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Blue Skyの神様へ  作者: 大橋なずな
第4章ノ参 シルメリア・カーニバル編
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第4章 27幕

 首を垂れ、目の前に座る少女の言葉を待つ。暗がかりの中、少女は自分の指に少し触れ「お顔をあげてください」と言った。

 シラはその言葉に顔を上げる。目の前の少しやつれたような少女は力なく笑いかけてくる。

 神殿の中心での謁見。最神であるブルーのマントが、浮かぶ光の球達に照らされていた。


「では、最神。婚姻の儀はしばし遅れると」


 シラはゆっくり頷く。


「はい。ジュノヴィスが遠征に出ましたので、彼の帰りを待つ状態に」


 その言葉に巫女は少し安心したように笑う。

 ジュノヴィスが城を出てから二ヶ月は経っている。ダスパル元帥の言い渡した作戦に参加しているとのことだが、どこに向かったのか、何を企てているのかは分からない。

 ただ、いつもの遠征とは違うのは分かる。城を出る時は必ず自分の元を訪ねていた彼が今回は顔を見せなかったからだ。ジュノヴィスと最後に会ったのはあの夕方、彼を部屋から追い出した時。

 婚姻の儀を伸ばしてでも遂行しないといけない作戦。それはなんなのだろうか。あそこまで結婚に執着していた彼を動かす作戦とは……いったい。


ーーなにか嫌な予感がする。とてつもない……なにかが……。


 シラは胸の辺りに手を当て、深呼吸をした。


「最神……」


 天界巫女の心配する声に微笑んで見せる。

 しかしその微笑みはすぐに消え、シラは唇を噛み締めた。


「どんどん変わっていってしまいます……」

「…………」

「一年前のあの日から。政界も軍も……世界も」と、さらに顔を歪ませた。


「なのに私は何も変わらない。ずっとこうしてここにいる。私は……私は」


 何もかも変わってしまった。母が死んでから、何も変わらない日常だったはずなのに……。これは自分が変わろうとしたからなのだろうか。自分がより良い世界にする為に、城下街に行きたいと言い出したから。転生天使の二人を箱庭に招き入れたから。彼と共に生きたいと願ったから……。


 巫女は言葉を遮るように優しくシラの頬を撫でる。


「ご安心を、あなた様はこのままでいて下さい。あなた様の御心はずっとここに。揺るがぬよう」

「巫女様……」


 天界巫女はシラのアクアブルーの瞳に微笑み、立ち上がった。


「巫女様、もう少し……もう少しここにいてもよろしいですか?」


 シラの言葉に巫女は「もちろん、わたくしは席を外しましょう。ごゆるりと」と言い、祭壇の方へを歩み始めた。


「ありがとうございます」


 彼女の背中に声をかけると、巫女は振り返り、微笑んだ。

 そして誰もいなくなった神殿の中、シラは天井を仰ぐ。暗い中に光の球が幾重にも生まれ、消えていく。その光景を見つめながら心を落ち着かせた。

 凛とした空気に身を委ね、大きく深呼吸をする。


 一年前のここでの出来事を思い出す。フィールの裏切り、悪魔軍の襲撃、仮面の男、そして……彼の魔王転生。

 燃え盛りながら自らの首を締めていく彼の姿が目の前に現れる。紅い髪、紅い瞳に変わりゆく様。炎の中で自分の為に死を選んだ彼の笑顔が忘れられない。

 その言葉が耳に焼き付いている。彼の言葉一つ一つが蘇る。

 触れた手も、見つめる瞳も、掛けてくれた言葉も……全部。全部覚えている。


「ダメ……」そう声を上げた。


 一年間、胸の中で押さえつけていたものが溢れる。


「あの人を思い出したら……」弱い自分が帰ってきてしまう。


 彼の優しさを感じたら、最神としての自分が保てない。自分は今、『戦いの神』なのだ。前を向き、皆を導きながら戦火を起こす者。なのに、彼を思い出したら弱かった一年前の自分に戻ってしまう。だから……だから。


