辞儀をすると、装飾品を鳴らしながら軽いステップを踏んだ。

 観客へのサービスに周りの者達はさらに声を上げ、喜ぶ。

 そうしているうちにまた数人の追っ手が集まりだした。


「くっそう。馬鹿にしやがって」

「ちょこまかと鬱陶しい」

「さっさと捕まって貰わないと酒が飲めねーだろう!」


 追っ手達の苛立ちつつも楽しそうな声に、レインは微笑み手を前に出し挑発する。

 観客が見守る中、追っ手達が一斉に襲いかかるが、軽いステップを二、三度踏みながら全て交わしていく。一人は建物に突っ込み、一人はその場で倒れこむ。倒れ込んだ男の足に躓き、最後の一人が倒れた。

 謎の美女の木の葉のように動く様に歓声が上がる。

 レインは一度大きく深呼吸をすると、真後ろにあるオープンテラスのボーイが持つグラスを手にした。


「これ、少し貰える?」と小さい声で話しかける。

「え? はい、どうぞ……。けどアルコールが」

「それは有難い」


 顔を赤らめたボーイからジョッキを受け取ると喉を潤す。キンキンに冷えたアルコールが身体の中を突き抜けたのを確認するとジョッキを彼に返した。


「ありがとう。請求は長にしていいから」

「はい……って、その声……男?」


 そんなボーイに軽くウインクすると、次の追っ手が来る前にこの場を離れる為、辺りを見回した。


「俺が空に投げてやる、来い!」


 そう声を掛けてきたのは牛の顔をした男性で、レインに向かって手招きしている。


「実に面白い余興だった! 逃げ切れよ!」


 その声に合わせ、レインは牛の男性に向かって走り込む。彼の手に足を乗せ踏み込むと、男性は思いっきりレインを真上へと投げた。

 飛び上がった美女を見て、また周りが歓声に包まれる。

 空に待ったレインはそのまま翼を使い、グライディングしながら次はどこに行こうかと坂道を眺めた。


「カーニバルを盛り上げるにはやっぱりバルベドとのゲート近くか? あそこで少し見せ場がある方が盛り上がるかな」


 独り言を吐き街の入り口近くのゲートを見つめた。その遥か先が明るくなっているのが見える。


「もうすぐ夜明け」


 そう、あの太陽が顔を出したら自分の勝ちだ。その時にはライの待つ長室に到着していたい。

 レインは向かおうとしていたゲートの広場を諦め、長室方面へと翼を動かす。

 ふと遺跡の方を眺めた。大きな原子力発電所跡の建物。その周りを取り囲む機械の数々。そしてさらに先に見える崖崩れの後。

 初めて人間遺跡に向かった時、あの崖崩れは何かをミネルに聞いたことがあった。あの時のミネルの歯切れの悪い声と、ルイの反応を思い出す。


——何か……まだこの街には何か大きな闇がある。


 自分はこの街に救われた。みんなに守られ支えてもらった。ならば自分もこの街に何が出来るかを探していかなければ。その為にもあの崖崩れ、あれの意味を知りたい。そう思った。






