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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第4章ノ参 シルメリア・カーニバル編
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第4章 28幕

 朝日が静かに部屋の中に降り注ぐ時間。

 早朝のシルメリアが自分の中で一番好きなひと時だ。

 ライは不自由な足を動かし、窓辺に寄り掛かると朝日を眺めつつ右腕を撫でた。

 ()()()の朝もこんな天気だった。今までに見たこともないいい天気で、自分たちの作戦の成功を先に祝ってくれているのかと思ったくらいだ。

 あの後、すぐに天気は崩れ、反政府組織過激派の三分の一が死亡した。

 そして、この街も……。

 ライは撫でる手を強く握る。右腕の消えた先を見つめ、過去の過ちを悔いた。


「あれから……七年か」


 右腕、右足を切り落とされ、地に落とされる自分が見えた。

 土砂降りの雨の中、這いつくばりながらも前に進もうと左手を伸ばす。

 過激派の仲間たちの死体と、街の燃やされる光景が今も目に焼き付いて離れない。

 血だらけの身体。それでもまだやれると思っていた。

 手を伸ばす。街が……街が、と声を上げる。


 ―――街だけは守らないと。


 残された左手を前へ……前へ……。

 伸ばした先に佇む小さな身体。顔を上げる。そこにいたのは涙と雨でぐしゃぐしゃになったルイだった。


『おにいっちゃん……』

『……ルイ』


 涙で目が真っ赤に染まり、ボロボロになった衣類を纏った幼い弟。そんな弟を抱きしめ、自分も泣いた。


『ルイ……街を。親父を……』


 雨音にかき消されながらも発した言葉。今でも覚えている。


『街を……守ってくれ』




「ルイ。お前はあの時の言葉を今も守っているんだろ?」


 ライは過去の思い出に浸りながら独り言を吐いた。

 あの言葉。それが今のルイを育てた。

 彼は大きく成長し、強くなった。しかし……。


 ―――俺の言葉は今もお前を苦しめている。あれは……あの言葉は……お前をここに縛る呪いでしかない。


 静かな部屋にノック音がする。ライは長室の扉を見つめた。

 中に入って来たのは、二本の刀を腰に挿したルイだ。


「兄貴、もう時間だ」

「そうか、準備はどうだ?」


 過去の思い出を振り切るように、いつものように笑って答える。

 ルイはそんな兄の姿を一瞬眉を動かし反応したが、何事もなく「問題ない」と言った。

 長室の遥か先、マーケットの端に位置する場所を眺める。

 その場所には薄らとアーチのような物が見えた。

 今日から始まる謝肉祭(カーニバル)の一番の見どころ。バルベドとのゲートだ。あと数時間後にはそのゲートの開通式が行われる。


「兄貴も移動だ。あんたがいないと締まらないだろ?」


 ルイはめんどくさそうに兄の隣に立つと、窓の外を眺めた。


「いい天気だ」


 ライの言葉にルイは少し不安そうにこちらを見つめる。


「何かあったのか?」

「いや、別に……。ただ、少し昔のことを思い出してな」

「兄貴らしくないな」

「俺だって少しはこういう時もあるさ」


 一瞬、あの時の幼い彼を思いだした。小さな身体で走り、炎上がる街に向かう彼の背中を。


「心配するなよ。昔のようなことにはならないさ」


 幼かった弟の背中は消え、隣に自分と同じ背丈に成長したルイの姿。


「あの日のようなことにはもう二度とさせない。俺がこの街を守る」


 ルイの力強い言葉。ライは嬉しくもあり、悲しくもある感情を抑え、弟の肩を叩く。

 そんな静かな役場の三階にまで響くペタペタという足音。サンダルの音が建物の前で止まったのを感じ、ライは窓下を覗いた。

 そこには見覚えのあるピンクの髪の少女。それに続く黒い髪の女の子に若草色の青年。


「お迎えが来たみたいだぞ?」


 ライに続いてルイも窓の下を覗く。

 するとこちらの視線を感じたのか、ピンクの髪の少女が上を見上げた。


「ルイ! ゲート開通式までにマーケットで朝ごはんにしようよ!」


 イレアはそう言ってこちらに手を振っている。

 コハル、レインも続いて三階を見上げた。


「みんな早いな」と声を掛けると、それぞれがあいさつを返してくれる。


「レインはみんなと開会式典へ参加か?」

「そんなところです。長はまだここにいてもいいんですか? もうそろそろ式典会場に行かないと間に合わないのでは?」

「ああ。今、ルイに呼ばれたところだったんだ。そろそろ出る」

「お供しましょうか?」

「用心棒らしいことを言ってくれるじゃないか。が、もうすぐアグニスが戻るから心配ない。それに、お前は今日はオフなんだ。カーニバルを楽しんでこい」


 ライは微笑み「しっかり女性をエスコートしろよ」と付け加えた。

 レインは分かっていると言いたげにワザとらしく肩を上げる。


「ルイもいいから行け」

「けど、兄貴の護衛はいいのかよ」