「お願い。思い出さないで。私は……」


 想えば想うほど、彼を思い出してしまう。今まで抑え込んだものが溢れていく。あの人の温もりを……思い出してしまう。

 初めて会った箱庭での会話も、早朝の鍛錬の時の話も、テロから守ってくれたあの日も、模擬戦の姿も、さしだす手も、掛けてくれる言葉も、見つめる金色の瞳も、全てを思い出してしまう。


「レイン……」


 名を口にした瞬間、自分の頬に涙が伝ったのが分かった。


「レイン、レイン……レイン」


 一度出てしまった彼の名が止まらない。何度も何度も名を呼ぶ。

 彼の側にいたかった。彼と共にずっといたかったのに……。


『愛してる……』


 彼の最期の言葉が聞こえた。


「私もです。私も……」


 その時、辺りが一斉に明るくなる。顔を上げ見渡すと、そこは一面の空だった。

 神殿の中が空の風景に変わる。青空の中、日の光に照らされ雲が動く。


「これ……」と、シラはその場に立ち上がった。


 一年前、彼とここに訪れた時と同じ現象だ。彼とここで手を繋ぎ、見た光景。

『君の瞳の中にいるみたいだ』と、あの時の彼の言葉……。


 ふと一緒に歌った唄を口ずさむ。最神に伝わる唄。言葉の意味も、誰に宛てた唄かも分からない。

 けど、その唄を歌いたいと思った。今、ここで……彼に宛てて。

 彼に伝えたいと思った。彼と一緒にここで歌い、幸せを感じたこの唄を。


 その歌声は空に溶けていく。空の風景はまるでその唄を待っていたかのように光り輝き、歌が終わると共にゆっくりと元の部屋へと姿を戻した。


 シラは歌い終わると同時にその場に座り込む。そしてまた先ほどと同じように舞い始めた光の球を見つめながら、涙を流した。

 あの時の彼の手の温もりを思い出し、両手をしっかりと握る。


「レイン……私もあなたの事を、愛しています」


 シラの言葉は暗くなった神殿の中で溶けて消えた。






 レインは息を切らしながら狭い道を抜け、ブルーに光るプールのある広い空間に出る。

 目の前に佇む巨大な柱。電子機器を飲み込むようにつる状の配線が天井に伸びる。その不気味な柱を睨むと、プールの真ん中に掛かる橋を歩いた。

 橋は劣化しているため、ギシギシと音を立てる。レインは自分のブーツの音と、その不穏な音を聴きながら大きく深呼吸をした。

 そして巨大な柱の前に辿り着くと、一番大きなモニターに手を伸ばした。

 コハルの言葉を思い出す。『地下に行け』それはまさしくこの柱『アダム』の事を示している。そう思った。

 天界巫女のアカシナヒコナが伝えてきたものであるなら……。


「アダム、お前は何か知ってるのか?俺に何を教えたい」


 そう言ってモニターを撫でる。


「俺は……どうしたらいい?」


 レインの言葉に合わせ、急に辺りが明るくなる。

 天井を仰ぐと、頭上の蛍光灯が青白く光り出したようだ。その光は足元に広がるプールを更に明るく光らせる。その光景にレインは目を見開いた。

 いつか、どこかで見た……。そう、どこかで。


「空……のなか……」


 レインはモニターから手を離し、辺りを見つめる。まるで空の中に取り残されたような、そんな光景に言葉を失った。

 どこかで見た光景。昔、そう一年前に彼女と見たあの景色に見えた。神殿の中で、シラと言葉を交わし口づけをした、あの空の光景だ。


「君の瞳の中にいるみたいだ」


 あの時と同じ言葉を口に出す。すると辺りは更に光り輝いた。遺跡の地下にいるはずなのに、日の光を浴びたように明るい。

 アダムを見上げれば先程まで不気味に電気機械のランプだけ点滅していたのとは違う顔になっている。それはまるで、天高く伸びていく樹木のように。


「アダム……」


 巨大な柱は名を呼ばれ、モニターを光らせた。そこに映し出されたのはただの砂嵐。その砂嵐の中から音が聴こえてくる。オルゴールのような、ハープのような音。それはメロディーになっているようだ。


