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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第4章ノ参 シルメリア・カーニバル編
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第4章 29幕

 レイン、コハルは各イベントブースを見て回り、食べ歩きなどを楽しんだ。コハルの見たかった小動物の展示ブースは触ったり、抱き上げることのできる環境を作られていて、子供たちが賑やかに楽しんでいた。

 バルべドからの出店物は街の特色を色濃く出ているものが多く見ているだけで心が躍る。

 心が躍るのはきっとカーニバルだけのせいではない。きっとこの人が隣にいるからで……。

 歩くスピードを気にしながら進むレインの横顔を見つめ、頬を赤らめた。


 ――こんなに幸せな時間を過ごしてもいいのかな。


 胸元の手を撫で、コハルは赤らめた顔を見られないように露天に目を移した。


 目に入って来たものに「わあっ」と思わず声を上げ、足を止める。床の布の上に並べられたのはキラキラと光る小物たちだった。

 そのままのぞき込み、多彩な色の石や貝の装飾を見つめる。

 ふと一つ、真っ赤な石が付いたブレスレットに目が止まり、そっと持ち上げた。他のものに比べると石も小さく、装飾もおとなしい。しかし、コハルはそこに惹かれた。


「気に入ったのがあった?」


 レインが隣からのぞき込んでくる。


「はい、これが……とってもかわいい」と、レインへ見せた。その紅い瞳と自分の持っている石の色が一緒なのに気が付き奇麗だと思う。

 同じ色だな……とぼんやり考えていると、レインは唐突に「これ」と店の亭主に声を掛ける。そしてそのまま銀貨を手渡した。


「え? ええ?」


 コハルは急なことに驚き声を上げたが、その頃には亭主から釣り銭がレインの手もとに返されたところだった。

「はい、貸して」という彼に握っていたブレスレットを手渡す。レインはそれをコハルの左手首にはめた。


「あ、あの……これ」


 コハルは腕に付けられたブレスレットを左手で撫でながら質問する。


「気に入ったんだろ? プレゼント」

「で、でも」

「今日一日付き合ってくれたお礼だよ」


 レインはそう言って次の露天に向かおうと歩き出した。


「え? そんな!」


 彼の背中を追いかける。


「お付き合い頂いたのは私なのに……」

「最近どうも気分が塞いでさ。本当はカーニバルの運営側を手伝って気を紛らわそうとしてたんだ。けど、イレアやルイに誘われて、コハルとこうして見て回れて楽しかった」

「まだ、夢をご覧になるのですか?」


 レインに追いついたコハルは心配になり、顔色を見つめる。


「うん。たまに。けど前よりはいい。発作も少ないし、朝の目覚めもいいから」

「ご気分が悪くなったら言ってくださいね」

 不安そうなコハルの声にレインは慌てて「大丈夫、大丈夫」と笑った。


「それよりもコハルも気分悪くなったら早く言えよ。アカシナヒコナからのお告げが来たら気分悪くなるんだろ?」

「それは……」


 確かにレインの言う通り、姉からの言葉はいつも唐突で、強烈だ。視界が遮られ、頭痛がする。急な症状に何度か倒れたことがあった。


「アカシナヒコナのお告げは大体、俺宛だ。俺の関係者が君を通じてこっちにコンタクトを取ろうと図ってる」

「レイン様の?」

「ああ」


 レインは一瞬顔をしかめつつ前を見つめた。


「あいつは俺に()()()()()()と言ってる」

「それは、軍に戻って欲しいということですか?」

「軍というか、騎士に……だな」

「騎士?」


 そこでレインは自分が早いペースで歩いているのに気が付き、コハルへ振り向いた。


「ごめん。あんまりおもしろい話じゃないな」

「いえ、大切なことです」とコハルは貰ったブレスレットを撫でながら微笑む。


「私はこの街の街巫女。レイン様の巫女でもありますから……あなた様のお力になります」

「ありがとう」


 レインの言葉にコハルは顔を真っ赤にし、「私も、ありがとうございます。これ……大切にします」とどもりながら話した。

 その時。レインの足元にストンと何かがぶつかって来る。軽い反動に驚きながらレインは足元を見た。

 そこにいたのは猫の耳を持った茶色の髪の少女。見覚えのある顔だった。


「あれ? 君……」


 レインがそう声を掛けると、幼い猫科のビーストはこちらを見上げながら「緑髪と赤目……の」と力なく答えた。

 そして安心したのか大きな瞳を震わせ、ボロボロと涙を流し始める。


「お知合いですか?」

「ちょっとね。どうした?」


 ボロボロと涙を流す幼女にレインはかがみ目線を合わせた。


「おにいが……おにいいが、いなく……ヒッ……く。おにいがぁ」

「はぐれたのか?」

 幼女はこくんと頷き「おにい……どこいったの? ううぅ……」とまた涙を溜める。


「迷子になったんですね」

「みたいだな……」とレインは辺りを見回す。


「確か、兄貴もこの子と同じ耳のビーストなんだ。数か月前にこの街に来たらしくて、長室でたまたま会っただけだけど……。さすがにほっとけないな」