 そのままゆっくりと下降していく。屋根の上には追っ手はいないようだ。

 足が屋根に着いたレインは一度大きく深呼吸をし、また走り出そうとした。

 しかし何か急な寒気に囚われる。その感覚に身を任せ足を止めた。すると、目の前に長い腕が伸びてくる。レインの身に付ける装飾品に少し触れた腕は褐色だった。


「流石だ」


 その声に数歩後退し、声の主を睨む。

 褐色の肌、紺色の髪と耳。オレンジ色の瞳、高身長のその身を見て思わず「ゲッ!」と声を出す。


「やはりこうでないと……なあ? 緑色」

「エルドラド、なんでお前がこのイベントに参戦してるんだよ」


 彼に素直な言葉を投げかける。


「ライ殿からの許可は得ている。あのお方は実に面白いな」

「は? 長が? あの人はほんと……」


 レインの苦い顔を見てエルドラドは嬉しそうに尾を振る。


「お前を捕まえればいいのだろう? 本当は真剣での勝負を挑みたかったのだが……仕方がない」

「何が、仕方がないだ」と声を上げレインは走り込み、エルドラドから逃げようとした。


 しかし彼がこちらに追い付き退路を絶たれる。さすがスピードを誇る豹のビースト。

 レインはそんな動きに小さく舌打ちすると、ステップを変え別方向に動く。その動きにも反応してくるエルドラド。相手の動きの先を見ながら動くも、全て見切られている。


「あああ! もうッ!」


 レインはそんな動きに苛立ち、真っ向から飛び込んだ。


「そうそう! そう来なくては!」


 彼はそう言って喜び、真正面から向かってくるこちらの拳を受け止める。


「邪魔だ! どけッ!!」


 レインは受け止められた拳を下げ、身を翻しながらエルドラドに蹴りを入れた。その蹴りもガードされ、逆に反撃の拳が向かってくる。拳を交わすようにさらに身体を捻り、バク転をしつつもう一発蹴りを入れる。今度は身体にのめり込んだ感覚があったが、体格差であまりダメージを与えられていないようだ。

 レインは体制を整えつつ、エルドラドから距離を置く。そんな動きに相手は楽しそうに笑った。


「にやにやしやがって……」

「すまないな。お前との再戦を待ち望んでしたのだ」

「俺はしたくなかったけどな」

「そう言うな」


 エルドラドはこちらに仕掛けてくる。長い腕に逃げ切れるタイミングを逃す。数歩後退したが拳がレインの身体に入った。次の拳を受けながらエルドラドの背後に見える朝焼けを見る。


——なんとかこの場を逃げ切らないと。あと少し……あと少し……。


 三度目の拳を避け、身体を回転させながら蹴りを入れる。その蹴りでエルドラドの身体が少しばかり揺れた。その瞬間を逃さなかったレインはもう一度、同じ場所に蹴りを入れた。二度の攻撃にエルドラドの顔付きが変わる。獲物を逃すまいとしたその眼に次の攻撃を仕掛けるのをやめ、数歩後ずさりした。そして、屋根の隙間からフワリと落ちる。

 それを見ていたエルドラドは「逃げるのか!? 緑色!」と叫んだ。

 レインはその叫び声を聞きながら狭い路地に着地すると、急いでその場を後にした。


「このイベント、逃げたら勝ちなんだよ。お前に付き合ってられるか!!」


 拳を受けた頬を撫でそのまま暗闇の路地を走る。


「イベントなんだから手加減しろよ。あの黒豹」


 愚痴を何度か漏らし、そのまま長室に向かって全速力で走る。

 頭上を見上げると、ほのかに明るくなっているようだ。このままだと夜明けに間に合わないかもしれない。

 どこかで夜明けを待つか、それとも派手に大広間に登場しこのイベントを締める方がカーニバルとして盛り上がるだろうか。

 何通りかの案が脳内を駆け巡るが、やはりここは夜明けに合わせて長の目の前に立ち、一言文句でも言ってやらないと気が済まないという結論に至った。

 レインはそのまま路地を突き抜け、役所に続く本通りを走り込む。

 その姿を見た者達が、「例の美女が返って来た!」と声を出した。叫びに周りの者達が一斉にこちらを見つめる。

 一気に走り込んで来たレインに皆が声を上げ喜んでいる。その中から数人のビーストがこちらに向かって走り込んで来た。


「まだ時間はある! ここでアイツの正体を暴いて賞金を手にするぞ!」

「おら! かかれ! かかれ!!!」


 数人のビーストが叫びながら向かって来るが、そんな彼らをレインは軽くあしらう。

 その追っ手がどんどんと人数を増やしていく。どうやら最後に長室に向かうというのを予測していた者達が集まって来ているようだ。役所の前には何人ものビースト達が群れを成して謎の美女を捕まえようと待ち構えていた。