「この曲……これ……」


 聞き覚えのあるメロディー。知っている。これも彼女と一緒に歌ったあの唄だ。神殿で、共に。


「最神の唄。なんで……アダムがそれを知っている」


 その問いには答えない。

 レインはその音に口を開き、合わせるように歌い出した。歌声は部屋の中に響き渡る。

 声に合わせ光が動き、そよ風が舞う。空の景色を写すプールは波打ち、レインの歌声に合わせ踊った。

 自然と歌詞が浮かぶ、ずっと昔から知っているように。


 ふと彼女が隣にいるように感じた。暖かな温もりの中、スカイブルーの髪を揺らし、アクアブルーの瞳をこちらに向ける。そんな彼女が愛おしくて、自然と笑みが溢れる。

 もう二度と会えない。会うことは許されない女性を想い、唄を歌う。


 この唄は……彼女に捧げよう。彼女の為に、彼女に愛を伝える為に。そう思った。

 その瞬間、そんなシラの先にもう一人、同じスカイブルーの髪の女性が見える。


 ーーゼウス。


 レインは手を伸ばす。


 ーーそうか……この曲はゼウスに当てた曲。サタンとゼウスが愛を歌った曲。


 古き時代から続く唄。神と魔王の愛のメロディー。共に笑いあった日々が見える。紅い髪、黒い翼のサタンと、スカイブルーの髪、白い翼のゼウスが草原の中で手を繋ぎ微笑んでいる。

 いつまでも続くと信じていた日々。幸せを想い人に伝えたいと紡いだ唄。永遠の愛を誓った旋律。レインはそれを感じながら歌い続けた。


 手を伸ばし、シラとゼウスに触れそうになる。しかし、その時には曲は終わりを迎え、彼女達は青い光の中に消えていってしまった。


「暖かい……」と言葉を漏らす。


 掌を見つめると、レインは微笑んだ。

 今までの過去の記憶とは違う。暖かくて幸せになる思い出。二人が寄り添い、笑いあった記憶。

 憎しみ、殺しあう負の感情のない……優しい過去。


「シラ……俺」


 ーー俺は、君を守るよ。過去の憎しみで自分を見失わないように。初代魔王サタンの魂と共に生きていく。こんなにも幸せに過ごした日々があったのなら、それを思い出しながら生きていく……だから。


 目の前に佇むアダムを見上げる。

 すると、レインの背中の白の翼が色を変え、形を変え始めた。変化する翼。白と黒が混ざり合い揺れ動く。


「だから、君を愛し続けさせて……シラ」ーーゼウス。


 急に誰かの気配を感じ、レインは自分の歩いて来た道を睨む。腰に挿す刀に手を添え、暗闇を見つめた。

 すると頭上で光輝いていたライトが一気に暗くなり、辺りは元の姿へと変わっていく。ブルーに光るプールだけの明かり。その中から現れたのは小柄な少女だった。


「やはりあなた様はわたくし達の王でありましたね」


 その声にレインは刀に添えた手を離した。


「り、リリティ……?」


 彼女は一歩一歩こちらに進みつつ、しっかりした眼差しでレインを見つめる。

 いつもの飄々とした空気も、変わった口調もない。


「ああ、美しい翼。まさしく我らの王。半年前の会合で見せていた炎を見た時からあなた様への想いは募るばかりでございました。まさかわたくしがあなた様にお会い出来ることがあるなんて……。フィール様のお導きでしょうか」