「アグニスが戻るから心配はないさ。それにどうせそろそろクレシットが『遅い!』って呼びに来るだろうし」


 兄ののんきさにルイは大きなため息をつき、「じゃあ、ちゃんと出席しろよ」と念を押しつつ部屋を後にした。

 そのまま役所を出て、みんなと合流しマーケットに向かう背中を部屋から眺める。

 イレアと肩を並べ、会話をする弟の後ろ姿。その後に続くコハルとレインを眺めながら「ダブルデートか?」なんて笑った。





 ―――シルメリア謝肉祭一日目。





 賑やかしい街並み。他種族が入り交じり、声が飛び交う。

 いつも以上の賑わいを見せ人のごった返すマーケットを抜け、一行がたどり着いたのはこの日のために人間遺跡の隅に設けられた広場だ。遺跡のガラクタを一層し、出店を出すスペースと巨大ゲートの開設するのに二か月を有した。それだけの時間を使っただけあり、平地にの出店は歩きやすく道幅も広い。食事スペースも設けてあるため、かなり快適だ。

 そんな特設会場にの中央には、背丈の三倍程のゲートがそびえ立つ。

 先ほど開通したばかりのゲートは、各街の観光客が出入りしているのが見える。


「すごかったね!」とイレアは先ほどの開通式を振り返り、出店の端にあるベンチに座った。

「うん。すごい感動した。ゲートってああやって開くんだね」


 コハルも隣に座りながらイレアに微笑む。


「本来はもっと短縮できるよ。結構大きなゲートだから、演唱して能力数値を高めてから開いたんだ。向こうとこっちの能力値を同じにしたらブレもなくうまく開くから」

「レインさん、やっぱり詳しいですね。軍人の時にゲート作ったりしてたんですか?」

「いや、俺は専門外だよ。専属の能力者がいるから、それの手伝いをしたりはしてたけど」


 そう言ってレインはゲートの下で座り能力を送り続けるビーストを見つめた。

 ゲートを開通し続けるには両サイド二人、計四人の能力者が同じだけの力を流し続けなければならない。今回は三日間開通させる為、何人もの担当者が代わる代わる能力を送り続けるのだろう。

 バルベドの街を繋ぐ今回の合同謝肉祭。初の試みで皆が浮かれているのがわかる。さすがシルメリア、面白いものと商売の話になると活気に溢れるな、とレインは感心した。


「で? ここからどうするんだ?」


 話に割り込むようにルイが声を掛ける。


「どうしようか……コハルちゃんどこか見たいところある?」

「あ、私は……特には」

「私はこの先の小物市が見たい! かわいい髪飾りとか並んでるんだって!」


 イレアの言葉にコハルはうなずいた。


「じゃあ、まずはそこからかな?」


 レインの返事に一同は歩き出す。賑やかな出店の中を通行人にぶつからないように進む。

 前を歩くイレアとルイは談笑に花を咲かせ、なんとも微笑ましい。

 半年前のドドンガ駆除作戦のことを思えば、仲良く歩く二人を見れてほっとしている自分がいる。

 一瞬、天界の城での生活と、彼女と微笑んだ記憶が脳内を駆け抜けた。そんな一年前の幸せだったひと時を思い出すなんて……。


 ―――二人を羨ましいと思ってるのかな……。


 レインは情けない自分に失笑した。微笑ましい二人の恋路を見て過去の自分と照らし合わせるなんて……。 


 ―――っちゃん。 


 誰かに呼ばれた気がした。レインはその声に振り返る。

 しかし、後ろはビーストや天使たちの観光客が行きかう景色だ。


「……?」


 いつもとは違う声、だった気がする。しかし、その声の主はそこにはいなかった。


「レイン様?」


 突然足を止めるレインを心配し、コハルが声を掛けてきた。


「ああ、悪い。誰かに呼ばれた気がして」


 レインはコハルに微笑み歩き出す。しかし目の前を見るとあまりの人込みに、イレアとルイの姿はもう見えなくなっていた。


「は、はぐれちゃいましたね」

「みたいだな……」


 二人はそのままその場に固まる。

 レインはうーん、と悩み「コハル、本当は行きたいところあるんだろ?」と質問した。


「え?」

「イレアが行きたい場所あるだろうから譲ったんだろ? 本当はどこに行きたいと思ってたんだ?」

「あ……えっと……」


 コハルはもじもじとしながら両手を握り、一瞬悩む。


「あの……小動物を触れるお店が出てるらしんです……そこに……」

「じゃあ、そっちに行こう」

「え? でも……」

「この人込みだから探すのも一苦労だし、どうせあいつら二人で楽しんでるんだろ? 邪魔しても悪いし、ここからは別行動」


 レインは向かおうとした方向から向きを変え、歩き始めた。

 その背中を見つめコハルは呆然と立ち尽くす。


「そ、それって……私とレインさんの二人でカーニバルを見て回るってこと……で、つまり……その……ででで……」

「ほら、コハル」


 もじもじとその場に立つ彼女をレインは振り返り呼んだ。


「は、はい!」


 コハルは顔を真っ赤にしながらも、これ以上はぐれないように必死に後を追いかけた。






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