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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第4章ノ参 シルメリア・カーニバル編
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第4章 31幕

 


 ―――シルメリア謝肉祭二日目。



 長い夕焼けが終わりを告げ、夜空に星が瞬き始めても、シルメリアの街は眠らない。

 賑わう飲み屋の通りもだが、いつもは静まり返る大通りも謝肉祭の間は夜通し光が灯り、人が行き交う。

 香ばしい肉の焼ける匂い、甘い果実の香り、酒を飲み交わすグラスの音、人々の笑い声。

 そんな賑やかな音が遠くで聞こえる。レインは目を瞑り、自分の瞼に載せられるフローラルな香りに鼻を啜った。

「姐さん……」と声を掛けるが、「ああ、動くでない」と叱られる。この会話を何度しただろう。

 レインは膝の上に置いた手をモゾモゾと動かしながら必死に耐える。

 数分の我慢の後、ようやく「うん、バッチリじゃ。ええぞ」と声を掛けられる。

 やっとの思いで瞼を開けた。何度か瞬きをすると、目の前にいるアリュークが満足げにこちらを見つめていた。「渾身の出来じゃ!」と鼻息を荒げる。

 レインはそんな彼女の満足そうな顔を見て大きく溜息を付いた。

 我慢の限界と立ち上がろうとする。しかし、「ああ! 仕上げ! 仕上げ!!」とアリュークに止められ、もう一度椅子に座らされた。


「口元は派手にいくのが今の流行じゃ!」


 そう言ってレインの唇に真っ赤なリュージュを小指で塗る。


「っちょ! そこまでする必要あります!?」

「何を言っておるんじゃ! お主が『やるからには完璧を』と言ったではないか! バレたくないのだろう?」

「そうは言いましたけど……」


 そんな会話をしていると、仮設テントの入り口から「入るぞ~」と声が聞えた。


「丁度完成したところじゃ。入れ」


 中に入って来たのはアカギクとクレシットだ。二人は目の前に座るレインを見ると「おお!」と声を上げる。


「こりゃ……また」

「なかなか化けるもんだな」


 二人の反応に「それ、どういう意味?」とレインは睨んでゆっくりと立ちあがる。そして、目の前に置かれたピンヒールのボーンサンダルを履いた。

 その動きに男二人はさらに「おお!」と声を上げる。

 レインはますます二人を睨んだ。

 しかし、その反応も仕方ないだろう。レインの見た目は日頃のものとかけ離れているのだから。

 薄手の生地の服装。腰回りや肩は露出し、ショートパンツにレースの装飾が身体を覆う。頭は若草色の髪を隠すように髪留めをし、耳や首回り、腕や足首は派手な貴金属があしらわれている。

 顔は先ほどまでアリュークが腕を振るった化粧。香水を降られ、動く度に華やかな香りが辺りを舞った。


「どこからどう見ても『女』だな」

「ああ、驚いた。流石アリュークだ」


 二人の絶賛の声にアリュークは胸を張り、レインは肩を落とす。


「わっちに掛かればこんなも~んよ! しかしのぉ~」


 アリュークはレインの胸元に目を持っていき、「詰めるか……」とぼやく。


「流石にそれはいいです!!!」

「え~! もうここまで完璧なのに~」

「いや! 動きにくいでしょ!? 胸まで作ったら舞なんて踊れませんよ!!」とレインは胸を押さえながら叫んだ。


「ええ~。つるペタも確かに魅力的ではあるが、やはり女ならこう、ぼいんとじゃな~」と、自分の豊満な胸を揺する。

「俺はお・と・こ・ですから!!!」

「っちぇ~もったいない」


 アリュークは嘆きながらも渋々了承する。

 レインはアリュークの不服そうな顔を見ながら、べールを下ろす。薄いルージュ色の布に隠れ金と紅色の瞳が隠れる。


「え? 隠すのか? せっかく化粧したのに」


 アカギクの言葉に「当たり前でしょ。目の色でバレる」と睨む。


「もったいない。別にお前と分からないと思うがな」


 クレシットも残念そうにこちらを見つめた。


「あの、みんな勘違いしてません? 俺したくてこの恰好してるわけじゃないんですからね? ()()()()舞台に上がるから、()()()()この恰好してるんですよ!」