「フィール……。なんで君がその名を知っている」


 レインの睨む顔に微笑む彼女。

 その笑顔に数歩後退した。後ろのアダムは徐々に光を沈め、元の電子機器の小さな光を発するのみになる。

 それに合わせ、レインの翼も元の白い天使の羽根に戻り、悪魔の翼は姿を消した。


「私はフィール様直属部隊でございます」

「フィールの……それって」


 リリティは近くまで歩み寄ると片膝を付き、忠誠を誓う。

 その瞬間、彼女の背の白い翼が徐々に黒く濁り出す。天使の羽の色が白黒に混ざり合う。やがて翼は漆黒へと変わった。


「堕天使!?」


 そう声に出すと、彼女は嬉しそうにこちらを見つめながら満遍の笑みを見せた。


「はい。あなた様に忠誠を誓う、地下に落ちた者」

「…………」

「わたくしはあなた様の為に生き、死ぬ者。()()()()()()()()()()()()()()


 リリティの言葉にレインは呆然と立ちすくむ。


「お……おれは……」

「…………」

「…………」


 何かを話そうと口を開けた直後、頭上が小刻みに揺れ始める。

 レイン、リリティは砂埃をあげる天井を見上げた。地震ではないようだ。頭上のみが動く。淡い青い光が不気味に揺れた。


「何が起こって……」

「分かりません。しかし、先ほどのこの部屋の異変に遺跡が反応しているのかもしれません」

「遺跡が?」


 リリティは立ち上がり、元のふにゃけた笑顔に戻すと「上の階はゲートのある場所であります。もしかしたら何か起こっているのかもしれませんぞ。レイン殿、行ってみましょう」と声をかけて来た。

 翼もマーブル状へと動き、やがて白へと戻っていく。


「リリティ……お前」

「ささ、参りましょう。レイン殿」

「…………」

 リリティの顔を睨むが、彼女はこれ以上なにかを言うつもりは無いようだ。ニッコリといつもの顔を向ける。

 レインはそれ以上彼女に問うことをやめた。






 元来た道を進み、上の階へと足を踏み込んだレインは、ゲートの前で佇むフロレンス博士とミネルを見つけた。

 二人は呆然と目の前にある巨大ゲートを見つめている。


「博士! ミネル殿!」とリリティがいつもの口調で声をかけた。


「リリティ、レイン君」

「ミネルどうした?」


 レインはミネルの隣に向かうとゲートを見つめる。目の前のゲートは起動し、光り輝いていた。

 先の座標を指定していない為、向こうの景色は見えない。しかし、虹色に揺れる水面のような光が起動していることを示している。


「何もしていないのに急にね」と、博士が話し始める。

「急に辺りの機会が一斉に動き出したんだ。青白く光るとそのままゲートも起動し出した」


 驚きを隠せないフロレンス博士はガラス玉の瞳をゲートから離せないでいる。


「……唄」

「……え?」


 ミネルが聞き返す。しかしレインはそんなことに気を回すことが出来ないほど動揺していた。


「唄だ……あの曲が起動させるためのロックキー」


 数歩後ずさりし、目の前のゲートを見つめる。


「イヴ……お前。アダムがあの唄を聴くと作動するようにしていたのか?」

「レイン君? 何言ってるの?」

「俺達が……またあの唄を歌えるほどの仲になれば、この機械が作動できるようにした。俺が彼女(ゼウス)に当てた曲を歌えるほど、彼女を想うようにならないと、この機械は起動しない……ってことか」


 レインは左目をさすりながら呆然とした。


「ほんと……お前はどこまでお人好しなんだよ」と呆れならも笑ってしまう。


 しかしふとあることに気がつき、一瞬微笑んだ顔をひきつらせた。


「待て……なんでこのことをアカシナヒコナは知っている?」


 今回、地下に降りろと言ったのはコハルだ。その言葉を伝えて来たのはコハルの姉である天界巫女アカシナヒコナ。しかし、なぜ彼女が古き時代のことを知っている?


 一瞬、誰かの気配を感じた。


 ーーヤマト(セラフ)……か。


 レインは目の前のゲートを睨み、嘗ての親友そして腐れ縁の男を思い出した。


『よお腐れ縁。世界を変える覚悟は出来たか?』


 彼の言葉が蘇る。


()()()()()。そう言ってるのか?」


 レインの言葉は周りの鳴り響く機械音にかき消されていった。


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