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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第4章ノ参 シルメリア・カーニバル編
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第4章 32幕

 真夜中のシルメリア。いつもは裏路地からのほのかな光のみが見える時間帯。しかしこの数日感はいつも以上の賑わいを見せ、メインストリートから住宅街に至るまでどこも明るく賑やかだ。

 その街灯や店の明かりの中を息を切らせながらレインは全速力で駆け抜ける。

 どこへ逃げるかなど考えている暇はない。カーニバルを楽しむ通行人達を交わしながら、いつどこから現れるか分からない追っ手に警戒する。

 風のようにすり抜けるレインを通行人達は少し迷惑そうに見るが、引き留めて文句を言うような奴はいない。見た目もどこかのイベントの踊り子だろうと思っているのだろうか。派手な格好なはずが、今日は誰も気に留めなかった。

 すると後ろから大きな音を立てながらこちらに向かって来る数人の大男達が姿を現す。通行人達は大集団に驚き道を譲った。


「クソっ! 追いつかれた」


 レインは小さく声を出し、後ろを振り返る。道の真ん中を大きな足音で追いかけけ来る数十人のビースト達。皆のおぞましい気迫に一瞬身震いをし、急いで彼らから逃げる為に狭い路地へと駆け込んだ。

 そして建物の間に潜り込むとゴミ袋や棚、壁の隙間などを利用し屋根によじ登る。


「どこ行った!?」

「消えたぞ!」

「上だ!!」


 路地に追いついたビースト達が、こちらに向かって指をさす。レインはそんな男達を一瞬睨んだが、一秒も無駄には出来ないと屋根の上を走り去った。

 形の様々な屋根を飛び越えつつ、賑やかな声に惑わされないよう神経を研ぎ澄ましていく。レインが走る度に身体に着けた装飾品がシャリンシャリンと音を立て続ける。

 一瞬、風の音が聞こえた。その方向からは今度は飛行能力を使える鳥人族が数人こちらに向かってきているのが見える。


「いたぞ!!」


 声を上げた先頭の鳥人族の青年がこちらを指差す。

 その声に合わせて、屋根上に猫や蜘蛛、カエルなどのビースト達が飛び乗りレインの前に立ちはだかってきた。

 クッソ、と声を上げそうになったレインは歯を食いしばり進行方向を変える。その瞬間、ピンヒールが屋根の隙間に入り込み、大きく体制を崩した。


「!!?」


 声を上げる前に頭から地面に倒れこむ。その光景を見ていた追っ手達が焦りの声を上げた。

 体制を戻せぬまま落下する。衝撃に備え身を強張らせたレインだが、落下した場所は幸い藁を積み重ねたコンテナで、そのまま軽い音と共に地面に落ちた。

 一瞬の安堵の後、すぐに藁から抜け出す。周りのビースト達はもう動き出しているだろう。立ち上がろうとするが、履いているヒールの片方が欠けてしまいその場でもう一度倒れてしまった。

 動きにくい状態に小さく舌打ちする。コケてしまった為ベールがはだけてしまい、さらに苛立ちが増す。

 すると目の前に人影が現れた。


「レイン……さま?」


 その声に聞き覚えがある。そう、昨日話をしたばかりの相手だ。


「こ……コハル」


 レインははだけたベールの隙間から見える彼女の驚いた姿を見つめた。


「ど、どうされたのですか?」

「あ……っと……その」


 どう説明するべきか悩みつつ、横になった姿勢を起こし、立ち上がる。

 すると辺りがまた騒がしくなってきた。どうやら追っ手達がこちらに向かって来ているようだ。

 レインの危機迫った顔付きにコハルは何かを察したのか、急にこちらの手を握った。


「昨日の長の急用ってこのことですね?」

「え?」

「こちらに」と、小さく言うとコハルは路地の奥へと導く。

 そんな彼女に手を引かれ、レインは歩きにくい足取りで彼女の後を追った。






 コハルに手を引かれ、たどり着いたのは数メートル先にあった建物だ。

 二階建の階段を登り、木製の扉を開ける彼女が「どうぞ」とレインを招き入れる。

 部屋の中へ入るとそこは整理整頓された小さな部屋だった。


「ここは?」

「私の家です。ここなら誰にも見つかることはないと思います」


 コハルはそう言いつつ外の様子を伺い扉を閉める。


「コハルの?」

「狭い場所ですが……」と彼女は笑い、暗がりの部屋の真ん中にあるランプに火を灯す。七色に光る明かりを頼りにレインは部屋の中へと進んだ。「どうぞ」と勧められた椅子に座り、辺りを見回す。