 そう言ってその幼女をひょいっと抱きかかえる。肩まで担がれた幼女は一瞬驚いた顔をしたが、泣くのをやめ、レインを見つめた。


「この方が遠くまで見えるだろ? 兄貴探すの手伝ってやるよ」

「ほんとう?」

「本当。俺はレイン。名前は?」

「ルルフィ」

「ルルフィね。さ、よく見て。兄貴より背が高くなったんだから、ルルフィがおにいを見つけるぞ」


 幼女は急に目を輝かせ、「わかった! ルルがおにいを見つける!」と涙を拭いた。


「そんなわけだ、コハル。カーニバルを見て回るのは後回しになるけどいい?」


 レインが申し訳なさそうにこちらに笑いかける。コハルは大きく首を振って微笑み返した。


「もちろん。ご一緒します」

「ありがとう」







 その後はあちこちの屋台や路地を入り、ルルフィの兄を探すことになった。さすがカーニバルなだけあり、人通りも多く小さな男の子を探すとなると骨が折れる。

 それでもレインは肩に乗せたルルフィの寂しさを紛らわせるように明るく話題を振り続けた。

 そんな彼の新しい一面を見つつ、コハルは後を追う。

 ルルフィは北東の地域からの難民のようだ。両親は天界天使の奴隷狩りに遭い、そのまま行方知れず。幼い二人はタンスに隠れていたことにより逃げ切り、このシルメリアを探し旅をしたそうだ。戦場を歩いたこともあると話をする小さな子の背中を見つめると心が痛む。

 そんな迫害の対象になるビースト。各地域での反乱や、内戦の多くはそんな迫害から起こるものだ。この街、シルメリアもそんな反政府組織の大きな存在。今は商人の街として栄えているこの地も、昔は最前線として名が知れ渡っていた。

 長『ライ』。ビースト最強の龍人族、その頂点の血を持つ男。彼が過激派として名をとどろかせていたのは今から七年前。天界と地下界の戦争が収束した直後だ。

 コハルは丁度七年前。ライがこの世界の最強ビーストと呼ばれ、反政府組織を大きくしていた頃にこの街に来た。政府から匿ってもらったと言った方がいいだろうか。

 そしてあの日。この街は炎に覆われ、ライの腕と足が切り落とされた。そして……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あれからもう七年だ。


「な? コハルもそう思うだろう?」


 レインの急な言葉にコハルは「へ?」と間抜けな声を上げる。昔を思い出しながら後ろを歩いていたせいで、彼とルルフィの会話についていけていなかった。


「俺は魚料理食べるの下手なんだ。どうも骨がうまく取れなくてさ~」

「ええ、レインにぃはお魚嫌いなの? ルルはちゃんと食べれるよ!」

「偉いな~。ルルフィは俺より偉いな」

「でしょ~ルルは何でも食べるよ! あとね! あとね!!」


 レインのおだてに嬉しそうに話をするルルフィ。先ほどの泣き顔はどこにいったのか、満面の笑みでレインを見ている。レインは彼女に微笑みを返しつつ、周りを見渡し兄を探す。

 そんな二人にコハルは思わず笑ってしまった。


「ああああああ!!!」


 急に後ろから声を掛けられ一同が振り返ると、そこにはルルフィと同じ髪色、同じ耳の兄の姿があった。あちこち走ったのだろう、息を切らせながらこちらに駆け寄る。


「おにい!!」


 ルルフィは嬉しくなりレインの肩から降りようともがく。レインはそんなルルフィをそっと降ろしてやると、一息付いた。


「どこ行ってんだよ! ルル!」

「おにい! おにい!!」


 兄弟はしっかりと抱き合い、再開を喜ぶ。

 そして兄がこちらを向くと、「緑髪の紅目傷……」と警戒してきた。


「レインにぃがね、一緒におにい探してくれたの」

「一緒に?」

「うん」


 ルルフィの言葉に兄は睨む目つきを辞め、「ありがとうございました」と頭を下げる。

 レインは「いや、見つかってよかった」と微笑んだ。


 二人はそのまま手を繋ぎ、マーケットの中を進んで行った。時おりルルフィが後ろを振り返りこちらに手を振る。そんな二人の背中をレインは見つめ、何度も振り返る彼女の姿に手を振って答えた。

 二人の姿が見えなくなる頃、レインは大きな深呼吸をした。


「お疲れさまでした」とねぎらいの言葉を掛けると、彼は「いやいや、コハルこそ付き合わせて悪かった」と返してくる。

 そんな彼に首を振った。


「お茶にでもしよう。お腹減ってない?」


 レインはそう言い目の前にあるオープンテラスのカフェに入った。コハルもそれに続く。

 飲み物と軽い食事を頼み、テラス席に座る彼を追いかけ、コハルも向かいに腰掛ける。


「まるで兄妹みたいでした。小さなお子さん好きなんですか?」


 急な問いかけにレインは驚くが「妹がいるんだ」と話を切り出した。


「妹さんが?」

「うん。俺と三歳違いの……。病弱でずっと病院で生活してるけどね」

「ご病気なんですか?」

「肺の病気でさ。生まれて病室から出たことがないんだ。寝たきりのことも多いし……」

「…………」

「いつ死ぬかも分からないって言われてて、それでも手術を繰り返して生き抜いてたんだ。俺はそれを見守ることしか出来なくて。けど、結局俺が先に死んだから……もう話すことも触れることも出来ないけど」