 レインの溜息交じりの言葉に、三人は不服そうに「ぶ~~」と叫んだ。

 そんなカーニバルの空気を完全に楽しんでいるシルメリア幹部の三人を睨み付ける。


「と、そんな話してる時間もないんだ。レイン、出番が近いから移動するぞ」


 アカギクの笑い顔にレインはさらに嫌そうに顔をしかめ、歩きづらいピンヒールを踏み鳴らし外に出た。

 仮設テントは舞台の裾に建てられている。

 同じようなテントが何機も建てられており、そこは出演者の控室になっている。

 外はどっぷり更けていた。夕日を眺めながら仮設テントに入ったはずのレインは何処まで自分は拘束されていたのかを実感し、また落胆する。

 大きな溜息を付きながら昨日のライの言葉を思い出した。


『レインを女装させて、舞台に上がらせろ』


 あの言葉……。今、思い出しても憎たらしい。

 しかし、ここまで来てしまってはもう後戻りはできない。

 レインは空に瞬く星々を見ながら大きく深呼吸をすると、ヒールを鳴らしアカギクとクレシットの後を歩いた。







 周りの目線が自分に向かって来るのが分かる。

 皆がこちらを見つめ、ぼそぼそと話をしている。

 もっとも苦手なその目。イライラを隠すように前だけを見て歩き、舞台の裾に上がった。

 そこには豪勢な背もたれの椅子に座るライがいる。長の特別席だ。その後ろにアグニスが立っている。

 レインは舞台上を見ながらライの方に歩みを進めた。

 舞台ではどうやら手品が行われているようだ。箱に入ったビーストを剣で刺して箱を開ける。中のビーストが無傷で生還する姿を見て、会場の人々は大きな歓声を上げていた。


「あれ、人間遺跡で見つけた書物からヒントを得てるらしいんだが、お前知ってるか?」


 彼の隣に立つとこちらを一瞬見る。そして唐突にそう声を掛けられた。

 レインは一瞬ライを見るが、無言のまま舞台を見る。


「なかなかに化けたな。流石アリュークだ」

「…………」

「お前がここに上がって来てから、何人かこっちばかり見てるぞ。なかなかの美女に見えるし……って、なんだ? 話し方を忘れたか?」

「…………」

「おい、レ……」


 ライが名を呼ぼうとした瞬間、レインは咄嗟に彼の口を手で塞ぎ、ギロリと睨んだ。そして耳元まで顔を近づけると「こんなところで名前を呼ばないでください。バレるでしょう!」と小声で怒りを表す。