「まずは着替えですね。私のでよければですが、レイン様が着れそうなものを探します」

「ああ、あの……この格好は……その……」

「事情はなんとなく察しました。長の命令でしょう?」

「ああ……」


 コハルはそう言いながら水をこちらに差し出す。可愛らしい柄の入ったコップを受け取り、それを飲み干した。


「街の人に追われているのも、ですよね?」

「そう、一晩逃げ切らないといけないんだ」


 レインは飲みきったコップをテーブルに置くと大きくため息をついて窓の外を眺める。

 コハルは濡らしたタオルを手渡す。


「お顔も拭いてください。お化粧、落とされた方がすっきりしますよ?」

「ありがとう……ごめん」


 タオルを受け取ると、彼女は微笑みそのまま部屋の奥へと消えていった。

 レインはタオルを握り窓から見える景色を眺める。坂道になっている街の風景。賑やかな灯りの数々に心を奪われる。


「この景色が好きなんです」


 隣の部屋から戻ってきたコハルがそう声を掛ける。


「少しマーケットから離れてますし、狭い路地の先にある部屋なんですけど……ここの景色が好きで、この部屋にしたんです」と彼女は椅子に座る。


「お姉様がアカシナヒコナという名を受け継いだ瞬間、私は死ぬ筈でした。けど、お姉様が私を逃してくれたから生きなきゃいけない。生きているのはこの先、私にしかできない何かがあるからだって……そう思い天界の城から逃げてシルメリアにたどり着きました。この先、どうしていいか分からないと嘆いてた時、長に助けて頂いてこの景色を見たんです」


 コハルは窓から見える明るい街並みを微笑みながら話す。


「こんな素敵な街を好きになれたら、きっと幸せだろうなって、ここに住み始めたんです。ここで生きて、こも街のために生きようって。この先、私にしかない運命があるまで、ここにいようって……この景色を見てそう決めたんです」


「コハル……」

「長はこんな私を大切にしてくれます。事情を知らない時でも優しくしてくれて、全てを話した後も変わらず接してくれる。たまに、変わったことを考えられる方ですが、全て街のことみんなを思ってのことなんです。だから……私はこの街と、長のために生きようと思っています」

「……」


 コハルの言葉を聞き、レインは握っているタオルを見つめる。


「レイン様?」

「俺……俺は……彼女のために生きていたい。そう思ってた」

「………」


 ポツポツと語るレインの言葉をコハルは静かに聞く。


「例えこの先、彼女に逢えなくても。彼女を想って生きようと思った。それしか俺の生きる意味がないと思ってたんだ。けど、俺もこの街が好きだよ。ここに来て、この街とみんなが好きになった。もちろんコハルも」