「こんなにいるのかよ……」


 レインは一度その場に立ち止まり、目の前にいる数十人の追っ手に唖然とした。

 もう空は青くなり始め、ジャングルの先からは明るい光が差し込んでいる。


——もう少し……もう少しなのに……。


 そう思いつつ待ち構えているビースト達がこちらに迫っている様に呆然と立ち尽くす。


「ここまで……か」

「そりゃどうだろうな?」


 急に声を掛けられ後ろを振り向く。そこにいたのは巨大な身体の鳥人族クレシットと、小柄な緑人族アカギクだった。


「二人とも……」

「ここから大逆転なんてのはどうだ?」

「何を言って……」


 驚いた顔のレインを見て、二人はニヤリと笑う。


「お前に協力してやる」

「きょッ! 協力!?」

「ああ、美女側についてはいけないってルールは無かったしな」

「ただ、それには条件がある」

「条件?」


 二人はさらににやける。


「お前の報酬の半分を寄越せ」

「はああ!?」

「いい条件だと思うぜ? 俺達二人が仲間になるんだ。目の前の追っ手をなぎ倒し、長室に直行出来る」

「二人とも、あの報酬狙いか!?」

「もちろん! ()()は金には変えられない価値があるからな」

「…………」


 レインの睨む顔に二人は「で? どうするんだ?」と笑った。

 悩んでいる暇はない。目の前にいる追っ手達が続々とこちらに向かって来る。

 そんな光景を見ながらレインはググッと歯を噛み締めた。


「二割……」

「おいおい、俺たちの力をそんなんで買おうってのか?」

「……三割」

「四割」

「…………」

「ほらほら、いいのか? もう夜が明けるぞ?」

「……分かった。四割!」


 その言葉に、「そうでないと!」と二人は拳を合わせ、レインの前に立つ。


「さあさあ、お姫様。俺達ビースト最強ツートップが長室までエスコートしますよ」


 アカギクの言葉とクレシットの筋肉を引き締める音にレインは大きなため息をついた。






 目の前のビースト達がバッサバッサとなぎ倒され、道が出来る。

「卑怯だ!」「幹部が美女に寝返った」「戦え! ここでアイツらに勝ったら名が通るぞ!」と声が上がる。そんな中、レインは周りの追っ手達の攻撃を交わしつつ、先を進んだ。

 空は完全に青くなり、太陽の光が装飾品を輝かせ始めていた。

 目の前に役所の入り口が見え、レインの足が玄関にかかる。その瞬間、皆の叫びと共に太陽が完全にジャングルから顔を出し、新しい朝が始まった。

 その場にいる追っ手達が悲痛の声を上げ、負けた悔しみを叫ぶ。

 レインは皆の顔を見ながら息を切らせつつ、さらに役所の中へと足を進めた。

 階段を上がり、巨大な扉の前に進む。開け放たれた扉をくぐると、そこにはいつも通りデスクに座る長の姿があった。

「お帰り、謎の美女」と声を掛けられたレインは長室の真ん中でたどり着き倒れ込んだ。

 息が上がり、頭の中に溜めていた長への苦情の数々が言葉に出来ない。

 長は歩きにくそうな足音を立てながらこちらに向かって来るとレインを覗き込む。


「どうだ? 楽しかっただろう?」

「ど……どこがです」


 息絶え絶えにそれだけ答える。

「お前の顔にはそう書いてある」とライは笑い、レインに向かってあるものを差し出した。

 上半身を起こし、それを受け取る。それはブルーの一升瓶だった。


「この世に十本しかない、幻の銘酒『ディオニュソス』。約束通り、お前への報酬だ」


 レインはその一升瓶を大切に抱きかかえる。

 そこで後から追って来たアカギクとクレシットが大きな足音を立て部屋に辿り着く。そして嬉しそうに「ああ、楽しかった!」と口々に言った。

 レインは息を切らせながら長室の真ん中に座り続け、みんなの笑う姿を呆然と見つめる。そしてふと抱きかかえる一升瓶の蓋を開け、その場で一気飲みし始めた。


「はああああああああ!!! レイン!!! 話が違うだろう!!!」


 アカギクがそれを見つけ、こちらに向かって走り込んで来る。

 クレシットがレインの腕を掴んで瓶から口を離させたが、もうすでに中身は飲み干されていた。


「おまええええ!!!」

「レイン! 報酬の四割は! 約束は!!?」


 二人の叫びと驚いた顔。その後ろに立つライの姿を見たレインは思わず笑い出した。


「笑って誤魔化すなレイン!」

「あははははは!!」

「おい! この酒の度数知ってるのか!? 一気に飲めるものじゃあないぞ!!!」

「あはははははは!!!」


 二人の必死な叫びにさらに可笑しくなり思いっきり笑い転げる。

 腹を抱え涙を流しつつ笑うレインと叱る幹部二人。その光景をみてゲラゲラと笑うライ。

 そんな長室を照らす陽の光はカーニバル最終日の始まりを知らせていた。



―――シルメリア謝肉祭三日目(最終日)。



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