「心配ないさ。舞台の音で聞こえるわけがない」

「万が一ってのを配慮してください」


 額に血管を浮かせつつ、レインがドスの聞いた声を出すと、ライは嬉しそうに笑った。


「ああ、だから声もそんなに小さいのか。声でばれるのを恐れて」

「当たり前でしょう? こんな格好、この人数にバレたら……」


 レインはそのまま長の特別席から見渡す観衆を見つめた。

 様々な色の髪の毛、耳、尾……。舞台上を見つめる大観衆は数えきれない。

 その後ろには木材で作られた矢倉に設置されてる照明。人間遺跡から発掘されたライトを役所の地下にある発電施設に繋ぎ、明るい舞台を作っている。


「こんな舞台上で……」


 レインは自分の正体がバレる想像をし顔を青くする。


「大丈夫だ!」

「何がですか!!!」


 そんな小声での言い合いを特別席近くにいる観客達がちらちらと見ている。


「あれ、だれ? 踊り子さんかな?」

「長との距離近い!」

「親密な仲?」

「けど、後ろにアグニスさんいるけど??」


 そんな声にレインは驚き、ライの耳元から顔を離した。そして後ろのアグニスの隣に立つ。


「なかなか苦労してるみたいね」

「大苦労です」


 アグニスは少し口元を緩ませながら、「ヒールを履く時は身体の重心を後ろにするの、背筋を伸ばして」と話し出す。

 レインはその言葉の通りに胸を張り、背筋を伸ばした。


「そう、それでいいわ。もう少しで出番。しっかりね」

「は……はい」


 レインの返事に彼女は眼鏡を上げながら微笑んだ。

 舞台上の手品は終わったらしく、次は女性が民族の歌を歌っている。レインはその歌を聞きながらもう一度大きく溜息を付いた。






 程なくして、歌も終わり、舞台上が暗くなる。レインは自分の出番が来てしまったことを悔やみながらアグニスの横から離れ、舞台に向かって歩いた。

 その道中、舞台裾にアカギクとクレシット、アリュークが面白そうにこちらを見ているのが見えた。

 レインはそんなエールをふんっと鼻を鳴らし顔を背け、颯爽と通り過ぎる。

 舞台上は思ったより広い、ヒールの音も良く響く。


 --少しの間だけ……。そう、一曲踊ればいいだけ。


 心の中で言い聞かせ、客席を見る。そこには数えきれない人々の目が光っていた。

 目の前がくらくらする。逃げてしまおうかとさえ思う。しかし、報酬が頭を過る。ここまで来たのだ、あの報酬を手にしなければ……。


 --女装して一曲踊れば報酬二倍。女装して一曲踊れば報酬二倍。


 何度も唱える。

 暗転だった舞台がライトによって明るく照らされる。舞台の中心に立つレインを観客は何が始まるのだと胸躍らせ見つめた。

 音楽が流れ始める。小さな音がやがて大きく響き渡った。演奏する楽器が増える。それに合わせ、レインはゆっくりと身体を動かした。

 滑らかに、揺れ動く。リズムを刻みステップを踏む。ヒールの音が反響する。

 音楽がテンポを速め、盛り上がっていく。レインは刀を振るように、自分が日頃動く演舞のような武術を布で表現する。舞台を滑るように動く様を観客は見つめた。

 身に着けた貴金属がライトに照らされ光り輝く。夜の空に響く音楽とその音を切り裂くような舞は観客を魅了し、釘付けにさせる。

 やがて曲が最後の盛り上がりを終え、静かに収まる。それに合わせ、レインも舞台の中心に膝を付き、静かに動きを止めた。

 そのまま舞台の照明が暗転する。

 瞬間、会場全体から歓声が上がった。沸きあがる拍手、声を上げる獣たち。アンコールという声もある。

 レインは息を切らせながら、そんな観客をよそにライの元まで颯爽と歩く。そして、先ほどと同じようにライの耳元まで顔を近づけると「仕事はこなしましたからね」と言った。

 ライは満足げにニヤリと笑い、「ああ、最高に面白かった」と返してくる。


「見て見ろよ、この歓声を。やっぱりお前を最後に出してよかった。こんなに盛り上がるなんてな」

「お褒め頂けるのは嬉しいんですけど、俺、そろそろ着替えたいんで」

「そんな急がなくてもいいだろう。もったいない」

「急ぎます。知ってる奴に見られてバレでもしたら……」


 レインがそう言って溜息を付く。

 そんな二人を会場全体が見ているのに気が付いたライは一瞬何かを考えるように首を動かした。


「さっきの舞、すごかったな。見ろよ! ベールに隠れた顔。どんなんだろう」

「絶対美女だぜ」

「長は親しいのかしら? あの女性は一体何者?」


 会場がざわついている中、舞台ではこのイベントの司会者が今年の優勝者を決める投票の説明をしている。

 ライはそんな舞台上の司会者をちょいちょいと手招きした。

 司会者は一瞬なんのことか分からなかったが、自分のマイクを貸せという意味なのを理解し、説明の途中にも関わらず、長へとマイクを渡す。

 ライはマイクを受け取ると、そのまま隣に立つレインの腰を自分の尾で押さえ、逃げられないようにした。


「……!?」


 レインはその動きに驚き、その場に固まる。


「ええーー。みんな、祭りを楽しんでいるようで何よりだ。この舞台の演出ももう今年で数年になる。そろそろ、お前ら……新しい企画を欲しているんじゃないか?」


 その言葉に会場含め、運営側も何を言っているのか戸惑う。


「先ほど舞台の締めを舞ったこの人物。皆、こいつが誰か気になるだろう?」

「……ッ!?」


 急な発言にレインは声を出しそうになったのを手で押し殺した。


「それで、俺はもう一つ余興を考えた。たった今! 考えた! こいつの正体を暴いた者には俺から賞金をやろう。そうだな……今年の乾季、毎晩飲み明かせるぐらいは出そう」


 ライの思い付きの言葉にレインは思わず逃げようともがく。しかし、尾がしっかりと腰に巻き付いて逃げられない。


「ルールはこいつのべールをはがし、正体をさらけ出した者を勝者とする! 制限時間は夜明け。ジャングルから日が昇りきった時までとする。武器、能力の使用は認めん。建物や出店の商品の損害は自分で持てよ。まあ、勝者になればそんなのはした金だ」

「……ッ!……ッ!!」

「さあ、もう少し俺を楽しませてくれ! カーニバルの夜はこれからだ!」


 その言葉に観客は大きな歓声を上げる。司会者はそんなライを唖然と見つめ、しかしどこか諦めているようだ。

 ライはマイクを少し放し、こちらに耳打ちしてくる。


「さあ、()()()()。報酬を三倍にしてやる。一晩逃げきってみろ」

「あんたって人は……」

「言っただろ? この街の法律、ルールブックは俺だ」


 ライは歯を見せ「俺を誰だと思ってるんだ?」と笑う。その憎たらしい笑みをレインはこれでもかと睨んだ。


「さあ、ゲームスタートだ!!」


 ライはそう言って掴んでいた腰を放す。レインはその瞬間から舞台裏に向かって走り出した。

 観客はそれを追おうと舞台上に上がり、追いかけて来る。

 一瞬で辺りは騒然となり、慌ただしくなった。

 そんな光景を見ながらライは可笑しくなり、大きな笑い声をあげつつ「盛り上がれ、盛り上がれ! 祭りだ!!」と叫んだ。






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