 その言葉にコハルは顔を真っ赤にして微笑む。


「過去しか見えていなかった俺に、今を見れるようにしてくれたのはこの街のみんなと長なのかもしれない」

「はい」


 嬉しそうなコハルの顔にレインも自然と微笑む。そして大きく深呼吸をしつつ目を閉じた。

『ライの掌で踊ってみる気は無いかな?』というフロレンス博士の言葉を思い出す。


「長の掌で……か」

「レイン様?」


 コハルが不安そうにこちらを覗き込んで来る。レインはゆっくりと目を開け、彼女に微笑んだ。


「コハル。ありがとう、なにか分かった気がする」


 その声に覇気が返って来たのを感じ、コハルは嬉しそうに笑った。


「いえ、お力になれたのなら」


 タオルを返し、残った左足のピンヒールに触れ、能力を使い凍らせると一気にへし折る。そしてゆっくりと立ち上がった。


「もう少し長の遊びに付き合うことにした。俺もこの街好きだから……カーニバルを盛り上げるぐらいの恩返しはしないと」

「はい」


 コハルの返事を聞き、レインはもう一度ベールを被ると部屋を後にした。





 街明かりが見渡せる屋根の上、ジャングルからの生暖かい風がベールを揺らす。

 まだ日が昇るには早い。あと数時間はかかりそうだ。

 動きやすい足元になったのを確認するように、何度か屈伸運動をする。

 その間に自分を見つけた追っ手達がこちらにジリジリと進んで来るのが見えた。

 ざっと見て三十人ほど。しかし、あの会場にいた何百人が自分を探している筈だ。そしてこの先さらに話を聞き、大イベントに参加し始める者は増えるだろう。

 レインは大きく息を吐き、目の前のビースト達を見下ろした。

 獣の目がギラリと光る。

「さあ、はじめよう」と小さく吐いた言葉は街の賑やかな音にかき消されていく。しかしその声を聴いたのか、目の前に集まったビースト達は一斉に()()()()に向かって飛び掛かってくるのだった。





 遥か遠くで爆発音が聞こえ、土煙が起こる。その雲の流れを見ながらライは「ああ~~今はあそこら辺か?」と嬉しそうに目を細めた。

 舞台上の端。街を見渡せる丘の上に造られた長専用の椅子に腰掛けた彼はとにかく嬉しそうで、終始ニヤニヤと笑っている。


「兄貴、またとんでもないこと言いだしたな」


 声を掛けてきたのは弟のルイだ。冷たい目線送ってくる弟に微笑みつつ「だろ?」と言う。


「やはりカーニバルは盛大にしないとな! いやあ、面白い!!」


 会場の観覧席に残った疎らな客達は、舞台の最後に長が起こした大イベントを面白おかしく話し、司会者達は出来ればこの盛大な鬼ごっこを中継出来ないものかと走り回っている。


「レインも可哀想に」と溜息をつく弟に「お? ルイはあの美女がレインだって気がついてたのか?」と声を上げる。

「当たり前だ。毎日手合わせしてるんだぞ。あいつの動きや癖は見たら分かる」

「なるほど。で? お前はあいつを捕まえに行かないのか?」

「ふんッ。しょうもない」


 ルイは兄を睨みながら口にする。


「そうか、街の奴らは楽しんでいるようだけどな」

「商売をしている奴らには迷惑だと思うが? ああやって建物を壊されたらたまったもんじゃない」

「まあ、そこは後で俺がなんとかする。それに……」

「それに?」

「レインも楽しんでいるみたいだし、これぐらい騒いでもいいだろう」

「あいつが?」


 兄の言葉にルイが驚き声を上げた。


「あいつ、また最近になって何か悩んでただろう? 俺達には到底想像も付かない何か……大きな物に立ち向かっている。それに押し潰されそうになってるあいつを救ってやりたい。そう思ったんだ」

「それでこの騒ぎか?」

「いい案だろう? レインはこれぐらい無理やりでもしてやらないと吹っ切れない。あいつの闇は大き過ぎる。この街全体で覆ってやらないときっと救えない」

「……」

「不服か?」

「いや。そうかもしれないな」


 ルイは腕を組むと一際賑やかな通りを見つめた。そこからまた土煙が上がる。どうやらその場所でレインとそれを追いかけるビースト達がいるようだ。

 そんな二人に向かって「失礼」と声を掛けてくる男が現れる。紺色の髪、褐色の肌をしたネコ科のビースト、エルドラドだ。高身長で体格に合わせた長剣を腰に刺した彼はライの前に立つと軽く会釈をする。