「次元の違い……ですね」

「うん。人間と転生天使の間にあるものだよ。いや、天界と中界の間にある次元の違いだから……種族の問題じゃないのかもしれないけど」

「人間、転生天使、天界天使、ビースト……」


 深刻な顔をしたコハルの前にスイーツと冷えた飲み物が運ばれてくる。その煌びやかな登場にコハルは考えるのを辞め、目を輝かせた。

 そんなコハルの喜びようにレインは微笑み、自分の前に出されたパンと生ハムの料理と飲み物を運ぶウエイトレスに礼を言う。

 コハルはごゆっくりという蜘蛛のビーストのウエイトレスにお礼を言い、目の前にある色鮮やかなスイーツに手を出した。

 レインも飲み物を口にし、ほっと一息付く。


 そして「さすがに昼間からアルコールは避けたけど、周りを見てると……」と笑った。


 周りの客たちは昼間の時間からビールやワインを飲み交わしている。


「カーニバルですから、お気になさらず飲んでください」

「いやいや、さすがにこのタイミングはよしとくよ。どうせ夜になれば誰かに誘われるだろうし」


 レインはもう一口飲み物を喉に通す。そんな彼を気にしつつ、コハルは一番手前に切りそろえられたフルーツを口にした。

 フルーツの甘味が口いっぱいに広がる。思わず零れる声に彼に笑われた。

 口の中の甘さはきっとフルーツだけのものじゃない。カーニバルという特別な催し物を見て回り、彼の新しい一面を垣間見て、こうやって二人でオープンテラスで食事を取る。そんなシチュエーションが今、口の中に広がっているのだ。

 そんな二人の時間がいつまでも続けばいいのに……と思ってしまう。


 一瞬、ドドンガ共同駆除作戦の時に見たビジョンを思い出す。スカイブルーの髪の女性。レインの最愛の人。彼の生きる意味。

 今の幸せの甘さをかき消すような気持ち……。

 次に見つけたスイーツを口に含む。それは酸味の効いたベリーだった。先ほどの甘い気持ちを消し去るように口の中に広がる。


「酸っぱい……」

「……?」


 コハルの言葉にレインは口を広げ、パンを齧ろうとした動きを止めた。

 そんな二人の空気を割くようにドカドカと大きな足音が周りを制しだす。数人の大きな足音はどうやらこちらに向かって来ているようだ。


「いたぞ!!」


 聞き覚えのある声にレインは咥え損ねたパンを持ったまま、目の前に現れた人物を見上げた。


「レイン、見つけた」


 その声の主は巨大な鳥人族の族長、クレシットだ。巨体がオープンテラスのパラソルに覗き込むように入ってくる。その後ろにはクレシットの部下が数人いた。


「へ? な、どうしたんですか?」


 急なクレシットの登場にレインは驚きを隠せない。


「仕事だ。至急、長室に」


 クレシットのめんどくさそうな顔を見て、レインも苦い顔をする。


「また、厄介ごとですか?」

「そう、まただ。あの長は……いや、ここでは話せない。付いてきてくれるな?」


 大きなため息をついた彼に、クレシットは申し訳なさそうに言った。


「コハル、すまんがこいつ借りていくぞ。せっかくのデートを台無しにしてすまない」

「で! でででで………デートだなんて!!!」


 コハルは大きく手を振って答える。

 先ほどのスカイブルーの髪の女性を思い出し、さらに申し訳くなりはじめ「すみません」と声に出した。


 ――デートだなんて……自分にはそんな……。


 彼は自分のことをなんとも思っていない。彼には想い人がいて、自分もその方のために生きている彼を応援すると決めたのだ。だから……。


「じゃあ、コハルごめん。今日はここまで」


 コハルの寂しそうな顔にレインは声を掛ける。彼が心配そうに見つめるので、コハルは首を振った。


「一日楽しかったです。ありがとうございました」

「行くぞ! このまま長室に直行だ」


 クレシットはそう言ってレインを抱え、翼を広げる。


「はあ!? そんな急用なんですか?」


 レインは驚きながら声を出すが、言葉の途中にはもうクレシットは宙を舞い、そのまま長室へと飛び立って行った。

 風が一気に舞い、自分の黒髪を撫でる。

 そんな賑やかな一行を見届け、コハルはまた元のテーブルに着いた。左腕に付けられたブレスレットの赤い宝石を見つめ、微笑む。


「少しだけ、もう少しだけ……」――あのお方に想いを寄せてもいいですか?


 会ったこともない、一瞬ビジョンで見ただけの彼女に問う。


 ――きっとあのお方はあなた様の元に帰ります。そのお手伝いを私はしたい。だから……もう少しだけ、あのお方のお傍にいさせてください。


 そして食べかけのスイーツを口にする。思わず笑みが零れた。


「甘酸っぱい……」







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