「今日は一人か? エルドラド」

「はい。長はバルベドに戻って明日の閉会幕の準備を。私はこちらの舞台を見学に来ていたのですが……なにやら面白いことになっていますね」

「だろう? どうだ? お前も」

「私もですか?」


 エルドラドは一瞬驚いた顔をし、ライを見る。


「言っただろう? こっちに来たら面白いものを提供してやるって」


 その言葉に目を輝かせる彼。ライは更に口角を上げた。


「お前のことだ、あの謎の美女。誰か検討ついてるんだろう? 刀での再戦は無理だが、もう一度手合わせできる場を提供してやる」

「……」


 エルドラドは一瞬悩んだ顔をしたが、「面白い」と一言吐くと、腰に下げていた刀を隣に立つルイに差し出した。


「この刀、少しばかりの間預かって頂けないだろうか?」

「あ、ああ……構わないが」


 ルイは獲物を見つけた豹の瞳に圧倒されつつ、刀を受け取る。

 エルドラドは一度ライに向かって「では、この大イベント。私が勝利してもよろしいのですね?」と微笑んだ。


「あいつを捕まえて俺の元に連れてきたら……の話しだけどな」

「ご希望ならご覧に入れましょう」


 そう言葉を残し、エルドラドは舞台から飛び降りると街の方へと走り去って行った。


「ああ……ありゃ本気だぞ? 兄貴」

「いいじゃないか! さらに面白くなって来た!」とライは大きな声を上げ笑いだした。


 気楽な兄を冷ややかな目でルイは睨む。そして辺りを見回す。


「そう言えばミネルを見なかったか?」

「ミネル? さあ、舞台を観には来てなかったと思うが」

「そうか……どこ探してもいないんだ。遺跡にでもいるのか?」


 ルイはさらに賑やかになる街を眺めた。





「博士! はーかーせー!!!」


 声を張り上げ遺跡の中を歩く。ミネルは暗闇の中でランタンを握ったまま歩き続けた。


「もう、今日はカーニバルの舞台を見に行くつもりだったのに……博士が見つからないと行けないじゃないか!」


 少し怒る口調で暗闇を進み、いつもフロレンス博士がいるはずの区画を探す。


「ここにもいない……。もう! どこにいるの!」


 頬を膨らませミネルはさらに奥に進む。この先は人間ゲートのある部屋だ。あの部屋だけは電気が通っている為、明かりが灯っている。多くの機械が動く中枢にへ歩きながらミネルはランタンの火を消し、中を覗く。しかし、ダメもいないようだ。仕方ないと部屋の中へ歩き続ける。

 その先に何かの物音が聞こえた。

「はか……」と声をかけようとする声が掠れる。

 そこには確かにフロレンス博士がいた。地面に倒れ込み、動かない彼が。

 そして彼の前に立つ人物がなにやらブツブツと声を上げ人間ゲートを操作している。


「なにしてるの?」


 ミネルがそう声を掛けると、彼女はゆっくりと振り返った。


「あやや……博士だけでなくミネル殿もおられたとは。今日はカーニバルゆえ、誰もいないと思っていたのですがね」


 その場にいた少女、リリティは少し困ったような表情を浮かべながら微笑む。


「ミネル殿、もしよかったらお手伝い頂けますか? このゲートを少しだけ使いたいのですよ」

「なに言ってるの? このゲートはまだちゃんと動くかも検証されてないんだよ? きちんと繋がる保証もないのに……。それに、博士どうしたの?」

「ああ、博士ですか? 私がお手伝いを頼んだのですが、断られまして……致し方なく」

「だからって……こんな……。どうしたの? リリティ、いつもと違う。変だよ」


 ミネルは不安になり数歩彼女に近づく。


「変……ですか? そうですか……でも、このタイミングが一番かと思ったので。そろそろ動き出すことにしたのです」

「なにを言ってるの?」

()()()()()()()の為に……」


 その言葉に合わせ、彼女の翼が黒色に染まっていく。マーブル状に渦巻く色はやがて翼全体を染めていった。


「……堕天使!?」


 ミネルがそう叫んだ瞬間、リリティはこちらに踏み込み背後を取っていた。

 大きな音を立てミネルは倒れこむ。そんな彼を見つめ()()使()リリティはニヤリと不気味に笑った。


「さあ、我らの王をお迎え致しましょう。このゲートを使えば……あなた様の元へ我が絶対的主君をお連れできます。リュウシェン魔王陛下」


 その甲高い叫びは巨大な機械音とともに部屋の中で響いた。




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